34話 チェルノー孤児院2
「ロゥ、そこの椅子に降ろして下さる?ロゥがいるとこの子達怖がるからチェルノー婦人と話してて良いわ。」
手入れはそこそこされているのだろうが、いつも見慣れている公爵家の庭と比べてしまうと…いや、比べてはいけないのだろうけれど…短く切り揃えられていない草木に覆われた庭。
そこにポツンと設置されているテーブルと椅子をシュリルディールは示した。
「いや、ティーリ様それは…!」
当然従者兼護衛を装っているオセロッティアヌは慌てたように反対する。
「少しの自己防衛くらいはできるから構わないわ。同年代の子達と話したいの。良いでしょう?」
ディーは口元だけにこにこ微笑ませて駄目押しとばかりに首をかしげる。
「かしこまりました。目の届く範囲におります。」
(これくらいやり取りしとけば怪しまれないでしょ。)
ロゥ、つまりオセロは一礼してチェルノー婦人の元へと歩いて行く。
二手に分かれて情報収集をしようと投げかけたディーの言葉にオセロが合意した形だ。
どうしてもチェルノー婦人に何か尋ねる場合、ディーがいたらディーが主体になる必要がある。初めからオセロに全部任せていればそうでなかったかもしれないが既に遅い。
チェルノー婦人の証言が合っているか、それ以外に補助金減額の理由があるのではないか、それを見極めるには本人から詳しく聞く以外にそれ以外の人物から聞いて整合性を確かめることが好ましい。
(子供からどれだけお話を聞けるかは分からないけれど…頑張りますか。)
ディーは、そう心の中で呟いてこちらを窺う子供達へと今度は心からの笑みを向けた。
◆◆◆◆◆◆
「こっちは嘘はついてなさそうだけどあれ以上の情報はなかったよ。ディール、そっちはどうだった?」
馬車に戻った2人が情報交換を始める。この馬車は見た目は普通の貴族が使うようなものだが、一応城の物だ。外の音は中に聞こえるのに中の音は外に聞こえないような構造をしているらしい。御者は総部省執務官がお爺さんに変装して勤めている。
ぶっちゃけ歩いた方が速いレベルで、ものすっっごくスピードがゆっくりだが、馬車酔いのする貴族が乗車している際の馬車はこんな物だから王都内で特に気に留める者もいない。
ちなみに、ディスクコード家では城まで5分しかなく、それくらいならディーが吐くことはないと分かってから普通よりほんの少し遅めのスピードになっている。フォルセウス曰く慣れさせろという方針だそうだ。
「誘拐事件があってあの孤児院の子が連れ去られたのは本当。これは僕自身も証言できる。何人かはちょっと分かりづらかったけど4人みたいだ。初めに3人で何日か後に1人だって。」
「それはこっちでも聞いたね。名前は確か…ヴェルド、ソラ、ルー…」
「ユーリだね。」
「そうそう、それ!ディールちゃんと子供達から聞けてるじゃん。」
子供から聞きたい情報を聞き出すのは簡単なようで難しい。特に詳しい話となると途端に難しくなる。だからオセロは褒めたのだが…ディーは浮かない表情を浮かべる。
「残念ながら名前は子供達から聞き出せてないよ…全然関係ない子の名前をどんどん挙げていくんだもん。しまいには自分の名前を皆でワイワイ言い出すし…
名前は前情報だよ。僕には子供からの情報収集は無理。」
先程までの尽く予想を超えていく子供達の反応を思い出しながらため息をついたディーにオセロは軽く笑い声をあげる。
「あはは…初めはそんなものだよ。前情報って?」
「僕もあの孤児院の子達と一緒に誘拐されたから。」
サラリと告げられた言葉にオセロの表情がにこやかなまま固まる。
「……それ僕に言って良かったの?」
「オセロなら大丈夫でしょう。駄目だったら、そもそも誰かしらが僕をあの孤児院に行かせないようにしてるよ。しかもあの事件については隠してるわけではないから。」
「ふーん。よくその子達に気付かれなかったね。」
「僕が誘拐されたのは数時間だけだから。それにあの場には話した事のある子もいなかったよ。」
ディーは情報を少しでも集めようと子供の顔と名前を覚えたが、普通の3、4歳の子供ならちゃんと顔を覚えているはずもない。加えて今のディーは女装しているのだ。気付いたら逆に心配になるレベルだ。
「ところで、疑問なんだけど、誘拐事件があると補助金って減らされるものなの?」
「いや、普通なら変わらないか、逆に増やされるはずだよ?力のない孤児院だからここぞとばかりに減らされた可能性が高いかな。調べたらすぐに分かる程度だったしこっちが孤児院を今年本格的に調べないと踏んで仕掛けて来たかなー」
軽い口調でそういうオセロの表情は決して明るくはない。
