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足なし宰相  作者: 羽蘭
第2章 王都の商街
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14話 義姉・商街へ1






「ふふ〜ん、ふ〜ん♪」


貴族街の中でも東、王城の正門方向の区域には他の方角と同じように多くの立派な屋敷が等間隔に立ち並ぶ。

その中でも特に大きく目を惹く屋敷の一角で可愛らしい子供の歌が聞こえていた。

どこか厳かな印象をもたらす屋敷と異なる印象のご機嫌な歌にその屋敷を守っている騎士達の顔もいつもより微かに緩んでいる。



「ディー。」



いつになく顔をにやけさせ鼻歌を歌いながら庭に面した部屋で本を読んでいた少年はその声のした方を見て笑みを深くする。

そこにいたのは紺の簡易的な貴族服を着、金の髪をした少年。大人に近付いてはいるものの未だ少しだけ少年の面影が残るその顔は優しげに微笑んでいた。


そろそろ帰ってくると分かっていたが1ヶ月ぶりに見る(アレクフォルド)の姿にシュリルディールは本を閉じすぐさま兄の元へと向かう。


「お久しぶりです、兄様!商街に連れて行ってくださいませんか?王都の街並みを見たいのです!」


ひょいっと抱き上げられたディーは挨拶もそこそこに、アレクの服を引っ張りながら嬉しそうに尋ねる。

アレクは楽しそうな弟の姿に口元が緩む。アレクが今まで見てきたディーの姿の多くは苦しそうにしているか寝ているか、そして笑顔でもどこか悲しさを含んだものだったのだから。


「ああ、母様から聞いている。ちょうど明日商街に行く予定があったから明日一緒に行くか!」


何というナイスタイミング。思わずディーの目が大きく開く。


「そうなのですか?」


「ああ。メリーに誘われてな。」


その言葉を聞いた途端、輝いていたディーの顔がぎこちなく変化する。


(んん…それはもしかしてデートのお誘いだったのでは…)


メリーとはメランコリア・ロマネスクのことで、伝統国ヤムハーン国との境を守護するロマネスク辺境伯家の令嬢である。

そして、アレクフォルドの婚約者だ。

公爵家と辺境伯家ということもあり、アレクが5歳、メランコリア嬢が3歳の時から婚約が決まっている。上位の伯爵家以上は7歳までに婚約が決まることが多い。ディーは病弱なため当分様子見だが、10歳になる年から入学する学園は貴族にとって結婚相手を見つける場でもある。その前に良縁は繋いでおいて変な所と好き合ってもらうのを避けるのだ。

多分今年の冬でアレクが学園を卒業し、騎士団に本入団するまで領地に戻る為、今のうちに会っておきたいのだろう。だから、そんなデートに弟が付いてきたら迷惑になるんじゃないだろうか。


「メランコリア様はお兄様と二人きりで行きたかったのでは…?」


「前にメリーもディーに会いたいと言っていたから大丈夫だ。それに元々護衛や侍女がいるから二人きりなんて無理だしな。一応先程手紙は出しておいた。」


(いや、そうだけど、そうなんだけど…まあ、この機を逃したらいつ外に出る機会があるか分からないし、手紙出したってことはほぼ確定だからいいか。)

そう結論付けてからシュリルディールは声を上げる。


「ありがとうございます。明日が楽しみです!」


そう笑みを浮かべた少年の銀の頭をくしゃっと撫でて、アレクはニカッと笑う。


「その前に今日の夜はご馳走だ!そっちも楽しみにしないとな。」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






多くの人々が朝の繁忙期を終えてひと段落つく頃、日が高く昇る少し前、一台の馬車が噴水広場の前で止まった。その噴水広場は下級貴族街の中にあり、街の人々が入るには衛兵の検問を通らねばならない為、活気というものはなく、人影もほとんどない。

