20話 近付く真相
内心で思っていること考えていることは基本は括弧内に入れています。
ですが、そうでない時もそこそこあります。今回はそうでない時が半端なく多いです。
考えているのが長すぎて括弧内に入れにくいのです…
ただ括弧がなくても考えていることだなと分かりやすくはなっていると思います。
一段一段の高さが大きく、幅が小さい優しくない階段。
唯一優しいのは木ではなく石で出来ている点だろうか。ここ一帯の木造建築は素材が大半ダメになっており、脆いのだ。石はその点の心配はない。
ただ、その良点も使いにくさから半減している気がする。勿論装飾などあるはずもない。
四方を冷たい石で囲まれた殺風景な階段をカイトは進んでいく。
シュリルディールはカイトに抱えられたままその階段を上がり外に出る。
誘拐される前、日は傾いていたがまだまだ明るかった景色は闇に呑まれており、辺りの景色は目を凝らしてもはっきりとは見えない。
所々ふよふよと浮いている光が眩しい。
突入してきた時のカイトとメズィーニヤの隣にも浮いていたその光は光魔法によるものだ。
光魔法はこういう時には使える。
逆に言えばこういう時以外使えない。
光線なんてものは存在していないし、その為にはどれだけ強い光を出さなければならないのかという話になるからだ。
(外だ…)
とシュリルディールは一瞬思ったが、その思いに感動は左程篭っていない。
シュリルディールが閉じ込められていたのはたったの数時間なのだ。病気の時は何週間も外を見てなかった時もあるのだからそんなに思う所もない。
「ディーーーーー!!!!!!」
大声で呼ばれたディーはビクッと身体を震わせ、声のした方を見る。
見なくても誰かは分かっていたが、あまりの迫力に視線が寄せられた。
大男が物凄いスピードで近づいてきていた。時々光が浮いている以外は真っ暗闇なのに何かが近付いてくるのがよく分かる。
大男の影が猛スピードで迫ってくる。軽くホラーだ。
ディーはすぐさまカイトの腕から飛び出し、風魔法で空へと避難する。
避難した。
はずなのに、いつの間にか目の前は何かに押し付けられて真っ暗で、身体はぎゅうぎゅうに締め付けられている。
苦しい。
「怖かったよな。ごめんな。」
声が聞こえるが、そんなことより今すぐ離してほしい。切実に。
そんな思いがディーの胸中を占める。
(何その反射神経…異常すぎるでしょ…)
元々感動も何もしていなかったけれど何だか色々と台無し感が半端ない。
「団長、シュリルディール様が潰れますよ。」
その声にフォルセウスは慌ててディーを解放する。
「あっすまん。大丈夫か?」
ディーは途端に開けた視界に少し目を細めながら何度も大きく息を吸い、頷いた。
「ディー、怪我はないか?何もされてないか?」
ディーの何倍も大きな身体なのに、何だろう。凄く目が子犬に見えてくる。
「大丈夫ですよ。今のが一番痛かったです。」
その言葉に目に見えて落ち込む大の大人の姿には苦笑するしかない。
「お?」
近くから少し驚きを含んだ声に皆が一斉にそちらに視線を向ける。
声を出したのはトーリだった。
トーリは肩に担いでいたものを少し乱暴に地面に落とす。
「大団長、どうやら起きたみたいですぜ。」
「ふむ…ここは少し痛い目に「わーーーー!!」
すぐ側から聞こえた不穏な父の言葉にシュリルディールは大声をだして気を逸らさせる。
「と、父様落ち着いて下さい。まだ黒幕分かってないんでしょう?」
「そうだが…これとそれは別の…」
「別じゃないです!ほら!怪我もないですし別にそんなに怖くもなかったので今は解決に向かいましょう!黒幕の方が問題ですし!ね?」
この人情報吐く前にボコボコにされちゃう、その思いから早口でまくし立てる。
「確かにそうだな。早速尋問にかけるか。ここからはスピード勝負になるかもしれないからな。」
その言葉にホッと息をついたのはディーだけではなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
場所は変わってドア以外上下四方を石で囲まれた一室。だが、先程までいた地下の階段とは異なる印象だ。殺風景には変わりないからおそらく光の数の違いだろう。他には脱せた安堵という心理的感情からだろうか。
