30話 官吏登用試験
(さてさて、やって来ましたよ試験日が。)
官吏登用試験を受けるのはほぼ学園を今年卒業する者か既卒生だ。今回はディーの他にもう10人程外部からの受験生がいるらしいがそれくらいである。
試験会場も学園内にある。シュカイルゼン王立学園の中に専用の試験会場があるのだ。年に数回しか使われないが、通常の校舎では行わないらしい。無駄に土地とお金をかけている気がする。
その試験会場は学園内とは言え、通常の使われる校舎から少々離れた位置にある為、今日その方面に向かう者はイコール試験を受けに来た者だ。
ついでに言えば、殆どが平民だ。
準男爵と騎士爵の子供は基本は一代限りの爵位の為、Aは受けられない。だからここにいるかもしれない。
彼らも制度上は平民であるが、領地持ちの場合、大抵親から子供に代替わりする際に国から認められて子供が同じ爵位を認められる例が多い。だが、試験を受ける15歳頃に爵位を認められる者は少ないから必然的に試験は平民として受けるしかないのだ。
加えて、準男爵の子供はギリギリ学園に無試験で入学できるが、そもそも騎士爵の子供はシュカイルゼン学園に通う為にも試験を合格する必要がある。学園に通えているかも怪しい。
他には、有能さを分かりやすく周囲に示す為に子爵男爵家が受けることもある。伯爵家以上は滅多に受けることはない。落ちた場合の外聞というリスクが大きいからだ。そんな事をしなくともAさえ受かれば上に上がれるのだから。
庶子になるとどの爵位の子供でも外聞は関係ないから受けることが多いとは聞くが。
そんな事を思いながら窓の外を眺めていたシュリルディールは小さく欠伸をする。
今日は早起きだった。
ディーは特別朝が弱い訳ではないが、転生してから今まで寝てばかりの生活だった為に早起きすることは殆どなかった。
ディーが早起きすることになった理由はただ一つ。
目立つから、以上だ。
言わずもがな4歳児が最難関と言われる試験の試験会場に向かっていたら注目を集める。車椅子だけでも目立つというのにそこに年齢も組み合わせると場違い感が増す。
王か宰相かが根回ししておいていたのだろう。ディーが異常なまでに早く来ても普通に対応され、小さな教室に案内された。
そこには机が一つしかなく他とは隔離されている。4歳児の隣で試験を受けるのは試験に集中できないだろうという配慮から隔離されたのだろう。
この教室には既にディーの他に1人監視員がいる。ケインリーが何処にいるかはちょっと分からない。そんな監視員の視線が痛い。まだ開始していないというのに。
通常、1つの教室につき監視員は10人程度だ。ちなみに1つの教室に2〜300人程度の受験生である。1対1は中々ないレアケースだった。
(始まってからもずっと見られるんだろうな…不正しないのに妙に緊張するんだけど。)
チラリと抗議の意も込めて監視員を見上げるとバッチリと目が合う。
戸惑ったように慌てて目を逸らされる。
(あー…監視ってより暇だから見てたって感じか。)
彼は学部省の官人だろう。学部省は官吏騎士登用試験と学園の管理を行う省だ。監視員も当然学部省が自ら行う。
官吏登用と聞くと人部省だというイメージがあるが、人部省は官吏登用試験に受かった者の中で王城で働きたい者を割り当てる方を担当する。このように分けることで不正や癒着をなくそうとしているのだ。
他にも色々と手続き等で不正が出ないように徹底されているが、その話は今は置いておこう。
ディーは監視員にニコッと笑いかけて視線を外す。先程からの視線が少し探るような視線であったのはディーが幼いからというのと、直前の勉強をする様子がないからだろう。
(全部暗記したからね…)
今日までの1週間を思い出し、ディーは遠い目をする。
歴史と地理については殆ど問題なかった。今まで蓄えていた知識にプラスして少々覚えれば良かった。しかし、文化や伝統、建築、魔法は初めから理解する必要があった。特に魔法は魔法の仕組みで提唱されている幾つかの説は良いが、詠唱の文言はディーには無縁の世界だった。
とりあえず文言はページ全てを頭に入れた。いや、建築、文化、礼儀、伝統等もカメラアイを使いまくった。
算術は日本と比べて簡単すぎたのは幸いだっただろう。
現在ディーの頭の中には何冊も本があるようなものだ。読み込む時間もなかった為、本何冊も丸々カメラアイで頭に焼き付けたのだ。突貫工事にも程がある。
その為、問題を間違える可能性は低いが、暗記した中から探し出す時間と手間がかかる。カメラアイを使った暗記はディーの中にちゃんと知識として入っているわけではない。頭の中でいつでも見れる本に過ぎないのだ。
だから、ディーの場合は時間制限がある中でどれだけ解けるかが20位以内で合格するかどうかの分かれ目となる。
(こんな付け焼き刃で合格してもあまり嬉しくない気がするなぁ…)
ディーはもう一度小さくため息をついた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結果が出るのは試験から2週間後。
官吏登用試験ABC合わせてのべ2500人程度が受けることを考えるともの凄く早い。
