118 おかしな男
戮丸は人一人は入れるくらいの木箱の上に腰をかけていた。背中のシャロンが降りてくれないのは、世界の摂理だろうか?嫌なわけではない。かと言って受け入れる訳でもない。どちらでもよい訳ではないのだが、拒絶するのが怖かったのでそのままだ。
丁度、小動物に懐かれる大型犬の気分だろう。実際は戮丸とシャロンは同じくらいの身長なのだが、その仕草が実家に帰ったようなを感じさせる。警戒心が無いのだ。
肩から流れるシャロンの腕。柔らかでぬくもりを発する。その手は子供を寝かしつけるにはアクティブにパタパタと動く。子犬の尻尾のようで、全幅の信頼感を感じる。
男性諸氏はここまで安心し切った無防備な女性の前で、無害な男でい続けることが出来るだろうか?
実際、人目もあるし、ドワーフの習性ゆえ劣情には火がつかない。『無害な男ではないのだ』と主張したいが、その凶悪なヌクモリティに戮丸は完敗した。
かの英雄クーフーリンも『激情』持ちで有名だ。最近では青い人の方が通りがいいだろう。彼をなだめる際は半裸の女性軍団を差し向けるらしい。もちろんその後は想像に硬くないが・・・女性の胸を見て「その大平原で眠りたい」といって振られるトンマなエピソードを持つかの人に、真逆の方向で想像が働いてしまう。
大体かの人は調べれば調べるほど親近感が湧く。その名前もクランの猛犬と言う意味だ。もっと噛み砕けば『氏族の猛犬』と言う意味になる。
彼は日本で言えば【大化の改新】の頃の英雄だ。
酒を飲み、美女を奪いあう。そんな時代のに『何その純情?』多分世界初だろう「犬とお呼び下さい」と言った英雄は。
穿ちすぎだろうか?いや、他にもエピソードは満載で、敵対した友人を殺したくないからと魔槍ゲイボルグを封印し、三日三晩戦い結局は殺してしまう。その相手が持っていた剣が「カラドボルグ」その効用は、抜けば勝つ。だから、神話上最強の武器の一つだろう。何しろ神話ですら抜かれたことの無い剣だ。理由:強すぎる。
そしてゲイボルグだって諸説紛々だ。最近の作では新解釈が出たが、『投げると征矢を発生させる槍』というのが一般で広く知られる能力だろう。
多弾頭ミサイル。ダムダム弾など近代兵器に近い機能をもつ。
大体ね。その時代にはっきりしたエフェクトを持ってる魔法の武器というのがおかしい。エクスカリバーが振ればどうなるか知っている人がいますか?草薙の剣は?
草薙の剣は、文字通り草を薙ぐところから名付けられた。それくらい切れ味が鋭いという意味だ。草刈鎌先輩が『せやね』と言うほどの切れ味なのだが・・・
そのゲイボルグだって武器じゃなく魔法という説もある。しまいには技だと言う話もある。入手経緯からだろう。
石に刺さってましたとか、ドラゴンからドロップしましたとかではない。修行の結果手に入れた。しかも、女師匠に弟子入りして・・・
それだって嫌がる師匠を口説いて口説いて、ゲイボルグを手に入れたらハイさよなら。
・・・おいおい読者は納得しないぞ?何そのジャンプ?ああそうそう。一緒に『蛙飛び』って言う技も習ってる。フロッグジャンプ。
ジャンプならしょうがないよね!(スッキリ)
ジャンプなら!
最後は確か立ち往生で、それも「倒れたくない」と鎖で縛り付けての最後。
古代アルスターは昭和なのか?
◆ エンスト寸前
「・・・戮丸・戮丸・りーくーまーる」
「あ。ハイハイ寝てませんネテマセン・・・」
実際寝てなかったが、意識が飛んでいた。『寝る』と言うのもけだし名案(作者注:正しくは、けだし名言)かも知れない。多分寝れないが。
「大丈夫か?」
「・・・多分大丈夫だろ?」
オーメルの問いかけに『遼平』と出かけたが、まだ頭は回るらしい。
「判る!判るぜー!」と大吟醸がしきりに頷いている。
(黙れうざい!)
大吟醸が何を理解したかは知らないが、シャロン以外は同情ムードを漂わせている。この板ばさみに考えるのを止めた・・・いや、思考に没頭した。
――こういうのも自閉症と言うのかね?
兎も角、喋らないとヤバイ。何か喋ってないとまた同じ事になる。
「俺・・・自分は【群党左門芝瑠璃 戮丸】です。右も左もわからぬ新参ですのでご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いします」
・・・・・・
嫌な沈黙が流れた。
(あれ?俺何か間違ったか?)
