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足なし宰相  作者: 羽蘭
第3章 内政
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28話 クジェーヌ・ソルベール






(何故そこにいる!)


シュリルディールは書庫に入った途端顔を引き攣らせる。得意のポーカーフェイスは崩れていた。

チラッと後ろのケインリーを見る。

だが、ケインリーは車椅子を押すのを止める気配なく、対象に歩み寄っていく。

いや、もしかしたら書庫に入る前に数秒止まっていたのが動揺の表れだったのかもしれない。ディーと同時に人影に気付くとは思えないのだから。


しかし、ケインリーも視線は引き攣る原因に向いており、ディーがケイを見ていることに気付く素振りはない。

やっぱりケイも緊張しているのだろう。


予感はあったのだ。昨日話しかけられた時から。

書庫に入ってすぐのテーブル、椅子のないシュリルディール専用の席となっている席の正面。

そこに1人の老人がいた。

こちらに気付いたのだろう。顔が上がりディーと老人の視線がかち合う。


「昨日ぶりですな。シュリルディール殿。」


低く少し(しゃが)れた、書庫という比較的静かにすべき場でも邪魔と思われにくい声がディーに刺さる。

ディーは左胸にピンと伸ばした右手を当てゆっくりとお辞儀をする。


「お会いできて光栄です。ソルベール宰相閣下。」


狸爺と密かに呼ばれている人物がそこにはいた。

ディーは入室した時に見せた動揺を欠片も見せず口元に笑みを(こしら)える。


(流石にドルチェさんの代わりの監視ではないと思うんだよね。)


あの誘拐事件後からドルチェはディーの担当から外れていた。

代わりに護衛でもあるケインリーが車椅子を押したり本を取ることをしている。

誘拐事件後初の書庫訪問の時に挨拶して以降、ドルチェとは会っていない。

いや、正確に言うと会ってる可能性もあるが、あの格好でなかったらディーは分かる気がしなかった。


そんなドルチェがいなくなったのは、単純にケイがいるから必要がなくなったというのと、新たな案件が浮上したのだろうと考えていた。

もし宰相がドルチェの代わりなら、ドルチェがいたのは厚意半分監視半分と思っていたことが崩れ去る。


(というか、それくらいケイで十分だ。ケイが護衛に就いたのはほぼ確実に伯父様関わってるし。)


孤児という出身と12歳という若さでディーと同じだけ書庫に入ることを許され、王城に潜みながら入っても咎められない。

これだけ条件が揃っていて公爵家だけで護衛を決めましたなんてあり得ない。

だからこそ、ドルチェの仕事ならばケインリーが引き継げるのだ。そんな難しい仕事でもないのだろうから。


考えれば考えるほど謎だ。分かったことは情報が少ないことと、宰相自身に聞かないと分からなさそうなことだろう。


ディーが口を閉じてからここまで5秒程。

その間ソルベール宰相が口を開く様子はなく、こちらをジッと見つめニコニコと微笑んでいる。

昨日も思ったが、一見すると好々爺。

単に本を読みに来ただけと錯覚してしまいがちになるが、それならば本が手元にないのはおかしい。数枚の書類はあるが絶対ここのものではなく持ち込んだものだ。


「…あの、宰相閣下、何か御用がおありで…?」


ディーがそう尋ねると宰相の笑みが深まる。


「シュリルディール殿、共に来てくれませんかの?」


(え、嫌なんだけど。)

口にも表情にも出さずに、心の中で間髪入れずに返答する。


そう思う心とは裏腹にディーは笑みを浮かべて軽く頷く。


「ええ、構いません。どちらへでしょうか?」


(面倒臭そうだけど断れないよなあ。)

そんな悪いことにはならないだろう、ディーはそう結論付けて席を立った宰相を見上げた。





「では、参りましょうかのお。」


朗らかにそう告げるクジェーヌにディーは躊躇いがちに待ったをかける。


「あ、あの、閣下が車椅子を押す必要は…」


「最近足が悪くなってきておって、掴みながら歩く方が良いのですよ。」


そう言われてしまうと言い返せない。

助けを求めようとケインリーの姿を探すがいつの間にか傍にいないし、見当たらない。おそらくいるのだろうけれど見つけられそうもない。

(ケイめ、逃げたな。)


ディーの僅かな抵抗は意味をなさず、そのまま書庫を出、クジェーヌが押すままに外廊を進んで行く。

妙に背後からの視線が気にかかる。しかし、後ろを振り返るのは気が引ける。

会話するにも相手の方を向かないで会話するのは、特に目上の人に対しては失礼にあたる為、褒められた行為ではない。

短い会話や伝言などなら対象外だが、それはここで宰相とする話ではないだろう。


ディーはひっそりとため息をつく。

(気不味い…)


