31話 お仕事開始
官人を分類別に分けました。読まなくても分かるかもしれませんが読んだ方が分かると思います。
・執政官…ここに大臣、副大臣、その補佐などが入る。試験ABに受かった人。Aでも下の方の爵位だと執務官になることも。
・執務官…事務員。試験Cに受かった人。
・女官、侍官…侍女、侍従の中でもトップクラスの役持ち。政務に関わることも。
・その他…料理長や庭師長、王子王女の乳母などは特別に官位を与えられている
この下にももちろん官位のない王城内で働く人は大勢いる。
「お兄様、お疲れなことは分かりましたからそろそろお話下さらない?」
シュリルディールが応接間に通されてから、はや30分。
先程人払いをしたため、ここにはルドルフェリド王とシュリアンナとディーしかいない。ケインリーも側を離れ、この部屋に誰も近付けないようにしてもらっている。
今後の事を話す為に人払いをしたはずなのに何故か聞かされているのはどこぞの貴族がどうだとか仕事がどうだとか、そんないわゆる愚痴と呼ばれる類のものであった。
穏健なシュリアンナもついつい口を挟んだくらいにはルドルフェリド王は延々と話し続けていたのだ。そこそこ重要な情報を落としている気がするけれど愚痴を聞かされて楽しい人間はいない。しかも今は時間があるわけではないのだ。30分耐えたことは十二分に我慢したと言えるだろう。
「いつもお兄様が愚痴が言える状況にないことは分かりますけれど、流石にこれ以上は時間が勿体無いですわ。」
ツンツンした物言いに聞こえるが口調は柔らかなため、不快感は湧いてこない。
ルドルフェリドは眉尻を下げ困ったような表情を一変する。
「ああ、分かっているよ…本題に入ろうか。」
その途端、ガラリと部屋の雰囲気までが変化したように感じる。それまでのグダグダとしたどこか暖かい空間ではなく、ピリッとした背筋が伸びるような空間に。
視線がルドルフェリドに引き寄せられ外せなくなる。
(これが『王』か…)
ディーは心の中で感嘆する。今まで会ってきた王の姿は柔らかな雰囲気ばかりであった。やはりディーに対しては王の面よりも伯父として接していたのだろう。
「シュリルディール・ディスクコード。そなたを総部省大臣補佐に任命する。」
その言葉に慌ててディーは右手を左胸に当て、左手を右太腿の上に置いて頭を下げる。
本来は左膝を床に付けるのだが、そこまではしなくて良いと首を振って示された。
「シュリルディール・ディスクコード、総部省大臣補佐謹んで拝命致します。」
任命された時の文言は特になかったはず。定型文的なものは何種類かあるがそれだけだ。そもそも王自ら任命する事は殆どないのだから当たり前と言ったら当たり前である。
「顔を上げて良い。」
続いて聞こえたその声の通りにディーとシュリアンナが顔を上げると、ルドルフェリドは柔らかく目を細め、口を開く。
出てきた言葉は主な仕事内容や王城内で注意すべきことなど。
一通り説明し終わったのか、ルドルフェリド王はすっかり冷めてしまった紅茶に口を付ける。
「週3か4日で1日6時間ですね。総部省は人が足りていないと伺いましたが、宜しいのですか?」
それまで口を挟まず聞きに徹していたディーが問いかける。
「気に病む程ではない。本当はディールは来年から関わらせる予定だった。流石に試験まで1週間しかなかったからね。次回の時に受かってくれたら良いと思っていたんだが、想像以上だったよ。」
そう言ってにこやかに微笑む伯父からそっと目をそらす。
「暗記は得意ですので…」
(来年か。そうだよなあ…うん、普通…ではないけどそうだよなぁ…)
少しショックだ。無駄…とは言えないけれど1週間であんなに詰め込む必要はなかったのだから。
遠い目をしたディーをチラ見してから、それまで黙っていたシュリアンナも口を開く。
「…嘘つき。お兄様のことだから今回受かることも考えていたのでしょう?」
少し不機嫌そうに呟かれたその言葉に慌てるように声が被せられた。
「わ、悪いとは思ってる。だが、年齢というハンデがある以上それを乗り越えなければならないんだ。」
急に飛んだように聞こえる会話にディーの視線が2人の間を彷徨う。
「当の本人が乗り越えなければならないと思いますけれど。」
「ディール程の頭脳があれば今何かしらに任命してもいいのだけれどね。」
2人のやりとりをボーッと眺めながらディーは少し後ろめたい気分に陥る。
(僕のはズルだから比べちゃ可哀想すぎる…)
比べられている対象は第2王子のフェリスリアン王子だ。
