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プロローグ

新連載ですが、中編なのですぐ終わります。あと連続更新しますので、気に入って戴けたなら次の更新をお待ち下さい。割とすぐです。

宜しければ箸休めにでも使って戴ければ幸いです。

 女の子を見た。


 それも目が覚めるような、あるいは梅雨が明けるような、

 そんな――――飛び切りの美少女だ。



 彼女の長くしなやかな黒髪は梅雨でくすぶるっているような周りの空気の中、唯一正常な流れで煌いているようなとても綺麗な色を放っていて。


 彼女の白く透き通るような肌は梅雨特有のじめじめした雰囲気を雲散霧消させてしまうような、それでいてその中でとけて消えてしまいそうな、そんな儚げな印象を抱かせて。


 彼女の意思の強そうな瞳は梅雨なんていう気分が下降の一途を辿る中でそんな世界などお構いなしとばかりに光を失う事が無いように思えた。



 そんな――――そんな梅雨が明けるような美少女が居たのは高校からの帰宅路、その途中にある屋根付きの古びたバス亭だ。古びているだけあって、あちこちから雨漏りしている。恐らくあの雨漏りしている古びたバス亭が修繕されるような事は今後一切無いだろう。それだけはいくら浅い知恵を有した僕でも予想する事が出来る。


 何故ならあのバス亭は今年四月に廃線になる事が決定していた筈だ。




 ――――――だから。

 だから僕には判らなかったのだ。


 あの少女が一体何を待っているのか、が。

 古びたバス亭で彼女は一体何を思い、何を考えているのだろうか。それが無知の知になるのかは知らない。彼女の事なんて知らない、見ない、関係無い、なんて三段論法を利用した無視を決め込んだ方が、この現代社会を生き抜く若者の在り方としては正解だったのだろうとも思ったが、それを無視してでも引き付ける様な魅力が彼女には合った。


 そんなどうでも良いようで、しかし思春期には大切な鼓動の高鳴りを思い描いていた時、

「――――ねぇ」

 不意に彼女から――――梅雨が明けるような印象を抱かせる美少女から話しかけられた。


「さっきから私の事を見てるけど、何か用でもあるの?」

「…………い、いや」

 まさか声を掛けられるとは、微塵にも思っていなかったので動揺を隠し切れない僕。


 だがそれ以上に――――――――呆然としていたのだ。


 彼女の持つ、梅雨の中でもよく通る、綺麗な声に対して、

 詰まるところ僕は見惚れていたのである。


 そんな感じに固まる僕に対して、彼女は止まる事無く喋りかける。


「君、もし用があるのなら話し掛けた方が良いと、私は思うわ。人間と人間の関係なんて結局は顔を合わせる事でしか深まる事なんて無いもの。最近はネットツールが充実したお陰で顔を合わせなくても相手の顔を知れるし、楽しくお喋りが出来るそうだけど。そんなのは、まあ、嘘ね。そんな時代だからこそ、私は苦言を呈したいわ。相手の顔が見えないのにどうして相手の事をそうも信用出来るのかしら。やっぱり理解に苦しむわね。私はどんな顔をして話しているかも判らない相手を信用して、また信頼する事なんてやっぱり出来ないわ」

「……いや、別に用があると言う訳じゃないんですが」

 僕はそう彼女に伝えると直ぐに目線を外した。


 そうだ。幾ら彼女が人を寄せ付ける外見を有していたところで、用も無く視線を向けるのはさすがに失礼だった。

 そう思い、僕は早々にその場を立ち去ろうとする。


「――――ねぇ、そこのあなた」

 しかし彼女はそんな僕の行動を見ているにも関わらず再度話しかけてくる。

 一体何だと言うのだろうか。


 そのような考えを表情に映しつつ、彼女に顔を向けた僕だったが、目の前の女の子は「判ってないなー」なんて言葉を口にしつつ、深い溜息を吐く。


「見て判らないかなー。つまり、今、私は暇なの。暇を持て余しているの! 暇の暇による暇のための時間なの。見たところ君も暇そうだし、良かったら私の暇潰しに付き合ってくれない?」

「……………………へ?」

「まあ、本当は君の方から声を掛けてくれると私の手間が省けたし、第一、嬉しかったりもしたんだけれど……。とは言え、暇潰しの相手にそこまで程度の高い気回しを求めるのは酷ってものよね」

 …………………………。


 これってまさか。

 逆ナン――――――って奴なのか?


