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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
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117 罪状はなんでもいいや



 それからというもの、いろいろな事があった。


 村の人間は、また『村を離れない』と言い出し、仕舞いにはオーガ追討を口にするものまで出る始末。現状がオーガとの休戦状態に持ち込んだからこその平穏である。まだ起こってない危機を予防するための殺戮など通る訳が無いのだ。


 では、何故住民はこの地を離れたがらないのか?


 故郷への愛着?それもあるだろう。だが、彼らは安住の地を捜し求めてこの村に集った。ただ、安全を求めるのであれば、高額な税を支払い奴隷のような生活もあった。現代社会に当てはめれば社会不適合者の弁舌だろう。しかし、それでは生きていけないのだ。労力を捻出する体力。弱いものから倒れていく。年の過多など関係ないのだ。

 貧困は、平等に合法的に命を収穫していく。更に貧困は弱者の証だ。富める者が強者の図式、強者がその強権を振るい翳さないのは、それこそ祈るしかない。


 彼らに人権は無いのだ。現代社会でもそうだ。もし、今の時代飢えて死ぬ人間が出たら、餓死者の状況など頓着せずに、『働かなかった自分が悪い』と評するだろう。

 何故働けなかったのか?そこに疑念は抱かず、まずはそれだ。その上で反論があれば、初めて考える。


 この状況を人権があるといえるだろうか?


 先ず考えて欲しい。理解できる説明があれば、納得する比較的真っ当な性格だったと希望的観測の元でもだ。餓死にいたる寸前の人間が回りの人間全てに自分の身の上を解いて回ることが常識的に可能かを?

 それに、どんなに理屈が通っていようとも、貧困に至る過程を周りの人間に説いて回る人物に貴方は好感を持つだろうか?


 彼らは期待などしていない。当たり前が奪われた人間の悲哀など理解してもらおうとも思っていない。理解したところで、励ましの言葉など意味が無いのだ。単純に金が無い。


 だから、モンスターによる直接の死と、貧困による合法的な死。既に天秤にはかけた。彼らはオーガによる命の危機を選んだ。それが名も無き集落として現出した。


 社会的地位の喪失が怖いのだ。


 オーガ追討は極端な意見だが、これで状況は初期状態に戻ったと考えるものが多い。救出を懇願した老婦人も沈黙を守っている。喉もと過ぎればなんとやらだ。実際あの状況はどうしようも無かった。『何とかする』と戮丸に約束したものの、軍隊を常設しても死傷者0の快挙は望めない。


 しかし、戮丸は資格無しの烙印を押した。


 住民全員を犯罪者として捕縛し、連行することを決めた。

 実際の捕縛は旅団が行い。オーメルがそれを許可した。


 これは戮丸の横暴でしかない。だが、『そんな事は百も承知だ』の言葉に返せる言葉が見当たらない。


 戮丸の主張は単純だった。

『もうもたない―――』


 それは全員が信じられなかった。この男は要求されれば闘い続けるだろう。実際に今この瞬間彼らと―――闘って勝てる気がしない。

 巨人を殺し、竜を殺し、鬼を殺した。倒したではない殺しただ。


 それが出来る男だと言うことは肌でわかっている。

 今度襲撃があれば彼らも『討伐』ではなく『殺し』をしなければならない。

 それは戮丸以外には耐え難いことだった。


 オーガの気性は実にさっぱりしている。倫理観が異なる点を除けば、かなり好感が持てたし、あって当然の『恨み』の欠如が―――彼らは闘った相手を恨んでさえいないのだ。


 戮丸の横暴にしたがっていれば闘わずに済む。それゆえに黙って従った。


 弱いのは誰だろう?

 強さとは何だろう?

