21話 説明
分かりにくいなーと思ったらあとがき見れば多分分かります。
これは
騎士団と父様を狙った事件だ。
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シュリルディールは自然と下がっていた顔を上げて側にいる騎士を見上げる。
シュリルディールの一応護衛役を任じられた騎士はそれを不思議そうな面持ちで見返す。
小さな子供があっ!という声を上げたと思ったら数秒下を向いてから自分をジッと見つめてきたのだ。
彼が何だろうと不思議に思うのは当たり前のことだった。
そんな騎士にディーはにっこり笑って告げる。
「父様の所に連れて行って下さい。」
「はっ…?…いや!駄目です!シュリルディール様はこの部屋から出さないように、と言われておりますので!」
一瞬虚をつかれた顔をしたがすぐに引き締まった表情で首を振られる。
(まあ、そうだよね。
どうしようか。これが合っていたとしたら早めに動き出した方が良いけど…)
合っていたとしたら、と考えてはいるが大方合っているだろうという確信があった。だからこそ、今すぐに伝えて対処をしなければならない。
色々誤魔化せば父の元へ行けるかもしれないが非常に面倒な未来しか見えない。
「よし。」
シュリルディールは小さく呟く。
そして
飛び出した。
もちろんその方法は風魔法である。
「へっ!?」
驚く声が聞こえるが、無視。
ドアには鍵がかかっていない。簡単に風魔法で開いた。
目指すは先程までいた部屋。
部屋同士の距離が近かったことが幸いした。扉の前に1人騎士がいるが、大団長の小さな息子が何故か突っ込んでくるのを見て戸惑う。
これが知らない人物や子供でなかったら騎士はすぐに動けただろうが、なまじ誰か知っており、自分の上の上の上司の息子という事実が騎士の動きを阻害した。
そんな騎士が止めて良いものか悩んだ隙を突いて、ディーは風魔法でドアを開ける。
少し焦っていたのか上手く調節ができず、かなり乱暴に開けられたドアの先ではフォルセウスやカイト、トーリらが手を剣にかけながらこちらを見ていた。
ディーの姿を捉えた途端その緊張が少し緩む。
ディーはチラリとワイズを見る。
少し顔が殴られた跡があるがそれだけらしい。その表情は目を閉じ口を固く結んでいる。
これから本格的に拷問に入っていくつもりだったのだろう。大団長の息子の為に引き止めていいものかと右往左往する背後の様子を感じながらシュリルディールは口を開く。
「父様、ワイズの主が誰か特定できましたか?」
「ディー、ここはもう子供の来る場所ではない。」
そう言う父の声を無視して続ける。
「伝えたいことがあって来ました。僕の考えが正しければワイズの主はもうこの世にはいません。」
その言葉に部屋の中外にいたシュリルディールの言葉が聞こえた全員が目を見開く。
「おそらく3日後程までに発見されやすい場所に放置されているでしょう。それを人目につく前に騎士団が回収する必要があります。」
早口で聞き捨てならないことを連発する息子にフォルセウスは戸惑った声を上げる。
「ち、ちょっと待て。どういう事だ?話の流れが読めないぞ。」
皆がこちらの言葉を聞き入っていることを確認して、シュリルディールの口角が少し上がる。
(よし、上手く流れを引き寄せられた。)
一番最悪なパターンは話を途中で止められることだった。フォルセウスがディーの頭の良さの一端を知っているとは言え、止められる可能性は高かった。
だが、こうやって聞き入る雰囲気に持ち込めたのなら怖いものはない。
「では、この事件の概要から説明しましょう。
まず、誘拐犯側の登場人物は4人います。
実行犯ワイズと、誘拐を命令したワイズの主、誘拐の方法等を伝授したワイズからアイツと呼ばれている人物。
アイツと呼ばれている人物は1人ですが、その裏に依頼者や命令者が誰かしらいると僕は考えています。なのでその人物をXと呼ぶ事にしますね。」
立てていた4本指を下ろしてから大きく息を吸うと、ディーはまた話し始める。もう今までとは異なりその表情に笑みはない。
「ワイズとその主がこの一連の誘拐事件を起こした理由ははっきりとは分かりません。
読み書きができることを条件としている事から、人手が足りない領地の貴族が、逃げ出しにくい子供を使うつもりだったのだろうことは察せますが、それ以上は分かりません。」
「そこまで分かっていれば充分だろ…」
誰かがそうポツリとこぼす。
思わず溢れてしまったというその声に反応して上下に振られる頭。その数が少し多いが気にしないことにしておこう。
「ですが。
この事件において重要なことは
Xの目的です。
Xに依頼か命令されたアイツは人手が足りず困っている彼らに近付き誘拐という方法のメリットを説いたのでしょう。
しかし、ワイズの主はどうか知りませんが、ワイズはXの存在だけでなくアイツの素性も何も知らない。おかしいとは思いませんか?