クジェーヌはもうすぐ70歳とは思えないほどしっかりとした足取りだ。

風魔法で車椅子を押す手助けをしようと思ったが必要ではなさそうだ。

この世界は幾許か日本より老人でも元気な者が多い気がするが、クジェーヌ宰相は文官だ。その法則には当てはまらない。

そもそも医療の発達しておらず戦争や魔物、害獣の闊歩するこの世界では70歳まで生きているのが稀なくらいである。

そうだと言うのにクジェーヌ宰相の足取りは衰えている様子がないのだ。

車椅子を押す必要があるのだろうか。



…ないだろう。



そんなビシバシと当たる視線と無言を耐える時間は唐突に終わりを告げた。


「シュリルディール殿、こちらですぞ。」


目的地に到着したのだ。

書庫から15分程度。長かった。

ここに来るまでに何人もの人とすれ違った。

宰相の姿を見て軽い礼をしてからすれ違う人が殆どであったが、必ずディーを二度見三度見するのだ。にこにこ笑ってこちらも礼を返したが、あの対応で良かったのだろうか。

そんな事も相まって、ディーは余計に気疲れしていた。


(今まで注目される機会って殆どなかったからな…)


ディーは思わず小さくため息をつき、クジェーヌ・ソルベール宰相を見る。

クジェーヌはちょうど扉の前にいる2人の騎士と話し終えたようであった。

目の前の扉が開かれ、再び景色がゆったりと流れ出す。

幾つかの扉を抜けた後、書類の積み上がった机8個ずつの塊が4つ横に並んでいる部屋に辿り着いた。

全ての席が埋まっているわけではないが、半数以上は埋まっており、皆一心不乱に何かを書き記していて、こちらに目を向ける人はいない。


(物凄く場違い感あるんですけど…)


そうディーが心の中で思った時、出入口に一番近い席に座っていた青髪の文官が顔を上げた。


「クジェーヌ様!どちらに行っ、て…」


言葉が途切れ、青髪の口がパクパクと魚のように開け閉めされる。

その声にようやく気付いたのだろう。その部屋にいた他の人達も顔を上げてクジェーヌとディーに視線を向ける。皆一様に目を丸くしているのが何だか笑えてくる。


「この子はシュリルディール殿じゃ。わしの部屋に連れて行くから後は宜しく頼むぞ。」


「は、はい。」


机の間は車椅子が簡単に通ることのできるくらいの隙間は空いていた。そこを通り抜け奥の扉を中に入る。

そこには先程の机より大きく立派な机が3つ。さらに奥にまた扉が見える。

その3つの机の1つに座っていた人物が立ち上がって愕然とした表情でこちらを凝視する。

何処と無く先程の青髪の男性と容姿が似ているから親族なのだろう。


「く、クジェーヌ様…まさか誘拐なんて…」


(おい。…まあ近いけども。)


真っ先にその考えが頭に思い浮かぶのはどうなのだろうか。


「そんなわけなかろう。」


クジェーヌも呆れたようにそう告げる。


「シュリルディール・ディスクコードと申します。誘拐ではないですよ。」


微笑んでディーがそう言うとようやくホッとした表情をする。


「公爵家のご子息でしたか!私はトッレム、総部省大臣補佐を務めております。こちらにはどう行った御用で…?」


「わしが連れて来たんじゃよ。ちょいと気になる事があってのお。」


その言葉にディーの頰がピクリと動く。


「それより他の2人は何処に行きおった?」


「オセロは人部省にマクベスは魔法省に行っていますね。」


「ふむ…その人部省の件なのじゃが、その解決策がこの子じゃ。どうかの?」


クジェーヌとトッレムの視線がかち合う。ディーからはクジェーヌの姿は見えないが、トッレムが驚いているのはよく分かった。


「…はい?…え?いや、流石に…え?本気ですか?」


「うむ。どうじゃ?」


トッレムの視線がディーを捉える。


「…能力的には問題がないのですね?」


「知らぬよ。」


「は?」


頭上で交わされる会話に段々と話が見えてくる。嫌な嫌な予想がディーの頭の中で構築し始める。


「シュリルディール殿、どうじゃ?やってみるかの?」


ディーの目の前に移動したクジェーヌがディーの目を見てそう問いかける。


(へぇ。わざと説明してくれないんだね。)


ディーの口元が僅かに緩んだ。










次回は1月21日21時更新です!

キリ良い所で終われなくてこんな微妙な所になってしまい申し訳ありません。

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