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第三話

 夏風さんに僕の家でテスト勉強をする事は断られたものの、テスト勉強をする事自体は断られなかったので僕は次の日からも毎日、学校が終わった後に古びたバス亭のベンチへと通い詰め、勉強を教えて貰った。



 夏風さんが言うには勉強のやり方には二種類あるらしく、一つは基本的な学力の底上げ。もう一つはテストに対してのヤマを張る事らしい。

 しかしヤマを張るには教師の人間性をある程度把握して置く事が必須らしく、僕の高校の教師を知らない夏風さんにはこの方法を使う事が出来ないので、僕の勉強は基本的な学力の底上げを行う事にした。


 僕は基本的に理数系。しかし応用的な能力はほぼ皆無である。

 夏風さんによれば僕でも基本的な学力は十分身についているらしかったので、応用力とその他の学力の向上を目指していった。


 僕がテスト前においてこれだけ勉強するのは始めてだ。いつもは勉強すると言いつつも

テレビを見たりゲームをしたり、自分を自制出来ない事が殆どで結果的に勉強において何が判らないのかさえ判らないという学生にあるまじきステータスを誇っていたのだが、今や僕は得意の理数系に置いては何か判らない事は無いだろうか、と教科書の中を隅々まで探す羽目に陥る程に勉強においてのステータスは上がっていた。


 まあ夏風さんに訊けば「え? そんなの普通でしょう?」と言っていたが…………。


 まったくこの人と一緒にいると不安値の上がり具合が階段飛ばしで跳ね上がっていくな。 

 とやかく。



 テスト勉強を始めて一週間が経った。


「師匠! 貴女のお陰で僕はここまで成長出来ました! これで明日の試験は大丈夫です!」

「ふっ……、甘いわ、弟子一号。甘ったれた蜂蜜シロップよりも貴様は蕩けている……。試験は未だ始まってすらいないわ! 偉い先人はこう申されたわ、曰く帰り道までが遠足なのよ!」