ディーは小さく息をはく。
ここは第2騎士団の詰所内。
第2騎士団は王都守護を主な任務としている為、他のどの騎士団よりも商街寄りにあり、平民出身の者が殆どを占める為、普段は他より堅苦しい印象はない。しかし、今限りは他のどの団より張り詰めていた。
第2騎士団を示す紋章を付けた騎士達は皆緊張した面持ちで敬礼している。
その視線の先にいるのは第1騎士団のトップ、フォルセウス・ディスクコード。
この部屋に到着するまでフォルセウスの隣にいたディーも騎士に釣られて緊張してしまうくらいだった。部屋に着いた途端、思わず安堵の息が漏れてしまうのも仕方ないだろう。
シュリルディールが家に帰らずここにいるのは誘拐犯に聞きたいことがあったからだ。駄々と理屈をこねて何とか誘拐犯と話をするのを許可された形だ。
ディーはチラリと床に転がされた男を見る。
「お前は今日連れてきた…」
ディーが見たタイミングでバッチリ男と視線が合う。嬉しくもなんともない。
「はい、シュリルディール・ディスクコードと言います。少しだけお話ししましょ?」
ディーは首を傾げてにっこり微笑む。
本人は話しやすくする為に微笑んだつもりだったが、それは逆効果だ。
傍から見ると自分を誘拐した犯人に微笑みかける4歳児なのだ。どこか不気味で恐ろしさを感じる。周囲の騎士の顔はディーを見て引き攣っている。
ディーの名前に気を取られ、表情にまで気を向けられなかった男は儚い幸運と言えるのかもしれない。
「王の剣…そんなん聞いてな…」
男の顔は目を見開き呆然としていた。
それを聞いたディーの眉がピクリと動く。
(聞いてないって…)
王の剣とは騎士団長と近衛隊長を務めてきたディスクコード公爵家を指す言葉だ。
ディーは頭の中で今まで立てていた仮説を全て捨て去り、この事件の概要を一から構築していく。
(この人が僕の事を知らないから、とすぐ切ったのが間違いだったか。黒幕は全然有名じゃない僕のことを知ってる…?)
「僕を誘拐するように誰に言われましたか?」
「誘拐のやり方を教えてくれた奴だ。」
男は噛み付くように答える。何だかヤケになった感じだ。それもこの状況では仕方ないのだろうけど。
「その教えてくれた人とは貴方の仕えている人ですか?」
「っんなわけないだろ!誰がアイツなんかに…!怪しいとは思ってたが裏切りやがって…」
一気に雲行きが怪しくなった気がする。単純な誘拐事件ではない、そんな思いがディーの胸中をよぎる。
(アイツにとってこの人は捨て駒か。)
そうでなければディスクコード家の息子など狙わせない。
(けど…捕まるのが分かっいるのに何故狙ったのか。)
その後も問答を続ける。
色々と今更感はあるが、この縛られている男の名前はワイズと言うらしい。
仕えている主に忠誠を誓っているのか、主については口を割ろうとしない。だが、
アイツについてはワイズは知っている情報を全て話したように見える。とは言っても見た目もフードを被っていて詳しくは分からないと言うし、有力な情報は何もないが。名前も仮名ですら分からない時点で察せるものがある。
「そのアイツから伝えられた僕の情報は何ですか?」
「は?読み書きは十分以上にできるからオススメだ…とは言われたがディスクコード家のもんだなんてこれっぽっちも…!」
「これっぽっちも知らないのは知ってます。僕に関して指示されたのはいつ?それと誘拐する子供の指定をされたのは何回目?」
「そ、そうか…今日の昼過ぎで初めてだが…」
その言葉を受けたディーは最大限高速に思考を巡らす。
(やっぱり僕の事を知っていた。
そもそも途中で分かれたとは言えそこそこ大人数で街を歩いていたんだ。そんな子供を狙うなんて余程の理由がなきゃやらないし、読み書きができるってことを知ってたのも気になる。
…というか読み書きができる子供を集めてたのか。奴隷にして売り飛ばす感じはなかったし…)
先程から諦めの境地に至っているとは言え、存外素直に話すワイズの目を見つめる。
「子供を連れ去って何をするつもりでしたか?」
これも素直に喋るだろう。
そう思った。
だが、男は口を閉ざしたまま視線を逸らす。
(この人の主が分かる理由になりそうなのかな。)
