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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
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109 会敵



「―――二十年越しなんだ」


 オーメルは呟いた。


 その言葉に退いた。

 グレゴリオは想像する。自分だったら正気の沙汰ではない。

 戦いに身を置き、いやそれ以外に生きる全てを忘却に奪われた。

 グレゴリオにはその選択肢はありえなかった。


 幾ばくの・・・幾千の意味も見出せない戦場を歩き続け、やっと見つけた強さの再現者。

 闘えば――

 よしんば、奇跡的にも勝てれば――

 ――何かが叶う。


 そこに、論理的な道筋は無かった。それでも、剣を昨日より少しでも巧く振るえれば、少しでも巧く生きられれば、何かが良くなる。そう信じて生きてきた。

 研鑽してきた。

 ――誰だってそうだろう?


 昨日より今日を良く生きたい。それがグレゴリオには殺しの研鑽であっただけなのだ。

 それが間違いなのは知っている。十の子供でもわかる理屈だ。

 殺しが巧くなっても、生き方には繋がらない。


 そのために必要なものを身に着けた。

 その中に礼節があったのは祝福であり救いであり、誇りだった。


 ――自分は耐えられるだろうか?

 ――今から二十年・・・


 その時間に敬意を表する。だが、退いた理由は違う。


 二十年・・・その間に編み上げたはずだ。

 今のグレゴリオには奇跡に縋るしかない。

 その戮丸打倒の手法を―――


 浅ましくも見たいと思ってしまった!


 だからグレゴリオは剣持つ腕を胸に当て、頭を垂れて道を譲った。




 彼にとって礼節は救いであった。




 ◆ 無駄の介在を許さない



 二人の戦いは静かに始まった。

 ゆっくりした動きで合を重ねる。


「―――すげぇ・・・」


 大吟醸が息を吞む。事実二人の動きは非常に遅い。

 大吟醸は元よりダイオプサイトでももっと早く動く。


 しかし、ノッツには判らない。直感的に自分とはレベルが違うのがわかるが、論理変換できないのだ。


「二手・・・いや、三手先を読め」


 察したガルドの言葉だった。オーメルと一緒に来たのだろう。

 それでも理解が追いつかない。アレが正解だと感覚では判るが、決着を放棄しているように見える。


「いま、オーメルが戮丸の剣を潰したろ?斜め上からの切り下ろし・・・俺ならその隙間に飛び込んじまう」

 そう大吟醸ならそうする。優位なポジションにつける。そのはずだ。


「・・・で、ゆっくり切り刻まれる」

「こんな感じでな」


 ガルドのオーバーレイ。いつの間にかオーメルは大吟醸に変わっている。

 飛び込んだ大吟醸は致死の剣を見舞おうとするが、戮丸は大吟醸に背中を預け足を払い、クビを刎ねる。


 ・・・・・・・

 唖然とした。飛び込んだ大吟醸はトップスピードだった。それでも、いやだからこそ、間に合わなかった。

 戮丸のスピードは変わらない。


「良くわかったな」

「・・・実際やった。全くこの通りだよ」


 何度も手合わせをしている大吟醸には経験があるから判るのだ。


「それでももっとスピードを上げれば・・・」

「速さは重要じゃない。軌道で賄える。だから遅くても正確な軌道をなぞらなければいけない。更に戮丸は型を持たない・・・いや、俺でも判らない。苦し紛れの剣では死ぬだけだ」


「出鱈目に速度を上げれば!」

「無理だ。出鱈目はやってるの側の主観でしかない。ヤツにとっては予定調和の中だ。戮丸は攻撃をしている。つまり、あの空間で反撃が出来る雌型を形成している。その中で出てくる反撃にカウンターを合わせるのはヤツには容易い。更にヤツもスピードアップは出来るんだ。大吟醸にはそのカードも切らせる事が出来ない・・・」


 ムシュの言葉に前線組みが何をやっていたかが理解できた。

 脳みそが追いつかない。剣戟と言うには遅いが間断ない応酬。

 将棋の名人同士の早差しと見れば速すぎる。いや、めちゃくちゃ速い。


「じゃあ、オーメルは・・・」

「三手読めと言っただろ?ガルドが――」

「こう言う事だ」


 マティの言葉を遮るように指を鳴らす。オーバーレイは安全地帯と危険地帯を塗り分ける。戮丸が構築するデストラップが周期的に壊れる。それだけではない。オーメルの側もデストラップを構築している。オーメルのデストラップに戮丸の側のデストラップを放棄せざる終えない状況に陥っている。

