034 砂漠の町にて
第二章始まり始まり
◇034 砂漠の町にて
背中のシャロンは降りてくれない。
戮丸は市の屋台の間を縫って歩いた。日差しは強いが暑さにうだるほどではない。立てた棒の先に布を縛り付けただけの屋台。
椅子が乱雑に置かれ。通路なのか店の敷地なのかよくわからない。
台湾の屋台村ってこんな感じか?行った事ないけど・・・
露天は多種多様で、アクセサリーを売っている店の隣が飲食店、その隣が服飾・・・すすった汁が飛び跳ねるだろ?思った以上にめちゃくちゃだ。ただ、それだけに興味がそそられる。そこらに無造作にぶら下がっているポーチが無限袋なんじゃないか?そう思わせる。
たぶん、ウィンドウショッピングだけでも楽しめる―――懐にはまとまった金がある。ガルド経由で市にはアクセスできるが、出てくるのは武器防具の装備系。ダンジョンの収穫物もそうだ。
装備系でそこそこ良いものは湯水のように沸いた。本当に大盤振る舞いといった有様だ。
―――その心は、それよりもちょっとでも良い品を手に入れたら、手放さなくてはならなくなる。
【発光】アビリティがついた剣は出るが、ランタンのいい物は出ない。
輝度の高いものや火を使わないものを探したが、そういったものは出ない。通信機能を持った携帯の様なアイテム。投げたら必ず引っかかる縄。欲しい物は一杯あるが・・・一切でない。本当の意味でプレイヤーが裕福になるからだ。それこそが初心者部屋の制限といっていい。
それに、リストがずらりとでるだけの通販と、探して無くても目に入るウィンドゥショッピングでは色々違ってくる。欲しい物の固有名称など知らんのだ。
「ランタン見に言っていいか?」
「いいよ~♪」
戮丸onシャロンはとことこと歩き出した。
――マツアキ有ります。
何だこの看板?まだこのネタひっぱんの?
スルー確定。
シャロンは背から降りようとしない。戮丸もせかす事はなかった。
彼女は男性恐怖症――対人恐怖症か?――を患っている。俺は特殊でドワーフ――人の女性に興奮しない。もちろん中身は日本人男性だから興奮するのだが、EDという形でそれが現れた。
それと、話の前後関係。ともかく、接触を持ちたがることはいいことだ。実際苦にならない。原因は俺にある。贖罪というのは都合が良すぎるだろうか?
アタンドットは有線結線でネットとゲームを結んでいる。そのせいなのだろうか?このゲームでの痛みは現実のそれと変わらない。このゲーム自体が戦闘を推奨していないし、バランスもそれに沿って作られている。
例を挙げれば、山登りだろう?誰にでも出来るが派手なロッククライミングやソロ登山を挑めば、命の危険は当然ある。ハイヒールで富士山頂を目指した女性なんてニュースもある。ニュースになるのはそれくらいありえない事だからだ。
それと同格のゲームと俺は理解している。ただ、その徹底を行う前に事件は起こった。シャロンは頭の半分潰された。このゲームでは良くある事。しかし、周りの対応が・・・これ幸いと乱暴を試みた。
そうなると話は変わってくる。車に轢かれた事はあるだろうか?
それでトラウマになるのはその後の対応だ。
のたうつ人間に――
「死ぬような傷じゃないし事情徴収しようか?」とニヤニヤ笑う警察官が現れたらどうだ?
「俺、チョー ドSぅ・・・」なんてケタケタ笑い出したらどうだ?
俺なら殴る。しかし女性のシャロンは・・・?
――それをシャロンは受けたのだ。
ごり押しで、何とか誤魔化し誤魔化し通常生活は送れている。
今度は領地問題が降って沸いた。俺が責任者という事になった。レベル制限のある初心者部屋を出なければならなくなった。レベル調整は仲間達がしてくれた。初心者部屋は出ると、各エリアにランダムに飛ばされる。新しい出会いという運営側の配慮だろう。
俺には覿面に駄目だった。シャロンは放置できない。そこで試行という形で背負って出るという行動に出た。
試行は上手くいき俺とシャロンは同じ場所に飛ばされた。
そして、シャロンは降りてくれない。
ドワーフという体は強靭でまったく苦にならない。シャロンが軽いというのもある。背中に当たるふくらみはご褒美だし、まったく反応しない股間は拷問だ。トータルで±0。ただし、プラスもマイナスも振り切っているが・・・
――『突き放す』だけは絶対にNGだとカンが告げていた。
俺のカンはよく当たるんだ凄いだろう。
ただ、こうなるな。
「ようよう兄ちゃんおあついねぇ?」
何処の昭和の不良高校生ですか?もちょっと・・・こう・・・今風の言い方は出来んものか?
