16話 買い物
今回長くなりました。
5人は大通りを周りの様子を見ながら楽しそうに歩く。その5人の内の1人の少年の腕の中にいるまだ幼い少年が一番あちらこちらをキョロキョロと見渡している。
商街大通りを歩く人々の視線が時折窺うようにそのグループを見て、彼らと視線が合うたびに逸らす。
そんなことが何度か続く。
細マッチョの金髪イケメンと、どこか気品さを感じさせる美少女、美幼女に見える少年。彼らは商家の子供という格好をしているものの、メイド服を着た侍女と格好は目立たないものであるが立派な剣を下げた2人の騎士がいる時点で普通に商家の子供と見られるはずもなかった。
貴族か大商家の子だ、どこの者だろうと周囲の人々は観察をしていた。自分達にとってお金を落としてくれる人か大商家という敵か。
それは仕方のないことであるし、使い古したような服ではなく真新しい服を着て、剣やメイド服を隠さなかったこちらの所為だった。
だが、いくら自分達に非があると分かっても探るような視線は決して心地の良いものではない。視線に敏感でないのはディーくらいだった。
周囲の人の目を避けるようにとりあえず目に留まった可愛いカフェに立ち寄り紅茶を頼む。
奥の席に座ったお陰で先程からチラチラ受けていた視線が少なくなってようやく一息つける。
少し話をした後、アレクが一度席を立つ。それを横目で確認し、ディーはメリーの方を向き、小声で問いかける。
「僕がいても良いのですか…?デートだったのでしょう?」
聞いても良くないと返されるとは思わないが、遠慮気質の日本人の性格が起因して聞かずにはいられなかった。
メリーは一瞬きょとんとした顔をした後思わず笑みをこぼす。
「ディール君、気にしなくていいのよ。アレクとは将来ずっと一緒にいることになるもの。それにディール君みたいな可愛い子に会えて…」
優しい笑みが言葉が進むにつれてどんどんと怖い笑みに変化していく。うへへとかでへへとかいう副声音が聞こそうな笑みだ。
「メ、メリー義姉様!それ以上は大丈夫ですありがとうございますよく分かりました。」
ディーの口調が早口になったのは不可抗力だろう。
メリーはハッと意識を戻すと取り繕うように微笑む。僅かに引きつっている笑顔だ。
「アレクからディール君についてはよく聞いていたから会いたかったのよ。領地に戻る前に会えて良かったわ。」
「え、もうすぐ戻られるのですか?早くないですか?」
「少し早くしてもらったのよね。そのせいでテストが面倒だったわ。」
去年のアレクは数日しか領地にいられなかったが、メリーはもっと長くいることができる。冬休みを早くから取っているということだが…
「もしかして義姉様は領地経営に携わっておられるのですか?」
領地経営を手伝わねばならない子供は面倒な書類や課題の提出が必要だそうだが、それをして認められれば少し早めから冬休みに入れると聞いたことがある。だからメリーもそうなのだろうと思ったディーはすぐにその結論に至った。
その言葉を受けたメリーは一瞬固まるが、すぐに微笑みを浮かべ肯定する。
「え、ええ、そうよ。私の領は辺境だから色々と仕事量も多いのよ。最近は南東部領も色々も大変なことになってるから…」
「大変なこと…ですか?」
少し暗い顔をして考え込んだメリーにディーは小首を傾げて問いかけた。
「元々豊かな土地ではなかったのだけど近くの領地が破産寸前でね。新しい領主に変わったのだけど上手くいってないみたいで難民がこちらにやって来てるみたいなのよね。」
だから認められたのだろう。ただ単に領地経営を手伝うだけではないのだ。重大な問題が起きているか、主体として子供が領地経営を担っている場合しか認められないのだから。
「秋の蓄えも少なく冬を越すのが厳しくなるから領地を捨てる人が増える可能性が高いってことですか…」
「うん、よく分からないけど多分そうね。」
メリーはそう言ってニッコリ微笑む。
