110 ガルドの正装
ノッツには酷く恐ろしい物に思えた。
こちらの世界ではトカレフなど裸足で逃げ出すような武器はごろごろしている。
戮丸のアトラスパームなどその極地だ。
ソレなのにグリップに付いた星のエングレーブがノッツを睨む。
腰に付けたマガジンホルダーの交換も終らせる。その際にちらりと覗く鉈の禍々しさはどうだ。背筋が凍る。戮丸のようにベルトに収まっているが、遠目では判らないが大きさ、特に厚さ異常だ。
彼の腰に佩いた剣も洒落になっていない。鞘に収まっているのだが、そのサイズが尋常ではない。上手くいえないが普通の剣の形状に無理やり限界まで鉄を詰め込んだような。はち切れんばかりだ。
ガルドのいでたちはそう、中東の戦士に酷似している。全身黒ずくめで、たっぷりした服の関節部は紐で纏め上げてある。
多分あの服は鎧を兼ねているのだろう。布のひるめき方が異常で内部に金属が仕込まれているのが伺える。
胸のホルスターには見たことも無い文様のカードが仕込まれていた。
どれをとってもファンタジー世界で強さには結びつかないが――
――ひたすらにヤバイとノッツは感じた。
そしてその直感は正しい。戮丸も『あんな化け物と闘えるか』と言っていた。こうしてビジュアルを見て始めて納得できる気がする。
自分より強い人間は十把一絡げ扱ってしまうが、ガルドと戮丸の間にも大きな差があるのだ。ただ、その差の正体がノッツたちには測れない。
―――十センチなのか?
実際に十センチだったとして、それが世界新の十センチ上なら話が違いすぎる。
ちなみにガルドの装束は【双龍動乱】に赴いた時の出で立ちだ。
同じ世界出身のものには頭を抱えたくなるほどの悪夢。
ガルドが剣と鉈を同時に装備することは先ず無い。
その姿を晒す事自体が悪夢なのだ。
その上、刻符アレは一枚で一つの呪文を意味する。強力無比とはいえないが、使用者が悪い。火力、機動力が大幅に跳ね上がる。
英雄ガルドと英雄イアンの邂逅はまさかの戦闘で幕を切った。
両者に率いられ大戦となったと言うのであればまだいい。
両軍が力を併せ二人の戦闘を仲裁した。両軍に壊滅的な被害を与えて・・・
彼は正装をしているのだ。
だが、ガルドの来歴を知るものは居ない。
◆ 悪夢は何時だって忍び寄る
「・・・動いたな」
彼らの戦いに違いは見えなかった。
だが、ガルドの施したオーバーレイはガルドに近しい視界を提供する。
安全地帯と危険地帯を現すマーカーが反転した。
ソレは特別なことではない。
ボクシングの試合でクリンチ――つまり抱き付く行為は避難行為だ。柔道の試合で距離を取るのもそうだ。このスタイルをスイッチすることが出来れば、同じ状況になる。
ソレはルールで守られている、つまり反則行為だ。元々ルールの無い戦場では効果は薄いがその為の教化でもあり、戦術だ。
ノッツたちが喰らうはずだったの悪夢。
悲鳴を上げたいが背中のガルドの存在感が許さない。
胃がキリキリと痛む。オーメルは次々と危険地帯を示すマーカー踏んでいく。
いっそ爆散してくれればホッとするのに、どうやら時限式らしい。攻撃を喰らうはずの場所にカードが蓄積されていく。
ノッツは恐る恐る訊いた。
「・・・なんで・・・」
「ケツに火を付けただけだ。どんな形であれ、次は無いんだ」
戮丸とガルドの戦闘では、ダメージを食らっている時点で、いや、他と闘っている時点でアウトなのだ。
「それでもヤツは闘うだろう・・・いや、知ってるし」
言葉通り知っている。しかし、その場ではない。
戮丸の正中線に切断線が浮かび上がる。
「アレは!?」
「開けてない引き出しの数ならオーメルの方が上だ」
オーメルの鎧の四肢に紋章が浮かび上がる。ソレはパイロットランプのように静かに、しかし確かに明かりを灯す。
そして、剣戟の合間に変化があった。
「なんだありゃ?」
盾が剣を弾く際、その間に紋章が輝く。
「マジックシールドだ。ソレもかなりの高位の・・・」
「イージス級ですよ。見るのは初めてですが」
「じゃあ、この盾よりもあの模様の方が硬いって事だな」
ムシュフシュは自前のシールドに目をやりながら感想を述べる。
「詐欺だろッ!?ただでさえユニークなのに更に強化ってよ」
「むしろそれが解せません。世界最高の盾に更に強化・・・」
『なるほど、それで補うのね』
「戮丸のアレに堅さで張り合うのは下策だ。あれは受け方のほうがはるかに重要だ。単純に耐久勝負なら多分戮丸はぶち抜く」
・・・・
堅い盾を強化した。ソレは戦闘に変化をもたらさなかった。映像のデコレーションが変わっただけ。オーメルの身体には無数のカードが突き刺さり、戮丸の正中線を分割線がメトロノームのように揺れる。
「・・・さて、そろそろ動けよ」
◆ オーメルの本気
オーメルはバイザー越しに嫌な汗をかく。
