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足なし宰相  作者: 羽蘭
第2章 王都の商街
19/82

17話 魚・波瀾万丈






アレク、ディー、ナチヤはムラビの店でゴツいペンを二本と、青と黒のインク壺、軽いペンを一本買ってムラビの店を出る。

まだ日は高く昇ってはいるが、ドレスを作るのにはとんでもなく時間がかかるらしい。未だに終わりそうもない。

ぶらぶらと気の赴くままに寄り道を繰り返す少年2人の一歩後ろを歩くナチヤ。

その顔が申し訳なさそうなのは自分の主の娘のドレス作りに時間がかかっているからだろうか。

ディーはその様子を横目で見ながら頬を緩ませる。

メリーが今注文しているドレスに凝っているのはアレクが一緒に選んだからだ。文句を言うどころか非常に微笑ましい。

内心でニヤニヤしていたディーの目の端に見逃せないものが映る。


「兄様!あそこ寄りたいです!」


そう言ってシュリルディールが指差したのは小さな本屋。

アレクはディーはそう言うと思ったよと言いながら店の中に入る。

そこそこ年季が入っている印象のある店だ。

店の中にある本の数は多くない。厚さも公爵家や王城にある本より薄いし、表紙は装飾のない普通の紙を2枚重ねたくらいの少し厚い紙でしかない。手に取ってパラパラとめくってみると明らかに粗雑な安い紙で、手書きであることは今まで読んできた本と変わらないのに、どこかその字は読みづらい。


だが、それは当たり前だ。

王城にある本は書部省が大半を作り上げている為、字には非常に気を遣っているし、元々字の上手い人が書いている。書部省が作っていない本でも必ず省の人間が清書をして書庫に入れている。

しかし、このような所にある本は何でもありだ。それこそ王城にあるような本から読めない本まである。

貴族の屋敷にある本は書部省から送られてきたものや、書部省に個人的に頼んで作ってもらったものが大半であり、それが民間に流れる場合があり、それがこのような本屋に辿り着く時がある。その数は非常に少ないが。

読めない本は紙が悪い為に擦れて読みづらくなっているものや字が下手すぎて読めないもの、誤字脱字が多すぎるものなど様々ある。


出版社なんてものはないのだ。

本を書きたい人が書いて本屋に持ち込む。本屋はその内容を読み、見合った値段で買う。そして本屋を訪れた人がそれを買う。

この本屋はそういった所だ。

正しい内容かも分からないし、筆者が分からないてないなんてものもざらにある。


そのせいだろうか。パラパラと近くにあった本を手にとってみてもあまり読みたいものは見つからない。表紙が無地なのも多いから見た目だけで選ぶことも難しい。


入ったのに買わないのは悪いという日本人的感覚から近くにあった建国記に関する本と薬草に関する本を買い、ディーはアレクに抱かれたまま本屋を出る。

もっと探したら掘り出し物があるかもしれないが時間がかかりすぎる為、掘り出し物を探そうと思ったらもっと時間に余裕を持ってここに来る必要があった。


(いつかここに来る為だけに街に来よう…)

シュリルディールは密かにそう決意した。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





再びウォール広場に戻った一行は噴水の縁に腰掛ける。ディーもアレクの横に座り、水の中を見つめている。


(あれは鯉じゃないな…魚はあまり見た事なかったけどこの世界特有の魚かな?)


シュリルディールの見つめる先には噴水の噴き上がる水を溜める部分を泳ぐ数匹の魚。

その身体は赤や黄など鮮やかな色をしていて一見すると鯉だ。だが、尾びれが金魚のように大きくヒラヒラとしている。ついでに他のひれもヒラヒラと水の中を舞っている。


「お、メリーが来たぞ。」


そう言ってアレクが立ち上がり未だ魚を目で追うディーを一瞥し頬を緩ませてからメリーの元に向かう。

ここならば目に届く範囲であるし人も多いから少し1人にしても問題ないとアレクは思ったのだ。ディーが楽しそうにしているのを邪魔したくなかった。


そう思ってしまった。


(泳いでる魚なんて久々に見たな…)

ディーは前世、近くの川で泳いでいた魚を思い浮かべた。

(あそこは鮎が結構いたんだよね。美味しかったなぁ…)

