プロローグ
第一条 すべて国民は、■■が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない。
すべて■■は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。
(家庭福祉法 総則)
シンゴの目が覚めたのは、早朝四時のことだった。いつものことだ。時計を見なくてもわかる。
布団から身を起こし、カレンダーに目をやる。九月一日。今日から二学期が始まる。とは言っても、夏休みの間、彼は部活をするために毎日同じ時刻に起床し、毎日同じ学校へ行っていたから、なんということはなかった。クガツツイタチ、と彼は頭の中で反芻する。ハチガツサンジュウイチの翌日だな、と彼は思った。
二階の自室から出て、軋む階段をゆっくりと降りる。まだ家族は寝ているので起こすのは悪い。階段の何段目を踏むと音が出るのか、家族に気を使ううちに彼は熟知してしまった。一階に降りると洗面所で顔を洗い、居間に入る。
「おはよう」
祖父は既に起きている。これもいつものことだ。いつからか起床時間の早い二人は一緒に朝食を取るようになっていた。冷蔵庫から出した漬物と一緒に昨日の残りの御飯と味噌汁を食べる。ポリポリという漬物を囓る音だけが、静かな居間に響く。食べ終わるとシンゴは新聞を読み、祖父は煙草を吸う。キャスターだかキャメルとかいう煙草だ。祖父はうまそうにしているが、煙たいこちらとしてはよくわからない。そういえば以前、級友に煙草を勧められたことがあったが、シンゴの中ではどうしても老人の吸う物という刷り込みがあり、遠慮した。
「いってきます」
祖父に声をかけてから、鞄を持って玄関を出る。鞄の他には防具袋を竹刀の袋に掛けて、肩に背負う。剣道部、それがシンゴの部活だった。
外はまだ太陽が昇ったばかりで涼しい。
シンゴの通う中学校は歩いて三十分の場所にある。距離的には近いが、急な坂を登りきった小高い丘の上にあるため、ちょっとした足腰の鍛錬になる。学校の体育館につけば、きつい朝練が待っている。
もうすぐ十五歳になる彼には、毎日の規則正しい生活や剣道の稽古によって、自分の肉体や精神が鍛えられ、日々成長しているのを自覚し、それを楽しむことが出来ていた。骨はみるみる太く、強くなり、筋肉は硬くしなやかに育っていく。血管はダムのパイプのように全身の血液をくまなく行き渡らせた。
彼はそれに充実を感じていたし、幸せであった。あの日までは。