―――どんなんだかは知らんけど。
「りくまるぅ・・・」
――楽しんでらっしゃるっ!シャロン恐ろしい娘!
◆ シャロンの場合
シャロンは戮丸を気に入っていた。正直、うっすらと男漁りという目的も無きにしも非ずという所だった。
じゃあ、恋人に?
答えはNOだ。戮丸の本体は酷すぎた。
醜男という訳ではない。人間として当たり前の生活が出来ないレベル。身体はボロボロ。言葉はドモリ気味。内臓疾患も抱え。介護が必要なレベル。更に、職も無い。広義に取れば彼はニートだ。
財源は自分名義の口座から捻出しているらしい。厳密には単なる「無職」リハビリの毎日で、このゲームも一役買ってるとか?
これは、親戚のお姉さん情報。お姉さんの旦那さんが戮丸の友人なのだ。
曰く、酷く生き方が不器用で、格闘大会では何度も優勝をさらっているのに、流派も、ジャンルも決めず、その筋では恨みを買ってるとか?
格闘団体からのスカウトも断ったそうだ。世が世ならテレビの向こう側で戦っていたかと思うと不思議な気がする。
今となってはそれも無理な話。
――ただひたすらに一生懸命な人。
ただ、そのおかげか、いろいろな事ができる。ゲームの楽しみ方。説得。医者では埒が明かないと思った事も戮丸は解決した。お得意の嗅覚で・・・解決というより、まぁ、なしくずしに・・・
身長は160cmくらい。ドワーフにすると大柄で普通のドワーフは130cmくらいだ。縦に引き伸ばしたような形なので痩せ型に見える。背筋がピンとした小男という印象。髪は白髪でここも他とは違い短髪だ。髭もそっているが無精ひげ。
彼の部下の本物のドワーフに訊いてみた所。ありえないらしい。髪と髭を伸ばし一房、二房丁寧に編み上げるのがドワーフの身だしなみらしい。よく見ればリボンをつけているものも居る。彼らはその編み方に出身部族の名を込め、誇りに思っている。頑固爺といった風体もここまで身長が低いとかわいい。御伽噺に出てくる小人みたいだ。
そう評したら、御伽噺で斧を持ってるのは大体ドワーフなんだそうな。武器を持っていないのがノームという余談だ。大体あってるらしい。
その頑固爺ちゃんたちが、日に日に感染して短髪になっていくのは失笑をさらう。戮丸は背もそこそこ高いし、今の髪型が似合うといえなくも無い。が、純粋ドワーフが一人また一人と短髪にしていく。当然、似合ってない。
短髪のサンタクロースみたいで・・・。これは戮丸にも不評。
「すぐに見慣れるわい!」
と、意地を張る。顔が真っ赤だ。隠す髭もないのだから仕方が無い事なのだが。
戮丸にも言える事だが、丸顔で目に愛嬌がある。抱きついても嫌がるが、振りほどきはしない。子供たちがしがみ付き子供球になっても、平然とのっしのっし歩くパワー。食事とお酒が大好きで、短い手にビアジョッキを掲げ乾杯する。黙々と食べ、豪快に笑う。アリューシャから逃げ惑う。
余談だが、アリューシャがドワーフと戯れてる様は白雪姫そのものだ。違う点はアリューシャが捕食者という点か?捕まえると胸に抱え「じゃすとふぃっと」され、茹で上がると他の犠牲者を探して駆け回る。本気で嫌がっては居ない。アリューシャの捕捉圏内ぎりぎりをドワーフはうろちょろしている。アリューシャが大好きなのだ。
この場所を守るために戮丸は旅立った。足は引っ張れない。
正直「じゃすとふぃっと」にはちょっと憧れがあった。今回晴れて、それが出来た。しかし、戮丸は大きく、こちらが浮いてしまう。その違いが戮丸らしくて気に入ってしまった。
また部屋のドワーフの置物が増える。
短髪で、無精ひげ、身長が高く、見方によってはカッコよくも見えるドワーフの置物は無いのか?
・・・探してしまった。
「フィギアになりますが?」この一言に諦めを覚えた。
そう諦めた。だから、フエルトや手芸用品を買い揃えた。型紙を作り、加工は進む。それを見ていた友人が「そんなにさびしいの?」
――ちがう!何も分かってない!
デフォルメに方向転換を余儀なくされた。大きさが特徴なのに・・・
世に「もふりすと」なる言葉がある。シャロンの中にそれらと真っ向勝負出来る何かが芽生えていた。
硬さがね・・・結構重要・・・思いっきり抱きしめてもビクともしない硬さ、そこではじめて分かる痛くない柔らかさと温度・・・わかる?
