二大巨頭
「ゲーム自体はどこまで知ってるの」
私の知識レベルに合わせるため、品野さんは根本的な部分を尋ねてきた。
「ゲーム自体をやったことがないので、ジャンルで区別される所まで行くとさっぱり……」
申し訳ないことに、私も根本的な部分から知らなかったわけなのだけれど。
「格闘よ格闘。ゲームの中で喧嘩して勝敗を決めるの」
「なんとなくわかりました」
そんなことして何が楽しいのかという疑問が浮かんだけど、これは愚問だと思って忘れる。
「それで、そのゲームの中にテリー・ボ○ードっていう、赤い帽子とノースリーブジャケットが有名なキャラがいて、その帽子からレッドキャップ。草○京の方は、宿敵にオロチと呼ばれる集団がいたから、名前の映えを意識して、あえて敵の方から取ったの」
「それだけ聞くと、ゲーム好きで集まっただけみたいに聞こえますね」
「最初はそんな感じだったんだと思う。だけど、ゲーセンにたむろするような人間って、大体はやんちゃしたがりだから、のぼせすぎて現実で殴り合いして、最終的にヤンキーグループとして有名になっちゃったんでしょうね」
「それは、そのチーム同士での争いだけに収まってるんですか? それとも、無関係な人に危害を加えたことは……?」
直接的に聞くのはどうかと逡巡したが、結局聞くことにした。曖昧にしても仕方のないことだ。
「うわさ話の範囲のみだけど、そういう意味での悪さする奴も当然居るでしょね。だけど、リーダーはどっちもそういうことが許せない男気のある人間だから、知る度に直々に叩きのめしてるらしいわ。だから、そんなに害のあるチームではないんじゃない?」
「そう……ですね」
つい、歯切れ悪く返事をしてしまった。深刻視する必要はなさそうだけど油断は出来ないと思ったので、体裁的な返事にも躊躇いが出来てしまった。
「心配? リーダーが締めるところはきっちり締めてるんだから、最悪放置してても問題無いわよ」
その躊躇いを見ぬいて、不安を払拭させようとする言葉を言った後、屈託のない笑いを私に向けた。つられて私も微笑む程度に笑って、今はそう考えようと思い直した。
それでも、話が耳に届けば、私は動き出すに違いない。聞くと、居ても立ってもいられないから。心の奥底で、衝動的な感覚が沸き立ってしまうから。
「でも――」
それから、品野さんは「そういえば」とでも言うような感じで、気になることを話し始めた。
「最近、トンと話を聞かないのよね」
「そうなんですか?」
「うん。少なくとも、春休みの間に聞いた覚えが無いから、一ヶ月くらいは音沙汰無し。近くのゲーセンでやってる大会とかに出たらツイッターにも話題として挙がってくるはずだから、それもないとなるとね。何かあったのかねぇ」
「どうでしょう……?」
何とも言えないが私の気持ちだった。偶々ニュースらしいニュースが起こっていないだけかもしれないし、何かの思惑があって準備をしている段階なのかもしれない。
とにかく、この話はきちんと心に留めておこう。無駄に終わっても損はない。
「ところで、時間ある? お礼も兼ねて、土地勘に溢れてる私が案内してしんぜよう」
今の私の返事でこの話題をやめて、品野さんは私の前に回り込んで正面を向け、胸に握り拳を当ててお誘いをくれた。大げさな仕草だと思ったけど、その分自信に満ち溢れてて頼もしさを演出してくれる。
「それでは、ご厚意に甘え――品野さん! 後ろ!」
言い切る前に、私の前に立ち、背中を前にして歩く品野さんの体が視界を遮っていたせいで気付くのが遅れた、あることに気付いた。
そして気付いて、静止を叫んだ時には手遅れだった。
「わっ!?」
「えっ――」
「ん?」
私たちは、赤信号の横断歩道に差し掛かっていた。到着と同時に、品野さんは自分の背中で信号待ちをしている、ランドセルを背負った女の子とぶつかった。
小学生と高校生では体格が全然違う。加えて、立ち止っていた所にぶつかられて、女の子は車が通っている真っ最中の車道にはじき出される寸前までつんのめっている。
品野さんは何が起きたのかわからないけど、不味いことではあるのを察して一瞬で青ざめた。
女の子の横で、同じように信号待ちしていた高身長の青年が、非常事態に気付いて声を漏らした。
(急がないと!)
誰よりも先に気付けた私は、弾かれたように走りだした。
とにかく全速力で。間に合っても私が停止出来ず、そのまま車道に飛び出す可能性の方が高いとしても。余力を残して見送ってしまう方が、一生の禍根として残る。
ためらわず、一心不乱に足を動かして品野さんの横を抜けた。その時には既に、女の子は危険域と言える場所の寸前にいた。
(間に合うか……いや、間に合わせる!)