そんな比較的静かな広場に止まった馬車から出てきたのは一人の青年に近い少年。その少年の腕の中にはまだ幼い子供の姿もある。


「若様!私が扉を開けてからお降りください!」


5、60代の男性がため息混じりに声を上げて、御者台から少年の隣に降り立つ。

二人の背丈はほとんど変わらない。男性の背が低いのではない。少年の背が高いのだ。少年はこれから2、3年程背丈が伸びるだろうから、かなり大きく成長することだろう。


「ヤン爺、若様は止めろって。ディーの方が若いし。」


注意されたディスクコード公爵家の嫡男、アレクフォルドは、その小言には触れずに返す。ヤン爺と呼ばれた男はにこやかに微笑みながらさらに小言を追加していく。


「若様、私が扉を開けてからお降り頂くことにはしっかりとした理由がございます。例をいくつか挙げましょう。馬車から降りた場所に運悪く水たまりがあったとします。私が開けてから出て頂く場合、私はその事に当然気付きますからその後少々移動させて頂くことになります。しかし、若様がご自分でお開けして外に出てしまうと靴や服が濡れる原因となります。濡れたまま坊ちゃまを抱えて歩くおつもりですか?しかし、これはまだ可愛い方です。馬車が止まったことはイコール目的地に着いたではないのです。若様が降りた瞬間に馬車を動かす可能性、若様が降りている途中で馬車が動く可能性がございます。どれほど危険なことかお分かりですか?他にも、私が扉を開ける前に周囲の安全確認も当然行わせて頂きます。安全確認の済んでいない(中略)また、今回は周囲に人影はございませんしあまり関係はございませんが、若様がご自身で開けて出られるというのは外聞が悪くなる恐れがございます。平民が悪いという話ではございませんが、平民のようだ、当家はマナーがなっていないと言われることになるのです。それは若様ご自身だけの問題ではなく、当主様、奥様、坊っちゃまにも迷惑をかけることとなるのです。(後略)」



長い。


アレクは自分が悪いことを自覚している為か、素直に聞き入り神妙に頷いている。

アレクのこういう素直さは貴族にしては珍しい。父が物事を顔面からそのまま捉える人物であることがかなり影響している。それが貴族として良いか悪いかは別として、領主や騎士としては素直さというのは人望を集めやすい為評価が高い。


そんな事を考えながらアレクに抱き上げられているシュリルディールは、なかったことにされている兄の発言に心の中でツッコミを入れていた。

(兄様…若い方が若様と呼ばれる訳ではないです…)



そのシュリルディールは現在、いつもと異なる格好をしていた。銀髪のまま街に出るわけにはいかない為、一番ありふれた茶髪のカツラを被り、いつもよりラフな格好をしている。まあ、大貴族だけあっていつもの格好が良すぎるものというだけであって、下級貴族の子息か中商会の子供くらいに見える程度のものではある。

その服装はアレクも同じだ。見た瞬間、ディーは前世で一時期流行っていた双子コーデを思い出して少し懐かしくなるくらいに色以外は全く同じだった。ディーは紺色、アレクは灰色で、かなり落ち着いた色合いとなっている。


「ディーも大きくなったなあ。前より重くなってるぞ。」


やっと説教から解放されたアレクは自分の格好悪い姿を弟に見られてしまったという思いから、すぐに話題をすり変える。

ヤン爺はアレクに時間を確認してから馬車を操って屋敷に戻って行っていた。

いつもなら重くなってるって…と心の中突っ込むところだが、今のディーは初めて街を見られる嬉しさからそんな事は気にせず、にっこり微笑む。


「だって僕4歳になりましたから!」


そう、ディーの誕生日は昨日だった。

この世界では貴族は、自己がある程度確立し、お披露目パーティーを開いても問題のないと言われる6歳と成人になる16歳に誕生日を祝う。大人になってからは多くの人は大々的に誕生日を祝うことはない。昨日はいつもより夕飯が豪勢で、アレクが寮ではなく家で過ごしたというくらいだ。

だからプレゼントは4歳のディーにはないのだけれど、達成条件の日にちの次の日が誕生日という偶然にしては出来すぎている為に、ディーはおそらく今日の外出許可は母からのプレゼントなのかもしれないと思っていた。