――今度、男紹介するわ。
そうじゃないの!
聞かなかった事にしよう(提案)
対峙する。戮丸&シャロンとごろつき。口論は続いている。一方的な因縁をのらりくらりと交わす戮丸。これを口論といえばだが――
戮丸は左手の甲を後ろに回し、シャロンのお尻を支える。残った右腕をシャロンの頭。ちょうど紳士が帽子をちょっと持ち上げ挨拶するような格好になる。
――触ってもいいのに。
ここが、戮丸の紳士的なところ。大好きだ。ギュッとシャロンは抱きしめた。もしこの手がまさぐってもいやな思いはしない。別に性経験が無い訳でもない。そんな初心じゃない。
もしこれが、肉欲に支配された行動だとしても、シャロンは拒まない。むしろそれでも嬉しい。それだけの価値を自分に見出した事が誇らしい。体を開く理由は山ほどある。でも、戮丸はそんなものよりも心を拾ってくれる。そうしてしまう。それが戮丸だ。
体を預ける。肩に顎を乗せる。頬が触れる。普段なら慌てて離れるが、今は許されている。それが嬉しい。薄目で戮丸の瞳を見る。
薄暗い攻撃色は爛々と瞳の中で揺らぐ。
◆ 一方そのころ戮丸は・・・
シャロンが体を預けた。大丈夫だ。これだけ接触していれば、重心のズレは無い。一個の物体として行動が可能だ。補強用に左右の手を使った。大丈夫だ。その分、芯のコントロールと脚に集中すればいい。
よく、ボクシングは足技が無いから不利だという奴がいる。武器が多ければいいという話じゃない。制限があれば有っただけ、動きに集中すればいい。
頭突き一発で勝負が決める時がある。それは戦いで間々あることだ。五体使えるに関わらずだ。
それはカード。正拳突きやコンビネーションと並ぶ戦闘のカード。特色において違いは有れど、カードとして遜色は無い。
頬を寄せてきた。結果的に接触面積が増える。より重心が安定した。頭突きというカードは消えたがやり様はある。
なんでカードを失うと物語の主人公達が焦るのか理解できない。選択肢が無くなる度に、残ったカードの切れ味は鋭くなっていくのに・・・
心はズレている。だが、求める事と与える事が一致した。それで十二分だ連携が生まれた。
◆ カードマジック初級編
「みせつけてんじゃねぇ!」
勝敗はこの時点で決した。戮丸のデメリットは無い。強いてあげれば実重量のペナルティはあるが、それに屈する体じゃない。
一方相手は喧嘩程度の認識で拳を繰り出した。丹念に練り上げた職人に対してだ。
結果は書かなくても分かる。
――書かなきゃだめ?
――ああ、そうですか。
戮丸が繰り出した右足の蹴りは、左よりの弧の起動を描きその拳を絡め取る。
ともに攻撃カウント1消費。これで次の呼吸まで攻撃は出来ない。それがアタンドットのルールだ。
このまま、引き摺り倒して次の呼吸で決めるのも手だが、そんなレベルの人間ではない事は、皆さんご存知かと思う。
戮丸の取った行動は――
――登った。
歩ったでもいい。今、引きずった事によりバランスを崩した肩は、戮丸の丁度顎くらいの高さだ。それを一歩であがるのはさすがに無理がある。拳を階段に見立てて、二歩。かなり厳しい。そこで重心の一致が生きてくる。
この場合、上半身のコントロールで踏破可能と言う事は理解できたか?
戮丸は、崩れた男性のバランスの上に登った。その一瞬だけバランスを取って、奇跡の瞬間のようにベクトルは一致して0を示した。男が踏みとどまったわけじゃない、全てはコントロール下にあるからだ。これがボールでもマネキンでも彼はコントロールして乗れたのである。
その均衡は長くはもたない。男の振るった慣性エネルギーや、登るために要したエネルギーは瞬く間に消える。
残ったのは崩れた姿勢と、戮丸にペナルティを課していたはずの純粋な質量エネルギー。男に耐えられるはずはない。
崩れ落ちた。その環境で止まっているだけの戮丸に、自身のバランスを取り続ける事は造作も無かった。
第二章開始です。
主に1.5章の反省を生かした立ち上がりです。一章のおさらいのような立ち上がりは、2章から読み始めてもなんとなく理解できる作りにしようと考えたのと原点回帰です。
これから、情報の奔流が始まります。
覚悟はおk?俺は無理です。
20150527 校正加筆
20160206 編集加筆