107 殺せない。困ったな
ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
悲鳴を上げるディグニスに前線メンバーの全員が反応する。
「いくなッ、釣りだッ!」
確かに距離はあるが、神経を研ぎ澄ました戮丸がこの距離で外す訳が無い。
――肩?
オーガを殺した指弾が肩なんてありえない。
となれば、そこを狙ったのだ。ノッツのスナイプの師は戮丸だ。
元々素養があったが、それでも的確なアドバイスを与えた。
元々が広告塔なのだ。それが戮丸がディグニスを生かした理由。集中を分散させ、敵の布陣を判りやすくする。殺到すれば囮に使えるし、無視しようと心がければ自ずと不自然なスペースが開く。
必死でよく判らない理屈を延々と叫んでいたが、それこそが戮丸がディグニスに期待した役割。
そして、今の行動で判ってしまう。
下らない騒音を撒き散らす広告塔に戮丸が下した三行半。
この状況で人が集まるのであればまだ利用価値はある。
――しかし
「ステップバックッ!」
ノッツが叫び、前線組みがそれに従う。
不自然なスペースが開く。
それは、ディグニス襲い掛かる戮丸に追撃が出来ない距離。
それを試したのは戮丸。その意を汲んで抑止力を放棄したのがノッツ。
その結果は・・・
オーガ曰く『悪魔』がディグニスに襲い掛かる。ノッツは銃口をディグニスに向けた。
――気づけよ――
上段から振りかぶった剣は不思議な軌跡を描いて頭抱えたディグニスの胸を貫く。
【軽】【重】【軽身】【斬撃】を操る戮丸だからこそ可能な致死の一撃。
大吟醸でさえ見上げることしか出来ない技の極地。
アトパがあれば真似くらいは出来るだろう。
いや、彼の技量を持ってして始めて出来の悪いレプリカが可能になる。
それだけの鋭さを即興で放てる。
あの身にどれだけの功夫が詰まっているのか?
グレゴリオが見蕩れる。
これが戮丸の本来の技量。
ムシュフシュやマティがいなければ、グレゴリオとディグニスに一切の差異は無い。
あのプレッシャーの中でこそ互角を演じられたのだ。
――何でこんなに自分は遅いんだ。
本来は苦悩を吐露するべきなのだが彼は――
――見蕩れた。
しょうがない。想像や感覚でしかなかった強さの形を目の当たりにしたのだから・・・
その脇をマティとムシュフシュは疾駆する。
――無理だ!あのスピードには追いつかない!返す刃でやられる。
そう、ほぼ瞬間移動だった。殺戮も一瞬。
ならば戻るのも一瞬のはず、―――いや、それが想定できるからこそ、あの絶技が必要だった。
―――見せてくれた。
しかし、死なせる訳にはいかない。
彼が確定された死ぬまでの甘美な戦場に二人は必要不可欠だ。
ノッツが再生した。持ち返したのだ。
何があったのかは理解の埒外だがあの戦場の空気が蘇った。
だから、マティは奔った。
間に合わないのは先刻承知。
それでも奔るべきだ。
それは知っている。
何をと問われても困る。
それでも、知っているとしか言いようの無い感覚。
間に合わない時間はノッツがこじ開ける。
ノッツは全神経を開放させた。最高のタイミングに、最高のスナイプ。その全てが求められる。
怒りや憎しみ侮蔑をありったけ込めた。
速すぎてはダメ。遅すぎてもダメ。外すのは論外。
他の死体《障害物》に吸われたらアウト。
射撃に関しては見上げることを自分に許していない。
渾身の【蘇生】がディグニスの身体を貫いた。
その余韻に浸る暇は無い。あらん限りの力で叫んだ。
『もう一回遊べるドンッ!!!』
◆ 何故死なない?
殺したはずだ。
振り返ったのは失敗だった・・・のか?
確かに胸を貫き炎上した男は生きていた。
何故生きているか判ったのかは絶叫を再開したからだ。
もう遅い。振り返った今となっては危険度は跳ね上がる。戻るのはマズイ。
放っておけば死ぬだろう。
―――否
しかし、胸を貫かれたのなら死ぬはずだ。甘い想定は止める。
あそこの僧侶が何かをしたらしい。
それをもう一回やられたら・・・
僧侶を殺すか?