ゴクリと唾を飲み込む。

これから昼食だ。その時魚料理があったらそれを食べよう、なんてことを泳いでる魚を見ながら思っていたせいか、ディーの周りに魚がいなくなる。


「生存本能…?」


そう首を傾げながら呟いた時、

ディーの身体がいきなり身体が宙に浮いた。


浮遊感には慣れているが、前触れなく上がることはほとんどない。


「な、何!?」


慌ててディーは後ろを振り向こうとするが大きく揺り動かされて失敗する。

声を出した時には周囲は既に見覚えのない景色。

分かることは、身体がガッシリと掴まれていて離れることはできないこと。

小脇に抱えられている状態であること。


「だれ?!っん」


ディーを抱えている方でない手が口を塞ぐ。

足が動かないとこういう時十分に暴れることもできない。

地面しか見えない。背後を見ようとしても揺れていて見づらい。揺れているせいでどんどん気持ち悪くなってくる。

それと同時に鼻も塞がれているせいで意識が朦朧としてくる。苦しさから変な汗が身体中に湧き出ている気がする。


抵抗だなんてとてもじゃないができなかった。


強張らせていた身体は次第にぐったりと弛緩していく。身体を強張らせるだけの力が入らなかった。

気力だけで目を開けて周囲を見る。

景色は猛スピードで後ろに流れていた。

(人ってこんなに速く走れるのか。)

そんな場違いなことを思う。だが、そう思ってしまうほど速かったのだ。

次第に周囲は暗く、黒くなっていく。決して日が暮れた訳ではない。


そこでようやく口と鼻を塞いでいた手が外れた。

ディーは大きく息を吸う。

思っていたより吸えなかった空気を何度も何度も肩を大きく上下に動かしながら吸って吐いていく。

シュリルディールはある程度落ち着いてから再度辺りを見渡した。

景色は相変わらず後ろに猛スピードで流れていくが、元いた場所と大きく異なっているのはそれだけでもよく分かった。

地面や壁の色が暗い。表通りのように綺麗に掃除されていない。それだけでこんなにも変わるのかという程違う。

時折、古びた布を着ている人が目に入る。

日が当たりにくい場所というだけではない。そこにいる人々の雰囲気も暗かった。

人々の肌と服は汚れが目立ち、さまざまな臭いも鼻につく。


(ここはスラムか。スラムがあるって聞いたことなかったけど、教えられてなかっただけか。)


身体に力が入らない。一度無理矢理弛緩させられた身体は上手く動いてくれなかった。

代わりに頭をフル回転させる。

(誘拐されるなんて油断してたな。ここは安全な日本じゃないってのに。)

思わず舌打ちをする。

(とりあえず大体ここまでの道は覚えたけど…そこそこ距離があるから飛んで帰るのは無理だな。

どうするか。

そもそも何で連れ去られてるんだろう…身なりが良いから?脅迫とかは僕がどこの誰か分かってないと…分かってる場合が一番まずいな。

何を要求されるか分かったもんじゃない。その場合は魔法使ってすぐに逃げて隠れるか。)


そう決めたちょうどその時、ディーを抱えていた腕ではないもう片方の腕が古びたドアをいくつか開けてその中にディーを放り込む。


「ぐぇっ」


カエルを潰したような声ってこんな声を言うのだろう。そんなことを考えながら勢いよく硬い地面に打ち付けた身体の痛みに耐える。

ドアが閉まる直前に見えた姿はここに来る途中で見かけた人より商街で見かけた人に似ていた。もちろんその男の顔は見たことがないが。


「いたゃい…」


思わず声が漏れる。

この身体が外傷を負う機会なんて今までなかったのだ。前世では耐えられた痛みもこの身体では倍以上に感じる。


「だいじょうぶか?」


ふいに後ろから声が聞こえてディーは慌てて後ろを振り向く。とは言っても横になったまま頭だけを後ろに動かしただけだが。

そして、驚いた。

そこにいたのは十数人の子供達だった。


(いや、確かに気配とか鋭くないけど、声をかけられるまで全く気づかないって…)


だが、これで分かったことがある。


(ディスクコード家のことは知られていない可能性が高い。私はただの子供としてここに連れて来られた。)


