122 放逐された命
―――うん?
「どうしたムシュー」
ムシュフシュは戮丸を指差し「起きた」と呟く。その一言に戦慄を覚える。
ノッツは周囲を見渡すが何か変わった事は無い。と言うよりも判らない。群集の熱狂は止まず、思い思いの声援を上げて、その動きに一貫性は無い。
大吟醸は戮丸の視線を追う。何か反応したのであれば、それは自分には感知出来ない。戮丸の視線を追ったほうが速い。
その先には熱狂した群集の中、恥ずかしげな旅団員が一人埋もれていた。おずおずと何か言いたげなのだろう。ただ、忙しい上司に萎縮する新人社員のようで・・・
「何があった?」
戮丸が旅団員に問う。旅団員との距離もかなりあったし、その間に群集もいたがそれを苦もなくスルリと抜けて問いただす。
その様子を見ていたムシュフシュたちは唖然とする。その技術が凄いというのはある。だが、乱戦がある意味安全と思っていた。その人垣を越えられる訳が無く、視界の隅に収めておけば接敵まで時間を逆算できる。
その理屈が今崩れた。知りたくなかった。
「言え!」
その技術の凄さは判らないが異常性は判る。旅団員は現状が飲み込めない。
「大したことじゃないんです。起きない子供が居るんです」
ディクセン開放から難民の流入が始まった。もう既に夜半過ぎだ。眠っている子供も居るだろう。移動開始に伴い難民は起きている可能性も高い。
事実、起こして守り易い市内に移動を薦めている部隊のものだろう。
起きないと言うのも十分ある。子供には過酷な逃避行だ。疲れきって起きない可能性は否定できないし、寝かせて置きたいというのも有る。
本当に対した事ではない。報告するような事でもない。
しかし―――
「ノッツ!行くぞ」
―――だから、その瞬間移動やめてよ。
そう思った瞬間にはノッツは宙を飛んでいた。
悲鳴だけが遠くで聞こえる。
―――僧侶を集めろ!とオーメルが叫ぶ。だいたいの当たりはついているようだ。
「戮丸は全て理解している。だから現状を正しく報告しろ」
オーメルの宣告は冷たく響いた。
しかし、混乱した旅団員の口からは明確な言葉は毀れない。
「そんな訊き方じゃだめだよ。今は現状を把握したいだけ、誰が悪いとかは後・・・」
「そうだ。全ての責任は私にある。話してくれ」
その一言に何とか自制を取り戻した旅団員が、気を取り直して話し始めた。
「起きない子供が居るんです。・・・それと僧侶は集まってます」
「・・・?」
「僧侶が居るのであれば【覚醒】で無理に起こす事が出来るはずですよ」
グレゴリオが言う。オーメルとグレゴリオは神聖魔法も使える。ここで、二人は嫌な予感を改めて感じる。最悪の状態ということは戮丸が飛んでいった時点で判っている。知りたいのはどう最悪かだ。
「・・・おかしいですよね?何かのバグ、クソ運営は何をやってるんでしょうか?【蘇生】でも起きないなんてあり得ないですよ。ハハハ」
「死んでるって事じゃねぇーかッ!」
大吟醸が旅団員の襟首を締め上げる。
「止めろ!まだ訊くべき事がある。それで、子供は死んでいるのか?心音は確認したか?」
「・・・・げはっぐえっ・ふぅ・・・心音は停止しています。しかし、外傷は確認できません。死ぬ理由がない上に、復活しない理由も無いんです」
「周辺の状況は?毒の確認は?仮死状態じゃないののか?人払いは済ませたか?暗殺の線は?呪殺の線は?魔力の痕跡は調べたか?」
「落ち着いてそんなに訊いても答えられないよ。人払いは済ませた?魔力の痕跡は調べ・・・てないね」
銀が間に入って聞きただす。
「人払いはしてません。他の子たちも居るので・・・魔力の痕跡は私達の落ち度です。・・・バグじゃないんですか?ラグっているだけとか?それに暗殺って難民の子供ですよ。する理由がないでしょ?」
旅団員の案内に走る。巨漢のグレゴリオとムシュフシュに人々は道をあける。
「このゲームをやっていてラグッた事があるか?すまないガルド。ルール違反は重々承知で訊きたい。このゲームは正常に運行しているか?」