そんな訳では当然無い。他人の名を尋ねる時は先ず自分から。もしかして自分の名前を間違ったか?と疑念におもうがそんなわけも無い。
ここにいる人間は全て戮丸を中心に動いている。
「・・・出たよ」
ノッツがジト目で呟く。マティは開いた口が塞がらないが・・・
「そうですね。自己紹介から始めましょう。私がマティ。赤の旅団4位階の戦士です」
「・・・トンちゃん?」
「ああ・・・とんちゃんだ」とオーメル。
「マティです!なんですかその『トンちゃん』って」
「ああ、判らなければいいんだ。よろしくと・・・マティ」
(・・・言いかけた)
そう思いながら、戮丸の差し出した手を握り握手をする。
・・・ズン!
マティ事、間藤は柔道の経験者だ。握った瞬間戮丸の技量を理解する。理解できない事を理解した。
(なるほど、このレベルね)
戮丸もマティに素養があることを理解したし、現状で詰んだ。手首をいつでも返して掌握へと持っていける。もちろん防ぐことも出来るが、その技量はマティには無い。ゆえに詰んだのだ。そしてそこまで如実に戮丸が牙を剥いたので、マティにもそれが理解できた。
ノッツ・大吟醸・ダイオプサイトと続く。『何で今更』と不思議に思いながらも『よろしく』と差し出した戮丸の握手を受ける。
ノッツは普通に握手した。ダイオプサイトは両手で握りぶんぶんと博愛の情を示す。問題は大吟醸・・・
「なんだこれ!なんだこれ!」
慌てて腕を引っ込めた。『ほう』とガルドが感心する。
「なんなんですか?これは」
とグレゴリオが自己紹介を済ませてから問いかけた。
「こんな感じだ」と戮丸は握手する手に力を込める。
「・・・理解しました」
「まぁ、体格差があるからね。幾ら柔よく剛を制すと言っても最低限の力は必要だ。お前さんくらいの体格ならこっちもそれなりに『やら』無きゃならん。大吟醸が勘所がいいのは知っていたが・・・これだけ勘がよければ安心だ」
「感服致しました。お会いできて光栄です」
「いやいや、それはこっちの台詞だよ。かの死の王を握手するなんて、嬉しい限りだ」
このやり取りを見て枯山水のムシュフシュがこう出たのは仕方が無いことか。
「枯山水のムシュフシュだ。レベルは50で戦士。遠慮は要らない」
ここでムシュフシュの誤算があった。少なくとも戮丸は背のシャロンを下ろすだろう。そう思っていたのが間違いだった。
「では遠慮なく」
ズン!
戮丸が数歩下がりムシュフシュは握手した手に引きづられるように地に臥した。慌ててその手を見るが、戮丸の両手にアトラスパームは無い。
ムシュフシュは何が起こったのか全く理解できなかった。握った手に鈍痛を感じたかと思った瞬間、何も違和感を感じずに当たり前のように地面に倒れていた。戮丸がワンテンポ遅れて手首を返し、ムシュフシュの手首を握る。抵抗する気は当然あったが、それにかすりもせずに終った。
単純に、戮丸の手を握りつぶす事も出来る筋力を持ってしてもだ。
「で、これが掌握。・・・で良かったんだっけ?」
いっている意味は良く判らないが、完全に体の動きを支配されたのはわかる。
「合谷を決めて、その反射をきっかけに捻って外して引きずり倒した。おかしな所は無いと思うが、体は大丈夫かい?」
肩と肘はもちろん腰も回しておいたほうがいい。とアドバイスを受け立ち上がらせる。
「良くはずせたな・・・」と大吟醸をみるが大吟醸は「いやいやいや、慌てて・・・」と全力で否定する。
「いや、あんたの方が上だよ。レベルの恩恵かねぇ?・・・大吟醸は飛びのいたろ?飛びのくエネルギーって意外に凄いんだ。約百キロ弱の質量を数メートル移動させるエネルギーだ。それを無理に捕まえて、技に転換したら派手なことになるんでね、放した」
戮丸の説明にムシュフシュは安堵と諦めの溜息を吐く。
「まあ気にするな。ゲームで言えばキャンセルや先行入力を知らない程度――格闘技の試合でもペチペチ殴りあっている程度にしか感じてなかっ―――見えないんだろ?始めればセンチ単位の間合いの奪い合い・・・わかるかな?見方が変わるんだ」
戮丸の説明がわかるのが悔しい。ゲームでもそうだ。攻撃が当たったとかに意識が行っているのは始めの内で、腕が上がると実感するほどに見方が変わってくる。
「ふぅ・・・いつもの格闘講座か?・・・戮丸お前は帰れ」
「・・・何故?」
オーメルの言葉に戮丸が一段落としたトーンで訊いた。
「お前は疲れている。物事の判断が出来ていない」
「――遠慮しておく」
「いや、ここはオーメルの意見に従ったほうがいいんじゃないですか。後は護送するだけですし、我々に任せて―――」
「それなら、まずはあんた――銀の方が顔色悪いぞ――実際一回死んでいるし、無理せずログアウトした方がいい」
死の負荷を、今更論ずる必要がある者などいない。現状で破格の活躍ぶりだとムシュフシュはいう。
「ログアウトして休みたいのは山々なんですが、戮丸さんに―――比べれば」
「比べるほうが馬鹿らしい。休め」ムシュフシュが切って捨てる。
「――コイツは最低で2度死んでいるにもかかわらず継続ログイン中だ。レベルから逆算すれば――」
戮丸は電池が切れたように沈黙したままだ。
「また、無茶をしてるのか?」
「『また』?」
「ガルド!コイツの連続稼働時間は!?」
「ノッツ。連続稼働時間自体は大したことは無い。10~30分のログアウトはこまめに行っている」
「それは抜きでだ」
ログインしっぱなしではプレイヤーが餓死してしまう。それ以外にも不具合が生じる。
「――十日以上だ」
―――無茶しすぎだろ?
