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3話
むつは呆然とした顔で男を見ていた。男はそんな、むつの様子が演技ではなく本当に驚いてるのだと分かると、再び溜め息をついた。
「本当に?」
「本当に」
男は立ち上がるとドアを開け、コーヒーのおかわりを頼んでいる。むつの分も持ってこさせると、くすんだ机に置いた。
「やばいな…」
「鞄に何かあるのか?」
「財布に今月の生活費入ってる…これって紛失届とか出せる?」
「いや、まぁ…出せると思うけど…じゃなくてさ、君の名前は?」
むつは香りもしない黒い液体なだけのコーヒーを一口飲むと、顔をしかめた。
「普通、取り調べって二人必要なんじゃないの?メモ?調書かく人は?」
男は身を乗り出すと、小声で言った。それを聞き取ったむつは、また顔をしかめた。
「黙秘する…って、わたし逮捕なの?」
「いいや、今の所は任意。ただ、暴れたりするかもしれないから手錠」
「暴れないよ。最初は暴れてやろうかと思ったけど、そしたら公務執行妨害とかって言われちゃいそうだもん」




