106 愚者は踊る
「笑う笑うねぇwww。そうだそう、やっちまえ!チーター死すべし慈悲はねぇwwww」
10レベルで50レベルの戦士とダークロードと互角以上に戦える現実を【ディクセン猟友会】のギルドマスター、ディグニスはそう断じた。
考えてみれば、最初の村付近でウロチョロしてそうなレベルで、ラストバトル直前のキャラクターと闘っているのはそうとしか理解できない。
当然そんなゲームはクソゲーだ。レベルアップの努力を全否定している。
当然戮丸にはそれを可能にしてみせるロジックもスキルもあるのだが、そんな事はディグニスは頓着しない。
結果こそが全てなのだ。
巻き藁を数千、数万回叩いた努力より、自分がボタンを押した回数が重要なのだ。
ディグニスも努力はしていた。
戮丸が聴けば鼻で笑う程度のものだが、理解する気もないディグニスにとってはゼロなのだ。
ディグニスのちょっとの努力。戮丸のゼロ。圧倒的にズルをしているのは戮丸である。
――彼の中ではそうなっていた。
だから、総攻撃を一身に受ける戮丸の姿こそが正しい姿なのだ。
「そこだ、やっちまぇ!ぶっ殺せ!・・・そこの【旅団】サボってんじゃねぇ!皆必死で戦ってるだろうが、そこのチーターの首を柱にさらすんだよ!」
――馬鹿か?
枯山水の副官レビンはディグニスの言葉に内心苛立ちを隠せなかった。
正直に言えば手が出せない戦場だ。
援護を送りたいが、戮丸の識別が移るのは怖い。
レビン自身であればどうにか凌げても、補助職や、魔法職ではひとたまりも無い。
戦闘人数を最小限に抑えて闘っているのは、その為だ。
今は人員を多く抱えているこちらの方が分が悪い。弱いものから食い破られるし、こちらも無視はできない。あの場に立っている連中は悔しいが正しい人員だ。
あの連中のリズムを狂わせる【異物】はそこに居る事さえ許されない。
オーガ達でさえ、それを理解してか戦いの推移を見守っている。
傍で見ててもマティの働きは目覚しい。彼が支えていると言っても過言ではない。同じ働きが出来ないとは言い難いが、装備が根本的に違う上、レビンの参戦が味方を危険にさらす訳にはいかない。
マティ擁護に声を出そうとしたが、それはノッツの瞳が『ダメだ』と制した。
――なぜ?マティは良くやっている。
俺達はいい。
理解できる。
しかし後衛・・・モチベーションの低い【旅団】の面々にはそれが理解できない。
言葉だけが真実だ。
元々一番悪いディグニスが言いたい放題というのも気に入らない。
ノッツは精彩を欠いてはいるが、自分の表情の変化にも気付いた。
驚異的な事に自分もノッツの視界内なのだ。
――そう彼もライトスタッフなのだ。だから言葉を飲み込んだ。
後衛を思うと胃が痛いが―――
◆ 漂流者
「お前行けよ」
「やだよ」
「・・・死ぬぞ」
「にしてもすげぇな。あれどうやって倒すんだ?」
「行くんじゃねぇぞ。飛び火で殺される」
「補助職も飛び道具も無しじゃ・・・畜生、奴らびびりやがって」
「『あんな臆病者共いらない』って言ってなかったか?」
「状況によるだろ」
「・・・勝てる訳無いだろ・・・」
「―――知っているのか?」
「アレはドラゴンと巨人と闘って相打ちになったヤツだ。やつ等がビビッた気持ちも良くわかる」
「うっそ!」
「ありゃぁ悪魔だ。トロールに任せよう」
・・・・・・
「・・・勝てるのか?」
「判らん。ただ、加勢してどうにかなる相手じゃないのは確かだ」
「そんなのはやって見ないとわかんねぇだろ?」
「俺達はそれで巨人を殺させられたよ」
「・・・どういうことだ?」
「正直に言おう。あいつが乱入してきた時点で逃げ出したかった」
「利用されるのがオチだな。俺だって逃げ出したい」
「おいおい」
「・・・だから俺達は生きている」
「・・・しかし、それだけの相手ならランクアップも・・・」
「じゃあ勝手に死んで来い。あれはランクアップしてからって相手だ。勝負にならねぇ、名人様に任せよう」
「今は名人様がランクアップして【帰還】出来るかを確認するってのが先決だろう・・・」
「【帰還】か・・・帰りてぇな・・・そこが落とし所だな。で、名人様が負けたらどうするんだ?」
「悪いが逃げる。また死んで今の記憶が消えるのも惜しい。犬死したら次の転生先も選べそうも無い。巨人殺しの経験点が惜しい」
「あんた等はいいよ・・・俺は多分ゴブリンだ」
「突っ込んでもいいぜ。俺が頭をかち割るがな」
「アレの足しになる自信があればたいしたもんだ」
◆ 端役はひっそりと舞台を降りる
これがノッツの耳に入ってくる『オーガたちの会話』である。
ノッツの不調の原因でもある。
――ランクアップ?
