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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
転章  ケイブマニア
8/162

28 ケイブマニア

◆028特殊クエストクリア




 黄金の海原は多くの騎士の魂を打ち砕いた。

 六つの連合軍相手に朽ちかけた城壁一枚で持ちこたえた男がいた。

 妻を失ったその姿は多くの兵をおびえ上がらせ、しかし、その怒りさえも噛み砕いた。

 王や諸侯は席を立ち、その男に譲ろうとしたが、その男はひどく憤慨し叱りつけた。

 そうかと思えば、道端で工夫に叱られている。あべこべだ。

 でもそれを皆が笑った。それが許される男だった。あだ名は将軍。

 そう呼ぶたびに苦笑いで叱りつけるのを思い出す。


 彼を語るとき人はなんて呼ぶだろう。


 天空を駆ける機神を操る姿か?

 万の軍勢を百の兵で下す知略か?

 不夜城を築いた技術か?

 道半ばで名もなく腐れ落ちた戦士を弔う姿か?

 壁の上に腰掛、人の営みを眺める姿か?

 それは人それぞれでどれが正しいとはいえないが、すべてが強烈で目を閉じれば瞼に浮かぶ。


 俺が思い出すのは対戦した時だ。

 将軍は武器を捨て構えを取った、常々雑だと叱られたっけ?わかっているつもりだった。勝負方法を提案する将軍。

 了承した。

 いい勝負が出来ると内心喜んだ。


 結果は…


 肩を打ち砕いた。己惚れ抜きに最高の一撃だった。勝利を確信した。

 将軍の目を見るまでは。

 次の瞬間、俺の体に押し込まれた。

 最高の技術、信念、執念それらが一緒くたになった何か。


 突き抜けたのならなんとでもなる、仕切りなおせる。

 だが、それは残留し、俺の体ぴったりに荒れ狂い…過不足なし…強すぎも弱すぎもなく俺の体を十秒間地に伏せさせるだけの攻撃。

 何もかの見通しが甘かった。

 将軍のズボンを掴んでも俺の体は立ってはくれなかった。


 封印された。そうとしか言い切れない。


 勝敗の裁定が響く。俺の敗北を告げる声だ。


「もう少し丁寧に攻撃をするんだ」

 そう言って将軍は倒れた。耳にタコが出来るくらい聞いたフレーズがやけに残った。



 その将軍も息絶えた・・・世界中を憎む絶叫とともに―――




 ◆初心者の宿にて




「終わったぁあぁぁぁぁぁ…もう働かないでござる」

 戮丸はテーブルに突っ伏して弱音を吐いた。連日の働きっぷりを見れば頷ける。第6ウェーブをクリアしたのだ。


 なぜか将軍と重なる。ガルドはそう思った。


 報酬額は金貨25枚。戮丸が投入した金額は金貨千にも届こうか?完全に赤字だ。

 クリアするだけならここまで出費は掛からない。普通に美味しい仕事だった。


「お疲れさん。次の仕事は明日以降でいいな?」

「あのシナリオ続くんかよ!かんべんしてくれぇ~」

「ああ、今度は感染被害者の治療薬の依頼が―――」


「ねぇよ。ドンだけ金ぶっこんだと思ってんだよ。かすり傷一つ負わせてねぇし、治療薬はすでに常備させてる。まさか、被害が出てるのか?」


「じゃあ、残党兵が…」

「完・殺!」 


 …ほんとだ。




「あー戮丸!」


 シャロン登場。あの事件以降のシャロンの戮丸への懐きっぷりは目に余るものがある。当の戮丸は眉根を寄せる。困っているようだ。この状況で男の心象を斟酌する者は居ない。


【ドワーフは勃たない】


 この事実が拍車をかけた。

 ドワーフは異種交配が出来ない。それ自体は有名な話だが、このゲームではそういった表現される。実際、ドワーフ以外の女性がモミクチャにしても、戮丸の股間はピクリともしないのだ。逆は可能らしい。それはドワーフのと言うよりも人間の特性だ。