しかし、私の思いとは裏腹に――
「ふっ!」
横の青年のおかげで、事なきを得たのだった。
その青年が左手を伸ばしてランドセルの端を摘むと、一息で後ろに引き倒した。やや乱暴な方法だけど、最悪の事態を回避できたのだから、兎角言うべきではない。
「おいっ! 気をつけろ馬鹿が!」
青年はすぐさま、この事故を起こした私達を怒りに満ちた声で怒鳴りつけた。
「ごめんなさい。不注意でした」
女の子の無事を確認できた時点で足を止めた私は、彼に頭を下げた。
「あっ、ご、ごめんなさい……」
品野さんも我に返って、オドオドしながら頭を下げた。女の子が助かったことよりも、自分のせいで大変なことが起こりかけた自責の念のせいで、心が怯えきっている。
「謝るのは俺にじゃねぇだろ。こっちにだ」
だけど、相手は私たちの謝罪を聞き流して、尻もちを突いたまま呆然としていた女の子の両脇を持ち上げて、私達の目の前へ立たせた。
行動は全体的に乱暴だ。でも、所々で誠実さというか、人間としてまっすぐな部分が垣間見える。行動の余波で些細な迷惑をかけることはあっても、決して悪意を持っているわけではない。
私は彼の言葉に従い、私たちの顔を見上げている女の子の目線まで屈んだ。
「怪我してない?」
まだ動きが鈍い品野さんに代わって尋ねる。
女の子は、小さな声で「うん」と頷きながら答えてくれた。
「よかった。じゃあ、まずはごめんなさい」
そっと、その頭を撫でながら謝った。
「隣のおねえちゃんも、ごめんなさいするからね」
女の子は、また「うん」と頷いた。
「品野さん」
「わ、わかってるわよ。ごめんなさい、後ろ向いてて」
私の呼びかけで、慌てながらも品野さんはしっかりと腰を折って頭を下げた。
「おーし、じゃあもう行きな。信号青になってるから」
私達からの謝罪を見届けた青年は、私が撫でる手を離すのと入れ替わりで、ポンと頭に手を置いて振り向かせ、横断歩道の信号が青に変わっていることを指で示した。
「ばいばい」
「じゃあな!」
つい先程危険な目にあったのに、女の子は何事もなかったように、無邪気な笑顔で手を振りながら横断歩道を走っていく。その手に対して、青年もヒラヒラと手を振って返した。
「……さて、繰り返しになるが気をつけろよ。バカするにしても、周りの迷惑すら考えられないなら端からするんじゃねぇぞ」
女の子の姿が完全に見えなくなると、青年は顔に険しさを戻すと私達に向けて、再び注意する。
そこではっきりと、意識して相手の顔を見た。
顔立ちは男性的で精悍である。意識しなくても見えていた短く切り揃えた金髪。右耳にだけピアスをいくつも付けていて、顎先だけ整った鬚が伸びている。
見てくれは、はっきり言って品がない。とはいえ、口は悪くても行動は誠実だった。いわゆる、マイルドヤンキーと呼ばれる人間だろう。
「はい、本当にすみませんでした」
探られたと気付かれないくらいの時間で判断を切り上げて、私も深く頭を下げて、反省の念を示す。これは体裁でも何でもなく、心からの謝罪だ。
「まあお前は、自分が後で轢かれそうな勢いで走ろうとしてたな。その行動に表れてるほどの気持ちに免じて、俺からはあまり言わない。その代りダチにはしっかり言っとけよ」
「はい。重ね重ね、すみませんでした。そしてありがとうございます。あの子を助けてくださって」
改めて謝罪と、彼の行動と対応に感謝を述べた。
「すみませんでした! 今後気をつけます!」
私の行動に続いて、品野さんも声を張り上げて、深々と腰を折って謝った。
「おーし、じゃあ話は終わりだ。俺の目の前で同じようなことあったら、拳骨食らわすからな」
私たちの気持ちを受け取った彼は、僅かに微笑んで、そのまま身を翻して去ろうとした。
「……あのぉ」
しかし、なぜか品野さんが呼び止めた。
「あん? どうした?」
彼も呼び止められると思っていなくて、怪訝な表情で振り返った。
彼女の口から出てきた声は、妙に上ずっていた。
「今さっきで尋ねるのは非常に気まずいとは、確かに思ってるんです。でも今逃すと二度目はなさそうで」
言い訳に近い言葉を並べながら、質問を投げかけようとしている。
その声に含まれている感情を、私はよく知っていた。何度も何度も、私がそれを向けられていたのだから。
「恥を忍んで聞きます。レッドキャップの寺門丈さんですよね?」
いわゆる、恋慕を交えた緊張が絡んだ声だった。
取って付けたような補足
品野さんとしか呼ばれていないので名前が出てきていませんが、フルネームは「品野 准」です