――【帰還】?
――【転生】?
――記憶が消える?
思考のパーセンテージはどうしてもそちらに割り振られてしまう。
人間のような意志があるのは判っていたし、覚悟もしていた。
しかし、この会話は――
――ゲーマーのそれである。
もし仮に、――本当に仮にだ。
RPGのモンスターをFPSゲーマーが担当したらどうだ?
モンスターは殺戮しか興味が無い。倫理、常識では考えもしなかったし、そういうものと理解していても、理解できない【モンスター】の思考と割り切っていた。
モンスターは何故人を襲うのか?
メリットが無い。
モンスターだからだろう。
しかし、FPSと言うコンテンツではそんな物は存在しない。
経験値すら無い物が殆どだ。ストーリーも殆どあってないに等しい。誰もそこに頓着はしていないし、命も極端に軽い。
―――恨みも薄い。
モンスター役にはもってこいだ。実際そういうFPSがあったら・・・
・・・いや、あるんじゃないか?
FPSでスタートはゴブリン。稼いだポイントで次の転生先を決める。モンスターなら、その種族固有の特殊能力を使える。ドラゴンなどは消費もでかいだろう。面白いかもしれない。
ただ、気になるのは【帰還】。
昨今流行の【異世界転生物】が過ぎる。
常識的に考えて笑ってしまうようなものだが・・・アタンドットでは笑えない。
――ドットすら確認できな美麗な画像。
――流暢に話すNPC。
――溢れる味覚・臭気。
AI技術ですら間違いなくオーバーテクノロジーだ。
ブレイクスルー出来たんだと能天気に楽しんできた。
―――血の気が一気に引いた。
大体の【異世界転生物】では【帰還】を目指す。
モンスターはそれを目指している。
本来は転生されたものが主人公ではあるが・・・
・・・ここでは狩るべき【モンスター】として消費されている。
そんな事はあるはずが無い。有ってはならない。
知らず知らずに人殺しを楽しんでいた?
死んではいないようだが、記憶を磨り潰し―――
―――人ではない物へ。
行方不明者は?
新聞は?
フルダイブのゲームコンテンツはまだアタンドットだけだったはずだ。
リアル体感型FPSなんて絶対にやらない。正気の沙汰ではない。
ココで懲りている!
そんなものが出たらノッツの情報網に必ず引っかかる。
ただのネットゲームコンテンツなら面白いかもしれないが――
――とんでもない大事件だ。
この状況下で頼みの大吟醸は空のかなたにフライハイし、手詰まりだ。
とりあえず、レビンの表情を読んで指示を出していたのだ。
ノッツは人間とは思えないほどの精神力を発揮してしていた。
今すぐ泣いて縋りたい。
――戮丸に――
一番信用できる男は精神を破壊され狂気の淵にいる。
このままじゃアイツもヤバイ。理屈じゃない。
―――カンだ。
しかし、それは現実味を帯びていて――
――一回消えかけたな――
――接続不良?今はそう思えない!
