9話 母の楽しみ
時系列はざっとこんな感じです
冬(1月):余命宣告
晩冬(2月末):アレク帰領
5ヶ月間(3月〜8月初頭):空間魔法開発中
準備期間移動期間
夏(8月後半):王都へ
晩夏、初秋(9月初頭):現在(書庫初通いから2週間後ほど)
「ディー。明日も王城に行くのかしら?」
青々と茂る木々がこの時期、春ほど花のない庭を美しく彩っている。所々に果実がなっているのも見受けられる。夏の暑さは日本みたいにジメジメしていなかったが、四季は同じように過ぎている。だから葉の色は秋になると変化する。少ないが所々色が変わり始めている木々も目に入る。
それらの木々が決して乱立されているのではなく綺麗に連なって奥の屋敷への道を示している。石畳みの道の脇には橙や桃色の花が列になって咲いていた。
その暖色の花木に彩られた道の先にある大きく立派な屋敷の一室。二人の人間が大きなテーブルに向かい合って座っていた。その二人の周りには数人が壁に寄り添って立っている。
冒頭の言葉は向かい合って座っている二人のうちの一人が発言したものだ。
向かい合っている二人は同じ青よりの銀の髪でよく似た顔立ちをしている。
「はい、お母様。何も予定がないようでしたらそうするつもりです。」
小さい手でフォークとナイフを持ち、一生懸命ステーキを切って食べていた少年、シュリルディールは一旦それらを置いてから答えた。
目の前の女性はその言葉を聞いてぷくっと頬を膨らませて唇をとがらせる。美姫と騒がれていたシュリアンナがその仕草をすると中々破壊力がある。
「ここのところずっと書庫に行っているじゃないの。たまには家でゆっくりしたらどうかしら?」
「そうですね…」
ディーは顎に手をやり少し考え込む。
シュリアンナの物言いから自分に何かしてほしいのだろうということは分かった。ただ休んでほしいだけにしては表情が輝きすぎていた。
(何かして欲しいのならそう言ってもいいと思うけど…)
そうは思ったが、特に断る理由もないので肯定する。
「分かりました。明日は家でのんびりしてます。」
何故母が理由を言わなかったのか、もっとよく考えていれば良かったと、次の日何度も後悔することになるとは、この時は微塵も考えていなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ディー!よく似合っているわ!」
そんな喜色を帯びた声と周りから聞こえるメイドの黄色い歓声からシュリルディールは顔を赤くしながらも必死に逃げようとしていた。
しかし、周囲は母とメイド達に囲まれ、逃げたり隠れたりする場所などない。
そもそもディーはまともに歩けないのだ。最近車椅子を後ろから風で押し出せるようになったが、長時間動かせるのはあくまで車輪が付いているからであり、浮かせられるのもそんなに長い時間は無理だ。せいぜい1分といったところだった。
つまり、逃げられるわけがなかった。
「シュリルディール様!とってもお可愛らしいです!」
メイドの中でも一番若い14歳のパメラが上気した顔でディーを見つめて嬉しそうに言う。きらきらした瞳にたじろぎつつ辺りを見渡すと他のメイドも同意するように口を開く。
「お似合いですよ!」
「見せびらかしたい程の可愛さです。」
「水色がよくお似合いです!」
「お庭を一緒に散歩したいです…」
「ご令嬢で通せますね!」
「大変よくお似合いです、そのドレス!」
そう、ドレス。
シュリルディールは先程から着せ替え人形となっていた。ドレスの。
今は瞳の色と同じ薄い水色と白のレースやフリルをふんだんに使ったドレスを着せられ、シュリアンナが昔切った髪で作られたかつらを付けられ、髪が背中まで伸びたように見える。
美奈も女の子だ。こんな女の子らしい格好に憧れたことがないわけではなかった。毎日養護施設に通うお兄ちゃんお姉ちゃんのお下がりの服を着ていて、そんな事を考える余裕はない生活だったから諦めていた。
だから、思わぬ形で隠れた願いが叶って嬉し
(…くはないな。
苦しい。動きにくい。脱ぎたい。)
無理だった。
ずっと美奈にとって服は見た目より機能性を重視すべきものだった。それはこちらの世界に来て少し変化したけれど大本は変わらない。憧れは憧れで留めていくのが一番。そんな現実を突きつけられた気分だ。
ただ、一つ。昔と違うことと言ったら、このお姫様ドレスは自分に似合っているだろうと、ある程度確信を持って言えることだ。
今の容姿が女の子にしか見えないことも、逆に男に間違えられていた前世では似合わないようなこんな可愛らしいドレスも今はよく似合っていることも分かっている。
分かってはいるのだけれど、今のシュリルディールは男だ。
将来結婚もすることになるだろうからと、女であったことを極力忘れて男であると思い込もうと毎日頑張っているのに、何だか女の子だった時より女の子らしくなっている気がして虚しくなる。
だが、脱ごうと思っても脱ぎ方も分からないし、変な脱ぎ方をしたら破れてしまいそうな繊細で薄いレースだらけのドレスなのだ。一目見て高価だと分かる幼い少女用のドレス。
この水色のドレス入れて5着着せ替えられたが、これらは全て王族の女の子、つまり王女のドレスだ。すぐに成長する小さい頃の普段着るドレスは代々受け継がれたものを着ることが多い。王族でもそれは変わらない。だからこれらのドレスはシュリアンナも着たことがあるし、今の王女達も着ていた。
それが何故ここにあるかと言うと、単純にシュリアンナが持ってきたからだ。王と父経由で借りてきたそうだ。
ぶすっと不機嫌を前面に出した表情のディーはメイドの腕の中から風で身体を動かし近くにあった車椅子にゆっくりと座る。
座らなきゃやっていられない。
精神的に非常に疲れていた。
座って母を睨みつけるが、顔は羞恥でほのかに赤く染まり、上目遣いとなっている目は涙で軽く潤んでいるせいで全く意味がない。逆に可愛らしさが倍増していた。
シュリアンナは無駄に艶やかな声でああっと早く叫びながら口を手で押さえる。そしてギラギラした目で告げた。
「見せびらかしに行きます!」
「え"っ」
「奥様!今すぐ見せに行きましょう!」
心底嫌そうな声を出したディーとは反対にメイド達は勢いよく賛成する。
(いや、ちょい待て。この格好でどこに行くの!?)
