うちのヤンデレがすみません!
学園の昼休みの平穏はある一人の女生徒によって壊される。
その一部始終は監視カメラがしっかりと捉えていた。
それは中庭のカメラで、そこにはベンチで昼食をとるカップルとその前に立ち塞がる一人の女生徒の姿が映っている。
「どういうことですの、藤咲様! 何故、その女と昼食をご一緒なされているの?!」
「藤咲先輩?」
「大丈夫だ花房。麗、花房は友人だ。昼食は友人と取るのは当然だろう」
「ご友人? そのようなことを仰られても説得力がございませんわ! 今までご友人と仰っていた方に女性はおりませんでしたもの!」
「今までいなかっただけで、今は花房がいる。それだけのことに目くじらを立てるな」
「ですが。私とはお昼をご一緒して下さらないではありませんか、藤咲様!」
「麗。貴女と私は口約束とは言え、婚約をしている。学生時代は気の置ける人物を探して将来の友誼を結ぶ重要な場なのだから、貴女に割く時間はないと言っておいただろう? それに同性だろうが異性だろうが優秀な人間はいる。そんな人物を友人にすることまでとやかく言わないでもらいたいな」
「藤咲様!」
「麗、刑が来たぞ」
「刑が?!」
息を切らせて走ってきた少年がすごい勢いで頭を下げる。
「藤咲先輩! うちのヤンデレがすみません!」
「刑!」
麗は弟の言動に付いていけなかった。
「ほら、姉さんも。先輩にまた迷惑をかけたら駄目だろ?」
迷惑と言われても、麗にとって婚約しているも同然の間柄なのに一緒にいさせてくれない藤咲が別の女生徒と一緒にいるのを見過ごせるはずがない。麗は子どもの頃に婚約話を聞かされて以降、藤咲の妻になるのだと思って生きてきて、本当に愛してしまっているのだから。
現代で互いの祖父同士の口約束だからと仮の婚約ではあるが、本当に婚約していれば、婚約解消や慰謝料ものの事態である。
「藤咲様ったら、ご友人だからって女性とご一緒なのよ?! 何故、私が駄目でその女性なら良いって言うの? どうして私ではいけないのかしら?」
「姉さん・・・。先輩だって、女性と一緒にいるのが嫌な年頃だから仕方ないだろ? たとえそれが家族でもからかわれたり、噂になると気恥ずかしいもんだよ」
父親から溺愛されて育った麗は、自分が父親からされているように可愛がっている弟から言われた言葉に大きな衝撃を受けた。
藤咲が他の女生徒と一緒にいるのは許せないが、弟にまで一緒に居たくないと言われて涙が込み上げてくる。
「刑も家族なのに私と一緒にいるのが嫌ですの?」
「うん、まあ。俺は家族だけど、シスコン呼ばわりはされたくないから・・・」
既にシスコンと呼ばれている事実を伏せて、刑は姉を宥めようとする。
「刑・・・」
涙が溢れそうになっている麗に刑は慌てる。
先程までの強気な様子とは打って変わって、幼子のように弱々しい姿の麗に刑はタジタジだった。まともなことを言っていると思っていた藤咲ですら、自分のほうが悪役のような気がしてくる。
「泣くなよ! 泣くのはやめてくれよ! 異性との関係を何でもからかいのネタにされるから仕方ないだろ!」
「だって・・・」
「毎回、言うけど、学校では友達とだけ話しておけ。俺や藤咲先輩に声をかけるなっていつも言っているだろう?」
「でも、刑は弟だし、藤咲様は結婚する相手なのに?」
「学校ではそれを忘れろ」
「ひどい・・・」
「だから、すぐ泣くな!」
そう言って、刑は泣いている麗の手を引いて藤咲の前から去って行った。
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それはある社交パーティーでのこと――
「どういうことですの、藤咲様! 何故、その女とご一緒なされているの?!」
制服姿ではないが、前に学校で藤咲と一緒にいた女生徒が今回も藤咲と一緒にいることが麗の気に障った。
「一路先輩?」
「大丈夫だ、花房。麗、花房はいきなりこういう場に出ることになってまだ慣れしていない。友人として支えるのは当然だろう?」
藤咲はまだ女生徒を名字で呼んでいるが、女生徒に名前で呼ばれることに異論がないことが麗の心を傷付けた。
それでも麗は精一杯、空元気を出して窘める。
「何を仰ってますの? 学校とここは違いますのよ? これまでは婚約の約束をしている私以外とご一緒なさらなかったでしょう? それにご友人とは言え、そこは父親やその部下がすることを何故なさっているの?」
「大人ばかりに囲まれて花房が委縮しているのがわからないのか、麗?」
「私たちは皆、そうしてきましたわ。それがその女にはできないということかしら? でしたら、ご友人選びはもっと慎重になさったほうがよろしいですわ、藤咲様」