 ウサギと人間は年中発情している。真偽がわからないが、この情報に基づいた結論だろう。当然、人間の男性がドワーフの女性と性行為をしたところで子供はできない。


 それがシャロンに絶大な安心を与えたのだろう。スキンシップは日ごとにエスカレートしていく。


 当然、戮丸爆ぜろ!と民意は動くが、当の戮丸いや、ドワーフに言わせると《拷問》らしい。

 気持ちはいいらしいのだ。大型動物にじゃれ付かれているみたいで、ただ…


 微動だにしない股間に不安になってくる。


 ユーザーで既に枯れた者はおるまい。予想だにしなかったED体験。涙を流しながら辞めてくれと訴えるものも出る始末だ。

 シャロンは戮丸限定だからまだいい。問題はアリューシャ。猫科特有の精神構造(アリューシャは人間)でドワーフをねずみを追うかのように追い回す。


「じゃすとふぃっと」

 その言葉が響くたび哀れドワーフは困った顔でアリューシャの膝の上に収まって頬ずり刑に処された。


 嫉妬に狂うエルフと人間。

「この苦しみが貴様らにわかるか!」と訴えるドワーフ。


 確執の原点を見た―――気がしたが、多分違うな。うん。





 余談だが、業を煮やした戮丸は次郎坊でチャレンジしたが、潮が引くように距離をとる女性陣。崩れる次郎坊。


 他のAIもイニシャライズが戮丸で登録されているため、次郎坊とは応対が違う。どうも次郎坊と戮丸を同郷の人間程度の認識しかしておらず、キスイに至っては「何でペアで攻略しないんだ?」と不思議に思っている始末だ。


 そして、次郎坊でいることも極めて不満の対象になる。


 イニシャライズされたAIは少なからずマスターに対し好意を抱く。それはコミュニケートを円滑に行う作用でもあるが、AIのロジック崩壊を防ぐ処置でもある。基本的には好意を持ってからイニシャライズの流れだが、戮丸の状況は例外中の例外だ。


 モテても意味のない戮丸。

 モテてもいいように作られた次郎坊。


 人生はこうもうまくいかないものか?

 人はそれを物欲センサーという。この場合肉欲か?

 その事を告げると戮丸・次郎坊は轟沈する。




「何の話をしてるの?」


 後ろから抱きつく形のシャロン。

 あの顔は知ってる。胸が当たってるって顔だ。


「ん?ゴブリン騒動が終わったって話だ」

「じゃあ、これからもっと遊べるね♪」


 次郎坊のレベリングがしたいのだが…天井届いちゃってるしな…



「おい、お前の称号見せてみろ。ゴブリンキラーからゴブリンスレイヤーになってるはずなんだが…」

「そんなもんあったか?」


 そう言って戮丸はスクロールを開く。


「ああ、この画面を指でスライドさせて…!」


 そこにはびっしりと書き込まれた称号の数々。


「スゲッ」ギャラリー。


 安全主義者。不殺のもの。完殺者。グラップラー…


「えーと。格闘攻撃で5連続killしたものに送られる称号。リフレクトダメージ無効。ああ、これって硬いものを殴っても手が痛くならないって奴か?」

「マジッすか?」ギャラリーその弐。


 戮丸は知らず知らずのうちに条件をクリアしていたのだろう。ついでに言えば、拳を痛めるような攻撃自体をしないので気づかなかったとの事だ。


 何時の間にか集まったギャラリーはめいめいに感想を溢していく。


「へー。こうやってアンロックしていくんだ。地味に強化されていたわけだ」

「ああ、そうらしい。ゴブリンスレイヤー…スレイヤーっとキラーの横だよな、多分…ねぇな」

「ほんとだ。じゃあ、このゴブリンマッシャーっての開いてみて」


 ■ゴブリンマッシャー

  ・ゴブリンだけを殺す機械。


 ………



 もう、システムに人間扱いされてない。ドワーフですが…

「…えーと。で、効果は?」


  :ゴブリンは見た時点で逃げ出す恐怖の対象。

   逃亡できない場合失神。 確立100%


「ゴブリンかわいそう」


 みんなそういう。


「…おめでとう」


 戮丸は三度その項目を見直した。


「これって、スレイヤーより上位?」

「ああ、飛び越えてるよ…」

「それってアレか1万の軍勢でもか?」

「そうだろ?多分…」

「戮丸すごーい」とシャロン。


 珍獣爆誕の瞬間である。




「このドワーフリーダーってのはなんだ?」


 ■ドワーフリーダー

  ・極めて稀有な活躍をしたドワーフに送られる称号。

  :ドワーフの集団を召還し使役できる。ただし、納得できる報酬や利益を約束しないと、不快感・不信が蓄積し最悪反乱の恐れあり。

  