第1王子は既に国政に関わっている。そこまで中枢には入れていないらしいが、第2王子が国政に関わるのは通常ならばあと10年以上先だ。
今第2王子を国政に加えることなど不可能。
それが普通だ。
おそらく第1王子と同年代の子で第2王子の側近になりそうな者も育てるために既に手を打っているのだろうけれど、やはり王子の側近は同年代で固めることが一般的だ。だから普通ではない同年代のディーが早々に国政に関わることになったのだろう。
(陛下は第1王子ルドウィレン殿下の即位を切ってるのか?……いや、違うな。殿下次第ってことか。今のところは第2王子寄りみたいだけど。)
まだルドウィレン王子は16歳だ。これから性格が良い方向に変化するかもしれない。周りがガッチリ固められているから難しいだろうけれど。
そんな事をディーが考えている間にも兄妹の言い合いは続く。
「ディーだって子供です。まだこんなに幼く可愛い子供です。これでディーに何かあれば私はお兄様を恨みますわよ。」
「ああ。そこは注意しておく。だから許してくれないか?」
(あ…だからお母様は最近機嫌が悪かったのか。伯父様が僕を巻き込もうとしてるから…)
これまでも似たような会話を何回かしていたのだろう。それならば急に話が飛ぶのも頷ける。
ちゃんと心配されていたことに、なんだかくすぐったくてディーの顔に笑みがこぼれた。
「お母様ありがとうございます。」
照れながら伝えた感謝の言葉に返ってきたのは恒例のハグだった。
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翌々日、早速シュリルディールは総部省へ来ていた。普通は合格発表が終わった翌々日から勤めることはない。学園卒業見込の受験生が多いため、日本同様4月から出勤となる。そもそもまだどこの部署に配属されたかの発表も選別もまだ終わっていないのだ。
ちなみに、配属部署が決まってすぐに出勤する者もいる。学園既卒生と学園に通っていない例外者の中で希望する者だけな為、その数は少ないが。
(ルドルフェリド伯父様はあんな事を言ってたけど、ピッタリサイズの制服がある時点で今回受かると思ってたんじゃないかな。)
ディーが今身につけているのは執政官の制服だ。官人の制服には何通りかある。執政官のもの、執務官のもの、侍官女官のもの、その他である。侍官女官の制服は上下キッチリ決められているが、執政官、執務官の制服は厚手でしっかりした生地でできたチャコールグレーのローブだ。紺のラインが入っているものが執務官、紅のラインが入っているものが執政官のものとなっており、どちらもフードは付いておらず、代わりにジャケットのような襟が付いている。
そのローブの胸元に所属部署と役職を示すバッヂを付けることにより、一目見て分かりやすいようになっている。
ディーの胸元に付いているバッヂは総部省を表すネモフィラのような中心は白で外側は青い花びらの花を模した絵が描かれている。確かこちらではネモフィラという名ではなく、ポワティエという名で、花言葉が『全て』や『成功』であった気がする。
もう一つのバッヂは大臣補佐を示す五芒星のモノクロのものだ。
「皆のもの、注目じゃ。」
決して大きくはないがよく通る声。ソルベール宰相はそのまま辺りを見渡す。そこには35人の執政官の姿。全員がソルベール宰相から目を逸らさない。
「本日からわしの補佐官になったシュリルディール殿…いや、部下になるのじゃから殿は要らんか。シュリルディールじゃ。」
クジェーヌ・ソルベールは隣のディーを示してそう告げる。戸惑う声が彼方此方から上がる。どう見ても幼い子供だから当たり前の反応だろう。
「ご紹介に預かりました、本日より総部省大臣補佐に任命されたシュリルディール・ディスクコードです。若輩者ですが、宜しくお願い致します。」
ざわめきは大きくなるが、話しかけようとする者はいない。
「まだシュリルディールは4歳じゃが、ちゃんと管理登用試験Bを7位で通過しておる。何か言いたいことがあれば後でわしの所に来るように。今の所大きな仕事はない。では、各自いつも通り頼むぞ。解散。」
クジェーヌが話し始めた途端ざわめきが消えることと、解散と言った途端各々の机に座る様は徹底されていて凄いとしか言えない。ディーのことで言いたい事はあるだろうに、それは仕事が終わってからと決まっているのだろう。切り替えがしっかりとしている。
そう思いながらディーはクジェーヌ等の後を追って風魔法を使いつつ前回行った部屋に入る。
