113 内助の功
戮丸の放つ咆哮は、ここでも確かに圧を感じた。
殺意というには違う。単純に試行錯誤の途中、
しかしそれを目指すものは居ない。出来るわけが無いのだ。それぐらい誰にでもわかる。
ただ、それでもそこを目指してしまったから、普通のソレとは明らかに桁が違う声。
音で人間を擂り殺す。
当然出来てはいない。ただ、その声は音が何を意味する言葉だったか判らないほど大きすぎる。大型ライブスピーカーの前に立たされ大音量を浴びたようなものだ。
意味を理解するより、音圧を喰らったというイメージの方が強すぎる。
アレの直撃はキツイ。グレゴリオは経験者だからよく判る。ダイオプサイトのは長々と詠唱の後にもかかわらず防御姿勢をとってしまった。頭の中身は真っ白に染まる。ダイオプサイトの技も恐るべきものだったが、その声が・・・その声こそが。
戮丸は血の鞭でオーメルを十字に打ち据える。素手で剣身を掴んだ際の傷だ。
大型の剣は刃が付いてない物だが、耐久性において現実の次元超えている。大剣には剃刀のような鋭利な刃を宿していた。
血の鞭は実ダメージは無いが、ゆえにヘルメットのバイザーの隙間を縫って顔面に付着する。目潰しの効果はあったか?しかし実際はどうでもいい。
「・・・喰われたな」
赤と白の鎧武者ではあるが、その様は鞭打たれる奴隷と同じ。単純に防御姿勢なのだが・・・バイザー部をガントレットで拭う。意味を成さない。混乱は深いようだ。その仕草が血が目に入った事を戮丸に教える。
思考を真っ白にするだけ
無駄な行為を取らせるだけ
実際には取るに足らない効果だ。
それでもそうせざる終えないというのは・・・
この二つは致命的だ。ゆえに焦る。性質の悪いスパイラルは回り始める。
捕食者と被捕食者の格付けは決定してしまったかに見えた。
――オーメルは戮丸の斬撃を掴んだ。
オーメルは被捕食者足り得ない。
ここまで綺麗に誘導された。
されてしまった。
ならば――ならばこそ見えてくる目は有る。ソレは戮丸の持論。彼が勝った後、負けた後、オーメルに語った言葉だ。忘れるわけが無い。
“タラレバ”は存在しない。“――こうだったら”“――こうできれば”そんな事は世に広く言われている。
「実戦というのはイレギュラーのみで出来ている。それでも想定の結果が欲しくて武術に精をだす。試合なんかはルールでそれが守られている。だから綺麗なんだ。――たださ、あるんだよ。ゴミの屑のような目が――酷く下らない。再現性なんか無い。その瞬間にしか存在しない一手があるんだよ。――俺はそれを積み上げる。予想なんて出来ない。だから実際の勝敗は貴重な実績だ。卑怯な手も当然あるだろう。しかし、逆に卑怯な手段という狭い枠組みでは先細りだ。さっき相手の選手に指を二本付きたてただろ?それが原因で負けた。試合中に相手の目を指差してはいけないなんてルールは無いのにな。それで出来た一呼吸の空白。それを生かすために俺は練り上げた。それで実際に勝って勝負に負けた。それを嘆くより、試合ではこの行為は認められない。その事実が収穫だ。審判にもよるだろう。ただ、応用の幅は広い。多分実戦でも使える。あの勝負に勝った負けたに拘って―――視界が鈍る。ソレも織り込み済みだ」
――この男には勝てないと思った。
遼平はオーメル《アバター》ほど強くない。戮丸は中の人と遜色ないのだろう。少なくとも遼平の目には違いが判らない。下手をすると戮丸というのは彼にとって制限なのかも知れない。
だから【最強の男】と口にするには何の躊躇いも無い。
ゲームでヤツが俺に勝てないのは、瓦礫が足らなすぎるのだろう。