(よく分からないけどってハッキリと言っちゃうのが兄様と被る…)
似た者同士すぎるだろうと内心でツッコミを入れつつ微笑み返して小さな爆弾を落とす。
「何か支援とかはしないのですか?」
「私はしてもいいと思うのだけど…」
ディーが邪気を感じさせない笑みを浮かべているお陰かメリーは小さな爆弾に気づくことなく後ろの侍女に視線を送る。
ディーもつられてチラッと見ると、笑顔なのにどことなく怖い印象がする。小さな爆弾のせいだろうか。
辺境伯がこの国の南東部のトップだ。つまり、南東部で何か起こったらその領地の領主はもちろんだが辺境伯も責任を負う。だから冬を越せず難民を大量に出す前に辺境伯から支援を送るべきであった。つまり暗にディーは辺境伯のミスを指摘したのだ。
だが、ディーはまだ幼い子供で、その顔はただ疑問に思ったことを聞いただけに思える表情であったから辺境伯のミスだと思って指摘したのではないと周囲は思ってしまった。
「とある領の前領主が支援金を着服していたのです。そしてその大半を使い果たしていたのでこちらが出せる資金も少ないのですよ。」
メリーの侍女が淡々とした口調で口を挟んだ。
「…なるほど。そこばかりに援助してたら他が文句言いますもんね。」
今の言葉だけで理解した4歳児に侍女は内心驚くが、それを表には出さずに頷いた。
しかし、次の言葉に侍女は大きく目を見開く。
「最近領主が変わったと言ったらヤハルナート子爵とゴルゼット男爵でしょうか。ヤハルナート前子爵は有能な方と聞き及んでおりますから後者ですね。男爵の話は聞いた事がないですね…」
「え、ディール君って全部の貴族がいつ交代したとか全部覚えてるの?」
メリーも驚き声を上げる。
「全部は流石に覚えてませんけど最近変わったところは覚えました。僕は本を読む以外何もできなかったので。」
これを言えば追求は緩む。何て便利な言葉だろう。
(別に間違ってるわけじゃないしね。)
話がディーについてに移った為に男爵がそれ以上話題に挙がることはなかった。
しかし、その分ディーは学園でのアレクの様子を聞くことができ、ゆったりとした時間を過ごしメリーと打ち解けあえたのだった。
(まあ、ゴルゼット男爵は僕にはあまり関係ない事だからね。)
この時はそう考えていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから1時間後、アレクとディーの手には肉の串焼きが収まっていた。メリーや侍女、2人の護衛の内1人の姿はない。
メリー達3人は女性物の高級服店にいる。メリーの服選びが時間がかかりそうだったのでアレク達3人だけ抜けて来たのだ。アレクは生地や形などはメリーと共に決めていたが、採寸となると共には居られない。
(採寸が終わるまで普通はいるべきなんだろうけど…)
メリーがいたのは貴族向けのオーダーメイドドレスの販売店だ。普通の庶民向けの服屋ならまだしも、ディーにとってドレスはもうこりごりだった。だから店を出るのは勧めはしないが反対もしなかった。
多分アレクはいつもさっさと外に出て時間を潰しているのだろう。店を出るタイミングが慣れていた。
こうして、2人と護衛1人はウォール広場を中心に多く構えている屋台をブラブラと廻っていた。
初めは2人とも見ているだけであったが、屋台というものは匂いで人を誘き寄せるものだ。
辺りに充満する肉が焼けた匂い。タレがそれにかかると更に美味しそうな匂いへと変化する。目にはそれを美味しそうに食べる人々と肉から出る湯気が見え、耳には肉やタレがジュワッと焼ける良い音が聞こえる。
匂いが、目が、音が食べろと訴えかけてくる。
勝てるわけがなかった。
非常に美味しそうでよだれが出そうになるのに食べないで見るだけなど耐えられなかった。貴族が食べる物ではないと怒られる気もするが、ここには咎める人はいない。貴族然とした格好もしていない。
その結果、護衛のナチヤも巻き込んでこうして3人で串焼きを口にしているのだ。