「うす!」

「さあ貴様の真価! 馬鹿にした愚民に対して存分に魅せつけてやると良いわ!」

「うす!」



 ――――というテスト前日での夏風さんとの挨拶もそこそこに。


 それはそれとして夏風さん、相当ノリが良いな。

 一週間も掛けて準備したのだから彼女も彼女でテンションがハイになっていたのかもしれない。面白すぎんだろ、この人。



 閑話休題。



 結果、万全とした面持ちで僕はテストへと望んだ。

 外は梅雨の時雨時しぐれどき。雨がパラパラと降り注いでいる。



 六月も終わりに差し掛かった頃の事だった。






「うーす。どうしたんだ、お前?」

「……何が?」

「テスト。在り得ないぐらい良い調子だったみたいじゃないか」

 テストから数日後。学校の教室で何枚かのテスト用紙を返却された後に僕は友人である詐欺島さぎしまに声を掛けられた。


「まあな。今回はそこそこ勉強していたんだよ」

 日本人として僕は謙遜と呼ばれる二文字を持ってして詐偽島に答える。

 まあ僕の手柄と言うよりもこれは自制と成長を促してくれた夏風さんの手柄みたいなところがあるだろうから、僕だけの手柄にしておくのは少々、無理があるだろう。


「それにしたってお前…………この点数は伸びすぎだろう。周りからはカンニングじゃねぇの、って声も挙がってるぐらいだぞ?」

「そりゃ酷い……」

「冗談だよ」

「詐偽島、性質の悪い冗談は止せ」

 僕だっていきなり点数が上がりすぎて若干その事は気にしてんだ。


 考えてみればそうだろう今まで赤点付近を滑空していた奴がいきなりオール五の評価が貰えそうな程、点数を連発してみろ。僕じゃあ無くても疑うさ。


「それで? 実際はどんな魔法を使ったんだよ? 俺にも出来れば教えてくれ」

「努力…………と言いたいところだけど良き師匠に巡り合えたんだよ、僕は」

「ふーん……何か良く判らない事言ってんじゃねぇよ」

 なんて詐偽島に猜疑心の目を向けられたものの、僕の気分は穏やかだった。


 なにせ今まで進路の事で厄介者扱いだった教師達をこれで少しは見返せるかと思うと僕の心中は暗雲とした梅雨開け真っ盛りだ。

 本当、夏風さんに感謝しておかないとな。


 今度、あの古びたバス亭に行くときは何かお土産でも持って行こう。



「ま」

 詐偽島は一度、こんな風に前置きをして、言う。


「今お前に話しかけたのはこんな事を訊くためじゃねぇんだけどな」

「………………? 他に訊きたい事でも会ったのか?」

「そういう事。テスト結果は気にはなっていたけど、それは建前。本命は別にあるんだよ」

「何だよ、短い付き合いでも無いだろう? 遠慮せずに聞けよ」

「いやさー……遠慮せざるを得なかったんだよ。ちょっと今回のこれはお前に関わりそうな事なんだけれども…………ちょっと訊きずらい内容だったもんでな」

「どういう事だ?」

「なあお前、最近放課後に古びたバス亭にいるじゃん?」

「ああ、そうだが……。でも何で知ってんだ?」

「クラスの奴が見たって言ってんだ。そいつから俺も聞いたんだよ」

「へー…………」

 ………………あー。


 そりゃ、まあそうか。


 夏風さんみたいな美人と二人っきりでバス亭にいるところ見られていたら、そりゃ噂ぐらい立つか。

 まあ得にやましい事をしている訳じゃ無いし、適当にあしらって置くか。



「そんでさ…………」

 そして詐偽島は続けて――――――――――――言う。



「お前さー…………、あのバス停に一人で一体何やってんの?」



「――――――――――は?」 

「……いや。お前、古びたバス亭にいつも一人でいるらしいじゃん。一体何やってんのか、と訊いてるんだが」

 …………………………。


 今、こいつは何て言った?


 一人?

 ……いやそんな筈は無い。


 僕はここ最近、幾度と無くあの古びたバス亭に立ち寄ってはいるものの決して一人では無かった筈だ。

 僕がいる間はいつも夏風さんがいた。



 こいつは一体――――――――何を言っているんだろう?


「いや………………お前、何言ってんの!?」

「『何言ってんの』はこっちの台詞だよ。お前さー、クラスの奴から聞いた話じゃ、あの古びていて気味の悪いバス亭のベンチにいつも一人で座っていて、しかも隣に誰かがいるかのようにうわ言を呟いていたそうじゃないか」

「ち、ちげぇよ! 居たんだって、隣に。……おい、そいつ! その俺を見ていたって奴、こっちに連れてこいよ! どーせ見間違いでもしてたんだろう!? 適当な事言ってんじゃねぇよ。俺が気味悪がられんだろう。なあ!?」

 事実と違う事実――――言うなれば『正解』と違う『正解』を突きつけられた僕は焦りと動揺から詐偽島に食い入るかのように、訊く。



「あー…………」

 そんな僕の剣幕に詐偽島は頭を搔いて僕に答えた。


「…………違うんだよ。全然違う」

「……何がだよ」

「悪い、俺の言い方が悪かったみたいだな。お前はバス亭でお前を見たクラスメイトが一人しかいないと思っているみたいだが………………それは違う。何人も、だ。何人もお前がバス亭に一人で居るところを目撃してんだ」

 気付けば。


 クラスメイト全員が僕達――――――然る所、僕を見ていた。

 まるで変な物でも見るかのように。


 異端を糾弾するかのように。



 そして――――――――

 まるで頭の狂った異常者でも見るような目つきで、


 何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も何人も、


 僕を――――――――――見ていた。



「俺――いや、俺達だな。俺達も一人だけだったら只の見間違いだと思うだろう。それはお前の言う通り、だ。でもさー…………それが一人、二人、三人、四人とどんどん重なっていけば信憑性も増してくるだろう。そういう事だよ。お前が一人で喋って、一人で勉強して、一人で頷いて、一人で笑って、一人で怒って、一人で……ってな。そんな姿を何人も見てんだ。そりゃあ気味悪がるさ」