 強いのは―――




「すまないね」

 連行という名の護送。旅団はその辺の経験が乏しいのだろう。罪人の扱いならなれたものだが――見かねたムシュフシュが割ってはいった。


 縄は打っていない。老婆がムシュフシュを見上げる。その目が語る雄弁な問いに「戮丸が暴れたら、俺でも押さえが効かないんだ」と答えた。


「――そんなに強いのかい?」

「――ああ。俺とあそこのトロールが束になっても押さえられない」

「――どうしようも無いんだね」

「――どうしようも無いんだ」


 老婆は何処か安堵したような溜息を吐いた。


 強さ・強力を信条としてきたムシュフシュもここでは譲らざる終えない。

「手を貸しましょう。この手を踏んで馬車へ」

 手を差し出したのはグレゴリオ。

 その形相に老婆は短い悲鳴を上げるがムシュフシュは『大丈夫』と言い切った。


 常識的に考えて信頼できるはずも無い。

 心変わりの可能性は当たり前にある。

 それでも『それは無い』と言い切れる。


 大柄では生ぬるい巨体二人に守られて老婆は馬車へと乗り込む。


「お姫様になった気分だよ」


 老婆の感想にムシュフシュとグレゴリオは顔を見合わせて、『それはよかった』と笑う。




「大吟醸。シバルリってのは受け入れ出来るのか?」

「―――うちは非常に困ったことに――」

「――人不足なんだ」

「労働力って意味じゃないですよ。ドワーフたちが頑張りすぎちゃって、旅団の連中が引き上げたらかなり寂しくなるんじゃないか?」

「なんじゃ?奴ら住み着くんじゃないのか?そうなると――しくじったかも知れんの」


 ドワーフのダイオプサイト曰く、旅団メンバーも定住できる勢いで住居が設営されている。当然、戮丸から通達はいっているが、山ほどの資材と住民の活気から聞かなかった事にして、ドワーフは暴走を続けているのだ。

 事実、シバルリの中央広場では猥雑とした混雑が現実だ。


 その状況下でも良いものを作れば戮丸はドワーフを褒めてしまうから暴走は止まらない。


「待ってください。シバルリの外縁に仮設居留地を作っているはずですよ。確か旅団うちで」


 マティは旅団内のスケジュールを知っている。大規模駐屯だ。全て宿屋に押しかけるなんてことは常識的にしない。プレイヤーは住居を必要としないが、物資の置き場や訓練場など結果として駐屯地設営は基本事項だ。


 実際に低レベル冒険者にはソレくらいの仕事の方が都合がいい。

 食材の確保や警戒範囲の見回り、木材の確保。誰もが決戦要員と言うわけではないし、それぐらいの仕事の方が都合がいいのだ。

 常識的に考えてそうであるべきだし、そのスケジュールは確認した記憶がある。


 つまり、ドワーフと旅団がせっせと居住地を設営している。要求量の倍の量を――


「そうなると治安か――」

 モンスターのグレゴリオが分不相応の懸念事項を口にするが――


「大将がアレですよ?正気ですか?」

 銀が戮丸を差して言う。ある意味治安は最悪である。


『俺達もいるしな!』

 ノッツ・大吟醸・ダイオプサイトが胸を張って答える。


「アーハイハイ。実際旅団が駐屯してるし気にするレベルじゃないだろ」

 シバルリ時代の三人を知っている銀としては、どうしてもこの三人がお調子者のイメージが払拭できない。評価的にはスレイやオックスの方が高いのだ。


「安心して差し支え無いと思いますよ」

 評価に関して銀と真逆なグレゴリオが老婆に答えた。


 老婆はたまらず噴き出した。「アンタは見かけによらずいいやつだね」とバンバンとグレゴリオの身体をたたく。しかし、四角四面なグレゴリオは「ハイ。良くそう言われます」とまじめに返す。そこにダイオプサイトが「見所のあるヤツじゃろ?」と参入したから、場の空気は一気に明るいものへとなった。




「よう。マティ。実際これだけの護送を手配したら幾ら掛かるかね」

 枯山水の戦士レビンが感想を漏らした。レビンは30レベルとレベル帯もマティに近いが枯山水の中心付近にいるメンバーだ。そんな事もあいまってマティが話しやすい相手なのだろう。


「枯山水は金じゃ動かないでしょう?」

「ま。な」と軽く答える。

「で、実際の報酬の方なんだが・・・」


 こう切り出されると『実際はただ働き』という現実は言い辛い。金銭に変換して少なくともマティの資産では追いつかない。払ったほうが失礼に当たるレベルだ。かと言って旅団に請求できるレベルじゃない。