「ドワーフと聞いてきました~♪」

 ああ、新たな犠牲者が…



 またしても外野の下馬評が走る。


「使いどころが難しいな」

「そうか?」

「いやこのゲームだぞ。コンシューマーよろしく使い捨てに使ったら…」

「即効で反乱だな。プレイヤー相当の報酬を渡すならプレイヤーを雇ったほうがいい」

「時給制とか?」

「まぁ、不満は募るわな。アレは仕入れから販売までのルートが出来ているから成り立っているんで有って、ドワーフみたいに直販できる奴には不満の対象でしかない」


「戮丸さんならそこを何とかしてくれるはずです。きっと!」

 何をどう何とかするんだか?言った人間も判って無くて言ってるだけだ。




「おとなしいがどうしたんだ?」

 当の戮丸は何か思案している。ガルドは声をかけた。


「あー、あの村は今でもダンジョン扱いなのか?」

「ん?今は違う」

「じゃあ、俺達はアクセスできないのか?」

「それもない。ただ、再襲撃が始まったらダンジョン化するぞ」

「じゃ、・・・たとえばアリューシャも連れていけるんだな?」

「そうなるな。アリューシャもホロンだからな。何を考えてる?」

「んー?色々・・・明日からでいいか―――」


 要望があって、可能であればそれに答えたいと思う戮丸であった。




◆029村落の開放・・・してた




 シャロンを背にトタトタと走る姿は、もう既に名物だ。

 天井に開いたを大穴から青空が見える。通りは既に石畳に張り替えられ。市の屋台が並ぶ。


 市のおばちゃんが野菜を持っていけと声をかける。慌てて止まる戮丸に、シャロンが指差しで場所を教える。戮丸は丁寧に礼を言い荷物とシャロンを背負い直すと走り出す。

 あまりに頻繁に呼び止めるので、普通に歩ったほうが早いんじゃないか?という揶揄が飛ぶ。


 それでも戮丸は気にした風もなく走り回る。子供たちそれに釣られて周りを走る。微笑ましい光景だ。実は、戮丸のおこぼれにありつこうという魂胆もあるが、それも見ないふり。

 ゴブリンがチビッて漏らすゴブリンマッシャーもここでは愛玩動物だ。


 これが戮丸の本質なのかもしれない。





「親方!ちょっときてください!」

「空から女の子か!」

「何いってんすか!怪我人!けーがーにーん!」

 この世界の人間はネタを解する心がない。とても残念だ。


 通りを抜けるとそこは習練場。


「トーレス!大丈夫か!」

「あ、はい!…じゃなくて私が犯人です」

 そこで伸びてたのはドワーフだった。大の字に寝転んでいる。


「―――(暫し長考)―――ナイスファイト!」

「じゃなくて、手当て、手当て」

「シャロン印の薬箱の出番だ」

「はいな」

 慣れた手つきで次々に呪文を繰り出す。しばらくすると「う~ん」といううなり声とともにドワーフは起き上がった。




「親方!面目ないところをお見せしてお恥ずかしい」

「いや、いいよ。レベルで考えれば順当な結果だ。でどうだ?」

「はい、免許皆伝といったところかと…そうでなければ師範役の面目立ちませんぜ」

「―――だそうだ」

「はい!有難うございます!」


「じゃあ気になったところ教えてやって」

「はい、でさぁ」

 トーレスは自分の腰ぐらいまでしか背丈のない先生に教えを受けた。




 戮丸はまたやらかした。




 ◆村落開放計画




「村落の開放?」

 戮丸の提案はこうだった。先日の強襲から救った村を放置するのはもったいない。

 行った当初から貧困にあえいでいたし、序盤の建て直しは食糧問題が主だった。もちろん、自給自足が理想なのは当然である。ただ、洞窟内の村落のため食糧問題は重大な問題で酷い時は間引きでこなしていたそうだ。