ドワーフが邪魔だな。
纏めて?
無理だ。
そこで欲張ればジリ貧になる。
ふむん(0.23秒)
では、死なないように――
―――壊そう。
◆ それを見ていた常識人と生えた男
「え・・・えげつねぇ・・・」
戮丸がディグニスの解体を開始した。
呪文を唱える喉を潰され、印を結ぶ指を折られ、立つ為の膝を砕かれ、狙いを定める目を刳り貫かれた。
幸い戮丸は流れるようなスピードで作業工程を進めていく。
死んではいけないし、手間取るのも望ましくない。
だから、それほど痛くは無かったはずだ。
ショック死をしない程度にという事である。
寸断すれば、新しい器官が生えてくるかもしれない。
少し残しておくのがミソだ。
つまり、刳り貫かれた眼球は神経のみでぶら下り、大昔のアニメの涙のように垂れ下がっている。
非常に滑稽な衝撃映像を晒している。
ちなみに程よく炎でミディアムに。
仕方が無いのだ。
だって殺して死なないのだから、脅威は取り去るべきなのだ。
試作ではあるがこう試さない訳にはいかない。
先ほどまで闘っていた相手だって弱いわけではない。
こんな不純物があっては楽しめない。
『灰汁は丹念に取りましょうね』といった感覚で悪をなす戮丸に吐き気・嫌悪感・畏怖を憶える。
ムシュとマティの手で切り取られたクビが投げ込まれる。
アレに比べれば綺麗なものだ。
受け取った枯山水の戦士は『あと一人』と叫んで走り去った。
―――あと一人。
その現実がノッツに重く圧し掛かる。
それは内心諦めた一人だった。
金属の擦過音が耳に届く。作業を終了した戮丸が現場に復帰したのだろう。
天秤は逆に傾いている。
任意のタイミングで復帰した。たったそれだけで、天秤は逆転した。理屈では更に逆転は難しい。実際は無理だろう。同じ手法は通用しないって何処の黄金闘士ですか?新しく打開策を検討し与えなくては・・・?先の手法も偶然の産物。やれる事は・・・
「マティッ!」
「・・・なんだ!?」
「・・・が・がんばれ・・・」
前線組みがガクッと崩れる。何とか持ちこたえてはいるが怨嗟の声は凄まじい。
しかし、こちらは無限に湧く泉ではない。精々水溜り程度だ。
何かに利用できる程度の貯水量はあったのかも知れないが、頼る事自体が間違いだ。貯水を惜しむ気はないが無い袖は振れない。
こちらが空ッケツなのは理解できたと思う。
もう無理だ。肝心要の死体自体がいくえ不明。戮丸は絶好調。
さっきのヤツも残り物の暖めなおしだ。
本来は大吟醸が喰らうはずの攻撃を回復魔法でなかったことに出来ないか?という作戦なんだ。だから、大吟醸に相談したし、銀も見捨てた。
その本人が文字通り高飛びしなければ・・・
・・・大変だな大吟醸。アレはダメだ。あのミンチはどうやら生きているらしい。
まぁ大吟醸だ。どんな酷い目にあっても頬って置けば生えてくる。
――んなわきゃない。
「戦況はどうなっている!?」
――生えた。
「このバカッとっとと復帰しろ!一人助けた。静かになった以上だ」
「じゃあ、あと一人・・・って無理じゃね?」
――おまっ、どの口で?
「んな事は百も承知だ!てめぇはとっとと死にに来い!」
「うっし!」
「・・・なぁ爺さんコイツで投げてくれないか?」
そう言って差し出したのはアトラスパームだった。
「そんなに難しいのか?」
「月面で人間が走れないって事を実感したよ」
そういうには復帰が早かったが、満身創痍の姿にかなりの無理が伺える。
――向きがね。と大吟醸は苦笑いを浮かべた。
「判った力加減はどんな感じじゃ?」
「・・・ソフトタッチで、戮丸が空振る位の」
「判った」
――ドッ
今度は大吟醸の水平発射。掌を当て発頸の要領で吹き飛ばした。
「親ビンから空振りを取るにはタイミングずらすしかないじゃろ?」
――大吟醸にとっても不意打ちだったようだ。