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第七話

 結果から言って、僕等は夏風さんの母親に会う事は叶わなかった。



 夏風さんの母親が居た筈の病室にそれらしい姿は見えず、代わりに綺麗に整えられたベッドが置かれているだけだった。


「半ば予想はしていたのよね…………」

 夏風さんはそう短く言う。


 その姿は病院に着いた瞬間僕を引っ張りつつ、ここまで走ってきた夏風さんとはどうあっても一致しなかった。

 それ程迄に母親に会いたかったのだろう。


 四月一日から今日まで延びた面会を心待ちにしていたのだろう。

 例え死んでも尚――――――――――こうして会いに来たのだから。 


「…………………………」

 僕はその姿を見て何も言えなかった。


 痛々しくもあり、哀しくもあり、狂おしくもあったその姿を見て、


 ――――――僕は何も言えなかった。


「お母さんは重い病に罹っていたわ。回復の兆しも無く、病状も決して良くは無かった。私が死んで二ヶ月、お母さんも既にそうなっていてもおかしくは……無いわよね」

「……何なら僕が問い合わせてみるか?」

「馬鹿言わないで」

 夏風さんはそう言って、肩を震わせる。


「お母さんが死んだ事実を確かめるなんて事、私に出来る訳無いじゃない……」

「でも、そうと決まった訳じゃあ……」

「同じ事よ。そういう可能性が高い以上、怖くて私は訊く事なんか出来はしないわ」

「…………………………」

「…………………………」

 黙ったまま僕達はその病室の前で項垂れていた。


 事実を受け止めるのが嫌で、

 現実を見るのが嫌で、


 僕等はこうしているのが精一杯だった。


 ――――――――神様。


 神様がもしいるのであれば、何て残酷な事をするのだろう。

 夏風さんから命を奪っただけでは飽き足らず、大切なモノまで奪ってしまうのだから。


 その姿は決して綺麗な姿などしていないだろう。

 残酷な姿をしているに違いないだろう。


 その姿など決して見たくは無いが――――――――



 暫く立ち尽くしていた僕等だったが(病室の前に立ち尽くす僕等は周りの人達の注目を集めていた。まあ少なくとも夏風さんは他の人に見えていない筈だし、一人で病室の前に立ち尽くす人間を見れば、まあそれが例え誰であっても気にはなるだろう)、不意に夏風さんが口を開いた。


「もういいわ…………」

「……夏風さん」

「もう一つだけ、行きたいところがあるんだけど。付き合ってくれないかしら」

 その質問に対して、僕は何も言う事無く歩き出していた。


 途中、窓を見れば先程まで雲行きの悪かった空から雨が降り注いでいた。



 ……雨か。

 自転車、タイヤが滑って危なそうだな。


 服、濡れちまうし。



 ――――――と。




 こんな時にでも、つい現実的に物事を考えてしまう自分が僕は――嫌いだった。

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