 戮丸がもたらした食料は村のゆとりとはなったが、生活向上には及ばない。

 施しで生活水準が上がっても問題解決にはならない。

 宿の人員全てに村を訪問させ流通経路を作った。

 宿は、金額さえ払えば無限に糧食を提供した。


 これで金さえあれば飢えなくなった。


 次は金策。


 戮丸はドワーフを召還して移住を命令した。移住する人数は村長と話し合って決めた。ドワーフに村の防衛と建て替えと鍛冶場の建造。戦闘の訓練。少なくともまずドワーフは職に困らなくなった。


 戦闘の訓練は、戮丸は戦い方で他のプレイヤーにアドバンテージを持っているが・・・それが標準だとは思っていなかった。つまり戮丸が特化したプレイヤーというよりも、通常プレイヤーが未熟すぎるのだ。


 確かに、RPGなら攻撃して受けて反撃の繰り返し。だが、その戦い方がこのアタドンでも標準…という訳でもない。

 現に戮丸がドワーフに模擬戦を挑んだら非常に苦戦した。


 戮丸の持つアドバンテージは無手非武装が基本軸の動きで、彼らは武器を扱った効率的な使い方を身につけていた。

 シールドバッシュに関しては、お見事と声が上がるような状態だ。


 某アクションRPG(FPS視点のアレ)はシールド愛用者から言わせればシールドゲー。シールドがないなんて考えられないと評価がくだるほどシールドは使いこなすと強力な武器になる。


 使い方が基本的になってないのだ。初心者部屋を出た後を考えるとその技術の差は歴然。レベルは絶対の物ではない。つまり、―――道場開けば金になる。


 このゲームでの標準的な戦い方を見せてやれば順応は早い。ゲーム自体には熟練者がそろっているのだ。それだけに、多分初心者狩りをする者がいるだろう。対策にもなる。


 そして恒久的に通うものが現れれば連鎖的に需要が発生する。

 そこは予想を立てず見切り発車的に立ち上げた。




 戮丸が設置したバリケードが散乱してるのだ。それの撤去作業もしなければならない。

 だから、バリケードの撤去。住処の改善。習練場の建設を命令した。撤去したバリケードの使用は自由。売却すればそれ相応の値段にはなるが、その考えは捨てた。


 そして三日が過ぎた。





 そして後悔。


 クラフターに材料とスペースを与えて三日の放置した結果。常識的に考えて結果は予想できた。だのにその結果に衝撃を受けることになる。


「なんじゃこりゃ?」

「カッパドキア?」

「マチュピチュ?」

「適当言うんじゃない」


 住居部は壁面に押し込められ。道は石畳に敷きかえられている。山肌のような落差や傾斜は殆どがレベルだしが住んでいる。レベルというのは平面部の事。ラインともいう。たとえば1階の床の高さや2階の高さ、それにあわせて建築が進む。段々畑のようになっているといえば分かりやすいか?


 それも、全てではない岩肌を見せる部分はしっかり見せ、かつ、通行が混乱しない作りになっている。導線を意識した建築とか聞いた事はないだろうか?日本の建築水準はある一定のレベルを超えてるのであまり気にならないが…素人仕事は目も当てられない有様だったりもする。

 その辺の折り合いのあわせ方は、さすがドワーフとしか言いようがない。

 理屈よりセンスがものをいうのだ。





 想定外の事態というものは続くもので、来客があった。一人の冒険者だった。

 「ゴブリン共が岩盤ぶち抜いて大穴開けてから、何の音沙汰もないんで見てきてくれ」と頼まれた。男はそういった。興味深く施設を見て回る。


 戮丸は一通りの事情を説明した。男は俺は「何も見なかったと伝えておくよ。もちろん危険は存在しないともね」そう言って立ち去った。


「スレイ。意味は判っているか?」

「どういうことだよ」とオックスが割り込む。

「ここは隠れ里ということですね」


 スレイは正しく理解していたようだ。地下に作られた村落。つまり日陰者の末裔が住んでる。隠者か下手すれば山賊の末裔すえ、犯罪者、だから都市と交流が出来ない。

 その事を把握した冒険者は見逃してくれたのだ。


「そうなると、色々制約が出てきますね」


 正直、この村独自の流通経路が欲しい。ただ、のこのこ出て行けばどの勢力に属するか?

