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GIFT -Hero&Heel-  作者: 楽団四季
第一章
8/42

不意打ち

「帰っていいぞ。もう理由ないんだし。後始末は俺がしておいてやる」

「えっ、後始末って、まだやるんですか?」

 先程までの、竦みそうになるのを精神力で抑えなければならなかったほどの強い圧を見せていた彼の姿は、そこには形もなかった。

 その後始末という言葉が、止めだと思って、つい聞いてしまった。

「やらねぇよ。このままど真ん中に転がすのは邪魔だから、脇に寄せとくんだよ。お前はこいつらが車やバイクに轢かれて構わないと思ってるのか?」

「ご、ごめんなさい」

 まだ追い打ちするのかと邪推したことが心外だったらしく、嫌悪感が、彼が再び見せた人間味を伴って顔に表れた。

(な、なに? このギャップ差)

 臨戦態勢とその後で、態度や行動がまるで異なる。

 彼の変わりように、私は戸惑うばかりだった。さっきまでの緊張感が嘘のようになくなってしまった。

「――ったく、とっとと家に帰れ。親が心配するぞ」

 その道に転がっている内の一人の足を掴んで、引きずって民家の塀の側に運びながらの言葉だった。

 最初に姿を現した時の、暴君としての姿はそこにはなかった。

 変な所でマメで、ダウナー気味に人間臭い姿を明け透けに見せつける。

「いえ、私の宣戦布告が……」

 そのせいで、どうにも切り出しづらかった。なあなあで流すことは出来ないので言えたが、なぜか勇気が必要だった。正義が悪に話を聞いてもらわねばと躍起になる状況は、後から思えば妙だった。

「知るか。もう受ける理由も受けるやる気もない」

 にべもなく断りながら、彼は二人目も同じように塀へ向かって投げた。

「駄目です。ここで見逃せばあなたは今後も同じような凶行を繰り返すはずです。やる気を理由に流さないでください」

 絶対にここで退くわけにはいかない。退くと、再び今回のようなことが行われるのは目に見えている。それを阻止するために、私の宣戦布告を受けてもらわないといけない。

「……じゃあ、構えろよ」

 私を鬱陶しがる彼が、苛立ちを孕んだ声でようやく了承した。

(どうにかなったけど、どうして私がここまで必死になってるんだろう……?)

 暴君と言われる彼に戦うことを強要する。それに気付くと、なんとも言えない気分になった。

 それはともかくとして、言われたとおりに構えた。なんだかんだと時間が経ったおかげで、手の痺れも消えている。

 多少は手の内もわかったことで、少しだけだが戦略も練ることが出来る。

 拳法が主体で、一足飛びからの正拳突きなど重さを重視するスタイル。その上で速さも十二分にある。受けてもガードした腕が影響を残すほど衝撃が与えられるなら、捌きをメインにして立ち回る必要がある。

(となるとやはり、めて拘束が最善)

 思考を巡らしながら、彼の動向に集中する。

「……構えないんですか」

 しかし、彼は構えを取るどころか、最初に見せた戦意すら見せず、普通に歩くような足取りで近づいてくる。

「必要無い。そもそも、勝負を了承したわけじゃないし」

(?)

 妙なことを言われて、集中は維持したまま内心で首を傾げた。

「――はあぁ」

 その最中にも、欠伸をしている彼と私の距離が、彼の歩幅であと二歩ほどまで近づいた。

「でも、構えを――」

 私は言葉の真意を聞こうとした。

 その間も、すぐに攻撃可能な間合いになるため、集中を欠くことは一瞬たりともしなかった。

 彼の一挙一動、微細な動きまで一切を見逃さないつもりだった。

 なのに、額に何かが触れたと感じた。それに気付いて反射的に、わずかだが集中がそちらに傾いた。

 その瞬間、最初の攻防でも見た、風になびく彼の長い黒髪を朧げに視認した。

 そして彼が――右腕を私へまっすぐに伸ばしている彼の姿が目に映った。

 それがわかった瞬間、首が反るほどの強さで額を突かれた。

「……えっ」

 集中の外から打ち込まれた一撃は、私の意識を空白にした。

 刻み込まれた反射が、足を後退のために動かしたことで距離を取ったが、しばらく視界が明滅して、頭も靄がかかったように動かない。

 先に視界は回復し、何が起きたのかわからなくても、どうにか彼に目を向け直した。

 伸びていた彼の右腕、さらに拳から先、人差し指と中指が揃えた状態で向けられていた。

「な、にが」

 まだ頭が追いつかない。いつのまに距離を詰められたのか、それを私が許してしまったのか。

 全てがわからず、理解するための思考が働かない。

「アンサー。俺が本気を出したら、誰だろうと勝負にならない。それがお前の疑問への答えだ」

 だけど、その宣告は脳裏に刺さった。

(……負けた?)

 それを認識してからようやく、理解が始まった。

 今のは負けですらない。遊ばれただけだと。

 そもそも、先ほどの勝負でも、彼はいつでも私を負かすことが出来たのだと気付いた。

私が彼の攻撃に対応するための距離と見なしたのが二歩分。

 それを彼は、あっさりと突破した。

 二歩は、彼が確実に相手を仕留められる範囲だった。

「さて――」

 彼が声を上げる。その声が私の意識を無理やり覚醒させて、彼を凝視させる。

「まだやるか?」

 今まで乗り気じゃなかった彼から誘われた。

 声は淡々としていた。

 眼が、最初に彼の姿を認識した時よりも冷淡な色をしていた。

 徹底的に感情を無くしたが故に伝わる重圧。

(うっ……)

