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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
99/162

123 ふざけるな!



「戮丸ッ代わるぞ!」


 飛び込んできたオーメルが、戮丸に代わって飛びつく。人工呼吸は可能であれば複数人で交代でやったほうがいいのだ。疲労に圧迫が鈍る可能性もあるし、結構な重労働だ。

 旅団の人間は複数居たが、その反応は出来なかった。少年少女の死に無関係でいたいからか、無意識に消極的な行動に出たのだろう?

 オーメルの行動を見てハッとしたものも多いが、今交代したばかりのオーメルに代わる訳にも行かず苦い表情を浮かべる。


「暗殺の可能性は?」

「低い。注射痕は無かった。外傷も無い。仮死状態の可能性も無い。【回復】で反応が無かった。経口経由なら全員が同じものを口にしている。ガスも無い。ここは隙間だらけだ」

 注射器は存在しないが毒針も毒を注入するものに違いない。その意味での注射痕だ。

「魔法の線も薄い。【霊魂放逐】もグレゴリオしか使えない。そのうえ、グレゴリオは行使できる状態じゃなかった。神聖魔法に即死魔法はあるが、【蘇生】不能はない。マジックキャンセルの結界の方が可能性が高い」

「つまり、別々の線かッ!【明かり】!」


 シャロンが【明かり】魔法をかける。光球が中空に現れ蛍光色の光に包まれる。シャロンは無条件に戮丸のオーダーに答えた魔法をかけられるように心がけている。今までのつらい経験がそれをさせるのだ。


「これでその線は消えたな。魔法阻害の可能性ならピンポイントに狙った【呪い】の可能性が・・・」

「呪文が効かない【呪い】は無い。カウンターマジックなら反応が出る。呪文が行使できないのは異常だ」


 戮丸は暫し思案する。手を顎に当て無精ひげを撫でる程度の時間だ。

「おい、子供達。医者を探してくれ!【白黒】で【継ぎ接ぎ】の【医者】だ。二次被害を防ぐために大人がそばに付いていてやってくれ!」

「その人を見つければ助かるの?」

「ああ、必ずだ!」


 戮丸が何をほざいたのか判らない。【白黒】【継ぎ接ぎ】【医者】で判らないプレイヤーは居ない。そんなものがここには居ないと言う事も―――

 唖然とする。プレイヤー達の中で唯一通常運転なのはオーメルだった。


「お前はそういうタイプのマスターだったな」

 オーメルの口元に不謹慎な笑みが浮かぶ。


 子供達と難民が【医者】の捜索に向かった。人払いは済ませた。

「居る訳ないだろ?」

「まあな。でも、ご本人でなくてもいいんだ。奇跡の確率で無い事は無い」

「人払いを済ませたという所?」と銀。

「両方本命だ。TRPGではレベルパーセントロールというのが暗黙の了解でのさばっている。レベルでなくても1%でもいい」

「そういうのを捩じ込むのはお前かマルかだったな・・・」

 本来こんな会話をしている場ではないのだが、戮丸は言葉を続ける。


「どうしようもない。ピンチに陥った時の救済策だ。甘いというのも重々承知だが・・・」

「・・・TOYAMAだな」

「何それ?」

「もちろん確率が低いが成功すれば万々歳というわけじゃない。TOYAMAってのは俺が昔マスターをやっていた頃に出したNPCだ。出鱈目な【新薬】を扱う薬売りでパーティーのピンチを救ったが・・・」

「アレをピンチを救ったって言うのか?【副作用】【代金】【持ち込み企画】で洒落にならない事になった」

 ちなみにTOYAMAとは洒落にならない新薬を売りつけるところと、有り得ない状況にも関わらず行商に現れた所から付いた通称だ。戮丸自身どんな名前を付けたか憶えていない。


『もしかして私達、脅されてる?』


「・・・そういう導入方法もあるって事だ。判ったかガルド」

「・・・勉強になるな」

「聴いたか?今すぐ捜索に当たれ!1%のロールでも100人以上で試してはいけない法は無い!」

 ―――身も蓋もない。


「それで、人払いを済ませたのなら聴こう」

「今のでいいんじゃないか?」

「彼はお前並に馬鹿だな?」

「褒めるなよ」

 言ったのは戮丸なのに、大吟醸は何故か照れくさそうだ。


 ―――褒めてない。


「死亡の原因だ。心当たりが有り過ぎる。医学知識が無いのは判るが、脳を借りたい。二人の発見時の状況から―――グロイぞ」

「構わん。言ってくれ。全員似たようなものだ」

 戮丸はちらりとシャロンに視線を送るが、意を決したように頷いて返した。


「まずこの少年は両手両足が付け根から切り取られていた。下手なの切断面は酷いものだ。切れ込みを入れてこじって取ったような状態だ。鼻はそぎ取られ、前歯―――上が多いなそれも無かった。たぶん、思いっきり堅いもので殴られたんだろう。一物は切り取られ鉄串で芯を入れられケツ突っ込まれていた」


