10話 側妃
メイドに抱えられたまま連れて行かれること十数分。
再び通ったことのない道を進んでいく。
そもそもシュリルディールが王城の中で通ったことのある道など数少ない。加えて王城の中の王族が住まう空間である王宮には行ったことがないのだから王城から王宮への道など見覚えのあるはずもなかった。
廊下を曲がったところで1人の茶色の髪をおさげにした若いメイドがこちらを見て目を丸くした。その顔はすぐに輝かしい笑顔へと変わったと思ったら勢いよく頭を下げた。数瞬遅れておさげの髪が勢いよくうねりながら下に垂れる。
「シュリアンナ姫様!お久しぶりです!ネシス様にご用ですか?」
「ラーニャ久しぶりね。ええ、突然で悪いのだけど伝えて下さる?」
顔を上げたラーニャは少し斜め上に目線をやり手先を顎に当てる。
「今のお時間ですとネシス様はヴァロア様とお茶を嗜まれているかと…」
「あら、それならちょうど良いわね。いつもの中庭でしょう?」
「はい。」
「なら伝令はいいわ。直接乗り込みます。紅茶二つをお願いしてもいいかしら?一つは甘めでお願い。」
「へっ!?は、はい!かしこまりました。」
ラーニャは驚くがすぐに頭を下げて準備へと向かう。
乗り込むという姫らしくない言葉遣いに驚いたのか…直接乗り込もうとしていること自体に驚いたのか…
いつもより何だかはしゃいでいる気がする。
再び迷いなく進んでいく後ろ姿の足取りが軽やかなのを見て取り、ディーはそっとため息をつく。
(多分昔はお転婆姫だったんだろうな…)
天真爛漫な様子が目の裏に浮かぶ。
今までだってディーより子供っぽく見えた回数は決して少なくないのだ。美奈の頃の年齢と足したってシュリアンナの歳を十は下回ると言うのに。
シュリルディールを抱いているメイドの腕は既に緩んで抜け出そうと思えば抜け出せるが、ディーにはとっくに逃げる気はなくなっていた。ここまで来たら逃げた時の方が面倒な予感しかしなかった。
その予感が大きく外れていたことに気付いたのはそれから1時間後。
本当の面倒事に直面してからだった。
◆◆◆◆◆◆
「しゅ、シュリアンナ姫様!?」
「あら、そっと近づく前にバレてしまったわ…」
中庭に着く直前にシュリアンナの姿を見た王宮メイド達がざわめく。その中の1人が名前を呼んだことから、おそらく中庭にいる人物達にもシュリアンナがいることが聞こえてしまっているだろう。
シュリアンナが堂々と中庭に足を踏み入れた時、奥から静かな落ち着いた声が聞こえて思わずディーはメイドの服を掴む。落ち着いた声だというのに起こっていることが漠然と感じ取れる。怒気がこもっている。
「アンナ?」
声の後から出て来た姿は楚々としていて、穏やかそうに見えるのに顔が怖い。いや、顔は笑っているのだ。笑っているのだけれど非常に怖い。
「ね、ネシス…怒ってる?」
「側室とは言え王妃に会いに来るというのに先触れはなし。しかも対談中の中庭に直接来る。
これで怒らないとでも?」
首を傾げて広げた扇を口元に当てる仕草は美しい。背後に閻魔様みたいな般若みたいな何かが見えるけれど。
「ぺ、ペリポロネシスお義姉様、申し訳ございませんわ…」
そう素直に謝ったシュリアンナを見て、ペリポロネシス妃はため息をつくと扇を閉じ
「シュリアンナ姫様。突然来たということは何か用がおありなのでしょう?