「優しさの欠片もないのだな、麗」
すごい勢いでやってきた少年が頭を下げる。
「藤咲様! うちのヤンデレがすみません!」
「刑!」
「ほら、姉さんも。先輩にまた迷惑をかけたら駄目だろ?」
「藤咲様ったら、ご友人だからって、私以外の女性とご一緒なのよ?!」
「姉さん!――すみませんでした、藤咲様」
少年は麗を引きずるようにして去って行く。「何故? どうしてなの?」と麗は口にするが、少年は宥める言葉をかけながら確実に両親のもとへと連れ戻した。
連れ戻される麗を厳しい表情で見ていたのは藤咲一人だけではない。藤咲の両親と麗の両親もまた同様であった。
数日後、麗と藤咲の婚約話は双方の家の相談の結果、何の問題もなく流れた。
安堵する藤咲とは異なり、麗は荒れに荒れ、両親は必死で宥めたと言う噂が学園の中で麗の弟・刑の周囲からまことしやかに流れることとなった。
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婚約話も流れ、ついでに月日も流れたある日――
「明日の中世英語の講義、どうする。麗?」
大学のキャンパスのカフェで大学でできた友達と楽しく話す麗は藤咲との婚約話がなくなったことで嘆いていたとは思えないほど、大学生活を謳歌していた。卒業後は父親の会社の秘書課で働くことも決まっている麗には未来に何の不安もない。
「どうと仰られても、出席するのみ、ですわ。萌さん」
「麗。真面目すぎ。テストが難しいからレポートでどうにかしたいけど、あの教授、レポート出さないのよねー」
「そんなこと仰ってはいけませんわ、皐月さん」
「でもさー。あれでわかれってことはないよ。無理だって」
「そうそう。皐月が匙投げるのも仕方ないよ、麗。あれは本当にわけがわからないから」
「教授に直接、ご指導頂いては如何?」
わからないことや理解できないことを放置せずに早々に解決することが身に付いている麗はサラリと言った。
麗自身、中世英語に関しては教授の独特な説を理解する為に講義が終わった後の教授を呼び止めて解説してもらっていた。
「麗ってすごい大物ね・・・」
「度胸、ありすぎ・・・」
大学で知り合った友達とは違い、幼い頃から大人と対等に接することが当たり前だった麗は度胸が据わりすぎていた。
「麗」
麗が振り向いた先にいたのは、一人の青年の姿。
「藤咲、様? どうかなさったのですか?」
学園時代にいつも藤咲が連れ歩いていた女の姿がないことに麗は不審に思う。
最近、あの女が藤咲を捨てて別の男に乗り換えたと言う噂は本当なのかもしれない。
「誰、麗?」と小声で訊く皐月に「幼馴染ですわ」と同じく小声で答える麗。その答えに青年の顔がわずかに引き攣る。
「話があるんだ。二人だけで話したいんだが・・・」
「何故、私の友人たちと一緒ではいけないのかしら?」
「これはこの子たちとは関係ないプライベートなことだから、二人だけで話したい」
「申し訳ございませんが、藤咲様。私、夫から男と二人きりで話すことを禁じられておりますの」
そう言って、麗は薬指に嵌められた指輪がよく見えるように左手を上げた。
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麗と別れた後で皐月は麗の夫の携帯に連絡をした。
麗の夫は皐月の彼氏とも顔馴染みでそれなりに交流がある。その関係から皐月は大学で麗のことを頼まれていた。
実際に会ってみると、麗はしっかりしているようで間が抜けていて可愛らしい人物だったので、なれそめは義務的なものでも、今では麗のことを友達だと皐月は思っている。
「見るだけで顔だけだってわかるタイプの幼馴染くんが来たわ」
「ああ、藤咲様か」
「その人、刑くん、知ってるの? 麗の幼馴染だし、刑くんにとっても幼馴染だっけ?」
「そうだよ。馬鹿な幼馴染で本当に困っているんだ」
「そうなの? 麗が結婚指輪を見せたらさっさと帰って行ったから何しに来たのかわからないんだけど」
「女に捨てられたのを、自分が麗に乗り換えたって言う気だったんだよ」
「刑くん、GJ」
「本当に欲しいものは躊躇せずにさっさと手に入れろ、が我が家の家訓だからな」
と、かつて初恋の女性を弟に盗られ、彼らの忘れ形見である娘を育てた男の息子は言ってのけた。
刑の両親の仲は良好です。ただ、刑の父親が麗を溺愛しすぎていて、刑の母親も溺愛に近い愛情を麗に注いでいます。
刑は両親に溺愛されてはいませんが、麗から溢れんばかりの愛情で溺愛されています。
よって、この一家は馬鹿ップルな親馬鹿とシスコン(実は従姉)、ブラコン(実は従弟)で構成されています。