105 打ち上げ
大吟醸は砲弾となって空に射出された。
「・・・あれも・・・技かの?」
「んなわけねぇだろ!しくじったんだ・・・あのバカッ!」
ノッツは暗澹たる気持ちを吹き飛ばすように、侮蔑の言葉を吐いた。
―――気持ちは判る。
大吟醸は身軽さが信条だったし、やりたくなる気持ちは判る。
しかし何で《今?》そんな行動を取った?
神速でヤツの懐に飛び込んだとして何が出来た?
―――多分何も考えていない。
そうなったらその場で考える。
そういう性格だ。それ故に発想や行動に光る物があるが―――
あの戮丸でさえ順序を追って使っている高速移動を、ぽっと出の大吟醸に使いこなせる訳がないのだ。
極端な話。そこらの死体でも家でも投げつければ一定の効果は望める。それだけのポテンシャルはある。
総括すると、情状酌量の余地はあるが―――
―――判決は死刑。
そんな気分だ。
そんな気分に浸れるのは余裕があるノッツらだけで、最大の被害者である前線組みは堪らない。
「信じた瞬間裏切った!」
「・・・あ・・・あ・・・あほー!」
「策だと言って下さい。ノッツぅぅううう!」
―――本当に申し訳無い。大吟醸が馬鹿でごめん。
◆ 上空の馬鹿
一方、当事者の大吟醸はそれなりにうまくやっていた。
空走距離という物があるだろう。比較的早い段階で重量を消しスピードを落とす考えに至り減速する。
当然、〈比較的早い〉では全然間に合わない。既に戦場は豆粒以下の大きさで、一瞬探した。
「こえぇえええええ!」
一瞬で上空数百メートルに投げ出されたのだ。
第一感想はそれだろう。それから何故こうなったのか?
その後に他にやるべき事あったのではと思い・・・
今、すべきことに思考が移行する。
風に吹かれ、ふよふよと漂う大吟醸。上空数百メートルの発泡スチロールを想像して欲しい。
青くなった大吟醸はアトラスパームを解除する。本来の実重量が戻り落下速度は加速度的に跳ね上がる。
重量に落下速度は左右されないのが普通だが極端すぎる。空気抵抗の差が大きすぎるのだ。
(勘弁してくれ!!)
そう、彼は間に合わない。
斜め上方に射出され、更に上空の気流に流される。
今、落下スピードを上げたが、元の位置に戻れる可能性は皆無。
そこから戦場までの移動に時間がかかる。
現在の戦闘状況にそんな余裕は無い。
――早く戻らなくては。
だから彼はそれを敢行していた。
落下の仕方である程度の移動は出来る。少しでも取り返さなくてはならない。
生まれて始めてのスキンスカイダイビング。
スキンスカイダイビングに大抵、―――次は無い。
死ぬからだ。
理屈上はアトラスパームから着陸すればダメージは受けない。
《―――理屈は》である。
私は遠慮したい。多分君もそうだろう?
◆ 台風一過
前線組みは半狂乱で戮丸を斬りつけている。
とても衝撃的な事件だった。
頭の中身は真っ白で、ただただ、そんな間抜けな事で死にたくないと一心の思い出がむしゃらに斬りつけた。
ただ、後で思い返すと・・・
戮丸相手に考えなしの連撃・・・自殺行為だ。
ただ、戮丸は黙々とその攻撃を受けていた。
もしかしたら、戮丸も思考が真っ白になっていたのかもしれない。
それはそれで凄いことだ。
半狂乱も長くは続かない。思考は冷静さを取り戻す。何のいたずらか現在イニシアチブは前線組みが取れている。
このまま半狂乱の振りを続けた方がいいのではと考えた瞬間、投げられた。
ただ、逆にわかって来た事もある。
今の攻撃はマティをアトラスパームで掴んで振り回し、グレゴリオとムシュを巻き込んで、一まとめに薙ぎ払った。
この攻撃に威力は無い。アトラスパームの干渉を受けるからだ。
本来致命的なのは、その威力で射出され何かに衝突した際のダメージだ。当たっている間に空気抵抗を出来るだけ受け速度を減衰させれば深刻な被害にはならない。更に今回は三人が巻き込まれたので、速度は極端に落ちた。
この攻撃は戮丸が距離を取りたかったからだ。それ以上の意味が発生しない。
そして高速移動に自分の身体を掴み重量を霧散させる。この状態で、先の振り回し攻撃は出来ない。いかに軽くなったとは言え微重は残る。同じ重さになるのだ。振り回すことは出来ない。振り回そうとすれば空気抵抗の少ない方が動く。
【軽の剣】で斬れるのは想像を絶する技だが、斬る事に特化した技。何とか防御に成功して斬られなければダメージは大幅に軽減できる。ダメージを受けないと盛大に吹き飛ばさられるのだが、アトパの特性で、重量軽減中に速度を落とせばいい。
更に、【軽の剣】にも二種類ある。アトラスパームで斬るタイプとアトラスパームで全身の重量を消し斬るタイプだ。
良く観察すれば後者では斬れていない。【軽身の剣】と言ったところか?