それは彼らがそこまで疑り深い人達ではなかったからでしょうが、そもそも人数は多くとも多くの騎士団が常駐している王都で誘拐事件を起こすこと自体がおかしい。
これもおそらくアイツの指示でしょう。合ってますよね?」
ディーはワイズをチラリと見やる。ワイズは緩慢な動きで頷いた。
(大方、王都は人口が多いからバレにくいとか何とか言ったんでしょうけど…そんなわけないじゃん王のお膝元なんだから)
「他にも誘拐のやり方も杜撰ですし、10日も連続して誘拐してバレていないと思って居座り続けるのもおかしいです。そして、何より騎士団が誘拐犯の居場所を捉えた辺りで、その誘拐犯がどこの貴族か分からないのに貴族に繋がっていることだけが確証の高い証拠として挙がる。
これは全てXとアイツに繋がっていると考えられます。何故、素性も分からないアイツを信じていたのか僕からしたら理解に苦しみますが、それは今言っても仕方のないことですね。
アイツひいてはXがワイズとその主に杜撰な誘拐方法を教えて、起こさせて、僕を誘拐するよう指示して、騎士団に捕らえさせた。
つまり、アイツは初めからワイズの主を陥れる為に誘拐方法を教えたのです。」
(ワイズとその主は人を疑わなさすぎるんだよね。おかしいとは思っていたんだろうけど、そんな相手の口車に乗って行動を起こすなんてどんだけ頭の中お花畑だよ。)
「陥れる為なのにどうしてコイツの主人が死ぬ事に繋がるんだ?」
「それは簡単です。ワイズの主を陥れるのは最終目的ではなく、それに至る為の通過点だからです。」
迷いなくそう告げるシュリルディールをジッと見つめながらフォルセウスは口を開く。目の前にいる自分の息子が自分と違う場所にいるような気がして、何だか妙に口の中が乾いた。
「最終目的は…?」
フォルセウスの僅かに震えた唇から紡がれた問いにシュリルディールは軽く目を伏せてから口を開く。
「それは…
騎士団の不祥事が起こる事による騎士団における父様の影響力低下です。」
よく分かっていないフォルセウスの表情を見てディーは理解しやすいように今までより幾分かゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「この事件は最初は孤児院の子供やスラムの子供から始まりました。その後、商人の子や工人の子です。そして、最後に貴族の子供を連れ去った所で捕まって終わり。初めからそんな想定をしていたのでしょう。
この最後に連れ去られたのが僕、父様の子供ではなく他の貴族の子供だと考えて下さい。
貴族の地位にも寄りますが、何故誘拐事件を把握していたのにみすみす誘拐されるような手段を取ったのかと糾弾されます。
まあ、地位が幾らか低くともディスクコード公爵家自体に敵愾心を持つ家もいますから、彼らが勝手に擁護に回るでしょうし強く糾弾されることに間違いはないですね。
ここまでは分かりますね?」
フォルセウスは無言で頷いた。周りの騎士もつられて頷く。
「ここで、何故ワイズの主がもうこの世にいないと考えられるのかという問いに対する答えを導き出すことができます。
誘拐された子供の親貴族達が糾弾する時、誘拐事件の黒幕の貴族が捕まったとします。
そうなると騎士団ばかり糾弾するのは外聞が悪い。結果が全てという言葉にもあるようにすぐに救出されたのだから良いじゃないか、黒幕が捕らえられたのだから良いじゃないか、となります。その結果、騎士団を糾弾しづらくなってしまうのです。
ですが。
ここで黒幕の貴族が既に他の黒幕と思われる人物か何かに殺されていたらどうでしょう?
当然に黒幕に糾弾する術はないのだから騎士団に全ての矛先が向きます。
まだ黒幕がいるじゃないか。捕まえられてないのに…となる訳です。
さて、この情勢でどれだけの貴族がそれに乗っかるでしょうかね?
そして、父様はどれほどの責任を負わされ、どれほどの騎士団への影響力を失うことでしょう?
まあ、選んだ貴族の子供が偶々僕だったので糾弾されることはないでしょうけど。そこだけは徹底していなかったようで良かったですよね。」
「ついでに、何故アイツの裏にXがいるかという理由説明にもなりますね。
僕は兄様とメリーお義姉様と一緒にいました。もし、父様を陥れたいのなら今まで王都にいなかった僕は置いておいても兄様のことは知っていると思いませんか?
それなのに兄様と一緒にいた僕を標的にした。
だからアイツがこの事件を計画したのではないと考えられます。
ただXの指示通りに動いただけなのでしょう。そのXも現場を見ながら指示を出していたわけではないのでしょうけど。」
シュリルディールは一通りの事件概要は終えたところで辺りを見渡す。
部屋は不気味なまでに沈黙に包まれていた。
(一気に情報流しすぎたかな…?)
