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足なし宰相  作者: 羽蘭
第3章 内政
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32話 調査





紙をめくる音、羽ペンで何かを記す音、誰かの呼吸音

それ以外は殆ど何も聞こえない静かな空間


そこでシュリルディールは現在、王都内にある様々な商会等からの納税を検査していた。

幼い子供が自身の顔の数倍にもなる紙を小さな手で持ち上げ、真剣な面持ちで内容を確認する様は見る者の顔を綻ばせるものがある。片手ではなく両手でしっかりと紙を持っていることが余計に微笑ましい光景にしているのだろう。向かいの席のトッレムなどはディーを見る度に顔を緩めている。

本人はそんな視線を受けていることなどつゆ知らず、至って真面目に資料を目で追っていた。


ーーミリース国の納税

農民、漁民などは作物や獲物を税として納める。場所によっては金銭で納めるが、その場合も定められた作物量と同額の金銭だ。

冒険者やハンターなどはギルドに所属し、ギルドを通して自動的に納税している。

商人の場合は商会ごとに土地面積や立地に応じる分と、売上高の幾分かを金銭で納税している。この幾分かは場所や主道かどうかなど様々な要因によって細かく異なっている。

この中で一番不正の可能性が高いのが商人。一番曖昧であるのだから仕方がないことではある。

一般的な商会は噂でも立つと厄介な為に不正はしないが、困窮している場合や大手の場合はそれはデメリットではなくなる。流石にやり過ぎた際は国からお咎めと言う名の成敗があるし、今回ディーが行なっているように確認作業をしているが、根絶とまではいかないのが現状である。

ちなみに、屋台の場合は許可と共に金銭を支払う。この際に土地使用料だけでなく、売上の幾分かも納めていることとなっている。こちらは事前に一律の税を納める為に、余程のことがない限り不正は生じない。


このような知識も官吏登用試験の内容にあったため、ディーはもちろん知っていた。

知ってはいるが、だからと言って確認作業が手際良く行えるかは別問題である。

もちろん分からないことがあれば即座にマクベリアスに尋ねている。それでも前世も含め、このような書類仕事は何気に初体験なのだ。慣れるまでは時間がかかることはある意味で当たり前であった

…が、クジェーヌ・ソルベール宰相からは


「うむ。初めてじゃし、そんなもんかの。」


という言葉を頂戴した。

ギリ及第点といったところだろうか。


「明日からはもっと慣れるように頑張ります。」


(幼児相手に厳しすぎやしないかい。)

ディーは及第点なのは仕方がないと理解しつつも割り切れない思いから口で小さく山型を作る。泣いたりはしないがちょっぴり悔しかった。


(うーん、でも、あそこで悩んだのが時間かかったよね。本の内容を頭に入れただけだから該当箇所を見つけるのも時間かかったし…それに…)


頭の中でプチ反省会を開きながら徐々に下を向いていくディーの頭にトンッと重みが加わる。

優しく暖かい重みはそのままディーの髪を乱雑にかき回すとすぐに離れていった。


「ダニエルさん、ありがとうございます。」


ディーは笑みを浮かべながらダニエルを見上げるが、ダニエルの返事はない。

何事もなかったかのように、こちらを見ずに机の上の資料に没頭しているように見える。

しかし、先程までとは違って椅子に座らず立ったまま作業しているし、耳が僅かに赤く染まっている。

あまりにも誤魔化しきれてなくてディーの笑みは深まるばかりである。


(この人可愛すぎか。)



そんな風に萌えて初日を終わらせたディーは、次の日、その次の日と3日かけてノルマを達成させることに成功していた。


その結果、そうでなくては困るが問題なしのホワイトが多数。グレーが30件程度、問題ありありのブラックが6件。

ブラックに関してはすぐに動くこととなり、総部省の執政官が手分けして店舗等に向かってすでに調査を開始している。



「財部省に問い合わせた結果がこれだから…これと、これは大丈夫そうだね。」


「あとこの3件も除外して良いな。」


現在大臣補佐官4人は一番綺麗なディーの机に資料を広げて話し合っていた。

内容はもちろん例のグレーについてだった。


「オセロさん、これはどうでしょう?」


「あー…それも除外で良いね。あと、ディールは敬語もさん付けも要らないからね。」


「皆さん僕より年上ですし…」


ディーは眉を下げて困ったような表情を向ける。


「それを言ったら地位ではディールの方が上だよ?面倒だからここはタメでオッケーってなってるんだから合わせてね!」


「分かり…分かった。」


(何となく誤魔化して敬語を使っていく作戦は失敗か…まあ爵位を考えると確かにな…

でもやっと使用人に対してタメ口が慣れてきたってのに…)


そんな事を言いながら考えながらグレーを精査しているうちに、その数は半数までになっていた。



「今年はこことここを調査する?」


「いや…これ。」


「人数増えたし全部同じ系統なんだから今年は3つで良いんじゃない?どれも納税よりは補助金調査って感じになるし。」


15件のグレーを全て総部省で調査することは難しい。時間と労力には限りがあるのだ。だからその中でも深刻度が高いものを選んで総部省が調査し、残りは財部省に改めて調査してもらうのだ。

