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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
95/162

119 ちくしょう



 戮丸の拳がガルドの顔面を打ち抜く。


「―――何故見せた?」


 そう、呟くように戮丸は問う。

「―――お前以外さ――知らないのは残酷だ」

 その言葉に、戮丸は苦く呻く。


「殴られついでに言えば全世界配信だ。今頃能天気なディクセンのお嬢さんも見てるはずだ」

「チィッ――そんな事もできるのか・・・」

「単純に戮丸の説明不足ということだな。これを見ていればディクセンの交渉も違った結果になった筈だ。お前の欠点だよ」


 オーメルが口を開く。とは言え、この内容を戮丸に説明させるのは酷というもの。自分が『何を失いました』『これだけ傷つきました』そんな事をとくとくと説明できる性格ではないのだ。

 それは十分に理解できているが、オーメルは戮丸の性格も正しく把握している。説明不足と言外に切って捨てる。こう言われて殴れる男ではない。


 戮丸はどっかと腰を下ろす。シャロンは定位置へと収まる。その様は慰めるようで――


「あ、あの、私が呼ばれた用件というのは――?」

 マティが恐る恐る口を開く。


「――ああ、そうだ。礼を言わなければと思ってな。呼んだんだ」

「――礼?」

 マティには心当たりは無い。むしろ、面罵される憶えの方が多いのだ。


「話を聞けば今回の仕切りはお前さん・・・マティの仕切りらしいな。有難う助かった。心より感謝する。本当に助かった」


「ちょ、ちょっと待ってください。私は何も――」

「謙遜しないでくれ。大吟醸たちにクエスト発布も枯山水の導入も君の仕切りだろ?必要な経費はこちらに回してくれ、ただ、シバルリも設立間もない村なんで話は追々詰めるという事でよろしいかな」

「――そうだな。戦技供与が妥当な所だろう」

「てめぇは黙ってろオーメル!・・・って、また空手形切ったなテメエ!」

「お前が教え魔なのが悪い。有効利用というものだ」

 「物の価値を知れ」そう言ってオーメルは肩を竦める。


「なら、護送計画は変更だな。村の連中を説得してくる。転移魔法が怖いなんて言ってる場合じゃないぞ」

 ムシュフシュの言う通り、最初は旅団の魔法で全員を転移させる予定であった。だが、魔法に馴染みの薄い村人が難色を示したのである。それで折れてしまったのが戮丸だ。戮丸本人の要望とあれば付き合うと護送計画が立ち上がったが、こうとわかれば話が別だ。


「――余計な手間を掛けさせてしまったな」

「一番近くで見てた俺でさえ把握できてなかったんだ。今は休んで」


 銀は前回の護送の際も同道した。その時点で戮丸は苦しそうだった。ただの護送と言えど規模が違う。数少ない戦闘能力を持つ二人に気の休まる暇は無かった。


「お人よしって言うのかな?自分の被害を真っ先に度外視する癖、何とかした方がいいよ」


 銀の忠告に戮丸は苦笑いで頭を下げる。



 ◆ 天に映るは素朴な疑問



「・・・凄いな」

 グレゴリオは天を仰ぎ呟いた。

 いまだ。人の地を離れられずにいる。人間は忙しく動いており、オーガどもはこの地を去った。グレゴリオは後ろ髪を引かれる気分でこの地にとどまった。と言うより引き際を見逃した。


「判るかの?」

「アレを見て判らない方がどうかしてますよ」

 ダイオプサイトが隣にいた。縮尺が違いすぎる二人。トロルとドワーフは犬猿の仲と相場が決まっているのだが、共にその規格から大きく外れた二人は不思議と気が合った。


 戮丸の戦いぶりを見て分かった事がある。それはグレゴリオには無い資質だ。向こう見ずなギャンブル気質。戮丸の行動には不可解な点が多い。本人の中では計算が成り立っているとしても、確立は低かった筈だ。

 不確定な確立を是とし計算を成り立てる。言ってしまえば『取らぬ狸の皮算用』な訳だが、それで何かをやり遂げる。

 低確率であろうと成功をもぎ取る。それを資質と言うのであれば最強の資質である。


 夢物語のような話だ。誰だってそれを望む。そこに『どうやって?』と疑問を挟めば、説明さえ出来ないロジック。ただ、ノッツや大吟醸は受け継いでいる。そう感じる。


 狼が兎を屠るに勇気は要らない。兎が狼を屠る勇気。・・・あからさまな蛮勇だ。しかし、その結果を導き出したとなれば―――

 ―――比較にならない。


 ―――何の為に闘った?

