11話 第一王子と第二王子
メイドの腕に収まったまま案内されて着いたのは、シュリアンナがオススメしてくれた内の一つである果物の木が多い中庭だった。
おそらく子供だから果物の方が退屈しないと思われたのだろう。
だが、
そこには先客…3人の子供と数人の大人がいた。
(ちっ…面倒な…)
シュリルディールは内心で舌打ちする。
非常に、非常に面倒な光景が広がっていた。
赤みがかった銀髪で金糸をふんだんに使った衣服を着ている少年は、ニケーアネスク正妃の15歳になったばかりの第一子であり、第一王子のルドウィレン殿下。その隣には同じく正妃の娘で銀寄りのピンクの髪をした9歳のニケールタイア姫。
その2人の対面に位置するのがペリポロネシス妃の息子である4歳のフェリスリアン王子だ。
それを見守るようにメイドや騎士が2人ずつ微笑み佇んでいる。
(王宮内はドロドロかよ…)
そう愚痴りたくもなる。
フェリスリアン王子は俯いてズボンを握りしめ背後からでも分かるくらいに震えている。泣いているかもしれない。
どう見ても先程から2人の正妃の子の口から出る言葉の数々のせいだった。
(「王家にあるまじき髪」に「穢らわしい側女の子」ね…寄ってたかって幼い弟を虐めるか…胸糞悪い。)
胃がムカムカしてくる。
大体、王家じゃなくても銀髪はいる。銀髪じゃない王だって多い。側女って側妃は政治的な役割もキチンと存在しており、側女とは全く異なる。そんな事も知らないのかと言ってやりたい。
だが、フェリスリアン王子に言い返そうとする様子は見られない。相手が間違っていても言えない時はある。ディーにも、いや、美奈にもそんな経験があった。
何も言い返せなくて必死に耐えるしかなかった昔の自分と幼い王子の姿が重なって見える。養護施設にいた小さい子達、気弱な子達の姿と重なって見える。
シュリルディールは長い息を吐き出し、いつの間にか握りしめられていた拳を開く。
(これからどんな行動をすべきか…助け出したいけど…私は公爵家次男。王子に対抗するには少し弱いよな…何か他の…)
そこまで考えた時に二階の少し離れたところにいた人物と目が合う。
(あの人は……ちょうどいい。任せるか。)
シュリルディールはそう内心で手出しはせず見守ろうと決める。
その時だった。
ルドウィレン王子の手の先に茶色い塊が生まれる。
それはどんどんと大きくなっていく。
ディーの頬を汗が一滴伝う。
(土魔法…これはまずい)
シュリルディールは先程まで傍観を決め込もうとしたとは思えない速さで風を生成し、ちょうどルドウィレンの手を離れた土の塊を吹き飛ばす。
「なっ…!」
「何者だ!」
驚くルドウィレン王子と鋭い声を出す騎士。
ディーはチラリと二階を確認してから前を向く。メイドの腕から降り、足の隠れるドレスであることを良いことにまるで歩いているかのように風で前に進む。
滑るように進んでいるから歩き方はよく見ると変であるし、少しだけ浮いてはいるものの、風魔法で進んでいると気付く人は中々いないだろう。歩けないと知っている背後のメイドは二人は分かったかもしれない。
シュリルディールはある程度近づいてから礼をする。ちなみに貴族男性式の礼である。この格好だと少し違和感がある。
突然現われ魔法を放った銀髪の少女に周囲の視線が集中する。銀髪ということはこの国の王族、またはそれに連なる者である。だが、そのようなこのくらいの歳の少女がいることなど聞いた事がなかった。騎士やメイドは怪しい者と認識し糾弾した。
「ここにどうやって入って来た!」
「殿下に当たったらどうするつもりだったんだ!」
それを言われた少女はきょとんとした顔をした後、幼子と思えない笑みを浮かべる。
「おや、貴方がそれを言うのですか?フェリスリアン殿下に魔法が当たるのを止めなかった貴方が?」
「ルドウィレン殿下は第一王子だ!」
「…それが?」
シュリルディールの目がスウッと細まる。
子供とは思えない冷たい雰囲気を醸し出すディーにその騎士はたじろいだ。
(ふ~ん。たかがこれくらいで騎士が怖気付くのか。)
「貴方はどこの隊の方?王族の護衛に就くくらいだから第1騎士団かと思いましたが、どうやら違うようですし…」
「第五騎士団二隊長エウリピアス・ビスマルクだ!」
(第五…貴族ばかりのお飾り騎士団か。加えてビスマルク家は貴族派の男爵家だったよね。)
「君は平民の子だな?」
騎士とディーの会話に口を挟んできたのはルドウィレン王子。
その内容にディーの思考が停止する。
(平民の3歳児が王宮に来れるか!そもそも銀髪だぞ?流石にそんな勘違いは…)