まあ、実際はシュリアンナが罪悪感からポロッと言ってしまったことなのだから本当に偶然なのだが。言わぬが…いや、知らぬが花である。


朝、母に呼び止められた時にかけられた言葉が頭によぎる。

『シュリルディール、4年間無事に生きてくれてありがとう。今日は楽しんで来なさい。』

ディーは抱きしめられていて顔は見えなかったけれど母の声が震えていたことは分かった。

シュリアンナはディーが余命宣告を受けてから4歳の誕生日も迎えられるか不安だった。余命は1年となっていたが、実際は長くても(・・・)1年だ。長くてもとは言いたくなかったからシュリアンナは決して口にしなかったが。だから治ったことは知っているが、それでも誰よりも無事に誕生日を迎えられたことに感極まったのだ。

長くても1年だったとは知らないディーは余命宣告についてだろうとは気付いたがそこまでは流石に思い至らなかった。


「あ、メリーが来たみたいだ。」


というアレクの声にディーは回想を止めて近くに止まった馬車を見る。

ちょうど馬車からは小綺麗な格好をした商家の娘といった感じの少女が降りて来たところだった。膝より少し長めのスカート、そのスカートと同じ暗めの赤色をしたベストの下にはクリーム色のブラウスを着ているのが見える。服だけでなく帽子や靴など所々にリボンが付いているのが可愛らしい。

メランコリア嬢はアレクの姿を見てこちらに駆け出そうとしたのを、先に降りていた侍女に止められ、ゆっくりと歩み寄って来る。


パッと見、黒にも見えるほどの濃い紫色の髪をひとつにまとめてゆるく三つ編みにしている。目の色は桃紫だ。まだ13歳だが、現時点で既に美人になる片鱗が見えている。つり目ではあってもキツイ印象ではなく子猫に近い印象を感じる。どちらかと言うと綺麗より可愛らしいという言葉の方が似合う美人になるだろう。


「お待たせして申し訳ないわ。アレク、お久しぶり。お会いできて嬉しいわ。」


「メリー、僕も会えて嬉しいよ。早速行くか。」


「ええ、せっかくの商街だもの!それで、アレク、そちらの方を紹介してくださる?」


ピンクパープルの瞳をキラキラと輝かせながら見つめてくる視線に、ディーは少したじろぎながら兄を見上げる。

二人から催促されたアレクは一回咳払いをしてから口を開ける。


「この子は俺の弟のシュリルディールだ。今日初めてこういった場所に来るんだよな?」


「はい、馬車と家と学園と城以外行ったことないですから。

紹介に預かりました、アレク兄様の弟のシュリルディールです。メランコリア様よろしくお願いします。」


改めて行ったことのある場所を挙げるとその少なさに笑えてくる。馬車で通っただけでは行ったとは言えない。窓から外が見れるわけではないのだから。

シュリルディールはいつも通り腕の中でお辞儀をする。多少慣れたが腕の中でお辞儀って結構やりづらい。


「私はメランコリアよ。アレクの婚約者ね。シュリルディール…君でいいかしら?あとメリーお義姉様と呼んでくれる…?」


「はい!メリーお義姉様!僕のことはディーとかディールでいいですよ。」


笑顔でそう答える。

思っていたよりも性格が良さそうな令嬢でアレクとも上手くやれている様子が伺えて嬉しく、自然と笑みを浮かべていた。

途端にメリーの顔は赤く染まり、その後ぶつぶつと何かを呟く。メリーの後ろに控えている侍女は手で顔を覆い悶えている。アレクはそんな様子を見て満面の笑みでうんうんと頷いている。


ディーは笑顔のまま察した。


(笑顔は抑え気味でいこう…)










裏話


シュリアンナが「長くても1年」を「1年」と皆に伝えた理由は言霊的意味合いも含まれています。シュリアンナ自身は利便性や柔軟性から無詠唱を使っていますが、詠唱もある世界、言葉には何か力がある、と誰もが無意識的に漠然と信じています。つまり、シュリアンナは「長くても1年」と言ってしまったらディーは1年も生きられない。そんな気がしたのです。

まあ、ある意味そのお陰でディーは時間がないと焦らず魔法の研究をでき、開発できたと考えることもできますから、シュリアンナが「長くても」と言わなかったことに意味はあったのかもしれません。



次回の更新は10月22日21時です。

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