 ―――貴方は何を見ていたのですか?

 ―――貴方の見ている景色が私にも見えますか?


「一晩中でも語り明かしたい気分ですよ。訊きたい事が多すぎます」

 そのグレゴリオの言葉は口に出したら不遜すぎて気恥ずかしかったが、ダイオプサイトは――


『―――親ビンも喜ぶじゃろ』と答えた。




 ◆ どんな現実も酒の肴



「おいスレイ見たかアレッ!」

「・・・ああ」

 興奮気味にオックスが喚き立てる。スレイはその衝撃映像に言葉が無かった。戮丸がまたとんでもないことをした。それは判る。胸にズシリとくる。単純にこの映像だけを見ればスレイも興奮を隠し切れない。いや、実際興奮している。


 周りの人間も今は消えた夜天幻想の残滓を見つめている。

 どよめきは、静かに起こった。それが喧騒に変わるには意外に時間がかかった。


 その映像のすさまじさはもとより、この村の住人は二度目だ。圧倒的に強い冒険者相手に我が事のように自慢する。誰も彼もが『凄い』という戦いぶりはこのレベルだったのだ。


 冒険者達も実際は耳にたこが出来るくらいに聞かされた話だったが、実映像を伴うと話が違う。俄然食いつきが良くなる。外から来た冒険者には戮丸を知らないものも多い。どんなに事実だと言われてもこう繰り返されてはホラ話と受け取ってしまうものだ。


「あんな感じあんな感じ!」

「あそこの岩なんて空から落ちて来たんだよ。それを片手で受け止めて―――」

「僕なんか空飛んだんだ!ビューって!・・・でも家の中に放り込まれたのはあんまりだよ」

「―――それを受け止めたのがあたしでさぁ」

「あんたの無駄な肉が唯一役に立った瞬間だね。同じものを喰ってるのに良く太れたもんだ」


 そんな感じで、助けられた・呼ばれた・挨拶した・飯を出した。そんなささやかな村民の武勇伝で持ちきりだった。ともすれば鼻につく話だが、今が旬というか、冒険者達にとっても実の有る話だ。宴席の流れと言うか、妬むよりその流れに乗ったほうが楽しい。


 話は「最強冒険者は誰だ?」になり、オーメルvs戮丸の真っ二つに分かれた。当然サンドクラウンのものもいたが、「いやキャラ違うしエンチャンターだし・・・アレくらいの男気があればなぁ・・・」

 アルブスレインの人間は「やる時はやる人だよ!・・・ただムラッ気が・・・」と元気が無い。アルブスレインが出払っていると言うのも有る。


 実際村内で直接対決は成ったが、その時点で戮丸は負けを認めている。しかし、やってのけた事の大きさとその時点でのレベルの差を加味すると白黒付かないのが問題だった。

 第二ラウンドが名も無き村で行われているとは露知らず、議論は白熱し混迷の度合いを深めた。


 旅団幹部クラスは第二ラウンドの話を聞いているが、戮丸派を活気付けさせるだけなので黙っていた。10レベルと50レベルで拮抗していたなんて口が裂けてもいえない。実際、レベルの範囲外での戦闘になっていたのでレベルが高い方が有利とは言いがたいが、「戮丸レベル50に勝てんのか?」の質問はいかんともしがたい。


 実際ドワーフのレベル上限は40なのだが・・・


 裁定は両者を良く知るはずの旅団幹部に委ねられる。とはいえ旅団である以上オーメル派である。内心は決まっているが、この状況で言い切るのも酷な仕事だ。


「お二人セットで最強という事で・・・ダメですか?お友達だし」

「お前頭いいな。・・・ってばかん!」


 だいたいこの手の話題にはどんな結論でも納得することなど無いのだ。納得のいく結論の出ないままに酒が進む。結局は酒が楽しく飲めればいいのだ。


 その最中でもスレイは暗鬱な気分が隠せなかった。黄金竜退治の一件をまだ引きずっている。あの映像は逆効果だった。


 その戦果は賞賛を受けるに値するものだが、内容が最悪だった。特に巴の精神的損耗は著しい。戮丸でさえ直接対決を避けたドラゴン。あのドラゴンはアサルトドラゴンと言うらしい。ワイバーンの飛行能力とドラゴンのブレスを併せ持つ、一種の亜竜だ。動物に例えるならチーターとライガーの違いだろう。野生動物の強さはその重量に依存する。