確実にそうとは言えないがここに子供しかいないこと、それぞれの見た目からほぼ貴族として狙われた線は切っていいと思えた。


ディーは話しかけてきた数歳年上の男の子に向かって頷く。


「立てるか?」


「僕病気で足が動かないんだ。」


「えっそうなのか?なら、そこらへんに座らせてやるよ。」


そう言いながら少年はディーを持ち上げると壁にもたれかからせるように座らせる。

2人の身長は3、40cm程しか変わらないというのに軽々と持ち上げ運んだ少年に、ディーは驚きながらも笑顔を返す。


「ありがとう。」


「いや、これくらいいいって。そうだ、名前聞いてもいいか?」


「僕のことはディールって呼んで。」


「おれはヴェルド。7才だ。ここではおれとロイがいちばん年上なんだ。そういやディールは男…でいいか?」


ディーはコクコクと頷く。


「皆ここに連れて来られたの?」


「ああ。ここにいるやつは皆あいつらに連れてこられたんだ。これで13人目だよ。」


苦々しく言うその子の言葉に周りからすすり泣くような泣き声がいくつか漏れる。


(12人も子供がいなくなって気づかないってことは……この世界ならないとは言えないな。

でも、王都という土地と数人身なりの良さそうな服を着ているところから13人全員を把握、同一犯による失踪とは分かってないとしても…)


この誘拐について王都の騎士団はある程度把握しているだろう、と周囲を見ながら考える。


そもそも手口が雑すぎるのだ。

広場の隅とは言え、そこそこ人通りのある場所ですぐに子供の口も塞がず、足が速いから追っ手は中々追いついて来にくいとは思うがここに来るまで遠回りするような気配はない。


(僕の場合は咄嗟の判断で連れ去ったと考えたとしても、それで連れ出そうとする時点で高が知れている。)


とりあえず思考を止め、心配そうにこちらを見る視線を淡く微笑むことで返す。


「いつからいるの?」


「ネネは3日まえだよ。」

「僕は昨日。」

「いっしゅうかんまえ…」

「8日まえ…」

「俺とソラとルーは10日前だな。俺らが一番はじめだよ。」


口々に子供達の声が響く。何人か喋らない子もいるがこんな所に連れて来られたのだ。当たり前だろう。

まとめてみると10日前に始まり、それからほぼ毎日のように誰かが連れ去られているということになる。


「ディールは落ち着いてるんだな。」


ロイがディーの頭を撫でながらそう言う。何だかその仕草に兄を思い出してふと涙が出そうになる。

(私はここの中で一番精神年齢高いんだから泣くな。泣いちゃいけない。)

目をパチパチと瞬かせて涙を乾かしてから頭を上げてロイの顔を見る。

ロイの格好は今のディーと似ている。おそらくどこかの商人の子供だろう。ロイと同い年のヴェルドはそこまで良いものではないがキチンと洗って手入れをしていたのだろうということが分かる服装だ。


「そうかな?」

ディーはそう言って首をかしげる。


「そうだよ。こういう事に慣れてる感じがある。」


「え、慣れてるとかどんな波瀾万丈な人生送ってるの…」


「はらんばんじょう?」


「うーん、はちゃめちゃってことかな?」


「…なるほど。」

そう言ったきりロイは口を閉ざす。

シュリルディールは首をかしげてロイを見るが、ロイはそんな様子に気付きそうもない。


(今までの状況を思い返してるのかな…)

ディーもふと今の家族の状況が頭に浮かぶ。思わず内心でため息をついた。


(せっかく外出れたのにこんな事あったら次に出れるの当分先になっちゃうじゃん!くっそ…あーあいつらの顔殴りたい…やっと街に下りれたのに…)

何だか先程とは意味が少し違う涙が出てきそうだった。










魚食べたい…

刺身が一番好きです。鮪、サーモン、のどぐろ、鰤、鯛…どれも良いですよね。お寿司も好きです。新潟のとある所で食べたのどぐろのお寿司は感動しました。あれは一度食べた方が良いレベル。もう一度食べたい…

鯛は宇和島の鯛めしが感動しましたね。鯛の刺身を醤油ベースの専用のタレと卵を混ぜたものにくぐらせて、それをご飯と共に口の中に…

あれは最高です。

こちらはタレを通販で買えるので鯛と卵とご飯さえあれば家でも食べれます。でも愛媛で食べたものが一番美味しかったです。やばかったです。並んだ甲斐があった美味しさでした。


次回は11月12日21時です。

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