プロローグ
全体的に古臭いストーリーです。
異世界には行かないし、異世界からの来訪者とかもありません。
少々非現実的な展開はあっても、魔法やオーバーテクノロジーのような幻想成分もありません。
町一つという小さな世界で戦い続ける男と、その男を否定するために違う戦いを始める女の意地の張り合いしかなくてもいいという方は、どうぞこのままお読みください。
ある日、手が汚れているのが無性に嫌いになった。
思った瞬間はどうしてだと考えたが、早々にそれを放棄した。
心当たりにはすぐ行き着いた。だが、対処の必要がある問題ではないとも結論が出たからだ。
汚れているなら洗えばいい。もしくは拭えばいい。
俺は基本的に拭うことを選択した。洗うのは薄めているだけにしか思えなかったからだ。
実際は拭き取るだけのほうが汚れを残すとはわかっている。
ただ、俺には汚れを落とすことが重要なのではなく、汚れを自分から取り除いた痕跡を、自分の目で確かめることが重要だった。
ゆえに、純白のハンカチを携帯するようにした。
白は汚れのなさをイメージさせ、裏を返せば簡単に汚れる。汚れを移せると考えた。
事実、汚れが移されて、みるみるうちに赤黒く染まっていくハンカチを見ていると、言いようもない安堵感を得られた。
俺はまだ正常だと。
手の汚れを一身に引き受けてくれたハンカチはその場に落として捨てる。いつものことだった。
自分に付いた汚れを濯ぎ、邪魔だからとその辺に投げ捨てていた上着を手に取った。
そして空を見上げる。空には、闇夜の中でも輝きを放つ月が見える。
「意識が残ってるやつは月を見る度思い出せ。最強の暴力を」
暴力の痕跡が蔓延するビルに囲まれた小さな空き地。
そこには無数の男どもが虫の息で倒れ伏し、俺一人が立っている。
そこに至るまでは、耐性のない人間は入場拒否の惨劇だった。
最初は殺意に溢れた怒声が響きわたり、木材を叩く乾いた音と、金属の棒を叩いた甲高い音が頻りに響いていた。
だが、それに混じって漏れ出した悲鳴。拳を伝う、肉を打つ鈍い音。
合間合間には、粘着きと生臭さで触覚と嗅覚を、果ては視覚にまで不快感を与える血飛沫も周囲に飛び散り、当事者たちがそれを見る量が増えるにつれて、怒声と物を叩いた音は、悲鳴と人を殴る音にすり替わっていった。
そして最後に残ったのは、無傷のまま冷めた目で佇む一人の男と、地に伏して弱々しく藻掻き続けるクズども。
いつもの光景だった。
この光景に至るまでに味わう五感への刺激も、最後に見下ろす惨状も、どれもこれも、とっくに飽いた。
そして飽きを上回って、自分がそいつらと同じ所まで落ちぶれていることへの憤りが募る。
血に塗れた手を見る度に、自分の有様を自覚させられ、言いようもない恐怖が胸を締め付けた。
それを抱いて、嫌悪感に駆られて拭ううちは大丈夫だ。俺が俺であると認識できる。
ゆえに、俺が憤りも、嫌悪も、自分の拳に付いている血に何も感じなくなってしまった時が、自分を見失う瞬間なのだと確信できる。
そして、少しずつ惰性的な行為となり、感情も薄れつつある自覚もあった。
まずはプロローグだけでも読んで頂けて感謝です。
関心を持てた方は今後ともよしなに。
※前書きは深読みすれば異世界ものとかが嫌いと取れますが、単純に想像力の乏しい作者には書けないだけです。言語の壁はどうするかとか、物理学的な問題をどうするかとか細かいところまで現実的に考えてしまって進まない(魔法科とかよく考えてあると常々感心します)
あと、なろうには慣れていないので、至らない点があったら随時コメントしてください。