「非常に残念な事だが、正常作動している」
「どういうこと?」
「いいかいシャロン。これがバグであれば、GM権限で強制的に復活させることが出来るんだ」
「そうなると仮死説が有力だが・・・蘇生が効かない呪殺は可能か?グレゴリオ」
「・・・確かに有ります。神聖魔法じゃなくてカルトマジックになりますが」
「あんのかよ!そんな出鱈目魔法ッ!」
「【霊魂放逐】だな・・・」
「な・なんだ・・・それは・・・」
【霊魂放逐】最悪の魔法だ。その威力は凶悪すぎる。成功率100%の即死魔法。復活不可能は元の設定だったか?憶えていない。このアタンドットではその付加属性が確定されたのだろう。
当然、この凶悪すぎるスペルには使用制限がある。まず、神聖魔法じゃないのだ。カルトマジック。カルト内の位階も重要だ。低位のものにはまず降りてこない。その上、カルトの指示するクエストをこなして初めて一回使えるというものだ。
だから、普通の魔法ではないのだ。言うなれば奇跡だ。敬虔な信者のクエストクリアに褒賞として与えられる。
当然、死の王たるグレゴリオは使える。この魔法でなら戮丸も止められた。しかし、そんな戦術核のような決着はグレゴリオは望まなかったし、教義から外れている気もした。
死の女神に仕える者が死におびえてどうする?女神の意向に反してどうする?
安易な使用はデメリットも莫大な物になる。
「実際その線は無いですね。強いて言うなら犯人は私になります」
「おいっ!?」
「あくまで可能性の話だ。確かにつじつまが合うが、被害者が判らない状態で行使できるのか?」
「無理です」
「じゃあ・・・【転化】じゃないか?」
「その線もありますが、ヴァンパイアなら被害者まで繋がりません。滅ぼした私。その場に居合わせた大吟醸。そこから戮丸まで繋がりませんし、更にそこから子供・・・ヴァンパイアは聖堂を汚してあります。あちらも【転化】どころではありません」
ムシュフシュの言った【転化】とはアンデット化を意味する。その過程なら現状もありうるが、その最大の代表格を封印したばかりだ。
こうしてみると可能性はいろいろある。ただ、共通して害意が無ければ成立しない物ばかりだ。どれも洒落にならないものだが――――
◆
「ノッツ!人工呼吸だ!そっちを頼む!」
戮丸は指示を飛ばし、子供の上に馬乗りになり人工呼吸を開始する。
その鬼気迫る様に生きている子供たちは怯えている。
死亡者は二人。【蘇生】はすでに試みたが、魔法自体が発動しない。服を剥ぎ取り、異常―――注射痕を探すが見当たらない。血流停止を忌避した戮丸が人工呼吸を試みる。蘇生時に無酸素状態が長く続くと脳に障害がでる。
「力加減が判らないよ!」
「全力で構わん。死亡と肋骨骨折どっちがマシだ!」
戮丸の脳裏に可能性が過ぎる。
心臓も肺も引きずり出して圧迫した方が効果が高い。当然現実ではそんなことは出来ないが・・・ここでは魔法がある。
しかし、医学知識の乏しさは自覚している。それは、本当に医者で無くては効果が無い。そう・・・倫理観などどうでもいいのだ。効果が無くては意味が無い。
自分の腕を切って血管を引き出し、ノッツの魔法で結合・・・血液型の問題があるが戮丸は生き返る。心臓蘇生という点では強烈な大人の血圧なら・・・不確定なものが多すぎる・・・心臓を引きずり出して揉むと大差ない。大体心臓が回復したら生き返るのか?
判らないものばかりだ。
テンパッている。こんな時は益体も無い事を考えてしまう。それは現実逃避なのだろう。それでも、それを否と言って生きてきた。
根治でなくても、一つ一つ順繰りに確実に効くものを探し出し、現状を一つ一つ変えていく。一段とびでは無理だ。一つ乗り越えそこで足掻く。乗り越えるものがなくなるまで瓦礫を積み上げる。
上手くいかない事の方が多い。
積み上げるたびに「何時まで子供じみた事をしてるのか?」自責の念が重く圧し掛かる。