AやCは特に記述がないから早く出来るというのもあるが、学部省の人達はほぼ徹夜で丸つけをするのだろう。
今合格番号と名前の書かれた発表板から布が外されようとしている。
その外そうとしている人達の目の下にクマができているのは見間違えではないはずだ。
(お疲れ様です。)
ディーは彼らに向かって心の中でそっと手を合わせた。
試験会場となった建物の前広場に多くの受験生が群がっている。そこには受験生だけでなく親や友達兄弟もいるからディーがヘタに目立つことはない。銀髪はフードを被って隠しているし。
だが、人数が多い分辺りはざわついている。
不安の声や心を落ち着けようと友達と焦る声、強がる声、言い訳する声、様々な声が彼方此方から聞こえてくる。
そのざわめきが少し大きくなる。
次の瞬間にはピタリと静寂に包まれた。
数瞬後、声が上がる。
笑い声
泣き声
叫び声
それらが風が一気に巻き上がるように辺りを埋め尽くす。
思わずディーは耳を塞いだ。
歓喜と涙が溢れるこの空間で冷めていると言われる態度であるが、耳がキーンとなって痛いのだから仕方がない。
眉を寄せながら徐々に人が去り小さくなっていく集団を見つめる。
ディーは初めから発表板から離れた位置に座っていた。あの集団の中にいても車椅子に座っている4歳児が番号や名前を見れるはずもない。
人が少なくなって落ち着いたら近づいて見るつもりだった。
(だから冷めてる態度を取っちゃうんだよ。)
これでも心臓は変に高鳴っているのだ。
ドクドクうるさいのだ。
「ディー様、そろそろ向かいましょうか?」
そっと後ろからサニアが問いかけてくる。
前を見ると人は半分以下に減っていた。試験BとCは別の場所で30分違いに発表されるからBに落ちた人はCの発表場所まで移動したのだろう。Bを受ける大半がCも受けているのだから。
「うん、お願い。」
そう言って近付いてくる発表板をじっと見つめる。
「あっ」
後ろでサニアの声が上がるとほぼ同時にディーの息が漏れる。
7位 5013番 シュリルディール・ディスクコード 485点
「デ、ディ、ディー様!!!」
サニアが嬉しそうに車椅子を揺らす。
そんな様子を見てディーの顔にフッと笑みがこぼれる。
そこでようやく気付く。
(あ…今まで顔強張ってたんだ…)
1週間だけだとか、付け焼き刃だとか色々思うところはあるけれど
(嬉しい、な。)
◆◆◆◆◆◆
受付で手続きを済ませたディーは馬車に乗って家へと戻る。いつも通り酔ったのはご愛嬌だ。
風で浮かべばいいと思うかもしれないが、浮かんだとしても馬車と同じスピードで前に進まなければならないのだ。そうでなければ背もたれから押されている分ダイレクトに振動はやってくる。微妙に楽になるかどうかというくらいで五十歩百歩だ。
サニアに馬車から降ろしてもらい、屋敷に入る。
「ディー!合格したのね。おめでとう。」
「ありがとうございます。」
結果を知っていることは別におかしいことではない。人が捌けるまで見に行かなかったことと手続きがあった為に発表されてからそこそこ経って帰ってきた自覚があるからだ。早く結果が知りたくて誰か使用人に見に行かせていたらすぐに結果は分かる。
屋敷に入ってすぐの広間にいたのはニコニコ顔のシュリアンナ。
「その事でディー、貴方に客が来ているわ。応接間に行きましょう。」
「はい。」
(客…父様から詳しい説明があると思ったけど違うのか。それならより詳しい説明が必要と判断されたと捉えていいのかな…とすると来てるのは宰相閣下か、その補佐か。)
そう考えながら開けられた扉を通り抜けて中へと入る。
「1発合格するとは流石だな、ディール。」
そこにいたのは、そう言ってシュリアンナと同じ色の瞳を細めてディーを優しげに見る人物。
思わずディーの目が丸くなる。
「あ、ありがとうございます。何故ルドルフェリド伯父様がこちらに…」
そこにいたのはミリース国王。
ここは王の剣と呼ばれるディスクコード家の邸宅であるし、危険な場所ではない。ではないが…
「お忍び、というものだ。」
(うん。そうだろうね。そうだろうよ。公務でここに来る必要ないからね。僕の総部省手伝いはそこまでの案件なのかよ。)
ふぅ、と一息ついてから、ディーは声を出す。今度の声は落ち着きを取り戻していた。
「分かりました。大事になる前にお戻り下さいね。」
(うーん、まさか陛下が出てくるとは予想外すぎるなぁ…)
郵送技術はありますが、安心安全確実とは言えないので郵送によって合格者発表はあり得ません。発表板に書かれているのが番号だけでなく名前も書いてあるのも不正を防ぐ為です。すぐにバレましたが昔脅して番号を交換し合格偽装をした馬鹿がいたのです。
また、ディーの5013番についてですが、5000番台というのは学園卒業生ではないということを意味しています。
試験という言葉は嫌ですね…
かく言う私も今現在テスト期間真っ只中です。切実にこの暗記力が欲しい、付け焼き刃でも1日で忘れるとかでもいいからテストだけ乗り切りたい、と願う今日この頃です。
次回の更新は2月4日21時です。