人型の猛獣。闘う事自体がおかしい。ちゃんと理屈は通じるし、戮丸が激怒する内容であれば白旗を揚げることに抵抗は無い。何よりも戮丸は腕力で理屈を捻じ曲げるのが嫌いなんだ。
闘う時点でおかしい。あんな猛獣には瓦礫の塔の天辺に座らせておくべきだ。遠すぎて何も出来ない。
――ただ・・・・
【ここでソレは認められない】
オーメルは戮丸の剣を掴むのに成功した。怯えたような擬態でも戮丸の足は見える。自分の姿勢は判る。ならば何処に剣戟が来るかも判る。
視界・音・記憶、拙いながらも―――
このアタンドットを始めた時点で戮丸の世界の門をくぐっている。
――誇れるものではない。
その言葉が現実味を増す。どっかの誰かは指を指して嗤い転げるだろう。それぐらいの差がある。
オーメルは綺麗に積み上げた技術の塔の上に一つまみの瓦礫を置いた。
オーメルはアトラスパームの恩恵を受け自分を投げ出し、カラドボルグを手放し刀身を足で踏む。コマンドの入力は済ませた。蹴り飛ばされるはずのカラドボルグから確かな手応えが返ってくる。
サーフボードを操るように横なぎの斬撃が戮丸の首を襲う。
それを戮丸は横にスライドしながらしゃがみ込みでかわす。その間に指弾着弾音が響く。
1・2・3発目からは乾いた金属音に変わる。防御姿勢によるイージスの発動だ。
防御姿勢をとった事によりカラドボルグはオーメルの手に戻る。
距離を更に詰める戮丸をオーメルの投擲したナイフが阻む。防御姿勢中にナイフが抜けるのは彼なりの発見だ。単純な投擲ならば戮丸は無視しただろう。しかし、ヘッドショットならぬネックショットだ。戦闘用ナイフが首に刺さっては無事ではすまない。
とっさに距離を取った。アトラスパームの影響は恩恵だけではない。大きく距離を取りすぎた。
オーメルはカラドボルグを構える。ガントレットはとんでもない熱量に腕を焼くが精神がそれを凌駕した。
ショット・ショット・しゃがみショット・キャンセルライトニング。
マジックミサイルの群れをライトニングが切り裂き戮丸を襲う。
「絨毯爆撃かよ・・・キャラ違うだろ」
ムシュフシュが呟いた。オーメルが摸したキャラクターは弾幕を張れるタイプではない。ただ、巧みにキャンセルを積み重ねれば擬似弾幕を張れるのは知っている。それにしても密度が濃い。アタンドットでしか成立しないキャンセルの組み合わせをオーメルが模索していた結果だ。
戮丸は大きく避けない。大剣を盾に最小限の回避で・・・いや、動けないのだ。
「あれ・・・全部スナイプだ」
「んな馬鹿な!なら急所に当たるはずだろ!」
「いや、間違いない・・・急所を狙ってないんだ。動けない姿勢になるように戮丸をコントロールしてる・・・」
ノッツの驚愕は一同共にするものになった。連射する方法は知っている。だがその際に細かいコントロール全てにつけるのは、目の前にやってのけている現実が無ければ不可能だと一笑にふしただろう。
オーメルはじりじりと距離を縮め、片手に火球を宿し投げ込んだ。
「アクセル」
オーメルは灼熱の炎界と化した戦場に飛び込んだ。
◆ 淑女の献身
「・・・用件は承りました」
柔らかい光を宿す部屋の中でナハトとカリフは承諾の意を示した。
依頼内容は強襲。実際プレイヤーの蛮行は常態化している。今更、特定人物の暗殺を行ったところでどうなるものでもない。
公にはディクセン陥落の情報漏洩を防ぐとの事だが、アリューシャ・バーフォートに利するものとも思えなかった。
もっとも、利するものであれば、敵対組織であるアルブズレインのナハトが承諾するものではない。
「いまいち狙いが読めないな」
ナハトは正直に心情を吐露した。アリューシャとの対立構造は政治的なポーズでもある。実際はアルブズレインもアリューシャからの依頼は珍しくない。大原則として両陣営に利とするものに限るとの制限が付くからの発言でもある。
