114 誘い
「これは主にプレイヤーに利の有る話です」
と前振りのあとにアリューシャは地図を広げて説明を始めた。
ディクセンの窮状は今更説明の必要が無い。事実上の空地に建前の王国が存在しているだけ。その結果、各勢力から好き放題に喰い散らかされている。
単純に戦争の迂回路として使われる事も有る。双方の勢力が迂回路として使いディクセン内で戦闘になるケースもしばしば・・・いや、各勢力で頭が回るものであれば、そうなるように事を運ぶ。そして、その際の戦費をディクセンに請求するのだ。
「――からの侵攻を義勇軍が防いでやったのだ」
物はいいようではあるが、それがお定まりの文言である。ディクセンとしてはたまったものではない。勝手に進軍し、勝手に戦端を開き散々荒らされた上で、戦費と感謝を要求される。
これで国が荒れない訳が無い。さらに合法非合法な組織が勝手にアジトを築き、抗争は激化の一途を辿る。へんな言い方だが下手に国営都市を築けばありとあらゆる手段で潰される。税は跳ね上がり、納めるものも居ない。国民の絶対数が少ないのだ。各勢力から援助金が見舞われるが、彼らが吸い上げた利益の何十分の一にも満たない。
これに対して対抗手段を講じたのがオーメル率いる赤の旅団だ。ディクセン健常化は確かに痛手ではあるが、言ってしまえば当たり前の状態になるだけで、そうなったらそれなりのやり方というものが有る。現状がおかしいのだ。
これ自体は以前から提唱されているものだ。事実現状は望ましい状態ではあるが、各勢力から援助金で辛うじて成り立っている状況だ。次第に枯れる。涸れ果て破綻した後を踏まえて行動しているものは居るのか?
最低限予想される大量の不渡り手形。それを盾に何を奪う?
現状世界の財源基準は農耕だ。ディクセンの農耕地はとうに死に絶えた。耕作に適したお国柄ではない。更に農地というものは作ったから出来るというものではない。
遠からずディクセン崩壊による大恐慌が訪れる。
その意見には大手クランは賛同の意を示したが、当然反発もでる。何度と無く各大手クランが梃入れを行っても、さしたる成果も出さず頓挫した。
今回のディクセン陥落はディクセン崩壊を防ぐための最終手段といえる。治外法権を盾に弾かれていた事案が、占領という事態に大きくコマを進めた。
「これは諸刃の刃です。大きく事は進みますが、その責任は全てオーメル個人の肩にかかります」
先の話にもあったが、国家を起こす。この世界の貴族であれば当然だ。占領したが、そこに根を張らないというのは考えられない。魅力だってあるが、実質オーメルの権力に触れているものであれば、ディクセンなどいらない瘤程度のものに過ぎないのだが、それを理解できる人間は少数だろう。
傀儡政権も同様だ。ただでさえ世界のバランスを日夜留意しているのに更に悩みの種を抱え込むことは無い。
更に言えば彼はプレイヤーだ。政治の責務を負う必要自体が無いのだ。
「つまりデメリットしかない」
「そう言っても過言ではないはずです」
「しかし、彼はそれをやって見せた。その真意は―――」
「判りませんが、ただ、やるからには最大限に効果を発揮させたいはずです」
「つまり、大浄化を行う――と」
カリフが言った大浄化とは。平たく言えば犯罪の一掃。大体ろくな事にはならない名称だが、オーメルがやろうとしているのはまさにソレである。
「というよりも不良債権が焦げ付く前に投資分の回収を行いたいといった所でしょうか?」
話が妙な方向に転がりだした。
「ディクセンはオーメルの監視下にあるのが現状です。あくまで、旅団はディクセン救出の名目を盾に取るでしょう」
「京に上洛した信長のようなものか・・・」
ナハトが判りやすく噛み砕いて説明したつもりだが、この世界の人間であるアリューシャとカリフには更に難解になった。
「・・・いいんだ続けてくれ。理解したという意味だ」
「そこで彼が彼であるがゆえにやりたい行動は、マンハントです。それも大義名分に則った正当な権利の元でのと但し書きが付きます」
マンハントと書けば聞こえが悪いが一斉摘発だ。この世界の摘発には多大な利益が発生する。