「まず、売り飛ばす訳ではないようですね。そして読み書きができることが必要。だから何かをさせる為でしょうけど、その何か、は何でしょう?」
もう少し核心に近寄って聞いてみる。男はビクリと反応するが口は開かない。
(諦めるか。)
今聞きたいことは粗方聞いた。あとは考えるだけ。そう思ったシュリルディールは騎士や父に目配せをしてから後ろに下がる。
これから拷問でも始まるのかもしれない。そのまま部屋の外に連れ出され、近くの部屋に案内される。
幾分マシになっているとは言え緊張した視線はビシバシと突き刺さっているのに話し掛けてくる人はいない。
今は話しかけてくる人がいないことに感謝しながらディーは目を閉じ、深い思考の層に意識を落とす。
今までの問答から最有力な仮説は、ワイズとその主には読み書きのできる子供を使って何かをしようとしていた。何かというのはこの際置いておく。何となくそこまで悪い事をさせようとしていたのではなさそうな雰囲気を感じるが。
そして、アイツはそれを利用した。
ワイズ達とアイツの目的が同じなら騎士団が動く存在である僕の誘拐を指示しないだろう。
だから、一番の問題はアイツの目的だ。
僕を狙うように指示があったのは今日の昼過ぎ。良い狙いが見つかったから偶々狙われたと言ったところだろう。商街に行く事自体偶然なのだから。
偶々僕が狙われた理由は、騎士団がすぐに動く理由となるから。
これが一番考えられる仮説だけれど、ワイズ達はあと5日もすれば捕えられたはずだ。流石にそれ以上は黒幕が見つからなくても待てない。
だからアイツはすぐにワイズ達が捕らえられてほしかったのだ。
その理由は?
これ以上粘られるとアイツの素性までバレてしまいそうだから?
直接対峙したワイズにも悟らせないような素性の持ち主が?なくはないけど可能性は低すぎる。
可能性的に考えたらワイズの主がバレるからという理由の方が考えられる。
だが、こちらも最近ワイズと連絡を取ってなかったのだ。
それにワイズは主のことを知っているのだ。拷問で吐いて主まですぐに捕らえられると考えていいだろう。
そこまで考えてシュリルディールは落ちていた視線を上げる。
そうだ、そうだよ。
アイツはワイズの主を捕らえてほしかったんだ。
だから誘拐の方法も教え、僕の誘拐を指示した。何で誘拐事件自体をしようとなったのかは分からないけれど誘拐事件の起こる前からワイズの主を陥れるつもりだったんだ。
いや、
それでも時期を早める理由にはならない。
何か見落としがあるか…?
騎士団長の息子を狙って逮捕の時期を早めた理由…
「あっ!」
思わずディーの口から漏れた声は静かな部屋によく響いた。しかし、自分が出した声を気にもとめず幾分スッキリとした表情で思考を再開する。
違うんだ。
すっかり勘違いしていたけど違うんだ。
僕が僕であるなんて知る必要はなかったんだ。
貴族街から馬車で商街に移動して来た下級貴族の格好をした子供と護衛達。貴族の子供というだけでよかったんだ。
僕を狙うなら足が動かないことも付け加えておくはずだ。なのにそれはなかった。車椅子を見て一瞬驚いていたことからも分かる。
だとしたら、
これは
騎士団を狙った事件だ。
小話
「ディールってきぞくなのか…?」
その声にその場にいた全員が、「あ。」と声を漏らす。ヴェルドが未だカイトの腕に収まっていた。カイトは気まずげな表情でゆっくりとヴェルドを地面に降ろす。
「うん、言わなくてごめんね。」
「いや、それはしかたないと思うし…あっ!きぞくってことはけいごってやつを使わなきゃダメなのか!どうやって使うんだ…?」
真剣に悩みだしたヴェルドに、何だか初めて子供らしさを見た気がしてディーは頰を緩める。
「今は使わなくて大丈夫だよ。さて、ヴェルドは皆の所に行かなきゃね。ヴェルドがいなきゃ泣いちゃいそうな子もいるし。」
「あ、ああ。ユーリは泣き虫だからな。じゃあ、またな!」
暗い道を慣れたように走り去って行く影にディーは一瞬目を細めるとバイバイと軽く手を振った。
(初めて仲良くなれそうな歳の近い子供に会えたんだけど、もう会えないだろうなぁ…)
その考えはすぐに裏切られることとなる。
次回は12月3日21時更新です。