こちらにいらっしゃい。」
「ありがとうございます!」
シュリアンナの所作も美しいのだが、口から出た言葉がそれを台無しにしている。
(おかしいな…領地にいた時はもっと大人っぽく見えたんだけどな…)
母親に対してそんな失礼なことを考えながら、一行は中庭の中央へ向かう。
友達に会う時女性は若く見えると聞いたことはあったが、ここまで違うのは逆に戸惑ってしまう。
中庭は王宮の中で一番有名な薔薇園ではなく、どんな季節でも何かしらの花が咲くと言われる二番目に大きい百合園と呼ばれる中庭だ。
今の時期は少しだけ旬を過ぎていたはずだが、多くの百合が咲いている様子がうかがえる。主に白の百合が咲き乱れており、他の色の百合や、赤や桃、黄のガーベラのような花とりんどうのような青い花も点在している。しかし、ごちゃごちゃしているように見えるわけではなく、すっきりとした、どこか爽やかな印象をもたらしている。このセンスの良さは流石王宮の庭と言えるだろう。
その中庭には白いテーブルと二つの椅子。メイド達がそのテーブルにもう一つ椅子を追加している様子が目に映る。それらを背景に一人の女性がしずしずとこちらに歩み寄ってくる。
「ディスクコード公爵夫人様、お久しぶりでございます。」
そう言って王妃にしては深々と頭を下げた黒髪の女性は第二側妃のヴァロア妃だ。正確に言うと側妃ではなく愛人だが、彼女の性格と陛下の意向により多くの人々から側妃と呼ばれている。
「ヴァロアお義姉様、お久しぶりです。そんなに他人行儀にしなくてもよろしいのに…」
「私は平民でございますから…」
顔を下に下げて申し訳なさそうな顔をしてそう告げたヴァロア妃は側妃になる前は王城に勤めていた数少ない女性官人の1人だった。
平民が愛人とは言え王の妻となることに当時問題視する声も多かったが、子に継承権も貴族位も与えず、成人したら平民となることで落ち着いた。2人の間には王女1人だけであり、おそらく平民になると言っても王家の血を継ぐ為、少しでも王家との繋がりが欲しいどこかの下級貴族に嫁ぐ形で収まるだろう。
ヴァロア妃は物静かな女性で王妃となっても謙虚さを失うことなく常に誰かを持ち上げている。同じ側妃のペリポロネシス妃とは仲が良く共にいることが多いが、それでも線引きはしっかりとしている。流されやすそうな見た目だが、自分の立場をよく理解ししっかりとした芯を持っている点に陛下は惹かれたのだろうか。
ペリポロネシス妃にとってこのようなヴァロア妃のやり取りはいつものことなのだろう。特に気にすることもなく二人を誘導して椅子に座らせ自らも座る。ペリポロネシスは紅茶を一口飲んで一息ついてからシュリアンナに声をかけた。
「シュリアンナ姫様。何の用でこちらに?」
ペリポロネシスの問いに、シュリアンナはディーをメイドの腕から受け取ると目の前に突き出してドヤ顔をした。
突然2人の妃の前に出されたディーはとりあえずにっこりと微笑む。顔が引きつっている気しかしないけれど。
「まあ、可愛い姫君ですね。」
ヴァロア妃は両手を顔の前で合わせてにこやかに笑う。
だが、ペリポロネシス妃は対照的に顔を引きつらせた。
「アンナ…貴女娘いないわよね…?」
「ええ!でも可愛いでしょう?」
暗に息子を女装させたことを認めたシュリアンナに、ペリポロネシスはさらに顔を引きつらせる。ヴァロアもそのやり取りで察したようで先程までの暖かい視線が困惑の色を混じえたものへと変化している。
何を言えばいいのか悩む二人の様子に申し訳なさを感じつつ、小さくため息をついたシュリルディールはシュリアンナの膝の上でお辞儀をした。
「このような格好で申し訳ございません。お初にお目にかかります。シュリルディール・ディスクコードです。」
「…初めまして、シュリルディール君。第一側妃のペリポロネシスよ。…災難だったわね…」
やっと分かってくれる人がいたという気持ちで胸が熱くなる。
皆似合ってるとかしか言わないものだから。
「私はヴァロアと申します。よろしくお願いしますね。
シュリルディール様は非常にしっかりしていらっしゃいますのね。
男の子と言われても女の子に見えてしまいますが…」
「ええ、似合っているわね…」