以前部屋に3つあった机が4つに増えている。明らかに何も書類が置かれていない机がディーのものだろう。
部屋に入って右の手前に位置されているその机は他より低く、椅子がない。おそらくこの車椅子がピッタリサイズとなっている。
「分かったようじゃの。その机がシュリルディールの机じゃ。好きに使って良いぞ。」
「ありがとうございます。」
「今日はシュリルディールにはマクベスの手伝いをしてもらうかの。取り敢えず自己紹介じゃな。ほれ。」
そう言ったクジェーヌの視線の先を見ると金髪の40歳くらいの男性。身体つきが文官とは思えないくらいにしっかりとしている。外にいた衛兵より強そうだ。
「マクベリアス・ジュリキュホール。宜しく。」
そう言った途端、マクベリアスの隣の男性がため息をつく。
「はぁ、マクベスは固いなぁ。僕はオセロッティアヌ・ルべキリニージュ。歳は22で趣味は女の子と話すこと、特技は会話だよ。んーと、ディール君って呼んでいいかな?僕の事はオセロって呼んでね。」
「は、はい。」
イケメンだ。目が大きくて可愛い系のイケメン。明るい茶色の髪はふわふわとしているが、だらしなくは見えない自然体なもの。濃い緑の瞳が片目だけバチッと閉じられる。
(ウインクも様になってるな。)
うっかりしてると雰囲気に呑まれてしまいそうだ。
「先日ぶりですね。トッレムです。」
最後に自己紹介したのは試験のことを言われた日にも会ったトッレム。
「4人は同じ立場じゃから敬語は要らんじゃろ。シュリルディールはディールで決定じゃな。マクベス、後は頼んだぞ。」
(呼び名を決めてるのか。まあ貴族の名前は長いからね。)
「マクベスさん、本日はよろしくお願いします。僕は何をすれば良いでしょうか?」
マクベスの机はディーの隣。つまり先程入ってきた扉から右手の奥だ。
そこに着席したマクベスは机の左側にあった書類の山を指差す。
「敬語要らん。これだ。」
チラッと見ると商人からの税についての書類のようだ。
マクベスはその1番上の資料とその隣の山にある資料を取り2点指差す。
どちらも同じ商会名が記載されてある。さらにもう1枚右側の山から持ち出した資料にも同じ商会名。
今年の納付税額と売上詳細の申告書と、今年の商会を調査した結果が2枚と昨年の詳細の計4枚がその商会に関することのようだ。
「問題ない。」
マクベスは資料の彼方此方を指を差し、時折紙を使って計算をしながらそう呟くように言う。
(なるほど。調査はやってくれてるから、その結果と昨年の様子から今年の申告書に問題あるかを見ていくのか。)
加えて言うと財部省の印も押されていることから総部省で行うのはそれの確認作業と言った意味合いが近いだろう。
「分かったか?」
「はい。調査結果と昨年の詳細から今年の申告書に問題点がないかを確認するのですね。この山とこの山とこの山で大丈夫ですか?」
「これもだ。」
全部で4つの山。それを風魔法で1つずつ自分の机に運ぶ。雪崩が起きないように慎重に。
マクベスは小さく目を見張る。魔法を使うのは5歳からとなっているからだろう。
ディーはそんな視線を感じつつも運び終え、マクベスに向けてお辞儀をしてから自分の机に向かう。
そして、山々を見上げる。
(んー…どう考えても届かないし、そんなに魔法は連発できないし…届く高さにするのが一番かな。)
空中で山を小分けにして手で取りやすい高さに並び替えた。何処かで見た映画の魔法のように書類が勝手に動いていく様は自分がやっているのに少し興奮する。
引き出しを開けるとインク壺とペンと白紙、そして総部省の判子だ。必要あらばこれを使えと言うことだろう。
(説明がもっと欲しいとは思うけど…お仕事始めますか。)
無口とお喋りの正反対の2人が登場です。
総部省に現在副大臣はいません。
トッレムは平民
マクベリアス・ジュリキュホールは子爵家当主の弟の次男
オセロッティアヌ・ルベキリニージュは男爵家当主の五男
副大臣としては殆ど貴族とは言えず立場が弱い為、任じたくとも任じられない状況です。もっと爵位が上の人達で良い人がいなかった結果非常に困っています。
ちなみに、トッレムを逆から読むとムレット。ハを付けるとハムレット。更にマクベス、オセロ。これらにリア王を加えるとシェークスピアの四大悲劇になったりします。
次回は2月11日21時更新です。
この時期にしか出てこないとあるお菓子を自分で買って自分で食べる日が近づいて来ていますね。




