ふじしろとうや
「……本当に恥知らずだな。でもいっそ清々しいから許す」
呆れたような声と表情をしながらも、悪感情は持っていない様子だった。
「それと帽子被ってないのによくわかったな」
そしてあっさりと認めた。
「では、あなたが……」
私は不意打ちを食らった気分だった。いずれ会うかもしれないと思っていた人物に、存在を知った矢先に出会ってしまったのだから。
「ツイッターに度々写真上がってますし、イケメンはシンボルがなくたって存在感でわかりますよ」
「許すつっても、もう少ししおらしさを見せろ。それに、対抗馬に朝戸がいると、嫌味か皮肉にしか聞こえねぇな。俺はただのコワモテだっつぅの」
朝戸というのは、件のオロチのリーダーだろうか? それと比較して、露骨に自分を卑下している。
確かに、いかにも不良という濃い顔つきはしているけど、十分かっこいいで通る。日本人の感覚で万人受けするかと言われると微妙かもしれないが、やや厳つい事以外は好印象をもらえる容姿であることには違いない。
「……初対面でこんなことを聞くのは無粋だとは承知していますが、お尋ねしたいことがあります。よろしいですか?」
「なんだ、お前はお前で変に畏まりやがって」
胡乱げな目で私を見返してくる。物言いが明らかに好意的ではないのだから、警戒されるのは当然だと思っている。
だけど、私としてもこれは望外のチャンスだ。顔を合わせたというだけでも十分だが、突っ込んだところは、今この瞬間に聞いておきたいと思った。
「先ほど品野さん――こちらの友人から、あなたのチームと、オロチが静まり返っているとお聞きしました。それには、何か理由があるのですか?」
「………」
寺門さんは、私の言葉を聞いた直後に、嫌なことを聞かれたと、顔をしかめた。その変化は一瞬の間にとどまり、次に目を閉じて空を仰いた。言うべきか言わざるべきかを考えているらしい。
そして目を開けて、私と正面から視線を交わす。
「単純な話だ。俺も朝戸も、今は大っぴらな行動が出来ない」
「何かの準備でも?」
「かなりズケズケと聞いてくるな。互いに療養中なんだよ」
当時の出来事を思い出したのか、憮然とした表情で答えてくれた。
「療養……?」
予想だにしない答えが帰ってきて、少し呆気にとられる。
「見た目、怪我をしてるようには見えないんですけど」
その間を品野さんが繋いでくれた。彼女も、どうして療養中なのかが気になるみたいだ。
「日常生活は問題ないからな」
そう言って、寺門さんは服の左袖を捲った。そこには薄めに包帯が巻かれている。
「左腕の二箇所にヒビ、あばら二本骨折してたんだ。だいぶ回復してきたんだが、まだ激しい運動はするなと言われてる。腕はほぼ完治。あばらは後一週間ほど」
「事故にでも遭われたのですか?」
聞けば結構な重傷だった。そうなったと思わしい、一番らしい原因なのかどうかを聞いてみたが、聞いた私自身、これが正解だとは思っていない。互いにという言葉との関連性がない。
代わりに心のなかでは、まさかとは、ありえないだろうとは思いながらも、一番可能性があるというパターンが浮かんでいる。
「喧嘩して、負けたんだよ」
そろそろ抵抗がなくなってきたのか、躊躇いもなく答えを言ってくれた。
そして私の予想は当たっていた。
だけど、これは半分だと直後に知ることになった。
「朝戸さんと戦って、ですか?」
「いや、負けたのは別のやつだ。そいつに朝戸もやられた」
だから、互いに動けないと言ったのか。同じ状況下に置かれていると。
「辻斬りまがいのことをしている人がいると……?」
それならば、先程からしている表情にも納得がいく。屈辱を受けたからだと判断できたから。
「いいや、正々堂々の勝負だった。それに、向こうのリクエストでこっちは朝戸と二人がかりだった。それなのに、ここまでやられた」
「「―――」」
苦笑いしながら「多少はこっちも傷負わせたけどな」と付け加えているが、私も品野さんも、驚愕で言葉を失った。