意気投合して興奮している母とメイドに連れられ、シュリルディールは車椅子に乗ったまま馬車に乗せられる。手際が余りにも良すぎて逃げることすら考えられなかった。それにシュリアンナはどこに行くか口にしていないのに連携が取れすぎていてメイド達の優秀さに震える。その手際の良さに流石公爵家のメイドだと 感心しながらも、すぐに動き始めた馬車にハッと意識を戻す。
「お、お母様!や、無理です!見せるのやです!!」
「大丈夫よ!とっても可愛いから!」
にっこり微笑む母の顔に一瞬見惚れたが、すぐに首を振る。
(大丈夫じゃない!無理だから!色々とヤバいと思う!)
そんな混乱した頭を抱えながら一番聞かなければならないことを聞く。
「い、一体どちらに向かってるのでしょうか…?」
何となく予想はついている。当たって欲しくないが。とてつもなくこの予想は当たって欲しくない。
しかし、そんな願望は簡単に打ち砕かれた。
「王城よ!」
ひくっと顔がひきつる。
ここまで数分経っている。いつもは数分で馬車酔いするのに今日はそれどころじゃないせいか大丈夫そうだ。その代わり心は非常に穏やかとは程遠いが。
王都内の屋敷から王城まで数分で着く。つまり、もうすぐ着いてしまうことに気づいて慌ててディーは外に出ようとするが、無常にも馬車は止まり王城に着いたことが告げられる。
「よし、ディー!フォルと義姉様達に見せに行きましょう!」
「や!やです!むりです!ほんとうに!むり!」
馬車から出なければ良い。そのことに気づいて闇魔法で車椅子を馬車に固定する。しかし、目の前にいるのは同じ全属性に適性を持つ上級魔法師。すぐに固定されているのは車椅子と馬車だけということに気づきディーだけを持ち上げる。
ドレスを固定するのは流石に繊細なレースだから躊躇いがあったのだ。それが敗因だった。簡単に持ち上げられ、メイドに引き渡されたディーは抵抗するもガッチリと抱かれ、シュリアンナの後を追うメイドに連れられて王城へと入っていった。
通り過ぎる衛兵や城のメイド、官人が未だ衰えの知らないシュリアンナと可愛らしいシュリルディールを見て顔を赤く染める。
(泣きたい…恥ずかしい…何で女装して国家の中枢に来てんの…)
◆◆◆
ディーにとって初めて通る道も多く、どこをどう通ったのか分からないが、ここで育ったシュリアンナにとっては慣れた場所だ。迷いもなく進んでいく。
しばらく歩いていると横道から声がかかった。
「あれ?アンナ?」
「あ!お兄様、ちょうど良いところに。」
シュリアンナの兄、つまり、そこにいたのはルドルフェリド王。
宰相含め何人かの文官と武官と共に歩いてこちらにやってきていた。フォルセウスの姿がないことからおそらく今の時間は騎士たちを鍛えているのだろう。
「フォルに用があるのかい?」
「フォルにもですけど…この際誰でもいいですわね。」
この兄妹の仲は良い。言葉選びに躊躇がないことからも分かるだろう。
「誰でも…?」
ルドルフェリドはそう返すと妹の後ろを付いてくるメイドとその腕に抱かれた女の子を見る。そしてしばらく見つめた後、明らかに顔をひきつらせる。
「…もしかして…ディール?」
「ゔゔゔ…そうです…」
心底嫌そうに答えるディーの姿を見てシュリアンナに向かって頷く。
「ふむ。確かに見せびらかしたくなるのも分かるな。」
流石仲の良いことで知られる兄妹だ。妹の思考をよく理解している。
「お兄様もそう思いますわよね!お義姉様達にも見せに行ってきますわね。宜しいかしら?」
ディーはじっとルドルフェリドを見つめて無言の圧力をかける。しかし妹の瞳の方が威力が強かったのだろうか。
「いいだろう。あまり騒がないようにな。」
「ええ。」
うるうると涙の溜まった視線がルドルフェリドに突き刺さる。
その視線から逃れるようにスウッととディーから顔を背ける。見たら何かに負ける気がした。
「大丈夫だよ。違和感はないから。」
(それが問題だろ!!!)
そんな言葉を吐けるはずもなく、既に疲れ果てたディーはメイドの肩に顔を埋める。
そんな脆い現実逃避以外できることがなかった。