ノッツが今踏ん張っているのも、それだけが助かるための一本の細い糸だと実感しているからである。
しかし、戦力としては銀が消え、大吟醸が消えた。
そして、ノッツも役立たずと化しつつあった。
今の戦場の均衡はマティの働きであるのは言うまでもないが、ノッツはその無自覚にあると踏んでいた。
マティはロジックを理解していない。ただ、攻撃できるタイミングがその瞬間しかないのだ。つまり偶然の産物だ。
だから、戮丸も読めていない。それこそが、均衡の正体だと。
だから、ノッツは擁護させなかった。もしそれでいいと理解してしまったら、それは動きに出てしまう。
戮丸の恐ろしさはその【成長力】にこそある。戦場に、環境に慣れあっという間に打開する。今の沈黙が逆に怖い。
アドバイスなど無い。「それでいいんだ。頑張れ」などくその役にも立たないし、それにあわせてグレゴリオとムシュフシュが対応してしまえば――
――今、自分は何のために此処にいる?
――村人を救う為。
――撤退をすべきではないのか?
――それに何の価値がある?
――守るべき命は?
――グレゴリオ・・・
――切れるカードがダイオプサイトしかいない。
――切りたくない。
――戦い自体が間違いだ。
――仕事なら上司に泣きつくレベルだ。必要なら社長だって引っ張ってくる。クビになったって構いやしない。
――その選択、判断ができる人物は?
――戮丸・オーメル。そしてガルド。
――戮丸は発狂中。オーメルはガルドと交戦中。
――大吟醸、てめぇはダメだ!絶対ぶん殴る!
――ディグニスてめぇは死ね!馬鹿が判った気ではしゃいでんじゃねぇ!絶対殺す!
「なに判った気になってるんだ。このクズ!一方通行さんの物真似か?下手すぎて吐き気がスンだよ!ダンジョン入れねぇゴミカスがはしゃいでんじゃねぇ!」
ノッツさん、心の声がだだ漏れですが―――良く言った。
「そうなのか?」
これはグレゴリオ。ダンジョンに入れないと言う事だろうが、素で意外すぎるといった疑問だった。意外というのもそれだけディグニスを評価しているということではない。ダンジョンに入れないというのがグレゴリオには意外すぎた。彼の常識にはそんな臆病者は存在しない。
「ノッツ、戮丸のこれはマジでPSなのか!?」
「ムシュ!チートに見えたらてめぇの目はフジツボだ」
「それを言うならふし・・・」
「フジツボって凄いよね。一枚剥いたら脳までびっしり」
ト○ポか?どうやら、目が腐っているというレベルじゃないという意味らしい。
「キャハハッ状況判ってないんじゃないwwww?魔法でミンチになりたいのですかwwww」
「アホ。まだ気付かないのか?てめぇ一人じゃ俺一人だって殺せない」
「数がいるんだよバーカ。その気になれば戮丸だって・・・」
「そりゃ無理だ。戮丸はライトニングボルト至近で食らった経験がある」
「それでも数には勝てねぇんだよwwww」
「知ってる。だからその数がまだあるのか?」
「・・・マジでまだ気付いてなかったのか?」
「・・・使えない・・・」
ムシュフシュは信じられないといった風で、マティは呆れた。
実際にその案は出て来さえしなかった。
何故、戮丸が戦場から消えたのか?
銀がどこで片腕を失ったのか?
銀は真っ先に逃げろと言ったのは何故?
銀の本分は遊撃。先ず真っ先に抑えるのは砲台。
そこでいち早く戮丸と会敵して片腕を奪われた。
つまり、ディクセン猟友会はとっくの昔に壊滅していた。
健在なら・・・こんな事にはなってない。それぐらいには頭は回る。
むしろ全員がそれは当たり前と認識していた。
「大吟醸より馬鹿は救いが無いのう・・・」
オプ爺ナイス哀れみ。釣りや煽りではなく本心からの言葉はやはり効く。
呆然とするディグニスの肩が爆ぜた。
絶叫が木霊する。