19話 助け
「くそっ!」
バンッッッ!!!!
大きな声が聞こえたかと思うと扉が音を立てて開く。
中に入って来たのはディーを連れてきた男ただ1人。貴族の私兵だろうと思われる人物だ。
その顔は苦々しく歪んでおり、苛立ちを隠しきれていない。
男は扉を閉め鍵をかけると、一番扉の近くにいた大人しそうな少年の腕を取る。
「ひっ!や、やだ…」
「静かにしろ!!…お前ら、殺されたくなかったら大人しくしてろ!」
そうわめき散らしながら手にした剣を少年の首元に当てる。
泣き声が彼方此方から響く。
「静かにしろ!!!どうなってもいいのか!」
そうもう一度怒鳴った男の声を境に部屋は静まり返る。押し殺した泣き声以外は聞こえない。
どうして男がここに1人でやって来て人質を取るのか。
(父様達が来たんだろうな。)
外から音がしないのは静かに仕留めているからだろうか。それでもこの男は気付いて慌ててここに立て篭もった。
現在の状況が見えてきたディーが思うことはただ一つ。
(馬鹿だなぁ…)
これだけだ。
ここに篭ったところでやれることは限られているし、いつかは捕らえられる。ここは子供達が逃げられないように地下にあるようだし逃げ場がない。逃げ場がない所に1人で逃げ込むなんて馬鹿すぎる。
(騎士団に汚点を与えるとしたらここにいる子供を殺すことだけど…その様子はないし。)
そうなったら魔法を使って止められるだけ止めるつもりだが、男は扉をチラチラ見るだけで手の中の剣は脅しの域を超える様子がない。
そんな様子を見て、そういえば、と思い起こすことがある。
食事だ。
ちゃんと人数分、思っていたよりもしっかりした食事が運ばれてきた。特に薬のようなものも入っていないし、これが毎日続いていると言う。
(奴隷として売る為ではない気がするな…何の為かは情報が少なすぎて分からないけど。)
知りたい気持ちはあるが、それは全てが終わってからがいい。今は大人しくしているのが一番だろう。
「あ…」
ディーが頭の中で結論付けた時、隣に座る少女が小さな声を上げた。
何だろうとディーがその少女を横目で見た時、数拍遅れて大きな音が部屋に響く。
その音の方向は扉
…の方ではあるのだが扉が消えている。
(やっぱり気配を探るの苦手だなぁ…)
少女に負けたのが地味にショックだ。
こんな状況でそんな事を真っ先に思うほど余裕がある4歳児は如何なものだろうか。
部屋の中に新たに入ってきたのは2人組の男女。
二人とも騎士団の服装で、男の騎士の手にある剣は騎士団の物と一眼で分かる模様が描かれている。
「王国騎士団だ。誘拐の実行犯だな?大人しくしろ。」
男の騎士が静かにそう告げる。
「こいつがどうなってもいいのか!」
そう言った男の腕の中には4歳ほどの少年。首元に剣を突きつけている。
(さて、どうするのかな?)
実力に関しては問題視していない。そもそも誘拐犯の男がこういった事に慣れていない節があり、子供に突きつけている剣も小刻みに震えている。
「近づくな!近づいたらこいつを殺す!」
騎士の2人はその言葉通り微動だにしない。
男はそんな2人の騎士の横を警戒しながらゆっくりとゆっくりと一歩ずつ通り過ぎていく。
(多分外に他に騎士がいるからその人達に任せるのかな…ここは地下だから追い詰められはするけど他に人質になる子供が沢山いるから…)
男はゆっくりと外に出ようと部屋から片足を出す。その目は騎士の2人を注意深く見つめている。
もう片足を出して階段の位置を確認する為に男はチラッと視線を動かした。
その瞬間、
男の手の中にあった剣が消えた。
「へっ…?」
男は思わずそう呟いて少年を掴んでいた腕を緩める。
次の瞬間には、既に少年は男の腕の中におらず、男は騎士に押さえつけられていた。
(何が起こったの…?)
本当に一瞬だった。
傍から見ていてもいつ動いたのか気付かなかった。
先程剣が消えた後、男の騎士が持っている剣の位置が明らかに変わっていたから男の剣を弾き飛ばしたのは彼だろう。
もう1人の女性の騎士の腕の中に先程まで捕らえられていた少年がいることから助け出したのは彼女だろう。
弾き飛ばした瞬間も助け出した瞬間もはっきりと見られた訳ではない。
状況から考えてそう思っただけだ。
(あれ?剣はどこに…?)
