第一話
「……何だ。あなた、また来てくれたの?」
昨日の今日。要は会って二日目の邂逅一番、僕に向かって夏風さんはそう言った。
今日も昨日と同じように学校からの帰り道、その途中にある古びたバス亭のベンチに夏風さんはチョコンと腰掛けていた。
相も変わらず雨は彼女の世界を包んでいる。
「まあ……。放課後は存外、暇を持て余しているもので」
「あら、まあ、友達がいないのね」
「バッサリ斬り捨てるな」
僕はバイトも部活もやっていないから時間の余裕が人よりあるだけだ。
「ふーん……。どうしてあなたは部活にもバイトにも入らなかったの?」
「別に。僕はただそういったものに興味が持てなかっただけです」
僕は端的に、機械的にそう呟く。
何故ならそれらは言い慣れていたから、という理由からだった。
「私が言うのも何だけど…………、青春は無駄遣いしない方が良いわよ?」
「……やっぱりそう見えますか?」
「バッチリね。私の目にはあなたの冴えない顔がありありと映っているわ」
「そんな事を訊いているんじゃねぇよ!」
コンプレックスの引き出しを無造作に開けるな。僕が泣くぞ。
「あなたの隣には首の無い老人が…………」
「そんなものも見て欲しくは無いんだよ!」
「じゃあ何よ! 私にこれ以上何を見ろって言うのよ!」
「何で逆ギレ!?」
「全然関係無いけど、逆ギレって訓読みに直したら“サカサギリ”って読めそうだけどこれって何かの必殺技みたいよね。それを意識しつつ逆ギレすると、自分が必殺技を使えるみたいで何処かテンションが上がるわ」
「本当に全然関係無いな!」
いきなり厨二っぽい話をするな。
確かに“サカサギリ”って言葉には何処か魅かれるものがあるが……、今はそんな話をしたい訳じゃあ、無い。
「だから……夏風さんから見て僕は青春を無駄遣いしているように見えるかどうかを訊いたんですよ」
高校生。
一般的に言ってそれはキラキラと光り輝く十代の中でも更に一際光り輝く三年間だ。
但し、それが光り輝いて見えるのは何か真剣に打ち込めるものがある者だけの話である。
スポーツでも、勉強でも、アルバイトでも。
あるいは――――――恋でも。
そんなものが何も見つからない僕は青春を無駄遣いしているのだろうか。
「さあね」
夏風さんはさらりとそう口にする。
「でも、そんな事を訊くあなたは…………そうね、くすぶってみえるかしら」
「それはどういう――――」
僕がそれを尋ねる前に彼女は喋り始める。
昨日、今日からみても彼女は相当にお喋りな性格のようだ。
それは一緒に居ても気まずい雰囲気にはならないという事を意味しており、僕としてはそれ相応に助かるのだが、どうやらそれにあいまって彼女は歯に衣着を着せるつもりは無いらしい。
一長一短って奴かな。
「『青春を無駄遣いしているように見えるか』そう訊いたって事は明らかにあなたはその事を悔やみ、そして気にしている。自身が無い奴ほど惨めな人間もそうそう居ないわ。自信が有り過ぎる奴ってのもどうかとは思うけど……。まあ、無い奴よりはマシね。だって自信の無い奴なんて見ていてムカついてくるもの。自信が無くて、立ち止まって、いじけて、躓いて、そしてそんな自分の感傷に浸り周りの所為にする――――なんて面汚しも良いところね。尻に蹴りを入れたくなってくるわ」
「僕はそこまで言えとは言って無い……」
歯に衣着を着せぬどころか牙さえも生えてそうな勢いだった。
「そう言うんだったらそういう事を言うのは止めなさい」
「そうは言ってもな…………」
僕は否定の言葉を口にする。
「高校生に置いて何もしていないなんて奴ほど風受けの悪いもんは無いんですよ。特に教師や親の視線が厳しい。もっと言うなら進路の事に関しては鬼でも燻りだすかのような糾弾を持ってして僕を責めてきますね」
なんて事を言いながら自分でも判っていた。
親や教師が僕に対して言っている事は――――正しいと。
まあ、それもそうだろう。
僕ももう高校三年生になる。そろそろ進路について真剣に考えないといけない時期だ。
しかし「何もない奴」の進路なんて決められる筈も無くそれに応じて教師や親への負担も増大する。
こいつは一体どう扱えば良いのか、という事だ。
そうして「こいつ」、詰まるところ僕の立ち位置も悪くなる、という事だ。
「はっ」
だが夏風さんはそんな僕を鼻で笑った。
「面白くも無い事で悩んでいるのね。もっとこう…………、そうね『街中で裸になってみたいんですがどうしたら良いですか?』みたいな悩みだったら少しは面白いのに」
「僕は悩みにバラエティーを求めていないんですよ……」
僕はあんたから見て一体どんな面白い変態なんだ。
「……はぁ、まったく。それも込みで面白くも無い答えね。一体何年芸人をやっているんだか…………」
「少なくとも日常を芸として売り込んだ覚えは無いです」
「まあ、何にしても訊いてきたからには答えを返すわよ。それが『夏風ラジオNATUNA』のパーソナリティとしての在り方ですものね」