【軽身の剣】では反作用が殺しきれない。いかに戮丸と言えど踏ん張りの利かない状況でそこまでの絶技は放てない。
だから【軽身の剣】は移動用と考えられる。移動も相手をどかすか、自分が動く為。またはその両方かだ。
戮丸は左右全く違わず剣を操った。それは修練の側面が強いと思っていたが・・・そこまで見越しての事となると寒気がする。
おかげで見分けにくい事この上ない。
しかし、それでも判別できる。
――先ず左右。アトラスパーム装着のほうでは【軽の剣】のみだ。剣を持ってしまっている以上、【重の剣】はもちろん【軽身の剣】には移行できない。移行できないから彼はアトラスパームを外したのだ。
【軽の剣】は基本的にガード不能だ。戮丸自体の実重量が生きている以上、振りぬける。斬撃を防げてもアトラスパームの効果拡張で弾丸のように吹き飛ばされる。今飛ばされていないのは腕や手首で勢いを抜いているから被害を最小限に抑えている。手首がもげるんじゃないかと思うほど痛い。
そして、両手で持つと【軽の剣】と【重の剣】の二択。正確には更に【軽身】が加わり三択だ。【軽の剣】の【斬撃】もどうやらこのタイミングらしい。剣道の斬撃の秘密、梃子の原理で行う。片手ではいかに軽くとも出来ない。ちなみに軽身は握った手を持っている。
手を放さないと【重の剣】にはならないが、【斬撃】で【軽の剣】でも切り裂くことが出来る。
【重の剣】は激しく危険だが、片手では放てない。初速を【軽身】か【軽】で稼がなくてはならない。片手で振れる重量ではないのだ。
そして、【重の剣】を放った後は必ず、【軽】か【軽身】に移行する。体が持たないのだ。
そして本題は残りの手に剣を持っている場合は【軽身】のみになる。そして、【軽身の剣】は初動時、必ずブレる。自分自身の重量を打ち消しているので反作用を殺せないのだ。
そして、このブレのみが唯一の戮丸の弱点だ。握りを見る方法もあるが、彼はその動きを隠せる。剣自身を剣ではなく棍のように操れるのだ。握りのフェイクくらい朝飯前だ。
彼らはこれを漠然と肌で理解していた。
グレゴリオとムシュは【重の剣】にも耐えられる。そのタイミングであれば彼らクラスの普通の剣戟だ。
厄介なのは【軽の斬撃】これは慎重に対処する。毎度肝の冷える思いだが、これはガルドの言っているとおり非常に疲れる攻撃で極度の集中を擁する。そうポンポン連打できる代物ではないのが救いだ。
戦闘のパターンを作り巻き込む。練り上げたカードの絨毯爆撃。
それが戮丸の戦法だ。しかもその爆撃は次の爆撃の布石になる。
必殺の十割コンボが発動。それが終わりだ。
しかし、それを防いでいる。戦闘は既に流れが出来ている。先の戮丸の弱点【軽身の剣】に発生するブレにマティが狙いを絞り攻撃を加えている。
グレゴリオとムシュは武器が重量級のためインタラプトには向かない。しかし、マティの武器はこの中では最軽量だ。
さらに、味を占めたのか自分の攻撃のタイミングすらズラして待って行う。
自覚は無いだろうが、マティは戮丸の作りたい流れをブツ切りにしていた。
【軽身の剣】に攻撃をしても実際ダメージにならないが、流れや立ち位置は阻害できる。
そして【重の剣】にはグレゴリオ・ムシュの攻撃で微々たる物だが抜ける。
戦況の天秤はこちら側に傾いている。