「これ美味しいです。」
懐かしい庶民的な味に笑みがこぼれる。それに、ここまで温かい料理を食べる機会はほとんどなかったから余計に美味しく感じられる。
ディスクコード家は王国の守護を担う公爵家だ。他国からも狙われやすい。当然毒味は毎回している。
ちなみに、学園はそれよりさらに厳しい検査の末、食事の提供がなされている。その為、出来立ての物を食べる機会はそうそうないのだ。
付いて来た護衛が公爵家ではなく辺境伯家の若い護衛で良かった。そうでなくては食べることなどできなかっただろう。
「ここの串焼きは美味しいんだ。来た時は必ず食べるようにしてるぞ。」
いや、案外食べられるらしい。
大方アレクは学園を抜け出して食べに来てるといったところだろう。
(入学したら抜け出して来よう。)
シュリルディールが密かにそう決意している横で、アレクは串焼きを食べ終え少し汚れた手指をハンカチで拭きながら護衛のナチヤに目を向ける。こういう動作を何気なくする所が性格的には貴族らしいとは言えないアレクでもれっきとした貴族なのだと実感させられる。
ナチヤは最初に食べ始めたからか、既に串焼きを食べ終えていた。
「ナチヤ。ナチヤは良い雑貨屋とか知ってるか?俺が知ってるのは武器屋ばかりなんだよ。」
「そうですね…パルテノン通りのハンムラビ文具店は少し普通ではありませんが物自体は良い物が揃っていますね。」
「ディー、文具店に行ってみようと思うがいいか?」
その問いにディーは最後の肉を口に頬張りながら大きく頷く。
「じゃあ、案内してくれ。」
「ええ、こちらです。」
3人はウォール広場に面しているウォール大通りを進む。ちなみに、現在このウォール大通りに構えている商店にメリー達がいてドレスを選んでいることだろう。
途中で2回ほど左、右と逸れ、パルテノン通りに着く。先程までの大通りほどの賑わいはなく静かだ。いつもならばもう少し人がいるのだろうか。
その中で特に小さめとも言える大きさの店のドアの前でナチヤは立ち止まりドアを開ける。
カランコロンという小さな鈴の音がするが店は無人で奥から人が出てくる様子もない。
「店主を呼びますね。……ムラビー!いるかー?」
ナチヤは店が無人なことに驚くことなく、大きく息を吸うと叫ぶ。
「うるせぇ!来たことくらい分かるわ!」
すぐさまナチヤに負けないくらいの大声が返り、物音がしたかと思うと奥から頭が飛び出してくる。
「あーやっぱナチヤかよ…?…ん?」
ボサボサ頭をかきながら顔を出したのは30歳くらいの大きな黒縁眼鏡をかけた男。濃い紫の髪と同色の瞳がナチヤを映した後、アレクを捉え大きく見開く。
そして、慌てたように髪を撫で付け眼鏡をかけ直して飛び出てくる。
「いやぁ、すみませんね。ちゃんとした客が来ないもので。」
おそらくナチヤだけなら顔を出したまま対応したのだろう。その様子にアレクやディーの前だというのにナチヤの小言が飛ぶ。
「おい、ムラビ。お前の態度が原因だと思うが?物は良い物ばかりなんだから…」
「仕方ないだろ。最近どんどん人が来なくなってやがるんだ。」
一瞬だけ苦虫を潰したような表情になったムラビの顔にナチヤの開いていた口が閉じる。
「店主はナチヤの友達なのか?」
「おっと、はい。顔馴染みってやつですね。」
「アレク様、私達は学園時代の同級生です。ムラビは今はこんなんですが、一応優秀だったんですよ。」
二人の態度は一気に仕事モードへと変わる。ムラビの視線が一瞬普段とは異なるナチヤの態度に向くが、すぐに笑顔でアレクを見る。
先程までの行動を見ていると、どうも笑顔が胡散臭すぎる。分かっているだろうに素知らぬ顔で接客ができるムラビは中々に良い性格をしている。
「ここは文具を取り扱っております。何をご所望でしょうか?」
「いや、特に決まっているわけではない。何かオススメはあるか?」
ムラビはそうですねと言いながらアレクの右手側にある商品棚を指し示す。