「何そのラジオ番組!?」
「当番組は株式会社サマーウィンドからの提供でお送り致します」
「…………………………………」
うん。
早速ふざけはじめたな、この人。
「まあともかく……私の考えはこうね。『好きに振舞う』かしら。ニュアンスとしては最悪だろうけどあながち間違ってはいないと思うわ。あなた、何でも良いから好きな事とか無いの? なんなら別に進路に関わる事じゃなくても良いわよ?」
「………………本ですかね」
僕は自称パーソナリティに向かって答えを返す。
「本?」
「ああ。強いて言うなら本を読むのが好きと言えば好きかな、と」
まあ本と言っても漫画なども含めての話だが。だが漫画も立派な本の一種、嘘は吐いていないだろう。
「じゃあ今までよりも沢山本を読んでみましょう」
「いや…………それは駄目だろ」
「…………どうして?」
「進路すら決まっていないような奴が遊び呆けていられるか」
只でさえ教師や親から「何も決まっていないのならせめて勉強しろ」なんてキツイ言葉を浴びているのだ。これ以上怠けた姿を見せれば何を言われるか判ったものでは、無い。
だが、
「あなたは一体何を言っているのかしら…………」
夏風さんはまるでつまらない物でも見るかのような冷たい目を僕に向ける。
「何を言っているのって……」
「ねえ、私はあなたに一つ訊きたいんだけど――――」
夏風さんは糾弾するかのようなキツイ口調で僕を問いただす。
「あなたは一体何を誤魔化したいのかしら?」
「いや誤魔化しているなんて事は……」
「いやいや誤魔化しているわよ」
僕の力無い言葉に対して夏風さんは即答で返す。
「あなたは常識に捉われすぎているわ。そもそもあなたは誰に対して意味の無い誤魔化しをするつもりなのかしら? 自分? それとも教師、親? ちゃんちゃらおかしいわ。本を読む事、それは親や教師にとって馬鹿らしい事でもあなたにとっては大事な『興味を持てる事』なんでしょう?」
「それは…………」
「それなら。それがあなたにとって大事な事ならば幾らでも突き詰めるべきだわ。突き詰める事によって、それに関して知識をつけることによって結果、それは自信にも繋がるわ。さっきも言ったでしょう? 自信の無い奴なんて死ねば良いと」
「いやそこまでは言って無かっただろう…………」
「同じ事よ」
彼女は僕に対して身を乗り出すかのように言う。
「あなたに一番必要なのは自信よ。進路なんてチンケな事じゃ無いわ。とは言えそれも大事な事なんでしょうけれども、今は考えずとも良いわね。私の見解から言って自信の持たずに進む道なんて結果的にロクな事にはならないわ。目的なくして結果はついてこない。志無くして大儀は成し得ない――――――――――わ」
「………………………………」
「どうしたの? 黙っちゃったけど」
「いや……えらく斬新な意見だったな、と」
「役に立たなかった?」
「……むしろ逆だよ」
そう。僕は実際のところ、感心していた。
今まで聞いていた意見は『進路が決まらないのなら少しでも、選択肢の幅を広げられるように勉強しろ』という内容の例えてみればあたかも最初から定型文でも用意されてあったかのようなソツの無い、しかし同じような意見ばかりだったのだ。
それでいて僕はそんな意見に何処か飽き飽きしていて、そんなの進路が決まらない限りはやっても無駄か、もしくは本末転倒じゃないか、と内心反抗のような端的に言って否定したい気持ちでいた。
けれどもそれが正しい事であるのも僕は痛い程判っていたし、そもそも反抗出来るだけの『自身』も『自信』も――――そのどちらも僕には無かったのだ。
結局僕はそんな事をおくびにもださず、あくまでも真面目に聞いているような顔をして、
そして――――――――――誰よりも不真面目に日々を過ごしていたのだった。
「まあ一応フォローはして置くけれどその――あなたに説教をしてくれた親や教師が言っている事は概ね正しいわ」
「…………まあ、それは判っていたよ」
「けれどそれは『正しい』だけ。正し過ぎて眩しくて光り輝いていて――――――その上にどうしようも無く滑稽だわ。覚えて置く事ね。『正しい』の反対の意味は決して『間違っている』と言うだけでは、無いわ。『正しい』の反対はまた別の『正しさ』もあるのよ。皆が皆正しい事を選択して、それでいて誰よりも間違える。結果的に言えば『正しい』事が全て正解であるとは必ずしも言えないのよ」
戦争の概念と一緒ね、と夏風さんは付け加える。
「それはまた…………稀少な意見だな」
過激な意見とも言い換えられるが……必ずしも『間違っている』とは思えなかった。
「とは言え」
夏風さんは一拍置いて、言う。
「進路の無い若者程滑稽な輩もそうはいないけどねー」
「…………………………」
一蹴された。
そんな意見もあるんだと半ば安心していたところにキツイ一撃をお見舞いされた。