 ゆえに三手先以上が存在しない。


「こりゃ見やすい」

『・・・見づらぁい』


 大吟醸と女史で会話が成立している訳ではない。


「それでも・・・」

「これは前哨戦だ」

「そんな思考が存在するのか?」

「いや、結果論だ。戮丸は俺達も殺すつもりだ。だから、オーメルが省エネ運転で倒せるか試している」

「――じゃあ、シバルリのアレは?」


 オーメルと戮丸が相対したのはこれが始めてじゃない。その理屈が正しいと言うのであれば・・・


「―――真相は真逆だ。オーメルに闘う資格が無かったんだ」

「んだと?」

「戮丸は自分の限界まで攻め込んでその身を使い込んでいる。じゃあオーメルはどうだ?」


 オーメルは強い。だが、全力を出すことを己に禁じている。


「・・・でもHP差が・・・」

「当然あるが、防御に成功している以上、死には至らない。因果が結ばれないんだ。戮丸は鉄壁の【HP1】を発動して、運頼みにオーメルは大技を乱発する。戮丸が死ぬ結末もあるかもしれないが・・・いやオーメルが負けて終わりだろう。戦いに挑む境地じゃない。そして、その結末は二人とも望まなかった」


 それに戦いに対してのスタイルの違いもある。

 戮丸は極端な実利主義だ。事が成せれば敗北も死も厭わない。オーメルも実利主義だが、そこにミエも加味される。不敗である事。それも重要なファクターだ。


 それを捨てる気で挑んで、資格なしと追い返された。


 ガルドの告白は驚くべき事だった。

 戮丸だって赤の旅団最強の男の敗北。実は痛い。

 単純な打算の結果なのだが・・・オーメルにとっては深くプライドを傷つけられた。


 更にぐうの音も出ない。


「何処まで計略なんだ?」

「さあな。本人しか知らないし、本心は墓場に持っていくだろう」


「・・・しかし、今の流れはマズイんじゃ」

「・・・だから、驚くなよ・・・」


「ソレは・・・」

「・・・そうなるからさ。そうでなければ、オーメルも持ち味を活かせない」


「ちっ、理性が残っていれば・・・後押ししてやるか」


 皮肉な言葉だ。戮丸の闘い方は理性的といっていい。実にシンプルでスマートな闘い方だ。だが、知識で知っていたはず。

 出がらしになるまでその実力を出し切ってなお、勝てるかどうか判らない相手だと言うことを忘れている。




 ガルドはその手に銃を取り出す。

 ソレは奇しくもマティには見慣れた姿、形をしていた。


 トゥルスキー・トカレバ1933

 略称TT-33

 世に言うトカレフである。


 ガルドはマガジンを引き抜き弾を換装している。9×19パラベラム弾から.30モーゼル弾に。

 指で弾丸を弾き出し、マガジンに込める8発。


 トカレフは異様に御幣の多い銃である。ヤクザ銃。暴発が多い。威力が高い。本物は名銃など。

 まずはヤクザ銃は粗悪な中国でのコピー品や横流しを指す。それゆえに本物は名銃とも言われる。

 暴発が多いは、最初から安全装置が付いていない軍用拳銃。それでもちゃんと扱っていれば、機構の単純さからむしろ、暴発の可能性は低い。ただ、ちゃんと扱える技術は必要。

 威力が高いのも、御幣だ。威力が高いのは単純にパラベラム弾ではなく.30モーゼル弾だ。それだって、威力向上の設計思想ではなく。全て高価な鉛製の弾丸を嫌って、弾芯を鉄で作り、ライフリング保護用の鉛。更に銅でコートしている。

 構造上貫徹弾に近いがそれは廉価にする副産物に過ぎない。

 同じ.30モーゼル弾を使用する拳銃であれば、同じ威力は出るのだ。


 つまり、簡素な銃を開発して予想より巧くいったというところだ。更に使用国家がソ連だ。自然環境は厳しい。凍結による破損も考慮に入れてシンプルな分タフな構造をしていて、分解も容易だ。


 ガルドが選んだのも頷ける。彼の世界では貴重な.30モーゼル弾。

 事、弾丸は世界のパワーバランスを如実に示す。

 弾丸の作成が出来ない世界の住人だったガルドはその威力の違いは彼は肌で知っている。



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