22話 事件終息を迎える前に
部屋内にいた全員がディーの仮説を理解し切った後、すぐに動いたのはフォルセウスだった。
第2騎士団に王都内のあらゆる箇所をブロック分けし、その中を数人単位で巡回させるように命じる。
「捕らえたら黒幕が分かると思うか?」
フォルセウスからの問いにシュリルディールは首を横に振る。
ディーに聞くフォルセウスもフォルセウスだが、周囲も皆ディーに事件について尋ねることをおかしいと思わないくらいには感覚が麻痺していた。
「思いません。
しないよりはマシというだけです。分からなくても黒幕への牽制になりますから。」
黒幕=Xが分かりやすければいいが、そんなことはないだろう。
偶々とは言え、ディスクコード家の子をターゲットにしたということは、アイツとXの繋がりが薄いことを示しているし、もしかしたらアイツとXの間にまだ何人か仲介役として誰かしらがいる可能性も高い。
手間はかかり確実性は落ちるが、アイツとXの繋がりを薄くしたということは Xは保身を第一に考える人物だ。
そう考えると、すでに証拠は何一つ残っておらず、アイツも生きているとは限らない。
ワイズの主の遺体を遺棄する人など大した情報を持っているとは思えなかった。
だから、牽制。
それ以上の意味などない。
(本当面倒なことをしてくれるよね。)
Xが保身第一だからこそ、ワイズの主の死体廃棄現場にて誰かしらを捕らえられたら、確実に次回は今回のように自分に火の粉がかかってこないとは言えないから、同じように騎士団に手を出してくることはなくなるだろう。
何度も何度もこんな事をやられたらたまったもんじゃない。
これから第2騎士団が動く理由は捕らえる為というよりは今後同じ事が起こらないようにする為だった。
門衛に就いている者を除き、第2騎士団は30分足らずで残らず方々へ散り、第2騎士団の詰所には第1騎士団が残った。
ワイズを捕らえてから1時間か、そこまでかかっていないくらいの素早い行動。中々日本じゃ考えられない光景だ。
第1騎士団はワイズを第1騎士団の牢へと連れて行った。今尋問しても何も喋れなさそうだったからだ。
それを第1騎士団とともに動きながらボーッと眺めていたディーはふとある事に気付き声を上げる。
「あ。」
小さな声だった為に隣にいたカイトがチラリと見るくらいで他の者に反応はない。
だが、シュリルディールは自分を見たカイトに気づくことなく顔を痙攣らせる。
事件内容についてばかり考えてそれ以外がすっかり抜けていたことに今更ながらに気付いたのだ。
(兄様の事忘れてた!!!)
…ということである。
ブラコン気質のあるアレクフォルドにとって、少し目を離した隙に弟が連れ去られたのだ。
心配するどころの話ではない気がする。
ディーの頬を汗が一滴伝う。
(多分救出されたことは兄様の耳にも入ってるはず…だけど…)
嫌な予感しかしない。
(い、いや、流石に公爵家長男が夜に一人で家の外に出てここに来るなんて周りが許さないよね。うん。)
無理矢理自分自身を納得させたが気分が晴れることはなく、焦燥感が募っていく。
ディーは小さくため息をつくと、口を開いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
カイトと共に王都のディスクコード邸に戻ったシュリルディールは屋敷中の者に心配され、パメラに至っては泣きすぎて再起不能になる程だった。
シュリアンナはディーの誘拐を聞いて倒れたそうで意識が未だ戻っていないらしい。
そのせいもあって使用人達は皆忙しく動き回っていた。
それを聞いたディーはまずは母の元へ向かおうとして、ふとその動きが止まる。
(兄様は?)
アレクフォルドはここに来る様子がない。だと言うのに使用人達の口からは兄の情報が一切伝えられていない。
明らかにおかしかった。
視線だけを動かして周囲を確認する。
こちらを見て安堵する顔と、ぱっと見怪我がないことに喜ぶ声が聞こえるが、その中に憂いた表情の者が少なからずいる。
シュリアンナの事を心配しているのか、それとも…
「ヤン爺、何があった?」
「坊っちゃま!よくご無事で!」
隠そうとしているが明らかに焦った表情のヤン爺の姿に嫌な予感が増していく。
ヤン爺の焦り顔はフォルセウスやアレクの貴族にしては軽い態度の際にいつも見ている。しかし、それとは異なり、今はいつもはない深刻さが混ざっていた。
「それが、若様が…」
その言葉にディーの脳裏に嫌な予想浮かんでくる。
(兄様が一人で僕を探しに行ったとか?)