アメとムチとはよく言ったものだ。大概この仕打ちは心に響く。
「雨と無知ね……」
降っている雨は止む事無く降り続けている。
まるで――――――まるで僕を現しているかのようだ。
「だからよく考えなさい。私はあなたにソツの無い世間体を気にしたかのような解答を求めてはいないのよ。要は悩みなさい、悩み抜いてその先にある解答を私は期待しているわ。結局のところ私が言いたいのはあなたにとって大切なものが決まればおのずと進路も決まってくるんじゃないかしら」
「……成程、ね」
まあ実際、言いたい事は判るし、伝わったつもりだ。
よく考える事、具体的に言ってしまえばこの一言に尽きる。
だが得てして、これは目から鱗が落ちるような貴重な意見だった。
何故なら今まで耳がタコになるまで聞いていた意見とは違う意見。
『早く決めろ』では無く『よく考えろ』という意見。
それは何よりも僕の心に突き刺さり、そして落ち着かせた。
自分でこうしたい、これが良いと言って、教師や親の意見を跳ね除けていた時とは違う。あれはただ決定を先延ばしていただけだ。
無期限な――――怠惰。
考慮とはどうあっても質が違う。
違いすぎる。
それで良い。
そう在っても良い。
そう――――――――言われた気がした。
「ありがとう、夏風さん。とても参考になったよ」
そう僕は彼女に対して意見を貰った事に対する感謝の意を述べる。
「お礼は進路が決まってから言う事ね」
「……そう……ですね」
それにしても本当、夏風さんは達観していると言うか……最後まで徹頭徹尾『決まっている』人だ。
格好良いと、そう評しても良い。
「それはそうと」
夏風さんは長くしなやかな黒髪を掻き分ける仕草をしつつ、言う。
そんな仕草は彼女をとても色っぽく魅せていた。
「あなた、名前は何て言うの?」
「……あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「言ってなかったわよ。……まあ勝手に私が名前を決めて良いと言うのなら話は別だけど……。そうね、マサオ君とかが良いかしら」
「…………………………」
何でオニギリの物真似を会得していそうな少年の名前なんだよ…………。
「うん? 私が今、オニギリが食べたかったからよ」
「随分テキトーに渾名をつけようとするんだな……」
……どんだけ僕の名前に興味が無いんだか。
「冗談よ、冗談。私は興味の無い事を一々聞くような人間じゃあ無いわ。それとも私が意味の無い会話をするような性格に見える?」
「…………お喋り好きのようですし、世間話とか得意そうに見えますが」
ちなみに僕は大の苦手。
「世間話ぃ? そんな胸糞が悪くなるような単語を私に対して言わないで」
「……どうやら意に反して嫌いのようですね」
「私は思うんだけど世間話なんて中身スカスカの会話をして何が楽しいの? 冗談の言い合いとかであるならば、そこに意味は無いけど面白いから私も好きだけど。世間話って何か間を埋めるために仕様が無くするような感じがするのよね。特に初対面でする世間話、あれには虫唾が走るわ。好物は? 普段家で何をしているの? 好きな音楽は? 本当にテメェはそれが訊きたいのか、っていう話よ! そんな中身の無い話をするよりももっと合理的な事は幾らでもあるでしょうに」
「いやいや…………。中身は無いけど仲良くはなれるでしょう?」
「世間話で繋がる輪なんて私は要らないわ」
夏風さんはピシャリと僕の意見を斬る。
「世間話じゃなくて世間万死ならまだ興味が沸くのに……」
「異常だ……」
「万死万歳!」
「…………………………」
それじゃあ只の破滅志願者だった。
「まあそんな事よりもあなたの名前を教えなさい」
「……良いですが」
「そして自身の趣味を出来る限り面白く述べなさい。二十文字以内」
「趣味は三点倒立しつつのバックボーンです」
「アハハハハハハハハ!!」
笑ってくれた。
言葉の質と言うより会話のテンポで笑ってくれた感じ。
……まあ当然、そんな奇妙な趣味を僕は持ち合わせていないけど。
どんな一人サーカス喜劇団だよ。
「まあ冗談はともかくとして…………何て言うの? あなたの名前は」
「そうですね…………」
そう前置きして、
僕は自身の名前を彼女に伝える。
「ふーん……何だ。思ったより良い名前じゃない」
僕の名前を告げると意外にも彼女は褒めてくれた。
冗談にしろ本気にしろもっと馬鹿にするかと思ったが。
「あなたねー……人を一体何だと思っているのよ」
「いや……今までの言動からしてもっと面白い方向に持って行くのかと」
「そんな事しないわよ。人の持っている物――――それが名前ともなればその人にとって相当に重要な物。それを馬鹿にする程私は落ちぶれちゃいないわ」
「……そうですか」
「とは言えそんな名前からこんな顔に生まれるなんて…………私は哀れみの視線をあなたに向けざるを得ないわね」
「馬鹿にしてんじゃん…………」