壊滅させられた村、その追討。そこから歯車が狂った。
「キルカウントログを見せろ!」
『個人情報!』
『構うか』
ガルドの宙を撫ぜる動作に表が浮かぶ。ズラリと。
銀が食い入るようにその表を覗く。
「――やっぱりだ。巨人やドラゴンを殺してる!!正気じゃない!!!」
「おいおい、戮丸なら倒すだろ?それは俺達も観測している」
「戮丸でも強敵は強敵だ。レベル10ドワーフなんて一瞬で消し飛ぶ」
ブレスに、巨人のラッシュ。技術ではどうにも出来ない事柄は容易に想像が付く。
「その時、アトラスパームは私が預かっていたんですよ?」
―――は?
銀が何を言っているのか理解できなかった。
ありえない。先のブレスやラッシュもアトラスパーム前提で戮丸なら何とかと言う目算だ。
「どうやって!!!」
「こうやった」
『ガルド!』
『戮丸には怒られるだろうが―――無知を自覚する必要があるんじゃないか?』
夜空に過去の戦闘が映し出される。それはガルドによって映像化された物だ。
「なんだぁ・・・ありゃ・・・」
「私は『何とかした』としか・・・きいてない」
銀の目から涙が毀れる。
その映像には不可解な点は幾つもあった。だが、それさえも見越して戮丸は行動をしていた。腕が折れ、腿を潰されアニメの主人公のように走り回る戮丸。それがここでは不可能。いや、非常に困難であることは、ここの住人だからこそわかる。
最後の時が訪れる。
最後はシャロンの悲鳴で飾られた。
◆ 懐くもの
・・・ん?
「・・・どうしたシャロン?」
シャロンは戮丸の首を抱きしめる。胸には深い感謝と愛情が込み上げる。アレが襲ってきたら悲劇ではすまない。
それを戮丸が絶対に許さないのは知っている。
『絶対に許さない』
それがどういう事かを―――シャロンは始めて知った。
ただしゃにむに抱きしめた。どうなってもいいと思った。シャロンの頭がおかしくなったのを治したのも戮丸で、いつでも助けてくれるのは戮丸で、笑ってくれて、怒ってくれて、もう言葉では言い尽くせない。
眼前の光景では戮丸は肉塊へと変貌した。
その痛みは知らない。似た経験した自分からこそ言える「知らない」と。
自分の知っている痛みの枠を超えている。それでも揺るがぬ戦意と―――
対価を支払いたい。何でも支払う。
その思いは大きすぎて、それを言い表す言葉が無くて―――最敬礼では安過ぎる。
身体だって安い。
シャロンには経験がある。戯れに他の者に与えた。それが馬鹿な行動とは思わない。
親愛の情、否定はしない。
――それら全部は判っている。
それでも生娘だったら良かったのにと、痛みも苦しみも全部差し出してこの男が喜んでくれるなら――
―――彼女達もそうだったのだろうか?
城の地下で治療した。子供達が遊び飽きた昆虫の屍骸のような女達。
軽いプレイならシャロンにも経験がある。それとは全く別世界。これの何に興奮するのかと正気を疑う。
倫理、モラルでもなく。その惨状は否応も無く正気へと引きずり戻す。
色々あったが彼女達は喜びすぎた。
安堵と満面の微笑み。触れる手は愛撫。同姓ながら劣情を刺激させる蠱惑の媚態。
だからこそシャロンは拒んだ。一変する女達の表情。
今なら判る。今まで判っていたはずだけど、今なら判る。
悲しいほどのズレ。
だから戮丸にはそう告げた。
――愛していないから安心して――
そこはさすが戮丸と言った所か、その表情はちゃんと理解していた。
理解力があるというより、知っていたのだ。
――だから安心できた。
――ズレテイナイノガウレシカッタノニ――
「ガァアアルドォオオオッ!!!」
戮丸が再起動を果たした。