「家を継ぐ資格がない、団長になる資格がないとおっしゃられて…私達もお止めしたのですが…閉じこもってしまいまして…」
それを聞いたディーは思わずと言った風に空を仰ぐ。
(うわぁ…想像以上だ…)
見上げた先に見える星々が綺麗に光っているのが恨めしく思えた。
◆◆◆◆◆◆
アレクフォルドの部屋の前まで運んでもらうと、使用人を仕事に戻らせ、シュリルディールは一人でドアを開けて中に入る。
ここからは兄弟の話し合いだ。
「誰だ?……っディー?!」
入った途端に奥から少し掠れた声がする。
アレクフォルドの部屋は広い。ベッドに突っ伏して居たアレクは顔を上げてこちらを見ると、すぐに泣きそうな表情へと変わる。
ディーが気付いた時には身体は車椅子から持ち上げられ、ぎゅうぎゅうに締め付けられていた。
どこか既視感を感じる。
だが、こちらの方が安堵より悲痛感がある気がする。腕が微かに震えているせいだろうか。
「ディー…すまない…すまない…」
「に…さま…」
苦しそうにそう言うと少し腕の力が緩まる。しかし離れる気配はない。
アレクはちゃんといることを確かめるかのように腕をめいいっぱい使ってディーを包み込む。
ディーも抱きしめ返そうと腕を伸ばすが、ディーの眼前はアレクの胸元付近であり、アレクの腕に邪魔されて腕は満足に伸ばせそうもない。
当然に小さな手はアレクの背中まで到達することなく、アレクの服の横腹の部分を軽く掴む形となる。
しばし、その体勢のまま時が過ぎる。
先に口を開いたのはディーだった。
「兄様。聞きました。」
幼い子供が出したとは思えない固く低い声にアレクは軽く息を呑む。
「兄様は僕に公爵家と騎士団を押し付けるつもりですか?満足に動けない僕に。」
バッと身体は離れ、ディーは車椅子に下される。
二人の目線がかち合う。
「っそんなことはない!」
「なら。それなら、そんな事はしないで下さい。言わないでください。」
ディーが連れ去られてすぐにフォルセウスに知らせたら、フォルセウスに探すことも外に出る事も禁じられ、ただただ家の中で無事を祈ることしかできなかったのだ。
自分自身を責めに責めたのだろう。
だが、それとこれは別の話だ。
ディーの瞳が僅かに揺れる。しかしその眼光は鋭くアレクに突き刺さったままだ。
「それに、兄様のせいというだけではないですよ。」
「だが…!」
「ロマネクス家に任せて護衛を出さなかった父様のせいでもありますし、代わりとして僕等の護衛を務めたナチヤのせいもあります。
そして、抵抗しなかった僕のせいでもあります。
そもそも僕が来たいと言わなければ兄様はメリーお義姉様だけ守っていれば良かったのです。
一番誰のせいだと聞かれたら僕でしょう。準備もキチンとできていないのに急遽行くことにしてしまったのですから。
兄様がそんなに気に病む必要はありませんよ。」
そう言ってディーは微笑む。
だが、アレクの表情はまだ晴れない。
それもそうだ。4歳の子供が一番は自身のせいだと言ったのだ。納得しろという方が無茶な話である。
「それに僕は何も酷いことはされませんでしたし、閉じ込められていたのはたったの2時間です。」
ワイズ達の目的が逃げない人材確保の為らしいということも、元々騎士団は誘拐犯のアジトを知っていたということも、教えていいのか分からない為に今は触れられない。
それを伝えられればアレクの心痛を少しでも柔げる気がするが、できないものは仕方がない。
本心からアレクフォルドのせいだと思っていないことと、何ともなかったことを伝えるしかなかった。
(本当に他の貴族の子じゃなくて僕が捕まって良かったって思ってるんだけどね。)
「兄様、また行きましょうね。」
微笑んでそう言ったが、アレクの表情は未だ晴れない。
(でも…意地悪な言い方をしたから兄様は次期公爵家当主と次期騎士団長という地位になりたくないとは言えないでしょ。)
鬼畜だ卑怯だと言われようが構わない。必要な措置だった。
そう言い聞かせながら兄の様子を見る。
(だめだ…兄様は自分を追い詰めてる。どうすれば…)
アレクの視線は下を向き、身体は離れたものの未だディーの腕を掴む手に籠る力はそこそこ強い。
「ディーを守れない俺と一緒に街に行くのはやめた方がいい…」
ディーは風魔法を発動させアレクの身体を自分に近づけると、その首に腕を回す。ディーの頭がアレクの肩に乗る。
(兄様は僕を守れなかったことを悔やんでる…でも、そもそも…)
心の中で兄に対して謝ってから口を開く。
「兄様は僕を守らなくていいんですよ。」
抱きついたのはこの言葉を言った時の兄の顔を見たくなかったから。
そして、今のディーの顔を見せたくなかったからだった。
ヤンデレ入ってるんじゃないだろうか…
ちなみに、時間は現代の日本と同じです。初めは違うようにしようと思ったのですが、面倒になりました。
次回は12月17日21時更新です。
アレク視点でお送り致します。