結局言われるのか…とそんな二人の言葉に項垂れるディーと、より一層喜ぶシュリアンナ。
喜ぶ親友の姿に恐る恐るペリポロネシス妃が口を開く。
「まさか…その姿を見せる為だけにここに来たとは言わないわよね…?」
「言うわよ?」
間髪入れずに返された悪い予感が的中した答えにペリポロネシス妃の顔は無表情となる。
それを見てヤバいと感じたのだろう。シュリアンナは慌てて付け加える。
「あ、あとはお二人ともディーが喋れるようになってから会ったことないでしょう?だから元々会わせる予定だったのよ!身体が前より丈夫になったことも見せたかったですし!最近ディーは王城に通ってるからなるべく早めに顔合わせはさせておこうと思って!」
慌てて取って付けたような理由ではあったが、その内容は一理あった。
「次男は病弱だったものね…良くなったと聞いてはいたけれどここに来れるくらいに良くなったのね。良かったわ。」
「…まだ身体が弱いことには変わりないけれど、前よりはかなり良くなったわ。毎日ベッドから出られなかったのに今ではたまにしか寝込まないもの。」
穏やかに微笑むシュリアンナの顔は1年前に会った時と比べて憂いも晴れ、明るくなっている。それに気づいてペリポロネシスも微笑ましく思う。2ヶ月前に送られてきた手紙のシュリアンナは参っている様子がありありと伝わっていたのだから。
「ところで、毎日王城に通っているときこえたのだけれど…?」
「ええ。ディーは書庫への入場を許可されてからずっと入り浸ってるのよ。」
「えっ!シュリルディール様はまだ3、4歳ではないのですか?」
思わず声をあげたヴァロアと同じくらい目を大きく見開いたペリポロネシスがぽつりと呟く。
「ディスクコード家から頭脳派が…!?」
「ネシス、失礼ね!私だってどちらかと言うと頭脳派よ?」
((いや、それはない。))
ペリポロネシス妃とシュリルディールの心の声が一致する。嬉々として魔法をぶっ放しまくる王女が何を言う。伝聞でしかないが。領地でも魔物が出た時は周囲の反対を押し切って現地に行って倒していたというのに。
シュリアンナは脳筋ではない。貴族派の台頭という大変な時期を乗り越えただけある。だからと言って頭脳派とは言えない。舌戦はある程度できるが、ある程度どまりである。集中すればボロは出さない王女を演じきることができる。ただし腹の探り合いとなると押し負ける。守りに徹すれば負けないが攻めも考えると脆くなるタイプだった。
つまり、この国有数の魔法師という点を考えると、どちらかと言うと頭脳派よりは肉体派である。
「え、えっーと、僕は父様や兄様と違ってずっと本を読む以外できなかったので…」
ハッと息を呑む音が聞こえる。二人の眉が下がったのが目に入る。
(しまった。この流れは良くないか。)
ディーは唇を少しだけ尖らせた。
「なのに、ディスクコード家にある本の数が少なかったんです。全部で34冊しかないんです…
だから王城の書庫に沢山本があって沢山読めるのが嬉しくて毎日通ってます!」
そう元気一杯に笑顔で締めくくる。
にこにこと笑う子供を中心に場の空気が緩んでいく。
ちなみに、この世界では34冊はしかないと言われるような数の少なさではない。公爵家としてはかなり少ない方だとは言えるが、豪奢な表紙に覆われたその一冊一冊の本の価値は非常に高く、一冊で平民1人の食費を1ヶ月賄える程である。
そんな本を2歳児に読ませる公爵家、3歳児に読ませる王家のせいで着々とシュリルディールの本への価値観はズレていっている。粗雑に扱う真似はしないが。
「ここの書庫は国の中で一番多くの本が集まっているものね。これからも沢山読みなさい。本を読むことは良いことだもの。
…私の息子も本を読んでくれればいいのだけれどね…」
そう言ってほうっとため息をついたのはペリポロネシス妃。
第一側妃であるペリポロネシス妃には2人の子供がいる。王の第二子のアーネスシス王女と第五子フェリスリアン王子である。
「フェリスリアン王子はディーと同じで3歳でしょう?今の内から読んでなくとも大丈夫じゃないかしら?」
シュリアンナはきょとんとした顔で首をかしげる。