 マティの顔色の変化はレビンにも判った。実際にはただ働きなのはわかっている。事実、必要経費だけ請求してもマティの個人資産は消し飛ぶ。レビンの増筋はムシュフシュのような永続式のものではなく、ポーションの服用によって支えられている。必要経費がとんでもないことになるのは想像に難くない。それらも含めて【枯山水】の異常性なのだ。


「いや、そういう訳じゃない。最初から金銭が発生しないのは判っていたんだ」

 当初の契約は情報の開示だ。後出し請求は流石に考えていない。

 レビンが気になるのは、情報の開示が何処まで可能なのかだ。


 マティ達の戦闘は勉強になった。少なくとも枯山水の常識を払拭するほどに。むしろ、枯山水全員が見てしまった。情報料を請求されても払えないし、忘れろと言われても不可能だ。今後、マティ・大吟醸タイプの戦士は増えるだろう。枯山水としてそう育成する。その流れが出来てしまった。


 そこで、これから来るニューカマーに情報の開示が許されるのか?がレビンの懸念である。しかも、武術だ。見て理解できたから即座に使えるというものでもない。マティは特に筋がいいほうだろうし、何より大吟醸と共に戦い、列挙すれば途方もない数になる戦闘パターンに触れている。

 模索は可能だが、師が欲しい。


 そういわれると、マティも価値観が切り替わる。むしろシバルリ勢の価値観が異常なのだ。

 今となっては「そんなもの」と感じるが、旅団・枯山水のポテンシャルなら戦力は何倍にも膨れ上がる。実際15レベルの大吟醸がアレだけ戦えるのだ。個人の特質を抜きにしても、予想される爆発的な戦力増加に戸惑っている。


 マティはここに至って初めて事の重大さを理解した。

 マティとしてはほぼ空手形を切った程度のブラフに過ぎない。その価値を肌で感じていたからこそ交渉のカードに使ったのだが・・・


「そんなに大事ですか・・・?」

「ムシュあたりは内心後悔してると思うぜ。ジャイアントストレングスポーションは一生ものだ。解毒薬なんてあるのかね?下手なダンジョンには狭くて入れないんだ。少なくとも俺達の価値観は消し飛んだ」


「・・・正直にいって私のは大吟醸を真似した程度のものなんですよ」

「・・・だろうな」

「私の知っている程度の知識ならペイできると考えていたんですが・・・」

「確かにそれぐらいなら釣り合うな・・・だけど、本家が出てきて大暴れした後じゃ・・・」


 納得はしないし、見てしまった。


「俺らも無理を言う訳じゃない。戮丸の戦いぶりはまさしく【なるほどわからん】だし、その受講料・・・というかそういう流れをだな―――」


 気持ちは痛いほど判る。つい先日まで頭を抱えて吞んだくれていたのだ。

「その辺はあの人に―――」

 戮丸を見る。シャロンを羽織って呆然として木箱に腰掛けている。

 ―――何故か透けてえるのは気のせいだろうか?


「――あれは―――無理だろ?」

「そう思いますよね?」

 レビンは深く頷いた。実際に旅団員の褒賞なのだから――


「大吟醸・・・いやノッツに相談してください。私も口添えしますので」

 大吟醸では価値を理解できない危険性がある。馬鹿だし。

 ノッツなら何を懸念しているかぐらいは汲み取ってくれる。


 今度はレビンが渋面を作る。戦いぶりは見ていた。ノッツの頭の回転は速い。交渉するには相手が悪いと感じるのだ。


 【もう一回遊べるドン】並みのファインプレーをここでかまされたら――ケツの毛までむしられる。最悪、枯山水が転覆しかねない。


「―――なるほどね」


 ―――!!!

 声の主はノッツだった。


「何でこんなところに!」

「いや、そろそろ馬車でるし、呼びにきた。それに・・・まあいいや。マティは戮丸がお呼びだよ」


 マティは暗澹たる気持ちになった。心当たりがありすぎる。

 大吟醸たちの初動が遅れたのもマティが原因だし、空手形も切った。旅団の規則も破ったし・・・


 ポンと肩を叩くレビンの手が酷く軽薄に見えた。



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