「だ、誰なんですか? その人って」
品野さんが、絞りだすような声で尋ねた。先をこされて言い損なったが、私も非常に気になっていた。
その質問には、寺門さんはあっさり答えた。
「ふじしろとうやと名乗った。漢字までは知らん。ここ一年くらいで、俺たちの間では有名になってきている奴だ。おもに暴力でな」
最後の言葉に、うすら寒いものを感じた。この人をして、暴力と表現したことに。
その一言で、私の中での優先順位はトップに上がった。何としてでも、その人物を更生させないといけない。
とにかく、まずは特徴について聞かねば。
「どう、強かったんですか?」
「お前がそれ聞いてどうするつもりだよ。……まあ、いいか。すこぶる武術に長けてる。背は高いが細い方なのに、一撃がとにかく重いし、動きが速い。しかも一対一は当然として、数十人は居るって集団相手でも涼しい顔で叩きのめせるほど、立ち回りが上手い」
「ほかには」
「加減が上手い。ある意味舐めてるとも取れるが、余程のことがないと打撲、酷くても脱臼で済ます。俺らの時はさすがにそうする余裕がなかったみたいだが、結果がこれだから皮肉だな」
寺門さんが自分の腹部――肋骨のあたりを擦る。
「………。見た目は」
「俺は自分がアホだと自覚してるが、いい加減わかるぞ。お前、探す気だな」
さすがに、ここまで追求したら気付くか。
「はい、私の個人的な活動のためにも」
「やめとけ、お前が慈善活動してて、その上腕に覚えがあるとしても、あれは近づかない方がいい。単純に相手が悪い。だからこの話はここで終わりだ」
気を悪くしたという様子ではない。単純に、私のことを案じて、むりやり止めにした。
「ただ、最後の忠告だ。そいつの口ぶりから察すると、高校生になったばかりみたいだから、自分の所に居ないかどうかは調べてみな。居たら刺激しないようにな」
代わりに、先ほどとは別の意味での驚愕と、十分大きな情報を残して、寺門さんは横断歩道を渡って行った。車が通ってないのを良いことに赤信号のままで。
「行っちゃったね」
事故が起こりかけて、それを怒られるなど色々あったが、品野さんは有名人に出会えた事実の方が自分にとっては大きかったらしく、寺門さんの後ろ姿をしばらく見つめた後、名残惜しそうにつぶやいた。
「そうですね。……気を取り直して、先ほど言っていたことをしますか?」
「えっ、あー、うん。元々それをする予定だったし」
私は十分得られるものがあったので特に引き留めたいという気持ちもなく、元の話を掘り起こした。
「じゃあ、行こっか」
自分の未練も切り上げて、品野さんは再び案内を務めてくれた。今度は横に並んで。
「それにしても、寺門さんかっこよかったねぇ」
「ぶっきらぼうが過ぎるとは思いますけどね」
「男は肉食の方が頼りになるからむしろプラスよ。ああいうタイプは、何だかんだと大切にしてくれるものよ」
「それでも、私は苦手意識が……」
「食わず嫌いと言いたいけど、そのまま嫌がってくれいいよ。ライバルが減る。私よりもずっと気品あって、アイドル顔負けの見た目してる人が相手だなんて、向かい合うだけで心おられそうだし」
嫉妬が混じった発言に、私は愛想笑いを返して口を濁した。耳は慣れても、返し方には未だに困る。
案内の道中は、品野さんが絶えず喋った。寺門さんへの気持ちを始めとしていろいろと、手を変え品を変えと絶え間なく。私も半分相槌程度に言葉を返すだけだったけど、それだけで彼女にとっては十分だった。
(高校生、か)
会話は無論楽しかった。だけど、聞く意識とは別に、彼について考える意識も私は用意していた。
最優先は、ふじしろとうやという人間。彼を見つける。
容姿について聞けなかったのは痛手かもしれないが、入学したばかりというのなら、私の在籍する栄才にいるかもしれない。明日、各教室を訪ねてみよう。
そう決心しながら、私たちは街まで歩いていった。
漢字は知らないと言ってるけど、あらすじでネタばれしてるという話(笑)