 下世話な言い方をすれば納税はどこに納めるか?そういった問題に発展する。

 更に前述の通り、脛に傷を持つ経歴が痛い。まだ聞き込みしてないがここの住民に記憶があるかより、向こうに犯罪の記録が残っている可能性の方が心配だ。わざわざ地下暮らしを強いているんだ何かしら理由があるのだろう。


「どこの勢力でも納税は欲しい、降って沸いた資金源だから、そこは必ず突いてきますよ」とスレイ。

「んなもん、払わなければいいじゃねぇか?」とオックス。

「馬鹿、そんなことしたら攻め込む口実を与えるぞ。お前本当に大学生か?」

「やくざかよ?」


「ああ、政府なんてものは基本的にやくざの成れの果てなんだ。言葉は悪いがな」

「徹底抗戦あるのみじゃ!」


 戮丸の説明に部下で現れたドワーフは気をはいた。


「この戦力でかよ!」

「私達は静かに暮らしたいだけなんです。堪忍してください」と村長。

「でも納税さえすれば保護してもらえるんじゃないの?」とトーレス。

「今の状態で納税は無理な話です。しかし、富をためすぎたら今度は侵略の対象になる。向こうの出方次第―――タイミングが重要ですね」とスレイは分析する。


「あのさ、そのタイミングは一生来ない」

「え?」


 戮丸の意外な言葉だった。驚いた一同を見回し説明を続ける。 


「簡単な話だ。江戸時代の農民の水準。基本は生かさず殺さずって習わなかったか?」

「あ…」

「向こうさんは健全な生活を送らせる気はさらさらない。下手に仏心出して軍事勢力を生み出すわけには行かないって口実で搾取を始める」

「ひっでぇ」

「酷くなんてないんだ。ストラテジーゲームをやってるプレイヤーならわかるだろう?」


 そういって、スレイに聞く。スレイは苦い顔をして頷いた。


 大体は国家元首クラスの視点で行われるシミュレーションゲーム。経済を視野に入れた戦略ゲームだ。

 そんなゲームで発見した隠れ里の権利を守ったプレイングなど、指を指して笑われるようなものだ。一番人道的な手段は教育機関を置き徹底して帰化させる。それが一番ではないだろうか?しかし、そんなゲームをするプレイヤーが《徹底的な帰化》がどんな政策を意味するか、分からないものはいないと思う。


 一番加害者の手が汚れない最も残酷な手段だ。リスクも多い。プレイヤーの中には全滅駆逐しきって新たに集落を再建したほうがよっぽど優しいと嘯くものもいる。実際そうの方が問題が少ないのだ。

 しかし、このアタドンでは市民の視点でプレイされる。悲惨な未来を回避するために重税…それに伴う飢餓。徹底的な帰化は極端な差別を助長する。


 スレイはその二つが地続きという実感を持っていなかった。立ち去った冒険者はその事がわかっていた。二つの悲劇を避ける為には《発展》のカードを捨てろと言外に言っているのだ。そうすれば、自分らが生きてる内は悲劇は訪れない。


「貧乏人はおとなしく泥啜ってろって言うのかよ!」

「エルフ!良い事いった!」

「まて!早まるな!戦うのは論外だ。ここの人達を巻き込むつもりか!」

「ええ、皆さんの気持ちはありがたいのですが私達は以前の生活が出来ればいいのです」


 オックスは気を吐き、ドワーフがそれに乗っかる。スレイはそれを諌めた。ありがた迷惑である。


「悪いオジさんの出番か…」

 戮丸はぽつりと呟く。




「ほんとはさ。キャラじゃねぇんだよ。本来ならスレイがやるのが一番様になる」

「え?俺…?」

「うまくやりすぎるとタイトル変わりそうだがな。丸メガネかけなきゃな」





◆030皆さんの意見




「まあキャラじゃないんで上手くできなかったらかんべんな、まず意思の確認がしたい」

 そう言って戮丸は切り出した。


「基本的に情報不足だ。徹底的にな。相手がいるのかどうかも怪しい。ただ、次の接触の際に対応を誤ると後々響く。その辺の話だ」

 ここで集まった面々を紹介しておく。まずはスレイ。PTは全員来ているが冒険者代表その一。ついでオックス。スレイとは正反対の意見を出すので冒険者代表その二。村長。もちろん村の代表。ドットレー彼は戮丸の召還で現れたドワーフ代表。大吟醸も見物に来ている。


