虐殺
その人の格好は、五人の後ろに立っている関係上よく見えなかった。しかし高身長のため頭部だけは見えた。
凛々しい顔立ちをしていた。細顔で目鼻はくっきりと浮かび、肩ごしに垂らした結んだ長髪が印象的だった。
こんなにも存在感のある人間を見落としたのかと、最初は自分を疑ったが、その疑問も一瞬で消え失せた。考える意味なんてなかったから。
その人は、私を見ていなかったのだ。私に用はないと意識にすら入れていないようだった。
その目は、冷徹に目の前の五人を見下していた。
まるで、自身がヒエラルキーで上であると確信している、狙った獲物を見るような獣の目だった。
その存在に未だ気づいておらず、さきほど私が漏らした声に対して怪訝な表情を作っていた五人だったが――
「おい」
自分達の背中へ、殺意を孕んだ声が忍び寄って耳に突き刺さり、全身を震わした。
「――っ」
遠くにいる私に向けられたわけではないのに、この距離でも聞いただけで恐怖を覚える底冷えした声だった。
その異質さと異様さに、直感が告げた。
この人が、件のふじしろとうやだと。
「………」
自分達が置かれた状況を悟って、五人は金縛りにあったように固まっていた。
逃げなければならないとわかっているのに、悟ってしまった恐怖に足が竦んでしまって動かせないのが、痛いほどわかった。
私からは、目だけで背後を確認しようとしているが、首が回らないのでその恐怖の存在を見ることが出来ない様子が見て取れた。
「俺のことは知っているな?」
なぜか、彼は問いかけをした。声の冷たさは変えないまま。
「……ヴォ、ヴォルフ」
「今回の要件だと、そっちではないな」
五人の内の誰かが呟くように答えた。しかし、返答そのものを否定はしなくても、嘲りを含んだ声で不正解だと返した。
二度目の返答はなかった。五人はさらに震え上がって、震えが止まらない口で呻くような声を出すだけだったから。しかし、その反応で彼は知っていると見なしたようだ。
「知っているなら覚悟はしていたな。始めるぞ」
そして、死刑宣告が為された。
身の危険が直前に迫ったことを本能で悟ったのか、今まで動けなかった五人はようやく、弾かれたように私の方へ走ってきた。
その一歩目が踏み込まれた否かという一瞬の間で、その内一の人が吹き飛んできた。
「っ!?」
咄嗟に私も横へ飛びのいて、最初から当たりはしない距離だったが壁際まで離れた。
そして視点の角度が変わった事で、目の前で起きている、私の知る現実から離れた凶行をはっきりと見た。
それを見た時には、彼が二人目の延髄に握り拳を振り下ろしていた。
その一撃で糸が切られた人形のように地面に沈んで行く二人目を置いて、三人目の背中に追いすがって、前蹴りでつんのめらせて先を走っている二人にぶつける。
もつれあって足が止まった三人目がけて、再び前蹴りをして完全に蹴倒した。
最後はほとんど溜めの動作が見えなかったジャンプで正面に回り込み、飛び越える途中で一番上になった男の後頭部を蹴り飛ばして、確実に意識を刈り取った。
腕っ節で有名な二人を返り討ちにできる最強の男は、その実績に違わず、喧嘩慣れしている程度の五人組を、五秒とかからず行動不能にした。
その五秒足らずで理解したのは、移動速度がずば抜けている点。攻撃しながらもスピードを落とさず、逃げようとする彼らに一瞬で追いすがる脚力と足さばき。
それだけで、彼が並々ならぬ実力者だとわかった。
「食い縛れ」
だけど、そこで終わらなかった。
それで十分だと私が思っていた直後に、肉を打つ鈍い音が聞こえた。
回り込んだ彼の片足が垂直に上がっていて、意識が残っている二人の内一人が、筋肉だけでは持ち上がらない角度まで首を持ち上げ、口から血しぶきを吹いていた。
上がった首が元の位置に戻ると、そのまま頭をコンクリートに打った状態で動かなくなった。
それをすぐそばで見て、痛ましい音を聞いてしまった二人の顔は恐怖に染まりきった。しかし彼は容赦なんて微塵もなく、二人目には振り下ろされた踵が打ち込まれた。無慈悲な一撃とコンクリートとの挟み打ちに、悲鳴をあげる暇もなく意識を途絶えた。
「っ――」
あまりにむごい。
寺門さんが渋い口をしたのを、この数秒で理解した。
暴君という表現でさえ足りない。
慈悲も寛容もなく、彼に害意を向けられた人間は、理不尽な暴力によって痛み以上に恐怖を植え付けられる。
この数秒で、教えてもらった通り武道に長けた人物であるのはわかった。だけど、その力を残酷な形でしか披露しないその有様は、絶対に許されるものではない。
「で、わざと意識残してやったわけだが、背を向けて逃げるか? 面を向けて気概を見せるか? 好きな方選びな」
彼が、私の方に向いた。正確には私と彼の間に這いつくばっている、最初に飛ばされた人を見ていた。
「ひっ!?」
まだ終らないことを気付かされ、最初の人が短い悲鳴が上がった。
すぐさま手を地面について身を起こそうとしているが、足は踏ん張りが効かず、バタバタさせているだけだ。
「そうか。まあ、次の一撃で意識は断ってやる。それだけは情けだ」
理不尽な宣言だった。逃げる気力もない人間に対して、止めを刺すと言った。
「ダメです」
だから、私は彼の前に立たないといけない。
私は正しさのために戦う人間であるために。