トッレムが選んだのは去年行っていない2件。マクベスが指したのは去年も行って改善がなさそうな1件だった。


「全て孤児院でs…か。」


「うん、孤児院は納税額より補助金を出す方が多いから余計に分かりづらいんだよね。」


孤児院が経営する店がある場合や商品を売る場合は納税義務が発生する。孤児院だから、と贔屓されることはない。

それとは別に補助金が国から出ている。その補助金の額におかしい点があるのだ。パッと見は分からないがよく調べると分かる程度の誤魔化し方。

補助金は納税額や人数その他の要因から左右されるとは言え、不可解な点が幾らか見つかる。

これら納税と補助金の調査をいっぺんに行ってしまおうという魂胆らしい。


「納税額は補助金額にも影響を及ぼすからやるなら両方一気にやるべきだ。完全黒はダニエルが行ってくれてるから、グレーはオセロとディールに行ってもらってもいいかな?」


トッレムがオセロとディーを交互に見て尋ねる。オセロは親指を立ててウインクで返す。ディーは頭をコクリと下げる。


「もちろん。」

「いいよ。」





そう答えた3日後、オセロとディーの姿は王都の外れに位置する寂れた孤児院の近くの馬車にあった。


「オセロ、調査ってこうやって行くものなの?」


ディーの表情は優れない。これから調査に行く緊張感からのものでは決してない。


「そうそう!真正面から行くと分からないことも多いからね〜」


対するオセロの表情は晴れやかだ。


「それは分かるけど、僕がこんな格好する必要ある?」


「あるある!可愛いし、ご令嬢にしか見えないから!」


ディーの格好は貴族の令嬢が街に行く時によく着る、ドレスよりは簡素で動きやすいワンピースドレスと言われるものだった。髪は茶に近い金髪ロングをハーフアップで緩く纏めている。


「そもそもディールが令嬢の格好ができるから今回孤児院に行こうってなった理由の1つだからね。」


「…は?」


「孤児院にむさい男だけで行ったらどう取り繕っても調査にしか見えないし、総部省の調査に他から借り出して行うわけにもいかないからね。トッレムもマクベスも孤児院を選んだのはディールがいるからだよ?」


「…去年は孤児院にはどうやって行ったの?」


そう尋ねた途端に顔色が悪くなったオセロを見てディーは首を傾げる。


「執政官に線の細いやつがいて、そいつが女装をしたんだけど…」


「けど?」


「パッと見はおかしくなかった…でもバレてたっぽい…」


(なるほど。よく見るとおかしいのか…)

それは余計に調査にしか見えないだろう。

孤児院を訪れる大人は孤児を迎えたい者や援助をしたい者だ。前者は調査という目的のために迎える準備をすることも面倒であるし、結局断る形になることも後味が悪い。

必然的に後者で調査に入るしかないのだが、援助するためや後学のために孤児院を訪れる者は貴族のご令嬢に多い。それが一種のステータスと化している傾向にあることも否めない。だから女装。確かに女性官吏もいなくはないが、どこが不正を行っているか分からない現状では安易に人数を増やすわけにもいかない。


「はぁ…ちゃんと教えてくれれば女装くらいしたよ。」


「えっそうなの?」


「まあ…何度か経験済みですし…」


思わず敬語に戻って遠い目をしたディーに思う所があったのか、オセロは憐れむ視線を送ってくる。流石に王宮に行ったとは考えていないだろうが。


「…で、僕は何処の家の令嬢になれば良いの?」


「子爵家ってだけ出せば良いよ。こちらが言わなければ突っ込んでくることもないだろうから。僕はディールの従者ね。いける?」


「それくらいならいけるよ。それより僕を常に持ち上げてなきゃいけないんだけどオセロは大丈夫?」


「これでも騎士に誘われてたくらいには鍛えてたから大丈夫!」


軽く目を見張ったディーをオセロはヒョイッと持ち上げる。


「これからの僕はロゥ。ディールはティーリでいいかな。」


危なげなくディーを持ち上げるオセロに先程のことは嘘ではないのだろうと感心しながら、ディーは顔をオセロの耳に近づける。


「では、私は大人しく暗い令嬢を演じさせてもらいましょう。」


高飛車な令嬢でもありだとは思うが、疲れそうだし、ずっと抱き上げられている令嬢と考えるとおどおどしている方が合っているだろう。足が動きづらいことは話題に上げるべきではない。

少し長めの前髪を顔を隠すように配置してからディーはオセロに微笑む。

オセロもニヤリと微笑み返す。


馬車を降りた黒い笑みを浮かべた2人は孤児院へと足を向けた。










裏話

いくら二段階目の確認作業とは言えこんな察しろ的な仕事の引き継ぎは普通は有り得ません。ですが、総部省大臣補佐では当たり前となってしまっています。

それは、総部省での一番の大臣補佐の古株はマクベスであり、当然その仕事をオセロ、トッレムに教えたのもマクベス。口下手で殆ど喋らないマクベス。

なまじ言葉が少なくても理解できてしまう人しか大臣補佐にはならないから訂正もされないし、そこまでの不便も感じないままここまで来てしまっています。


孤児院内部の財政については次回ちょいちょい説明が出てきます。孤児院によって収入源が異なる予定です。最初の孤児院は商売をして何とか保たせている孤児院です。



次回の更新は2月18日21時です。

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