ディーは軽く首を傾げながら淡く微笑む。
(早く理解が追いついてくれると有難いんだけど…)
だってまだ事件の概要を説明しただけなのだ。これからすべき手段については触れていない。ここまで言えば分かる人は分かるだろうが。
長い沈黙の後、初めに口を開いたのはカイトだった。
「シュリルディール様、つまり、コイツの主人の死体が現れるタイミングを突いて捨てようとしてる奴らを捕らえろってことですか?」
「僕のことは様付けじゃなくていいですよ?まあ、そう言う事ですね。」
分かってくれた人がいてシュリルディールはホッと息を吐く。
無駄に長々と説明してしまった気がしたのだ。できる限り簡潔に説明したと思ってはいるが、前世でも何度も説明してくれないと分からないと何度言われたことか…
「いや、流石に…私は平民なので…」
(仕方ないか…身分に助けられているのは自覚してるけど面倒だな)
ディーは軽く唇を尖らす。
自分の説明を受けて、これから話そうとしていたことまで読み取ってくれたカイトに対してどこか親近感を抱いていたからこそ、距離を感じる様付けは残念だった。
「おい…」
震えた低い声で呼びかけられ、ディーは左下を見る。
縄で縛られ、床に転がされているワイズが発した声だった。
「ルベ…い、いや、死んでるってどういう事だよ!」
「そのままの意味です。連絡が取れない時点で薄々察していたんじゃないですか?」
ワイズが説明に付いてこれないのは分かっていた。自分が犯罪を犯しても構わない、自分が汚名を被ってでも助けたいと思っていた人物が死んだと言われたのだ。
思わず、これが真実と決まった訳じゃないという言葉がディーの口から出そうになった。
確かに目の前の男はディーを誘拐した犯人だけれど、憎めない。憎むことができるにはディーは情報を持ちすぎていた。
だからこそ、ワイズの「信じたくない」「嘘だ」という感情がありありと見て取れる今にも泣きそうな表情に一種の希望を持たせたくなった。
だが、すんでのところで口を閉じる。
考えれば考える程ワイズの主が死んでいる事は事実に思えてくる。それ以外の仮説に誤りがある可能性はあるが、この点に関してだけは95%くらいは真実だという確信があった。
ならば、ここで希望を見せても逆により残酷になるだけだ。
シュリルディールはワイズに近づきながら口を開く。
「これは貴方達がおかしいと気付けたら防げたことです。
誘拐に手を出さなきゃならないくらい追い込まれていたのだろうが、もっと良い方法もあったはずだ。もっと誰かに頼れば良かったんだ。それを自分達だけで抱え込んで解決しようとしたのが間違いだ。」
(非情だと思われるだろうな。)
告げ終えたディーの瞳は非情な事を告げた人物とは思えないくらい震えていた。
犯罪に手を出したことはないが、かつて全て一人で解決しようとしていた自分の姿と重なった。
(あの時、私には気付いて気付かせてくれた家族がいた。この人達にはいなかったんだろう。
昔皆が告げてくれた言葉を言ったけど、もう犯罪に手を染めてる時点で将来性は手遅れかな…)
昔美奈が家族から言われた言葉と確かに似た言葉をディーはワイズに投げた。
上から見下ろす体勢と感情を隠そうとして平坦に冷徹に聞こえる声音は、似たような言葉であると言うのに全く与える印象は別物へと変えてしまってはいたが。
しかし、ワイズには効いたようで顔を伏せ黙り込む。
ディーは少しの間それを見つめてから辺りを見渡した。
顔色からして頭の整理が大方終わったようだった。
「ご質問がありましたらどうぞ。」
そう言ったディーに皆が一斉に口を開く。
先程言ったはずのことを何度か聞かれたのは情報が多いから仕方ない、と思う一方で騎士団がそんなんで大丈夫かとディーが不安になるのも仕方のないことだろう。
簡単に言うと、黒幕は初めからフォルセウスの騎士団への影響力を弱らせる為にワイズ達を利用して誘拐事件を起こさせたということです。
毎日のように子供が攫われていて、騎士団は誘拐犯の場所は特定してあるのにどこかの貴族が関わってるっぽいから逮捕を延ばしていたら、貴族の子供まで攫われたから慌てて誘拐犯を逮捕。なのに、誘拐事件を起こした貴族は騎士団と関係のない所で後に遺体となって見つかる。
黒幕はこんな筋書きを描いていました。
こうなっていたら騎士団、その長であるフォルセウスは糾弾されるでしょうね。
だけど、攫った貴族の子が偶々ディーだったので詰めが甘い。詰めが甘くなってしまったのには察せる理由がありますが、左程重要でもないです。
解決前にワイズの主の死体が見つかると、捕まったから切り捨てたのではなく初めから切り捨てることが騎士団は置いといても各方々にバレバレなので解決後に見つかる可能性が高く、関連性を強める為にもこの日か次の日、またその次の日までには死体発見となるでしょう。ということで次回は急いで動けって話になります。
次回は12月10日21時更新です。
ワイズの台詞を少し変更しました。
ワイズの主の名前をハヤトィールからワイルベールに変更したことによる変更です。(1/5 15:48)