辺りを見回すがそれらしき影はない。
階段の方のここから見えない位置にでも飛ばされたのだろう。
そう結論付けた後、ディーは何故か分からないがふと違和感を感じて上を見上げる。
そして目を大きく見開いた。
天井にあったのだ。
男の剣とこの部屋のドアが。
上手い具合に天井に張り付いいてるドアの真ん中に剣がブスリと刺さっている。
簡単には抜けなさそうだ。
「…すご…」
思わずそう呟く。
どうしてこうなっているのかは分からないが凄いことだけは分かった。
「私は王国騎士団のメズィーニヤで、こちらはカイト。貴方達を助けに来ました。もう大丈夫ですよ。」
女性の騎士はそう言って微笑んだ。
それを聞いて、ままに会いたいと言っていた女の子が真っ先に声を上げて泣く。
それから遅れて次々に泣き声をあげていく子供達の顔はこれまで見てきた悲痛な泣き顔とは明らかに異なっている。
数泊遅れて部屋中に笑い声が響き渡った。
◆◆◆◆◆◆
それから数分後、更に1人の騎士が地下室に入ってくる。
1人は天井を見上げて乾いた笑いをこぼした。
「派手にやったなあ。」
「これが一番安全だったんだよ。」
そう答えた騎士の下には捕まった男が気絶している。
「トーリ、こいつ頼んだ。上は団長いるし終わってるだろ?」
「ああ、大団長ヤバいぞ。あれはヤバい。子供達をすぐに上に連れて行かないと。」
ディーは手で額を覆う。
(父様……ここに来ないだけマシと思うべきなのか…)
第1騎士団長であるフォルセウスは第1騎士団の面々からは団長と呼ばれるが、それ以外の騎士からは大団長と呼ばれている。ヤバいのはフォルセウス確定だった。
はぁとため息をついたディーとカイトの視線が重なる。
思わず微笑みを返したディーにカイトはホッと息をつく。
(あ、バレてるか。そりゃあカイトさんは第1騎士団っぽいもんね。いつだったか見かけた事がある気がするし。)
声をかけようとしたカイトを軽く首を振ることで制してからディーは口を開いた。
「ここから出るにはあの階段を昇らなきゃいけないんですけど、僕達には厳しそうなので数人ずつ連れてもらってもいいですか?まず、あの子達からお願いします。」
そう言って泣き疲れ始めた女の子とぐったりとしている男の子を手で指し示す。
ドアがなくなり、向こう側にはっきりと見えるようになったからよく分かるが、ここの地下室から出られる階段は子供の小さな身体には厳しいほど急な高さなのだ。
カイトは何か言おうと口を開く。
「分かりました。」
そう答えたのはメズィーニヤだった。
メズィーニヤはすぐに女の子の中でも特に衰弱している2人を抱えると、カイトに目で合図を送る。遅れてカイトが同じく衰弱している男の子を2人抱える。
「トーリはそいつの上に乗って待機してなさい。」
そう言うと、メズィーニヤは声色を柔らかく変え、残った子供達に向き直る。
「すぐに戻ってきますから、少しだけ待ってて下さいね。」
(真っ先に安全な所に行くってのは確かに貴族の特権だと思うけど、こんな身体でも一応この国一の騎士の息子なんでね。)
そこまで切羽詰まった事情もないのに無駄な特権は使いたくなかった。
だがそれ以上に、上に上がったら父に押しつぶされる未来しか見えない。
それを遅らせる為という理由も大きかった。
束の間の現実逃避というやつだ。
次のターンも既にこちらで選んだ4人を2人に押し付け、部屋にはトーリと気絶した男と子供5人が残る。
「よし、おれは持ち上げてもらわなくてもだいじょーぶだから数ぴったりだな!」
ヴェルドが立ち上がってニカッと笑う。
ヴェルドの身長は確かに7歳にしては高いのかもしれないがそれでも厳しいと思う高さだ。こんな時まで調子を崩さない強さにディーは目を細める。
「いーや、大丈夫だ。俺の片腕が空いてるから問題ないぞ。」
トーリがヴェルドの頭を撫でながら笑う。
それに対し、ヴェルドは嫌そうな顔をする。
「え、でもそいつと一緒はやだなぁ…」
思わずその場にいた子供達は皆「確かに」と頷いてしまう。
トーリはその返しを予想していなかったのか、え、と呟いたまま焦り出す。
魔法で上に上がれることを告げようとシュリルディールが口を開いた時、足音が響く。
階段を降りてきたのは2人ではなく3人だった。
メズィーニヤとカイト、そして新人感のある若い男性。
とりあえず父ではないことにホッと一息ついたディーはヴェルドと一緒にカイトに持ち上げられ、地上に向かっていくのだった。
ディー誘拐から2時間が経過しています。
ドアを飛ばしたのはメズィーニヤで、飛ばした後も危なくないように天井に風で押し付けていました。
その後、その押し付けていたドアの中央にカイトが男の剣を飛ばしたのです。
超人技ですね。ディーがカイトみたいなことができる日は来ません。
次回は11月26日21時更新です。




