111 初手の軍配は―――
液体のようにうねる業炎。
魔術によって生を受けた幻想はすぐに消えた。
「・・・死んだ・・・か・・・?」
「―――そんな温い相手か?」
「オーメルのミスだな・・・」
ガルドがポツリと呟いた。
「な!だってよ・・・」
「まぁ、組み立ては悪くなかった。だが、そこまで計算ずくなら―――最後の爆弾も狙わなきゃな」
「直撃させろってことかよ」
「直撃じゃ足らない。オーメルには面制圧の意識しかなかった。もう一段クオリティを挙げなくちゃ・・・アレには届かない」
爆炎は去り残された爆風が静まる。その中で二人は銃撃を繰り広げていた。オーメルの肩口には戮丸のナイフが刺さっている。鎧の間を縫ったのだろう。
戮丸はナイフを一本投げてほんの少しの浮力を得てから重量を消し、爆風に乗って退避しながらもう一本を射出した。指弾と同じ理屈で射出された二本目がオーメルの肩を穿ったのだ。
オーメルは建造物に戮丸が挟まれる形になるポイントに、火球を投げこむべきだったのだ。その前段階に戮丸が障壁を剥ぎ取っているのだから、油断と指摘されてもしょうがない。更に、重量を消して爆風に耐える間、投擲に全神経を注ぎ込む時間を与えてしまった。
その事をガルドは説明しなかった。というよりも出来ない。言葉に出せばその時間でもっと戦場は複雑に変化するし・・・戦いのワンシーンに過ぎないのだ。
「見て憶えろ」
ガルドにはそうとしか言えなかった。マティとノッツ以外はうっすらと何が起こったのかは理解しているようだ。大吟醸は見えすぎたのだろう。見えたからこそ現実が信じられなくて質問を重ねたのだ。
「旅団の方!」
ノッツが何かを求めて叫ぶ。
「もう外野にやれることはない。止めとくんだな」
ノッツが何をする気かは判らない。だが、ノッツの事だ。ここで一気に決着に導く手を閃いたのかもしれない。その声に必死の色が伺える。
だが、この二人の戦いを邪魔する気はガルドにはない。戮丸が勝利したとしてもソレは汚してはいけない帰結だ。その時は本気でガルドも動く。動く因果になる。
それを三者ともに了解しての戦場だ。それを汚すのであれば容赦はしない。
その気迫はノッツにも伝わる。しかし彼は恐る恐る涙を浮かべ口を開いた。
「・・・ろ・・・録画・・・」
・・・・
「・・・お、おう・・・任せろ・・・」
一瞬本気で呆れた。しかし、ノッツの立場からすれば、どうしようもなく苦渋の叫びなのだ。彼が観戦好きなのはガルドも知っている。それに支えられた能力の持ち主だ。しかし、彼には行方不明者捜索の仕事がある。
旅団や枯山水も捜索を行っているが、ほとんどが上の空で、前線に参加したメンバーは魂が抜かれたように戦闘の推移を見守っている。
死体消失まで、まだしばらくの時間があるはずだが、後回しに出来る事案ではない。大吟醸などはその言葉に思い出したのか、手だけは地面を弄っている。意味は無い。
「覚醒」
ノッツは自分に呪文かけながら捜索を続ける。
(それでもノッツよ。自分に呪文を書けるのに、こめかみを打ち抜かなくてもいいのではないのか?)
―――ターン・・・―――ターン・・・
(・・・ごめんやめて、見ててツライ・・・)
◆ カラドボルグとキャスティング
兜のバイザー越しに戮丸が見える。顔は半分解けているが、見慣れている場所だ。実際にあそこには大きな傷がある。偶然だろうか、そうでなければ、本体のほうからのフィードバックという事になる。
――急いだほうがよさそうだ。
その懸念が正しければ、戮丸の体は本体の状態に引きずられる。戮丸の行動は、現実でも基本的に出来るとされているが、ソレは健康状態であればの話だ。実際に中の人が同じ動きをすれば死には至らないだろうが面白いように崩れ去る。内臓の疾患も気になる所だ。
オーメルは戮丸の攻撃をしゃがんでかわし、肘を入れる。しかし効果はなかったようだ。飛びすぎる。重量を消して威力を消した。
当然飛び退りながら動かないわけがない。
指弾の雨が降り注ぐ。回復した【イージス】がそれを弾く。
奇しくも同じ形。
オーメルはカラドボルクが内包しているスクロールからライトニングを選びチャンバーにセットする。
カラドボルグにはユニークにしては珍しく多数の機能を内包している。他のユニークは単能だ。ただ、その能力が根源に近しい物なので、応用範囲のバリエーションが豊富なのだ。
カラドボルグの能力は戦闘用に偏っている。先ほどの火球も【キャスティング】を利用したものだ。