これは総部省が舐められていることの表れだ。少し見方を変えれば総部省への戦線布告と取られてもおかしくないことをされている。舌打ちの一つや二つしたくもなるだろう。
「全部を本格的に調べられない弊害か。」
ただ、ディーがその隙間を突く人をどこか可愛いものだと思えてしまうのは、先日の誘拐事件で利用するだけして捨てた黒幕の存在があったからだろう。あれよりはマシと思えてしまうからいけない。どちらもやっている事は決して可愛いものではないのに。
ディーは頭を軽く振って脱線しかけた思考を元に戻す。
「だからこそ、見返すためにもチェルノー孤児院については徹底的に調べていくよ。」
「うん。もっと証拠を固めてからで大丈夫なように援助金も手配しておく。補助金が元に戻るまでの間、あの孤児院を保たせるくらいなら問題ないし。どう言い繕うかは悩むけど。」
この場合の手配は家令のハラルドに情報を入れて指示を出しておくという意味だ。
その時の情報は孤児院の調査をしている事を悟らせないようなものであるべきだ。どこでどう漏れるのか分からないし、総部省以外に漏れ出て良い話ではない。それとなくヴェルドの事や孤児院の事を出して援助金を出させる。
そこそこ骨の折れそうな仕事ではあるがディーにとっては潜入調査よりはむしろ得意分野だった。
「そこら辺は任せるよ。ディスクコード公爵家なら最悪バレても左程問題にはならないだろうし。」
「うん。次はクノートルダム孤児院だよね?敬語は止めてちょっと高飛車しっかり者令嬢でいく。」
グッと拳を握って力説するようにディーは宣言する。
「うん、それが良いと思うよ。さっきは敬語とタメ口混じってたしね。」
「あああ…知ってる。分かってる…ロゥに対してだけタメと思ってたのに途中で混ざっちゃって…」
普通はタメ口で構わないのだ。それを初めに敬語とタメ口混じりでチェルノー婦人に話しかけていたからややこしくなっただけだ。つまり、完全なるシュリルディールの失敗である。
「ディールは歳の近いお嬢様には会わないの?」
突然そんなことを聞いてきたオセロにディーは首を傾げる。
「どうして?」
「演技の参考にするなら歳が近い方が現実味帯びてて良いと思うんだよね。ディールが真似したのは王妃様方なんだよね?流石に次元が違うというか…」
「うーん、会ったことがあって歳が近い…となるとマリーお義姉様かな。ロマネスク辺境伯の。」
いくら言葉を交わしていないとは言え、ニケールタイア姫のことは頭から削除されているディーである。
「んー…辺境伯家に幼いご令嬢っていたっけ…?」
「あ、僕より10くらい歳上だよ。それにお義姉様と会ったのは街中だから貴族らしい仕草を意識してしてなかったと思うから参考にしていいか…」
オセロはそれを聞いて額に手を当てる。
「高位貴族ってそういうものなの?僕は小さい頃から領地の近い令嬢とよく会ってたんだけど…」
「僕の場合はずっと寝込んでたからというのもあると思う。同性の同年代もフェリスリアン殿下以外会ったことないよ。それも二言三言しか話してないし。」
(友達いない人って感じだね、これは。間違ってないけどさ。)
何だろう、悲しくなってきた。
「…ディールが大人びてる理由が分かった気がするよ。」
オセロはディーの頭を優しく撫でる。
オセロは間違った認識をしているがわざわざ訂正する必要もないだろう。
「あ、あれがクノートルダム孤児院だよ。」
徐々に見えてきた教会に似た大きめの建物を見てオセロが告げる。
クノートルダム孤児院はちゃんと馬車置き場も併設されているくらいには大きな孤児院だ。子供の数はチェルノー孤児院の2倍程度。施設の大きさは6倍はあるんじゃないだろうか。
クノートルダム孤児院は例年より補助金を多く貰っている孤児院だ。
先程のように楽に情報収集ができるとは思えない。
「どうやって情報収集するの?」
「ふふふーそれは秘密。僕等は気にせず人を集めておけば平気だよ。」
人差し指を唇の中心に当ててウインクするオセロは20歳を超えているというのに様になっている。童顔だから20歳を超えているように見えないせいもあるだろう。
「うん、分かった。」
ディーも口で弧を描きつつ中心に人差し指を当て返す。
その動作とは裏腹に頭の中では予想を立てていたが。
(ケイみたいな人が裏で動いてるのかな?)
ヴェルドは登場しませんでした。登場にはもう少しだけ時間がかかる予定です。ヴェルドはこの時孤児院にいないので…交代制で数人で孤児院で作った物を王都の中心街で販売しています。今孤児院にいるのは働けないくらい幼い子達なのです。
今回クノートルダム孤児院訪問して終わるはずだったのにおかしい…何かがおかしい…
付け加えときたい事が多すぎたせいですね…
次回の更新は3月4日21時です。