 チーターは時速百キロで走れる能力は瞠目するものだが、ライオンはおろかハイエナにも勝てないのだ。一方ライガーはライオンとトラを掛け合わせた雑種動物だ。異種交配などで内臓疾患や生殖能力の消失(まれにメスには残る)。等の条件はあるがライオンが250kgに対し400kgにもなるライガーの戦闘能力は想像に難くない。トラも巨躯を誇るシベリアトラでも306kgだ。

 実際、ライガーの戦闘能力はどうでもいい。圧倒的個体数が少なすぎる。   


 アサルトドラゴンがゴールドドラゴンに戦いを挑めばどうなるかは一目瞭然だ。

 その相手に策も無く立ち向かわせた。それも何度も・・・


 やけになってひたすらに生存時間を延ばすことに終始した。コンピューターゲームならよくやりがちな行為だが、その間、女体化により装甲が跳ね上がった巴が一人で闘い続けた。戦士一人に勝機などある訳も無く。


 ただ、スレイの自己満足の為に・・・

 精霊雨アルブスレインのリーダー、ナハトの恫喝で初めて戦術を見直した。結果は上手くいった。それでも何度かの試行は繰り返したが・・・


 その間、日にちをまたぐ。リアルで会う三ツ矢恵美《巴》の姿は痛々しすぎた。全身に蚯蚓みみず腫れで、足を引きずりながら登校した姿を見て、ここで初めて自分の失策を思い知らされた。

 死んだ回数は全員同じだが、重要なのは死に至る時間だ。それが巴は桁外れに長い。ナハトの激怒がよく判る。


 そこで頭をよぎったのがまず『戮丸に殺される』だ。羞恥と愚かしさに死にたくなったが、それは出来ない。死に慣れてしまったからだ。死の激痛の程度はわかる。その上、取り返しも出来ない。

 このゲームのせいで『死にたい』とお決まりの言葉が言えなくなった。自殺は逃避でしかない。それは肌で知ってしまった。


 そして、それが償いにならない事もよく判った。

 さらにゴールドドラゴンはいわば善人だった。実際に言葉を交わした。その巨躯は寝返りをうつだけでも周りに被害を与える。空腹は憶えても死には至らない最強種の肉体。知識を学び、飢えで死なぬものには食事の権利はないという。いわば自前の牢獄に引きこもった老人だった。


 だから停戦も持ちかけられた。パーティ内での議論は紛糾する。


 結局はオックスの『生きるも地獄ならせめて挑ませろ!』に結論を得る。


 それでも手加減してくれたのだろう。人間体で剣技や魔法戦、こちらは際限なく策を弄した。それでも、むしろ嬉しそうに竜として恥じない姿で闘った。


 尊敬に腕がなえる。そのたびにオックスとゴールドドラゴンの怒声が飛ぶ。必死に戦った。自分の中から戦力を全て絞りつくした。


 ―――ドラゴンが倒れた。

 勇戦を称え名を聞こうと近寄った所、ドラゴンはそのアギトを大きく開き。

「私を殺したのは貴様だ!!!!」

 と叫んだ。

 ―――ブレスも吐けたろう。

 ―――そのアギトで噛み殺す事もできたはずだ。

 その結果は―――


 ―――オックスがトドメを差した。


 私はあまりの大音声に震える事しか出来なかった。


 私はどうすれば良かったのだろうか?

 戮丸に教えて欲しい。彼なら知っている。そう直感する。僕には縋る事しかできない。


 僕に――私にわかる事は何もかもがダメだったと言うことだけだ。

 パーティはほぼ空中分解している。そこに戮丸の勇姿だ。陰鬱な気分は嫌がおうにも増す。


 ―――殺した分だけ傷つけば痛みは癒えますか?

 ―――どんな理屈なら殺しても傷つかずに済みますか?

 ―――命令されれば痛みは無いですか?

 ―――何のためなら殺しを正当化できますか?


 オックスは楽しそうに酒を酌み交わしている。全力を尽くしたからだろうか?いや、感じてないのかもしれない。


 言葉が聞かせて欲しい。



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