「でも、僕は…………」

 確かに見たんだ。


 見えているんだ。


 夏風さんが――――――――――


 夏風夏奈が。



「そんで」

 詐偽島は幾重にも重ねられている紙束を取り出す。



「こいつはヤバイと思った奴の中で一人、パソコンに強い奴が居てな。……おおっと、そいつの名前は伏せておくぜ? ぶっちゃけ今のお前、怖いしな。名前出すのは少々、可哀相だろう。それは俺も同じだ。今俺、脚が震えてんぜ? まったく情けねえなぁ…………。でもさ、これは誰かがやらないといけないと俺達も思ったからこそ、俺達はこうしているんだ。もう一度言うぞ? お前は――――――ヤバイ。だからこそ、俺達は『これ』を調べてみた。ちゃんと――――――ちゃんと聞けよ?」

 詐偽島はそう前置きした後、続けた。


「あの古びたバス亭……あれは今年四月に廃線化が決定している。これはお前も知ってんだろ? 俺達の学校じゃあ、割と利用していた奴も居たから有名な話だ。これは利用者の減少が廃線になる理由となっているけど…………実は、『裏』があるんだよ。発表されていない、建前だけで繕った『表』の理由では無い『裏』の理由がな」

 僕は――――喋らない。


 もっと正確に言えば喋れなかった。

 クラス中の空気が重くて僕が発言の機会さえ与えられていない、と思ったのも理由の内だったが僕は詐偽島の次の言葉を聞いていたからだった。



 聞かなければならないと思ったからだった。

 窓を見れば僕を攻め立てるように雨が強く、そのガラス製の窓戸を叩いている。


 梅雨はもう終わりに近いだろうが未だ終わりでは無いらしい。

 たっぷりと間を置いた上で詐偽島は――――言った。



「あのバス亭さ…………人が死んでいるんだよ」

「………………………………」

「バスの運転手のおっさんが何を思ったか、飲酒運転なんてプロ意識のプライドも糞も無い事をやらかした――――らしいな。それでそいつのヘマからハンドルを切り損なってバス亭に居た少女を一人、轢き殺したそうだ。バス亭に思いっきり突っ込んでな。これだけの大惨事の割には被害は割かし小さかったみたいだけど。運転手も合わせて何人も重軽傷者を出したみたいだが結果的に一人しか犠牲にはならなかったみたいだし」

「…………名前は?」

 僕は、訊く。


「……何だよ?」

「詐偽島、その人、轢き殺された少女の名前を教えろよ。知ってんだろう?」

「…………………………」

 詐偽島は重い息を吐くと僕の質問に対しはっきりと答えた。


「…………夏風夏奈さん、と言うそうだ」

 ――――その瞬間。


 僕は教室を飛び出していた。


「おい!?」

 詐偽島の声が背後から届いていたが、そんなものに構っている余裕が今の僕にある筈など無く。


 ただ僕は走り出していた。

 雨だから廊下は滑る、だとか。廊下は走ってはいけない、だとか。


 そんなのは関係無い。

 外は大雨が降っていたがそんなのはお構い無しで傘も差さずに学校を飛び出し、そのまま走り続ける。


 目的地?


 そんなのは――――――――決まっている。



 肺に酸素を残さないように、

 脳に血液を循環させないように、

 足に乳酸を溜め込むかのように、



 一心不乱に走り続け、



 そして――――――――――――――




「今日はいつもより随分早いんだね。傘も差さずに……濡れているじゃない」



 目的地に到着した僕が見たのは、ここ数日毎日のように見かけている女の子。


 夏風夏奈。




 死んだ筈の――――――――――少女だった。

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