 今までは戦闘狂のように、戦いにおける高揚感を惜しげもなく見せつけていたが、あれは恐らく演技だ。

 これも本気ではないのかもしれない。けれど、機械的な所作が逆に、彼から迸る殺気を際立たせている。

 私は、それに怖気づいてしまった。腰が引けてしまった。

「そうか」

 彼はそれを見逃さなかった。それが、彼の私に対する対応を決定づけた。

 私を無視して、私が中断させた作業を再開し始めた。

 その最中、立ち竦む私へ視線を向けることをしなくなった。

 もう私に関心はないと言外に示した。

「………」

 屈辱であり、憤りでもあった。

 負けられないと意気込んだ私に対する最大の侮辱であり、それをさせてしまった私の力不足を痛感させる行いだった。

(正すべき相手に負けてしまった)

 それも、惜敗や大敗なんて決着ではなく、ただ遊ばれただけだった。

 その事実が、私の心に後悔を募らせていく。

 あそこは、空元気でも足を踏み出して対向しなければならない場面だった。

「―――」

 俯いた顔を涙が伝った。固く結んだ口元まで流れて唇を濡らした。

「どうして……、どうしてですか?」

 涙まで零れると、今までの毅然としていた自分の姿が思い出せなくて、そんな言葉が漏れた。

 負けた相手にする質問ではない。だけど、弱り切った私には、彼のことを理解することで、感じてしまった恐怖を少しでも和らげられないかと、縋るしかなかったのかもしれない。

「貴方の力なら多くの人を守れるはずなのに、どうして傷つけることにしか使わないんですか? 本当に、それを目的として、力自慢をしたいが為に鍛え続けたんですか?」

 そんなことは嘘だと信じたい。そんな動機では、教えた師と技が報われない。

 何よりも、私が信じたくない。

「馬鹿な質問だな。どんな動機が根幹にあっても、それを原動力として培った力なら、そいつの努力による成果だ。努力することに極めて誠実であり続けるから、その分だけ力を手にする。正義と尊ばれる行動のためであっても、悪と蔑まれる行動のためであっても、そこは変わらないんじゃないか?」

「……では、きっかけは?」

「子供の頃に、体格と数の差でボコボコにされた。そんな卑怯共に屈しない為の力を求めて、俺のジジイに教えを受けた」

「そのまま卑怯者を倒すだけに努めていればと、考えなかったんですか?」

「おいおい、さっきは結果的に助けてやったが、俺のふるまいと評判を知っててそんなこと聞くか?」

 自嘲めいた返事で、私の必死さを馬鹿にする。

「……今、どうして『助けてやった』と言ったんですか?」

 しかし、その一言が引っかかりを感じさせた。

 私が自力で撃退する力を持っていることは、姿を見せた時点で彼はわかっていた。だから今のは、恩着せがましい言い回しで、私を皮肉っていると考えれば違和感はないはずなのに――

「…」

 彼の不意の沈黙が、逆に違和感を加速させた。

「誤解を招く発言を含んでしまったか。変な希望を抱かせたな」

 一瞬だけの沈黙だった。表情や声もわかるほどの変化はない。想定外の質問をされたので少考を挟んだ程度にしか見えない。

 でも、虚を突かれたのを悟られないために、意識的に平静を見せかけているようにも見えた。意図的な言動であれば、きっと彼は、あの一瞬さえ必要とせずに言葉を返した。

 今までの、演技以外には油断も慢心もしなかった彼が初めて見せた、隙のように見えた。

 彼が強すぎたが故に、僅かな部分すら私に印象を残した。

 ほんの僅か、一滴の雫のようなきっかけが呼び水となって、私に直感を与えた。

 彼は最初から、今のような生き方をしてきたわけではない。どこかで道を誤り、自力では引き返せなくなっている、と。

 だから、彼は私の信じる理念に従って、更生させるべき相手だと悟った。

「お前が何を勘違いしたいかは勝手だが、お前の泣き落とし戦法は終了と思っていいんだな? 今のが演技だと見紛うほどに涙も引っ込んでるし、俺もこの場でやるべきことを終えた」

「え……あっ」

 指摘されてようやく気づくほど、私の心境は急な速さで一転していた。

 惨敗による悲嘆は晴れていた。

 最初は彼が理解できないがゆえに、負けてしまえば手の付け所がないと、自分を勝手に追い込んだ。だから負けてしまうと、心も屈してしまったと錯覚した。

 でも、今しがた理解できた。一端だけだとしても、取っ掛かりになる。そして私に動機を与えるには十分だった。

 彼を知るために、情報を集めようとする動機に。

「………」

「どうしました?」

 彼が私をじっと見ていた。その目つきは、良い感情を持っていないのがわかった。

「いいや。絡まれると面倒そうだなって。気持ち悪いくらい、目が爛々としてて」

 それを最後の言葉として、彼は私に背を向けた。

 やりとりの末に、時刻は既に夕暮れを過ぎて、夜に近かった。

 後ろに束ねた長髪を揺らしながら歩く彼の姿は、先ほど点灯した常夜灯の下をくぐり抜けると、明るみが作ったより濃い闇夜の中に消えた。

(あなたは、今まで見てきた人とはまるで違う)

 最初は、私の経験上から外れない同類だと思っていた。

(背を向けた後のあなたは、どんな表情を浮かべていましたか?)

 表面上は、それら以上に軽薄で残忍で、馬鹿っぽく振る舞うろくでなし。

 その内奥に隠しこんでいるのは、全く異なる何か。少なくとも、誰にも悟られたくない禁忌。

(まずは、調べないと)

 どうして力を求めたのか。

 どうして、それを誇示しないといけないのか。

 その二つをつなぐ、彼の転換点はどこにあるのか。

 知らなければならない。

 知らないかぎり、私が彼に勝てることは絶対にない。

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