35話 クノートルダム孤児院
活動報告にも記載しましたが、リアル事情により4〜6月の間更新周期を変更させていただきます。
毎週日曜更新→隔週日曜更新となります。
7月からは通常運転に戻ります。
楽しみにして下さっている方々には申し訳ありませんが、これからも足なし宰相をお楽しみ下さい。
ーーークノートルダム孤児院
見た目は完全に教会だ。
こちらの世界にはキリスト教はないから十字架などはもちろんないが、建物の形がよく絵に描くような教会なのだ。大きな両開きの扉のあるなだらかな三角屋根の家の上、中心にニョキッと飛び出るように、急傾斜の三角屋根の上階部が配置されている。
その奥にも横にもクノートルダム孤児院の系列であろう建物はあるが、教会みたいなこの建物がおそらくメインなのだろう。
護衛の衛兵…おそらく冒険者上がりが門の両脇に立っており一言二言やり取りをした後通される。
家名すら名乗っていないのに通して良いのか不安になる。見た目からして貴族だから良いのだろうか?
(孤児院の護衛ってこんなものなのか。)
孤児院に護衛がいることの方がおかしいのかもしれない。今ひとつそこらへんの常識が分からない。
シュリルディールは後でオセロに聞いてみようなどと考えながら教会ちっくな建物へと近付いて行く。
孤児院の扉の前で1人の少女が大きな箒を使って掃き掃除をしていた。こちらには気付いているようで掃く手を止め焦ったように辺りをキョロキョロと見渡している。
その仕草に疑問を抱きつつ、オセロッティアヌは少女をぶっきらぼうに呼び止める。
「私はロゥと言う。お嬢様がこの孤児院を見学したいと仰せられているが、構わないか?」
疑問形でありつつも、その口調と声音は疑問からはかけ離れている。
先程のチェルノー孤児院と似たような文言ではあるが、高慢さが上がっている気がするのは気のせいだろうか。
そのせいかディーが口を出すより前に、まだ十代半ばを超えた辺りであろう少女は小刻みに何度も頷く。
(何だか恐喝してるみたい…)
少女の怯えが前面に押し出された表情にディーはそんな事を思うが当然口に出すことはない。代わりに口から出た言葉は追い討ちをかけるようなもの。
「お邪魔かしら?少々案内をお願いしたいのだけど。」
ディーは笑顔で小さく首を傾げて怖くないようにはしたがはっきり言って逆効果だった。
笑顔で怒っているように見えたのかもしれない。少女の口はパクパク開閉しているが言葉になっていない声が出るくらいである。それどころか先程より高速に小刻みに頷き始めた。
(いや、違う。震えてるのか。)
おそらく学園を卒業して1年程しか経っていないくらいの年齢の少女。美奈より少し歳下ではないかというくらいだ。
日本人はよく幼く見られやすいと言うが、本当にそれを実感する。美奈自身の顔より大人びて見えるのだから。ディーがこちらの世界の人の顔貌から年齢が凡そ分かるようになっていなければもっと歳上と思っただろう。
まあ、言動だけならばもっと歳下にしか見えないが。
おそらくこのような場面に遭遇したことが今までなかったのだろう。こんなもの、貴族の世界では序の序の口、初歩中の初歩でしかないというのに。
内心ため息が出てしまう。ここの人事・教育は大丈夫なのだろうか。オセロの表情にも困惑した色が見える。
(そもそも僕がどこの家かも分からないし、従者が1人の時点で良いとこ子爵家に見える所でしょ。…大丈夫か?)
有名どころの孤児院は女性の人気就職先のトップ10に入るくらいには人気がある。
給料は安くなく、大きい孤児院なら潰れる心配もない。住み込みの為住宅費もかからないし、子供達と同じ物を食べる為食費も孤児院が支給している。一定程度の学力は必要であるが、学園を卒業していない者でも雇われる可能性がある。
これで人気が出ないわけがない。
そのような中で見事合格し勤めているはずなのだ。
人気ではないだろうチェルノー孤児院のチェルノー婦人は急いで支度をした事が窺える等完璧ではなかったが、礼儀作法答弁からは慣れが窺えた。この差は何だろう。
(まあ年齢には差があるから比べちゃ可哀想か。)
大方合格したのはコネと金の力だろう。と子供らしくないアタリをつけつつ、ディーは柔らかく微笑む。
「まずは貴女の名前を聞いても良いかしら?」
「…っ!は!はいっ!ベリルアグローシュです!」
「そう、私はティーリよ。貴女は…」
そこまでをディーが口にした時、横やりが入る。
「私はクノートルダム孤児院の副院長を務めるエソナリアと申します。当院に御用でいらっしゃいますでしょうか?」
チェルノー婦人程ではないがそこそこ年齢のいっている女性。眼鏡をしているせいかキリッとした印象だ。
僅かに乱れた息から急いで来たことが窺える。サッと動いたエソナリアの立ち位置はディー達からベリルアグローシュを隠すような庇うような位置だ。職場環境はそう悪くないのかもしれない。悪くないからこそ教育がしっかりできていないタイプか。
「ええ、ここの孤児院を見学したいの。」
その一言でこのようになった理由も察したらしい。エソナリアは深々と頭を下げる。
「それは当院の者がご迷惑をおかけいたしました。私がご案内致します。」
ここの収入源の多くは訪問した貴族からの援助金。当然貴族への対応はきめ細やかなものであった方が良い。
(どこの家かも分からない内からご丁寧なことで。)
現金だなと皮肉ってしまうくらいには下手に出られている。家がどこか分かってから丁寧な対応をするのでは遅すぎるという論理は分かるのだが。
ディーはそう思いながら時折こちらを確認しながら進むエソナリアに付いていく。その半歩後ろをオセロが歩く。
そう、今ディーはオセロに抱え上げられていない。
そもそもチェルノー孤児院で大人しい令嬢を演じようと思ったのは常にオセロに抱え上げられている状態になるからだった。
しかし、そのチェルノー孤児院で大人しい暗い令嬢は無理である事が判明。しっかり者の令嬢を演じることとなった。そこで浮かび上がる問題点はオセロに抱えられている状態だ。
歩けないことはなるべく言うべきではない。令嬢自体元々存在しないのだ。なるべくなら印象に残りにくい特徴の少ない一般的な令嬢になるべきだ。
「魔法使って歩くことってできない?」
オセロにこう聞かれた時に思い浮かんだのは王宮での一幕。
「出来なくはないけどそんなに長く魔法使えないよ。」
「それって僕が手伝えば上手くいくかな?」
馬車を停め、風魔法でディーを動かす練習を10分程してすぐにできてしまったオセロは才能があったのだろう。
本人曰く、
「僕は魔力量がそんなに多い訳ではないから精度を高めたんだよね。」
だそうだが、10分は流石におかしい。
自分が上手く出来ないことを目の前でパパッとやられてしまって少し悔しい。幼さから魔法を使う器官が完成し切ってないことが原因だとしても悔しいものは悔しい。
今も違和感を全く感じさせない動きを話したり歩いたりしながらディーにさせているのだ。
しかもただ前に動かすだけではない。立つことも難しいディーの身体を支え、ドレスが足を隠しているため片足ずつ動かさなくて良いとは言え均一のスピードでゆっくりと前に押し出している。
(オセロに魔法教わろう。)
ディーは密かに決意した。
それが叶うにはもう少々時間がかかるが。
次回の更新は3月11日です。
んー短くなった気が…良いところで切れなかった…




