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《アイ》  作者: 百里芳
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結局、昨日はなんとなくぎくしゃくとした雰囲気で制服を買い終え、そのまま結を送って行った。

 今日、結は両親と楽しくお出かけするらしい。僕は結のために空けておいたスケジュールが無駄になってしまった。仕方が無いので昨晩急に飛び込んできたアルバイトのヘルプに入ることにする。

 僕はコンビニエンスストアでアルバイトをしている。結が寝ている深夜や早朝に入れることがシフトを入れることが多いので、まだ日のある時間帯に仕事をするのは久しぶりだ。

 バックヤードに入ると、先輩の西鵜涼太さんが、雑誌を読みながらくつろいでいた。

 西鵜涼太、自称フリーター。フリータ―を名乗っていながらシフトに入っている日数は少ない。恐らく他のバイトを掛け持ちしているんだろうけど、涼太さんは自分のことを話したがらないので、その生態は謎に包まれている。

「おー、新。ひさしぶりー」

「涼太さん、お久しぶりです」

 涼太さんは誰にでも気さくで、話しかけやすい、まさに「気のいい兄ちゃん」だ。ほどよい長身と、整った顔立ち、深くて良く響く低音の声は、多くの女性を虜にしている。この前も女子高生二人組にアドレスを聞かれてたらしいが、バックヤードで店長が目を光らせていたから断ったそうな。男の僕でさえ、あの良い声で静かに「新」と呼び捨てにされると、うっかりときめいてしまいそうになる。結には絶対に会わせたくない人ランキング一位は常にこの人である。

「昨日ヘルプの連絡行ったんだって? 大変だったな」

「暇だったんで、ちょうど良かったですよ」

「そう言えばこの前、新が歩いているのみたぜ」

「そうだったんですか、声かけてくれれば良かったのに」

「いや、女の子と腕組んでたんで、遠慮したんだよ。かわいい子だったな、彼女?」

 しまった、見られていた!

「いや、彼女と言うか、その……」

「そう警戒するなよ、他人のツレを盗る趣味はないからさ」

 盗る趣味が無くても、勝手に心奪われる可能性があるから、警戒しているんだけど。

「そうですか……。それに、あれですよね、涼太さんのタイプってどっちかっていうと綺麗でグラマー系ですよね!」

 結はどっちかと言うと可愛い小動物系だ。顔立ちは良く見ると、綺麗な日本美人って感じだけれど、遠目に見れば分からないだろう。だから多分大丈夫。

「いや、俺のストライクゾーンは広いぜ。新に紹介したヒトが偶然そんなタイプだっただけだと思う」

「……そうなんですか」

「ああ、俺のストライクゾーンはサッカーゴールくらい広い」

「それ、違うスポーツじゃないですか」

 ストライクゾーンは野球だ。

「いや、それくらい広いってことだ。ちなみに、キーパーはいない」

 枠に打てば必ずゴールするってことか。

「そして、反対側のゴールも、俺のストライクゾーンだ」

「もう入り組み過ぎて何が何だか分かりませんよ! 反対側のゴールってどういう意味ですか」

「同性もイケる、ってことさ」

 涼太さん、わけわかんない事、そのいい声で言わないでください。

「そう警戒するなよ、他人のツレを盗る趣味はないからさ」

 ……つまり、付き合っている人がいなかったら僕も狙われてるってことでしょうか。

「まあ、良いです。僕のことも、結のことも狙わないでくださいね」

「……結ちゃんっていうのか、かわいい名前だな」

 涼太さんが大きめの口をにんまりと釣り上げて笑った。寒気がするほど美しい笑顔だった。

「本当に! やめてくださいね!」

「冗談だよ、冗談。あんなに仲が良さそうな二人を引き裂けるかよ。俺はハッピーエンドの物語しか見ない派だ。バッドエンド見ると泣いちゃうから」

 涼太さんが泣いている所……想像できない。

「新、大切にしろよ。あんなにまっすぐ好きになってくれる女なんて、そうそういないぜ」

 涼太さんほどモテる人がこんなことを言うなんて、なんとなくしっくりこない。けれど、にこやかに話している涼太さんの目は、真剣そのものだったのできっと冗談ではないんだろう。

「……そう、ですね」

「遠くから見ただけだけど、あの子はあれだぜ、きっと強い子だぜ。新、将来結婚したら尻に敷かれるのは間違いないな」

「結が? それは無いですよ、むしろ僕が結を引っ張ってやんなきゃ」

 僕の言葉を聞いて、涼太さんが急に真顔になった。

「新、あんまり自惚れるんじゃねえぞ。自分が引っ張っていく? 恋人のどっちか片方だけが頑張ったって空回りするだけだ。もし新だけが引っ張って言っているように感じるなら、そりゃ相手が気を使ってくれてるんだろ」

 涼太さんに僕らの何が分かるんですか、と喉まで出かかったけれど、努力して飲み込んだ。涼太さんの表情に遊びはない。いっつもへらへらしていて、どこまでが本当でどこからが嘘か分からない涼太さんが、今日はいつになく真面目だ。きっと涼太さんは涼太さんなりに、自分の経験を照らし合わせて、僕を叱ってくれているんだろう。

「……ありがとうございます。覚えておきます」

 バックヤードの扉が薄く開いて、店長が交代おねがーい、と声をかけてきた。涼太さんはもういつもの表情に戻ると、うーす、と答えながら店内へと向かって行った。

 僕もそれに一呼吸遅れてついていく。結には今日、両親が付いてるんだ。いまはバイトに集中しよう。

 


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