シュリアンナの言う通り、フェリスリアン王子は3歳の為、今の段階では積極的に本を読んでなくても問題ないように思われる。
だが、王族の男子であるという点や、正妃の子である第一王子が貴族派である点から、幼いからと言って甘やかすことはできないのだろう。
(小さい子に無理矢理勉強をさせるのは逆に勉強嫌いになってしまいそうなものだけど…)
でもそういう子は言わないとやらない可能性もあるのだ。仕方がない。
「ルドウィレン殿下とはただでさえ12歳離れているのよ?彼があまり賢くないという噂だから何とかなっているもののリアンまで賢くないとなってしまうと勝てる要素がなくなってしまうわ。これ以上貴族派優勢になることは避けたいのよ。」
ルドウィレン王子は産まれてすぐに王城から連れ出され正妃の実家ラフティンディウム公爵家で育てられた。そこでは限定的な教育しかせず、操りやすい性格にしている。
そんな話を父が話していたのを聞いた事がある。どうにかしたくてもガードが固くてできないとぼやいていた。
そこまで賢くないということはその事に疑問を持たず、自身で知識を欲し考えないのだろう。
そんな王子が即位したら…
(傀儡王になるよなぁ…)
ものすごく面倒臭い。
王家の力が決して弱いわけではないが、若い時に現王が借りを多く彼らに作ってしまった。強く言いづらい間に力を付けて、さらにこちらが強く言えなくなってしまったのだ。
そんな状況にこれから関わっていかなければならないことが、そんな状況下でどうにかしなければならないことが非常に面倒臭い。
ディーは小さくため息をつく。
ディーがそんな事を考えている間にも会話は進んでいて、現状についてと友達同士の気軽な話、子供の話とコロコロ変化していく。
シュリルディールは途中から会話に付いて行けなくなってボーッと庭の花を眺める。
積極的には口を挟まず、時折控えめに主張をしていたヴァロア妃は、そんなシュリルディールに気づいて声をかけた。
「シュリルディール様。お好きなお花はございますか?」
「この中では百合が一番好きです。シュッとしてて綺麗なので。」
「私も百合は好きですわ。特に白百合が良いですわね。…他の庭の花々も見てみますか?シュリルディール様は次いつ来られるか分かりませんし…」
(ああ、退屈してるのが分かったから庭の花を見て楽しんできてって言いたかったのか。急に花の話をされてびっくりしたよ…)
顎に手をやり少し考えてからヴァロア妃の目を見て頷く。
「はい。見てこようと思います。」
こちらの会話に気づいたシュリアンナとペリポロネシスが会話に入ってくる。
「ディー、ごめんなさいね。少し時間を潰しておいてくれるかしら?ちなみに、私のオススメはここの一番近くの中庭と…果物のなる木が多い庭よ。」
「ごめんなさい、つまらなかったわね。メイドを付けるわ。彼女達に案内してもらいなさい。」
ペリポロネシス妃はメイドを二人選ぶ。それは流石と言える手際だ。メイドの一人に抱えられたまま、シュリルディールはペリポロネシス妃とヴァロア妃にお礼を言って1時間後に戻ることを約束する。
(私一応男なんだけどな…花を見るってこの世界では日本以上に女の子にかける言葉だった気がするんだけど…)
メイドに連れられ他の庭に到着するまで、男ってことを忘れられてるんじゃないかと、シュリルディールはもんもんと悩み続けていた。
その後ろ姿を見送ったヴァロア妃は、そこであっと口を開ける。
「そういえばシュリルディール様は男子でしたわね…」
完全に忘れられていた。
王宮=王城ではありません。
王城は城全て。
王宮は王城の中の王や妃などが住んでいる空間です。
ちなみに、ディスクコード家にあった本は
ディスクコード家の歴史…3冊
剣などの武具について…5冊
剣技や兵の心構え、戦法など…10冊
魔法について…3冊
病気・怪我について、その対処法…2冊
貴族のマナーなど…3冊
貴族一覧…4冊
その他…4冊
シュリルディールはこの内の数冊の貴族や魔法についてだけを余命を知るまでは読んでいました。
余命を知ってからは病気関係の本を家のものだけでなく、医師にも借りて数冊読んでいます。
解決してからその他のディスクコード家にある本全て読みきりました。