「問題は他にもあります」
カリフは問題点を提示した。
まず期限と規模。完全に永続的にとなればほぼ不可能だ。カリフは個人だし、ナハトがアルブズレインを総動員してもディクセンの情報封鎖には無理がある。
「公には知らないことになっている。程度で、民意が動かない程度の封鎖で構いません。期限は半月程度を期待しますが結果論で構いません」
これで現実味が出てきた。結果論でかまわないと言う事は、漏洩したところでこちらの責ではない。単純な強襲計画という事になる。
「この事の利は?」
再度ナハトが尋ねた。
アリューシャのたおやかな指先が宙を遊び絡まる。ありていに言えば勿体付けているのだ。ただそれが様になりすぎていて自然にうつるだけで。
「オーメルが国を興すとお思いですか?」
「まぁ、それも有りと言えば有りでしょう。男子一生の夢といえないことも無いですし」
アリューシャはカリフの言葉にあからさまにガッカリした様子で言葉をつむいだ。
「オーメルと面識は無かったわね。そういう通り一遍の殿方ではありませんよ」
「実質ケイネシアを占めているのがオーメルだ。対夜行や、自由通商同盟を放り出して建国は先ず無いな。実際に旅団がディクセンに移動したらケイネシアが潰れる」
「なるほど、それで公には知らないことになっている程度なんですね」
確かにこの状況自体は利があるように見える。カリフが言った男子一生の夢は貴族達にとっては現実味を帯びるだろう。ケイネシアでの旅団の立場は微妙だ。筆頭のオーランド家にとっては頭の痛い状況だろう。
嫌がらせをしたら居なくなったでは、取り返しが付かない。
ただ、その事がアルブズレインとそのスポンサーであるジッソーク家。アリューシャのバーフォート家に直接の利があるとは思えない。
自分を始めとしたクランの首脳部はオーメルがケイネシアを見捨てるとは思えないし、一言ささやけば混乱は訪れない。オーランド家以外は――ではあるが。
当然、オーメルが知った事かと建国に至る可能性もあるが、警察機構を敷設した人間の発言ではない。
平たく言えば旅団に貸しを作る以外のメリットが思い当たらないのだ。
「その戮丸某を傀儡に擁立する方向は無いのですか?」
カリフの意見だ。アリューシャは・・・
オーメル逃げて!超逃げて!いや謝って!と思ったがおくびにも出さず「ありえませんね」と涼やかに答えた。
「いや、その話は・・・ちょっとまとめる。・・・有る話だ」
アリューシャが何を根拠にありえないと言ったかは判らない。ただ、新国王として戮丸が立つ。当然そうなったら各勢力は領土侵攻を始めるだろう。それが抑えられるのが旅団であり、オーメル。
ナハトはアリューシャの話を全否定した訳ではない。旅団の副官でもいいのだ。極端な話カリフでもいい。傀儡政権というのは視野に入れるべきだ。その際にアリューシャはシバルリに太いパイプを持つ。
仮にバーフォート家とジッソーク家の抗争が表面化した際に、シバルリがどちらに付くか。その視察も兼ねてここに居る。実際に同盟を組まないにしても、ディクセン通過をシャットアウトされれば戦況に大きく影響を及ぼす。ナハトは立場上警戒しないわけにもいかない。
ただ、経験上アリューシャの言葉に嘘は無いだろう。そしてそのくらいは想定している。ソレも含めてありえないといったのだ。
つまり、論点がズレている。
「アリューシャ嬢、ここは正直に話してもらえませんか?このままではナハト殿もいらぬ邪推をしてしまいますよ」
カリフはアリューシャを諭した。カリフという男も油断なら無い。愚者のようにも振舞え、その効果を熟知しているのだ。