 ―――お前らの好物のホモネタだ。喜べよ―――


 戮丸の冷たい一言に聴くものは渋面を作る。痛烈な皮肉だ。


「腹部に痣もあった。下手糞がッ!めちゃくちゃに殴って損傷臓器が特定できない。肝臓が胃か鳩尾みぞおちか正確に打ち抜けば―――クソッ!」 

「ちょっチョット待ってください。そんな犯罪が横行してて見過ごして来たんですか!」

 正義の人――マティには耳を疑うような話だ。


「マティ――今は倫理観云々をいってる場合じゃない。少し黙っていてくれ」

「そんな!幾らなんでも酷すぎる!ポリスラインは把握できてなかったんですよね」


「だから、黙ってろ!―――こいつは全て把握した上で、犯人を守っていた。それでもそうしなければならない事情が有ったからだ。後で説明する。今は見過ごす訳には行かないんだ」

 厳然とタイムリミットはある。死体の消失が行われたら、もう手のうちようが無い。


「姉のほうは?」

「幾分マシだ。片目が無かった。汚れていたから―――突っ込んだんだろう。四肢は同様で乱暴を受けていた」


 室温が上がったのを確かに感じた。


「概ね、把握している状況だな。ケースが少ないが遅効性の死亡は確認されていない。追跡調査は甘いだろうな。想定外だ」

「だろうな。肺胞が破れて遅効性の溺死って話があったな―――どうだ?」

 【不幸なものは陸で溺れる】を如実に現したケースだ。


「それは、二、三日の話だろう?それなら旅団の管理内だ。有り得ない。いっその事首を切ってみるか?」

「望み薄だが―――それなら、システム上は生きている可能性がある。【回復】試した以上――後回しだ。やるときは俺がやる」


「性格は―――」

「引っ込み思案な性格で―――後天的な物か―――それでも食事で我先にという性格ではなかった。むしろ遠慮がちだ。俺達がパンを持て行ってやると笑ったから安心していたが―――待てよ」

「どうした?」

「目を離すとフッと居なくなるんだ。移動中もそれで世話を焼かされた」

 ―――夢の中でもそうだった。


 ムシュフシュにも経験がある。惨状はよく見かけた。それで旅団と間に軋轢が生じた。つらい現実から「逃げたかった―――のか?」と呟きをこぼす。


「いや、試していたんだ。―――私はそう思う」




「―――そろそろ代わってくれないかな?」

 どちらかと言えば頭脳労働担当のノッツが根を上げた。オーメルは50レベルのアバターということもあり涼しげにこなすが、ノッツはそうではない。会話する余裕すらない。

「わっ、わりっ今変わ―――」

「自分にさせてください。人工呼吸も私よりは自信が無いでしょう?」

 そう言って、マティが名乗りを上げる。大吟醸もここはひかざる終えない。


 ノッツは自分の手首を押さえ、肩をほぐすもそこそこにスクロールを取り出した。

「あの二人で無理なものをお前の出番があるかよ?」

「逆だよ。大吟醸。全員が手詰まりなら僕にも何か出番があるかもしれない。それに試してみたい事があるんだ」

「―――なんだよ」


「戮丸の【狂戦士の激情(ベルセルクガング)】。知っていた訳じゃない。知識では知っていてもソレであるかなんて、自信なんて無いよ。でも、それが僕にはわかった。何かの副次効果だと思うけど―――メッセージウィンドウが出るんだよ」

「―――聞いた事が無い!それだっ!ノッツ君、試してくれッ!」


 流石に旅団首魁のオーメルに、頼られるのは嫌な気分はしなかった。むしろ誇らしい。グレゴリオ戦の興奮が蘇る。


 ――ただ、忘れていた。

「どんな結果が待っていてもそこで足掻く覚悟がある」大吟醸の言葉だ。

 最悪の結果は覚悟していた。

 ―――そのつもりだった。


 視界にウインドウが開く。そこに書いてあったメッセージは視界に入った瞬間理解できなかった。

 それでも内容は簡単に理解できた。

 ―――簡単な日本語だ。

 ―――誰でも知っている。


 ノッツは大粒の涙を零し崩れ落ちる。

 嗚咽ではない。慟哭・・・いや怨嗟を上げる。最初はわめき声でしかなかったが、その内容から推測できる最悪の内容を知るたびに声に変化をもたらした。我々が普段知っている日本語からは程遠いがソレは「ふざけるな」という内容だった。


「―――オーメル。止めていい。有難うな」


 戮丸は察してオーメルに中止を促した。

 周りを見回せば、何故ノッツが泣き崩れるのかが理解できない。


 そんな情報に心当たりが無い。この子達の死が確定したのであってもノッツがこうなるのは理解できない。感情移入が激しいほうだが幾らなんでもこれは無い。


 ただ、そういう情報だ。ぶちまけていい物ではない。

 覚悟はいいか。と目で問いかける。当の戮丸も流石に想像付かない。

 いいづらい内容なのはわかる。

 聴いてみないと始まらない。


 戮丸はノッツの両肩に手を置き問いかける。


 ノッツは目を上げる。戮丸の愛嬌のある目がこれまで無いくらいの真剣な光をたたえる。

 死んだ目の奥に消えない炎が宿る目だ。


 どんな現実にも期待しない。

 どんな感情にも流されない。

 様々な感情を捻じ伏せてきた人間の目だ。

 この胸のわだかまりをぶつけても大丈夫な人間の目だ。

 理性ではそんなに大した事では無い事がわかる。

 ただ、その状況を想像するたびにその痛みが――

 ―――耐えられない物になる。


 耐えられる人間になりたいが、無感動な人間にはなりたくない。


「何であんたが守ってやれなかったんだッ!」

 耐えられずにぶちまけた。


 ノッツの歪んだ視界でなお、歪まずに映る二文字。


 ―――寿命。



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