やはり、正統派な戦いでは戮丸に一日の長がある。
彼にとって攻撃は大中小の攻撃分割しかない。厳密には違うが攻撃の意思がトリガーになる。つまり攻撃を撃っているのだ。戮丸は触るように攻撃を繰り出す。そのバリエーションは無限に等しい。なにも達人だからと言うことは無い。
拳を繰り出す。同じ力でも拳で押し出すのか、もしくは平手打ちのように威力を爆ぜさせるのか。そんな事は誰にでも出来る。
ただ、その結果を活かせるとなれば、話は別だ。戮丸にはそれが出来る。現に盾で受けるにしても、爆ぜるような剣戟なら楽なのだ。ヤツはそれに押す斬撃を混ぜてくる。
斬撃自体は防げるが、姿勢が崩される。更に、【軽】【重】が混ざる。【軽】ならばすばやく逃がさなければ、気づいた時には吹き飛ばされる。ならば【重】なら楽かと言ってもそうではない。力の配分を間違えればソレまでだ。押し切られもするし、よしんば爆ぜるような剣戟だったなら致命的につんのめる。
それらがミックスされ、しかも早差しの剣線で襲ってくるのだ。それを“一日の長”で済ませられるオーメルもまた非凡である。
―――しかし
(・・・お前の悪い癖だ)
手応えでは何も感じない。たいした物だ。しかし、そろそろ罠が動き出している。やつは出鱈目に見えて、のんびりした策士だ。罠にかかった相手を観察する癖がある。更にいえば一定のリズムを刻んでいる。メトロノームのような短いスパンではない。物語のような長いスパンで周期を刻んでいる。
ガルドが動き出した。ほら怒られた。妥当な頃合だ。どうやら、タイミングを計ってくれるらしい。ガルドの変化の意味も理解してない―――貴様が哀れでならない。
――チンッ――
ガルドは鞘を鳴らせた。
「やはり消えたッ!」
姿は見失ったが何処にいるかは知っている――
――上!
オーメルは盾を掲げる。戮丸の行動パターンは読めるが、ソレに頼った行動ではない。彼の耳には全周に居ない事が伝わっている。一瞬視界を過ぎる影の姿で敵の位置を把握する。彼には当たり前の技術だ。ロボットゲームの近接戦でこれが出来ないと話しにならない。ゲームは苦手な戮丸だってこれくらいはこなす。オーメルに出来ないはずが無かった。
「アレに反応するのか?」
「って・・・アレ・・・」
戮丸はオーメルの盾の上に立っていた。軽身功、町のチンピラに見せた技だ。アトラスパームの助力は無い。飛ぶのには助力を使ったが乗ったのは技術だ。
軽身功は魔法ではない。自重を消せるのは一瞬。正確には飛んでいる最中に足で触れる技術。重力がオーメルに襲い掛かる。バランスさえ取ってくれればそのまま支えるのはオーメルの身体を持ってすれば可能だろう。
だが、崩れた。
「―――ヒッ!」
大吟醸が短い悲鳴を上げた。
崩れる動作で盾を退かし、斬り込める。それだけの身体能力を持っているし、オーメルの身体に刺さったカードは5枚。切り刻まれることを意味する。それが直感的に判ったからこそ大吟醸は悲鳴を上げた。
「掛かったなッ!」
オーメルは剣を捨て起動した。
彼の持つユニークアイテム【カラドボルク】
これは盾ではない。厳密にはそういう物質なのだ。
何にでもなる。ただ総量が多すぎるため、携行に便利な盾の姿形を取っているにすぎない。
それを剣に変えた。
ソレは剣と呼ぶには長大すぎた。
戮丸はバランスを崩したことが功を奏し剣化の難を逃れるが、空中で更にバランス崩すことになる。
だが、間に合った。
五連撃中の四連撃を生贄に、逆さになりながら膝に大剣の一撃で花が咲く。
しかし、咲いた花は血ではなく、魔方陣の花だった。
開花の衝撃で、飛び退りながら姿勢をもどすが、オーメルはそれを許さない。
大剣と化したカラドボルグをライフルのように構えると光弾を射出する。
銃身からスクロールが排出され、地面に落ちる前に灰になって風に消える。
元の場所に二人は居ない。
光弾を避けるために移動した戮丸は元より、移動先を予測してオーメルは切り込んだ。
若干戮丸が速い。
だが、オーメルはそれに追随する。鎧の肩甲骨辺りのパーツに魔方陣が宿りオーメルの軌道は直角に曲がり斬りつけた。
戮丸はアトラスパームで地面を弾き宙へとかわす。その際にむしりとった砂利を投げつける。通常なら目潰しにもなら無いようなものだが、アトラスパームにより散弾と化す。
オーメルのマジックシールドがガリガリと削れる。が、最後に放った戮丸の指弾がその障壁を毟り取る。
オーメルは戮丸の着地を待ちはしなかった。
彼らにとっては長すぎる刹那。ただ耐えていたわけではない。
「――決まるかな?」
オーメルの手に光球があり、それを無造作に放り込んだ。戮丸の着地地点に――
爆炎と衝撃波がノッツたちを襲う。
被害は無かった。距離があった事と瞬時に防御姿勢をとった事。何よりも二度目の被爆だったのが大きい。
火球だ。