先に銀の放った火球は知力さえ条件を満たしていれば、一回限り劣化版を呪文行使できるというもの。その条件には呪文レベル帯が倍率に含まれる。基本コストが10としよう。火球は3レベル帯の呪文。つまり、知力が30以上であれば、銀と同じことが出来る。
しかし、能力値の限界は18なので当然行使は出来ない。そこで銀はクエストとアイテムで倍率を下げて呪文を行使した。というカラクリだ。
文字通り奥の手である。魔法使いかエルフであれば半永久的に使えるようになるアイテムを弾薬として使い、更にコストを下げるアイテムもクエストもそうそう見つかるものではない。さらに、その効果は呪文一種類に限定されてしまう。つまり、火球以外は同じことが出来ないのだ。
倍率を下げる方法はそれだけではない。呪文詠唱もその手法の一つ。スクロールに書かれている呪文を噛まずに読み上げれば、その時間だけコストが下がる。空で覚える真似もできるが、普通は不可能な意味を成さない文字列だ。それを代替するのが【キャスティング】である。
ちなみにこれは高レベルスクロールを発見したものが最終手段として使用されるのが一般的な技法だ。
つまり、魔法使いであれば、未修得、未到達のレベルの魔法でもスクロールを開きそこの文字列を読み上げれば呪文は発動する可能性がある。ただ、失敗したら何も起こらないし、成功してもそのスクロールは消失する。
知力の高い手の空いたもの・・・大体は魔法使いが担当する。当然レベルが満たしていれば憶える方が効率的ではあるが、チャージに宿に戻る必要がある。これを【オーバーキャスト】と呼ぶ。
そのため高レベル帯では一般的な技術であり、【キャスティング】能力はかなりのレアな機能だ。魔法使いであれば、多重詠唱も可能になるし、【オーバーキャスト】でも使用可能レベル分、倍率は減算される。
チャンバーと書いたがソレはイメージで、カラドボルグは詠唱を開始する。当然、ライトニングは火球と同じレベル帯。ソレ相応に時間は掛かるが・・・
使用者はオーメル。良く使う魔法はコストを下げるクエストもアイテムもこなしている。胸に秘めた数枚のコインのうち電撃を司る【潰された雷光】の効果だ。これが開放できれば劣化【ライトニング】など比べ物にならない猛威を引き起こす。出来ればの話だが。
先は爆風に乗って逃げられた。確かに甘かった。ならば着地を打ち抜けくだけだ。
カラドボルグは更に肥大化し、その刀身が割れ強烈な光の柱を射出した。当然肥大化する必要も刀身が割れる必要もない。だが、オーメルのイメージがそうなのだ。カラドボルグはソレにひきづられる。
変形に当然一秒に満たないほどではあるが、ラグが生じる。【キャスティング】にも時間は必要で、照準合わせにも若干の時間が必要だ。それゆえに放置した。だがそこが隙である事に変わりはない。
腹に響く重低音で光の柱が射出される。隙があるのは先刻承知。相手を動かすための一手。常套手段であるが、そのかわした方向が既知外じみていた。
「くぐるかっ!」
戮丸は光の柱の下を遡上するかのように飛んだ。高度はオーメルの膝から腿の中間ぐらいだろう。前転して角度を合わせ地面をかくようにして飛んだ。
絶対に安全な方角からの奇襲。銃撃の射線を遡って攻撃などありえない。悪夢としか言いようがない。
魔法の代行は劣化と書いたが、もっとも最初に失われる能力は【必中】である。マジックミサイルなら【誘導性能】。ライトニングなら【バインド】。威力もそこそこ削られるがその性能は大きく低減する。その他にも魔法使いではあらざるものの行使にはデメリットは付随する。
それゆえに可能だった戮丸の回避行動。バインドはなくとも光の奔流から発生する茨のような電撃に真っ黒に感光する筈だ。そこは劣化というものなのだろう。
ムシュフシュは驚愕する。単純に戦闘能力は互角と思っていたが、何のことはない隠匿のための立て板をみていたに過ぎない。
あの剣、戦闘行動、ボムにレーザー。バーチカルも見せたな。
オーメルはこのアタンドットに別のゲームを持ち込み再現した。チートというならオーメルこそチートだろう。
元のゲームに照らし合わせるならば、あそこで放ったレーザーの下を潜るなんてのは詐欺だ。
戮丸は仕込んでいた最後のナイフを引き抜くと膝下を一閃する。
が・・・
オーメルの体は不思議な軌跡を描く。まるで戮丸を中心とした渦に飲み込まれるように背後を取る。
「なんだありゃ!」
「デフォだ」
驚天動地の行動にガルドは声を上げたが、ムシュフシュには見慣れた行動だった。前ダッシュに回り込みを乗せるのは上級者では普通に行う。ソレよりも硬直が良く解けたな。―――硬直の概念がないのか?――魔法だからか?
―――どちらにしろ詰んだな。