「こちらのペン類は丈夫な作りになっておりますので騎士の方々に人気ですね。その隣のこちらは軽く可愛らしい見目をしておりますので女性の方に人気が高いですよ。」
最初に示されたペン達は銀に青のライン、金に赤のライン、黒に銀のラインという三種のものだ。普通のペンより少し長く少し太い。インク壺も同色の物が取り揃えてある。金属で作られているようだから確かに丈夫ではあるだろう。
二番目に示されたペンは白地のものだ。そこにダイヤ型が連なってできた形のラインが引いてあり、そのダイヤの中に1つだけハートが入っているのが可愛らしい。そのラインがピンク、水色、黄緑、薄紫などのパステルカラーな点もより可愛らしさを強調している。
「確かに頑丈そうだな。これなら壊さないで書けそうだ。」
そう言ってアレクが手に取ったのは黒地に銀のラインが入ったペン。アレクの手が大きいから通常より大きいはずのペンが小さく見える。
アレクはインクを付けずに何かを書く仕草をする。
「これは中々使いやすそうだな。2つくれ。銀と黒1つずつだ。…ディーは何か欲しいのはあるか?」
「そうですね…」
顎に手をやり少し考え込む。示されたペンは1つは重くて持ちづらいだろうもの、片方は男子が使うには可愛すぎるもの。
だから当然…
「他のペンも見せて貰ってもいいですか?」
となる。
ムラビは少々お待ちください、と言って奥に消える。
「兄様。メリーお義姉様にプレゼントはしないんですか?」
子供だからできる直球な言葉。
「ああ…お、いや僕が」
お、と言った瞬間慌てて言い直してから気づいてないかとこちらをチラチラ見るアレクに思わずため息が漏れる。
「兄様がいつも話しているように話して下さって構いませんよ?」
「いや…あの…そうなんだけどな。それでディーが将来俺って言うことになったら後悔しそうでな…」
シュリルディールの目が見開く。すぐにその顔には苦笑が浮かぶ。
「じゃあ僕は将来俺って使いませんよ。」
「本当か!それなら気にせず使わせてもらうよ。」
そうニコニコと笑みを浮かべるアレクの様子に再度ため息をつく。
(元々使うつもりなかったけどさ…可愛げがなくなるのが嫌なのかな…)
この世界で貴族が俺と使うのは私的な時のみというのは勿論だが、その時に使う人は武芸を嗜む者や少し粗野な者が多い。多分アレクはディーにそうなってほしくないからこんな事をしたのだろう。
ナチヤのアレクを見る視線が完全に呆れている。多分ディーも同じだ。
「それでプレゼントはしないんですか?」
心なしか先程と同じ内容の台詞なのに少しぶっきらぼうに聞こえる。
「先程俺が買ったペンの内銀のものをあげようと考えてるぞ。」
ドヤ顔をするアレクに、途端に困惑した顔をするディーという構図。
「え…?いや、あのペン使えるのは兄様みたいな強い人だけじゃないかなって…」
「メリーは強いぞ?」
アレクはそう言ってきょとんと首を傾げる。
アレクはこんなことで嘘はつかない。だからどういう意味の強いなのかと考え、答えが出ずに困惑したディーはナチヤに助けを求めて視線を送る。
「ええっと…メランコリアお嬢様はお強いですよ。領地ではよくお一人で魔物を狩っていましたし、これから領地に帰って魔物狩りを率いられる予定ですから。」
助けは助けだけどこんな助けは想定してない。
(メリーお義姉様ってさっき会った時は普通に少しお転婆のご令嬢だったんだけど…違うのか。そうなのか…)
先程領地経営を手伝うと言った時に少し固まったのは領地経営ではなくて魔物狩りだからだろう。いくら領主の娘だからと言っても率いることができるって相当だろう。
(どうしよう、周りに戦闘強い人しかいない。)
「じ、じゃあそのペンでもいいかもしれませんね…」
ディーが口にできたのはそんな言葉だけだった。
紛らわしいかなと思った箇所
[最初の文]
5人というのはディーを除いた5人です。ディーは歩いてないので…
次回の更新は11月5日21時です。