「まず、スレイ。お前は未来の悲劇は避けるべき、外の軍事力には従うべきだ。そうだな」

「はい」


 スレイの意見は恭順。組織に属し貢献していけば地位向上は訪れる。今は泥を啜るべきだ。この意見は非常にお利口さんな意見だ。ただ、属した組織が健康な組織だという大前提がある。言う事さえ聞いていればいつかは報われる。その幻想に囚われ過ぎている。


「次にオックス。お前は徹底抗戦。自分の身は自分で守れる。権利は勝ち取るそうだな?」

「ああ、あったりまえだ」


 オックスの意見は革命。自分の権利は自分のもの。戦って勝ち取れば良い。そこまで考えてなくても、自分らの権利が侵食されるのは許せない。スカッとする考えだ。ただその為にいつまで戦えば良い?極論すれば世界全部を敵に回すのか?その純粋さは危うい。勝てばいいが負ければ悲惨だ。それに、この世には乱を求める勢力や武器商人のようなやからがたくさんいる。そんな奴らには蜂蜜のように甘く美味しい。


「次はドットレーお前だ」

「わしかい?親方の意見に従うよ。あんたに命を預けている」

「いや、意見を聞きたいんだ。納得できないってのはよくない。嫌なことは嫌って言ってくれ。じゃないと、お前の本気が見れない」

「じゃあ、遠慮なく。ワシ等は親方に呼び出された。それだけだ。この場所が新しい故郷だといえばそうなる。ただ、踏みにじる奴は許さない。遠慮もする気はない」

「防衛だな」

「話が分かる親方でよかったよ」


 オックスと意見が重なるが主眼は防衛。相手がこちらをどう見るかなど関係ない。汗を流し、血を流し、それに見合った対価を得る。実は戮丸も同じ意見を好む。だが、血はどうしても流れるし、好むだけによくわかる。結構、綱渡りの部分も多い。独立独歩の精神なので指揮系統に余分な不純物は混じらないが、外部支援も受けられない。


「次は村長。維持だな。元々はゴブリンの討伐までしか依頼していないし、住民の犠牲は論外。今までと同じ生活が送れれば問題ない。多くは望まない」

「そうです!ドワーフの皆さんのおかげで良い夢が見れました。私たちは死にたくないそれだけなんです!」


 村長は安堵の吐息をこぼした。ドットレーは不満げにしかし、仕方ないといった感じで腕を組む。ドットレーは戦士だ。それを住民に課すのは無体な事だとは知っている。ただ、納得はできないだけで…


「これじゃ、永遠に平行線だ。どうするんだ戮丸」


 この意見は大吟醸。念の為にヨシツネ。





「俺の意見は…みなさんにちょっと悪い事をしてもらいます」


 ????



 ◆オジさんの悪知恵




「本来ならキャラじゃないんでね。種明かしから先にするぜ。本当ならダマで進めて…バ~ンと種明かしするのがカッコイイし普通なんだが…」

 そこで息を吐いて続けた。


「俺は普通がとことん苦手だ。多分ミスる。そこで皆さんに共犯者なって欲しい」

「話してくれ。内容による」

 そう言ったのはドットレー。悪い事をすると先に宣言されては素直に頷けない。


「多分、内容を話せば全員が悪党って俺の事を呼ぶよ。ちなみに俺は悪党だ」

「悪党っていう奴で悪党だった例がないけどな」と、オックスが笑う。

「茶化すなエルフ!親方進めて」


「まず状況から見直そう。この場は、いうなれば地面に落ちたお菓子だ」


 誰もにとって魅力がある、が、残念ながら地に落ちたお菓子だ。いきなり口に運べば当たるかもしれないし、まず汚い。だから、頭の良い奴なら踏み砕いて上手く使う。家畜の餌とかな…