 逆ナン?

 逆ナン!

 逆ナン!!!


 …………悪くない響きだ。


 そんな思春期の劣情に僕が抗える訳も無く、あれよあれよと言うままに僕は彼女と同じ寂れたバス亭のベンチに腰掛けていた。


夏風なつかぜ 夏奈なつな


 彼女は自身の名前をそう名乗った。

 文字通り梅雨が明けそうな名前だ。


「そうなのよね。だから私、この時期はいつも憂鬱だわ。何か私の所為で梅雨が明けないようなそんな気分させられるもの」

「……そんなもんですか」

「そんなもんなのよ。まあ我ながら自分本位的な考えだと思うけど、結局人間なんて自分自身が一番可愛いのだし、仕方の無い考えだけど、恥ずかしい考えでは無いとそう思っているわ」

「まあ思うのは自由ですしね」

「現代における自由の女神とは私の事よ」

「それは思うだけに留まって下さい」

「そう言えば最近では“ツイッター”なんてネットツールがあるそうね。私は使った事が無いけれど聞いた話では思った事を何でも呟いてみると言った使い方だそうじゃない。という事は私が何かを思うだけで皆にその事が伝わるという事実に他ならない。以心伝心とはこれを言うのね。という訳であなたは私の事を自由の女神様と呼びなさい」

「……どういう訳ですか」

「まあ呼んだら呼んだで苛めか何かと勘違いするだろうから普通にあなたを殴るでしょうけど」

「結局あなたは僕にどう呼ばれたいんですか…………」

「夏奈」

 彼女ははっきりと自身の名を口にする。



「あなた、君、お前――なんて代名詞を口にして人を呼ぶ奴はこの世の中に沢山いるけどそういうのは止めてよね。私、あれ嫌いだから。個人個人にせっかく名前という個々判別記号が与えられているのだから、ちゃんとそれで呼び合うべきだわ」

「……さっき僕の事を『君』って呼んでいませんでしたか?」

「私が呼ぶ分には良いのよ。私は私が名前以外で呼ばれるのが嫌なだけだから」

 彼女はそれを何でも無いかのようにさらっと口にする。

 ……どんな自分本位な暴君だよ、あんたは。


「ええと…………じゃあ、夏風さん」

 最初から名前で呼ぶのはさすがにハードルが高かったため、苗字で彼女を呼ぶ。


「何?」

「こんな古びたバス亭であなたは一体何をしているんですか?」

 そんな風に、そんな感じに、そんな勢いに、そんな具合に、全てを任せて僕は訊いた。


 だが直ぐに、僕はそんな質問をした事を後悔した。


 何故なら――――――――見てしまったからだ。


 それは気の所為だったかもしれないし、

 はたまた見間違いだったのかも知れない。だがそう見えてしまった事には変わりない。


 一瞬だけ彼女が辛いような、そんな表情をするのを。

 僕は――――見逃さなかった。


「…………待っているのよ」

 彼女は一言だけそう呟き、

「私は…………待っている」

 そして、もう一度彼女は自身に言い聞かせるかのように、そう呟いた。


 彼女が何のために、そして何を待っているのかなんて僕には理解出来なかったが。



 一つだけ。


 一つだけ僕には判った。

 この事はもう軽々しく訊いてはいけないのだろう、と。




 ――――雨はまだ降り止まない。

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