そこまで考えて、ふと思い至る。
(ああ、そういうことか。)
「ルドウィレン殿下、この髪から見て分かるように平民ではございません。」
畏まった口調でそう答えるが、先程の魔法を飛ばした姿を知っていると慇懃無礼という言葉がぴったりに思える態度だ。
「忌々しい娼婦の子だろう!」
ルドウィレンの荒げられた声に予想が確信に変わる。分かってしまった自分が嫌になったが。
(やはりヴァロア妃の子と思われてるってことか…ヴァロア妃は娼婦じゃない。平民とは言っても大商会の会長の娘だ。それに、私でもヴァロア妃には10歳の姫君しかいないことを知っていると言うのにそれを知らないなんて…)
呆れが顔に出ていたのだろう。さらに怒鳴られる。
そんな騒がしい声を右から左へ流しながら、馬鹿ですかと言いたいのを我慢して口を開く。
「私は貴方方の従兄弟に当たります。シュリルディール・ディスクコードです。このような格好で申し訳ございません。
一言言わせていただきたいのですが、ルドウィレン殿下。貴方は魔法の及ぼす影響についてご存知ないのでしょうか?幼い弟殿下にまで魔法を放つなど…」
「あ、あれくらい問題ないだろう!」
「ばk…いえ、殿下はどうやら理解しておられないようですね。身体の半分以上の大きさの土の塊を当てられてどうして問題ないと言えるのでしょう?」
ついでとばかりに首を傾げてにっこりと微笑む。だが、その表情は次の瞬間固まった。
「私は王子だ!下級貴族ごときが口を出すな!」
(おう…これは酷い。確かにこれが王になったらお先真っ暗だわ…ペリポロネシス妃が嘆く訳だ…)
メイドや騎士達が慌ててディスクコード家について説明している様子を目に入れながら小さくため息をつく。チラリと二階を確認してそこにまだ人影があるのを見てとってから王子王女に向けて礼をする。
「この国の騎士のトップを担う我が家のことをこれからは忘れずにいて下さると幸いです。では、フェリスリアン殿下はお借りしますね。失礼致しました。」
これ以上話したくなかった。話す意味がこれっぽっちも見出せなかった。
シュリルディールは未だに泣いていて動かないフェリスリアンの手を引いて中庭から早歩きのスピードで退出する。
王子王女、騎士やメイドは鮮やかとも言える手際で去っていったその姿に声をかける暇もなかった。
(あれが第一王子か…15歳…兄様より1つ歳上…脳筋の方が断然頭良いんだけど。あんなのが王子ってこの国終わりだろ。
もう一人の王子は…泣いてるし…)
チラリと背後を見る。ペリポロネシス妃と同じ亜麻色の髪の少年は顔をうつむかせ、手を引かれるままに付いて来ている。
(まだ会ってない第一王女殿下はどうだろう…まあ、ペリポロネシス妃が教育しているだろうし大丈夫かな。でも、王女だと政略結婚で嫁がされると継承権がなくなるから王争いのレースはかなり不利なんだよなぁ…)
これ以上は公爵家とは言え子供の考えるような事ではないかと思考を止め、どこか休めるところがあるかメイドに聞こうと振り向いた瞬間、シュリルディールの身体がガクッと沈む。
「っ!」
(魔法使いすぎたか…いつもより長い時間使ったから…
…うん、そう考えるとかなり保った方だな。緊張してたからか…)
魔力的には問題ない。まだまだ有り余る程だ。これくらいでなくなっていたら過多症などにはならない。
だが、その魔力による魔法の行使には頭を使う。いくら毎日のように使っていて慣れているとは言え、空間魔法との並行で使っているのだ。まだ発達途上の幼児の頭では耐えきれなかった。その拒絶反応の結果が風魔法が切れたということだった。
休むことを考えた瞬間に切れるとかタイミング良いんだか悪いんだか…と思いつつどうしようかと思案する。
「だっ大丈夫?」
フェリスリアンが床に倒れこんだシュリルディールに手を差し伸べる。ちなみに転ぶ前にフェリスリアンの手を掴んでいた手は放していた。
「大丈夫ですよ。」
そう告げたが伸ばされた手を掴もうとしないディーにフェリスリアンは首を傾げる。
ディーがその手を取ったとしても、足が動かないから立つことはできないのだ。
一番は魔法で浮かぶことだが、それも長くは保たない。次に魔法が切れた時に空間魔法まで切れてしまう可能性を考えるとできなかった。
「サーラさん、お願いしてもいいですか?」
仕方なくメイドに抱え上げてもらう。
「まだお早いですがシュリアンナ姫様の元へ行かれますか?」
シュリルディールは手を取ってくれなくて落ち込み、再び泣き出しそうになっている少年をチラリと見てから頷いた。
王女の存在感が薄すぎる…




