第一話 始まりはバイオレンスに
俺の名前は生涯真摯。紳士的でちょっぴりシャイな人から好まれる良いお兄さんだ。
そんな俺は今、ちょっぴりだけ困った事になった。
今日、とある仕事で大事な会議という奴があるのだが、俺は寝坊して遅刻してしまったのだ。
バタバタ急いで準備を終わらせ外へ出た俺は、現在交差点前で信号待ちしているわけだが……
ちらりと俺は自分の腕に付けてある腕時計を覗く。
なんてこった…… 二時間もタイムオーバーしているじゃないか。これでは到底間に合わん!
畜生、友人から借りたゲーム『大好きお兄ちゃん♥R-18』を夜中に音楽を聴きつつダンシングしながらノリノリで周回プレイするからこんな事になるんだ。全く予想すべきだった。
仕方ない、帰って今度こそ全クリさせよう。
俺はウォッチから顔を離して、前を向くといつの間にか信号が青なっていて不覚にも歩き出そうとした。おっと危ない。このままでは自分から今修羅場と化している仕事場へ行ってしまうではないか。
そうはいかない。
俺はすぐに足を止めて180度ターンしようとした。
だがその直前……
「あ……」
「なん……だと!?」
俺の背後に自転車が、背中を向けている俺に突っ込んできた。
自転車のタイヤが俺の膝に攻撃をかまし、俺は自転車によって膝カックンされてしまう。なんという不覚!
しかも、信号が赤になり、大型トラックが歩道を全力で通る。
あの風を切るような速度、きっとアクセルが全開に違いない。
膝カックンで前に少し出ちゃってる感じになっている俺の膝は当然、目の前の全力疾走で通ってくるトラック野郎の突撃に巻き込まれそのまま俺の身体をもt……いたいたいたいたいたい。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ…………」
取り敢えず色々痛みとか今の感情とか色々言いたい事があるが、気絶する前に今の状況を言おう。
膝から身体全身まで持って行かれたあと、そのまま何メートルか引き摺られご近所の家にある池へと俺の身体は飛ばされた。
___☆___☆___☆___
数時間後。
なんということだ。
俺は意識が戻り、目を覚ますと目の前が真っ白な天井になっていて慄いてしまった。
周りを見ると、隣に小さなテレビと花が一本添えられている花瓶があるだけで特に何もない。
そして、俺が今まで寝ていた所は白いシーツを掛けられたベッド。
どうやら、俺は病院の個室らしき部屋で目覚めたらしい。
てっきり、俺は三途の川の船の上で寝ていたと思っていたのだが。生き延びたみたいだな。
金魚の泳ぐ苔だらけの汚い池では無い事も俺の中では高評価だ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今は現状の確認をしないといけないだろう。
俺は改めてそう思い、すぐにある事へ気づいた。
そういえば、服が変わっているな。
俺は普段黒のスーツに黒のズボン、黒の中折れ帽という汚れが比較的目立たないであろう高級感溢れる出で立ちなのだが、今の俺は水色の布の服と水色の薄いズボンという患者専用であろう服一式を着ている。
「足は動くだろうか」
俺は少しだけ足の指を動かしてみる。異常はない、問題なく動いた。
身体をゆっくり起こしてみる。
少し節々が痛い感じがしたが、まあ、別にどうということは無かった。
俺は大型のトラックに轢かれてNiceboatしたと思っていたのだが…… 思っていたよりもダメージが無かったのか?
やれやれ、しかし治療費はきっと馬鹿にできないだろう。それを考えると寒気を覚える。
生命保険……入っておけばよかった。
「全くやれやれだぜ」
っと俺がぼやいたその刹那。
ガシャァァァンっという窓ガラスが割れた音と共に、何者かが入ってきた。
なんてこった、俺はまだベッドで寝ているのだぞ!?
当然入ってきた侵入者はゆっくりと立ち上がる。体型は子供ぐらい、全身紫色のフード付きローブを着ており、素顔等サッパリ分からない。
一体こいつは何者だ!?
「医者っす」
「あ、先生でしたか」
格好と登場の仕方が少々あれだったが、医者なら仕方ないな。
「わたしは現代のブラックシャックと呼ばれる伏木黒だ。君の担当医である。よろー」
「よろしくお願いします」
「気分はどう?」
「両足も動きますし、どこにも異常は無いと思います」
「吐き気は?」
「特にありません」
「良かった。下半身部分がほぼぐちゃぐちゃになってたからウランの原石を取り敢えず傷口に埋め込んでみて正解だった」
「なんてことをしてくれてんだ」
ウランって思いっきり放射線を出す物質じゃないか!
「大丈夫。核分裂起こさない限り核爆発しない。多分」
「いや、そうじゃなくて」
「平気平気」
生きた核爆弾にしておいて、なんて奴だ。清々しい程反省の色というものが無い……!
クソッタレ! こうなったら自力でウランが埋め込まれているところを切り裂いて取り出さないと。
「ちなみに。足はチタン合金とわたしの愛と他色々で施してる。皮膚はわたしが作った人工皮膚だから見た目だけは普通だ」
こ、この医者は俺の心を読み透かしているのか!? それとも、人の考えの先を行っているのか。
ともかく、自分の下半身がチタン合金で出来ていたら切ることが出来ないじゃないか! しかも、大好きな風呂に入る事も出来ない。 チクショウ、神よ、貴方はなんて試練を俺に与えてくるんだ……!
見た目が普通でも中は普通では無いと言うことだろう。本当になんてことをしてくれてるんだ。
「色々言いたい事があるだろう。しかし、何よりの幸せは君が生きていることだ」
「確かにその通りだが、担当医が君の時点で確定的に不幸だよ」
俺に手術という名の魔改造を施したこの不幸の根源はどうしてくれたものか。
待っていろ、今俺には手元に武器がないから一度帰って、武器を手にここへ舞い戻って貴様を葬ってやる。
だが、その前に一つやらなければならないことがあったな。
俺はそっと立ち上がり、部屋から出ようと扉へ向かう。
「どこへ行こうというのかね?」
「部屋に散らばってるガラス片を片付ける掃除道具を取りに行くのですよ、ファック」
「なるほどー、分かった。それとわたしの名前はファックじゃない。伏木黒だ」
数分後。
俺は部屋の掃除をし終え、さっさと帰ろうと看護師に服を返してくれと頼んだ。
すると、五分も経たずにパタパタと俺の服一式を持って、看護師が可愛らしく持ってきてくれた。
「はい、生涯さん、頼まれた物です」
「ありがとう、看護師さん。君はどこぞのマッドサイエンティストと違ってまるで天使だね」
「い、いえ、そんなことはありません! し、仕事ですので!///」
彼女はそう言うや、服を俺に押し付けて恥ずかしそうに背中を向けてパタパタと走り去った。可愛い。
俺は受付に行きぼったくり価格の診察代と入院代を渡したあと、さっさとここから出ようとスキップを交えながら入口まで歩く。
若干、ガチャコンという、人間の足から響いてはならないような音がしたが俺は精一杯聞かないことにした。
「まてい」
「来たな、悪の根源!」
背後から今一番聴きたくない悪魔の声が聞こえ、俺は振り向きざま速攻叫んだ。
一体何だって言うんだ。金は払ったし、体調も全快しているし俺を呼び戻す通りといえば、俺の身体を元に戻すぐらいだろう。
元に戻してくれるのか? 期待していいのか?
「怪我したらまた来い」
二度と行くか。