「つまり、摘発は劇的に大々的にやったほうが効果が見込める。その為の前準備にアルブズレインを使いたい・・・と」
「と、言うよりもどうでしょう。旅団の規模を考えれば独力で行えるだけの自力があります。むしろ、今この瞬間だけがアルブズレインが参入する絶好の機会と言えないでしょうか?」
確かに。純粋に利益のみを求めるのであれば、全てシャットアウトするべきだ。大量の金銭と経験値が見込める。そして、介入は・・・旅団にとっても望むものだ。これだけの利益を独占したとなれば当然反発も出る。
通知は、ポリスラインを通して行われるだろう。【ギルド】ポリスラインはクランの垣根が無い。しかし通知を待っていれば、なあなあの成功で終るだろう。
「そこまで急を要する話なのか?準備期間に関してはオーメル自身に抜かりがあったと・・・」
「それをいうのは酷と言うものです。元々、オーメルにその意思は無かったのですから、ただ、オーメルの仕掛けた爆弾の導火線は思いのほか短かったという所でしょう」
「とうの本人は動けないのですか?」
「今うちの戮丸と一大決戦をやっている頃でしょう」
「50レベルと10レベルで勝負になるのか?」
「たかだか40レベルのハンデで達人に勝てるとでもお思いで?」
「・・・何故そうなったのですか?」
アリューシャは現状を正確に把握していた。ガルドのようなシステムを超越した力ではなく。公女アリューシャとして組織力によってだ。
戮丸の活躍によりディクセンの延命は計られた。その結果一つの集落が危機に陥りつつある。その集落は大勢からすれば無視してもおかしくない規模ではあるが、軍隊並みの兵力で襲い掛かった。
たまたまその場に居合わせた戮丸が、その防衛にあたり、奮戦の後に凶暴化した。居合わせた人間が鎮圧に挑むが結果は失敗。ついにオーメル自身が鎮圧に乗り出した。
軍事力として、オーメルが赤の旅団を振るえば、戮丸を消すのは簡単だ。だが、オーメルはそれを選ばない。戮丸のバタ臭いやり方に会わせている。その点がアリューシャには腑に落ちないのだが、彼ならば考えがあるのだろう。布石をばら撒いているだけかもしれない。
しかし、その間に次の獲物に逃げられるのは彼らしくない失態だ。
「―――お粗末じゃないか?」
「ここまで露骨で?でしょうか。私は上手いと申し上げます」
この状況でアリューシャを始めとした各勢力は事態の推移を見守っている。
「つまり出来る事は出来る・・・暇な人間にやらせよう――と?」
「私はそう考えます」
プレイヤーはそれくらいは読むし、NPCでもアリューシャを始め、【灰色気取り】等も居る。オーメルが完璧に振舞ったらその先の展開が読めないし、旅団が手詰まりになる。この先見込める莫大な利潤の専横は武器にもなるが明確な落ち度にもなる。利益の拡散はやらなければいけない事だ。
「配って回ると言う訳には行きませんしね」
この案件はプレイヤーに利益があるがNPCと言えど気付けば利益に繋がる。独占させて連合を組んで旅団排斥の流れを作る勢力も出てくるだろう。だが、ソレはいわばラウンド2。各勢力がマニフェストを発布しているわけじゃない。展開が読めなくなる。
「つまり俺達に口火を切って餌に食いつけってことか・・・」
「食べるのは私ですよ」
ナハトは苛立ちながら席を立った。頭を抱えたい誘惑もあるが、今は時間が惜しい。
結局アリューシャの真意は掴めなかったが、今は利益でよしとして置こう。カリフも遅れて席を立った。彼が呼ばれた理由もはっきりしない。能力でというのであれば確かにそうだが――PC相手に立ち回れる能力の持ち主だ。だが、各領主・・・NPC側への啓発とも考えられる。
「急ぎますので失礼」
カリフは廊下のテラスから手摺を跳び越え階下へと消えた。甲冑を纏ったままで。
慌ててナハトがした覗くがカリフの姿はそこには無かった。音も無く消えたのだ。
カリフは戦士。騎士である。盗賊でも魔法使いでもない。
ナハトはギルドチャットを開放して指示を飛ばした。理屈云々よりクラン【アルブズレイン】が個人に遅れを取ることは有ってはいけないのだ。