「あ、じゃあ、僕の意見は…」

「この時点でアウトだ。人を信用しすぎ。しゃにむに喰いついて、なお組織が健全なら―――天文学的な確立だ。上手くいったら奇跡だな。まあ、直接権利をもつ―――この土地本来の支配者が健全な組織なら―――ある考えだ」

「ざまぁ」

「オックスお前はもっとたちが悪い。マンガの読みすぎ!どんな世界帝国樹立する気だ?」

「なっとくいかねぇし」

「納得、行く行かないで戦争起こすな。テロリストの意見だ」

 スレイを笑うオックスは(たしな)められた。


「ドットレーの意見は俺好みだ。が、使えない。ここは立地が悪すぎる。防衛には向かないし、初心者部屋と連結してる。つまり、コッチの見取り図は相手に筒抜けだ。兵糧攻めは受けないが・・・防衛はほぼ不可能。俺なら本拠地を移してからにするね」

「・・・たしかに、頭に血が上ってからじゃ・・・泥沼の地獄になるな」

 抜け穴付きの篭城戦は流石に愚か過ぎる。


「そんな理由で村長の意見も却下。もう見つけられてしまったんだ。一生逃亡生活は避けたいだろ?」

「ええ。それは勘弁してください。こんな場所でも私達には故郷なんです」


「・・・八方塞じゃねぇか」

「俺達に緘口令をしけば・・・」

「無理じゃね?」


 意思をまとめるだけでも戮丸があんなに苦労したのだ。実現できると啖呵を切る者もいない。


「で、ここの価値を再認識して欲しい」

「まず、《初心者部屋との直結》青田刈りスポットには最適だ」

「どの勢力下にも属さない事が、他勢力にも望ましい・・・むしろ、それを防ぐために侵略を行う必要が出てくる・・・これ使えませんか?」

「調子出てきたなスレイ。ただ、青田刈りに過ぎない。無視しようとすれば―――価値はあるが絶対じゃない」


「でも、中立宣言を打ち立てれば!」

「ある話だ。でもそれじゃ弱い。ストラテジーやってればわかるだろ?理詰めで動くがそれだけじゃ詰む」


 ストラテジーは高度なロジックゲームだ。それだけに、セオリーを守らない相手ほど、厄介なものはいない。あえて悪手も打つのが醍醐味だ。


「それと、知ってるものもいるようだが、俺は【赤の旅団】首魁のオーメルとパイプを持っている」

「では、友情を武器に頼み込むんですな?」とドットレー。


「無茶言うな。俺と奴の間に友情なんてねぇよ。それにオーメルって男はガッチガチのストラテジータイプだ。下手な事言えばケツの毛までむしられるぞ」


 一同に緊張が走った。確かに一代で巨大クランを立ち上げ、警察機構までしいた男が友情なんて言葉で動くとは思えない。(もっと)もな話だ。


「そこで、奴らにとっても価値のあるもので釣る」

「ちょっと想像が付きませんが?」

「泣いて馬謖ばしょくを斬る…っていわないか?」


 ???


「あれはとはちょっと違うが、国家元首クラスなら殺したくない人間を、斬らなきゃいけない時ってあるもんだ。ましてやこのアタドン…あるとはおもわねぇか?」

「ああ、じゃあ!流刑地に立候補するんですか!?」

「まぁ、皆が無視したくなる土地ってのはありがたいもんだぜ」


 国とは関係ない土地。いかなる勢力下でもない。そこに流刑は地にはもってこいだ。

 逆に考えれば、流刑地に指定された土地はいかなる勢力下にあってもいけない。


「誰かが口火を切ってしまえば―――後は倣うほうが得。今の時点で必要なくともいずれは・・・」

 国家元首でありながら、一般プレイヤーに過ぎない心のもろさを、逆に利用するのが戮丸の案だった。


「しかし、その案にも弱点はありますよ。その流刑者を守り抜かなければならない。脱走を許したら元も子もない」

「それに、そんな都合のいい人間が【赤の旅団】にいるかだな」


 一見いい案に思えても穴は出てくる。確かに幽閉に向いた土地柄だが、建物の普請が筒抜けなのは変わらない。その価値を他の諸侯が認めるまで、間違っても脱走を許すわけにはいかないのだ。

 流刑地に最適であると思うまでは―――


「いや、心配ない冤罪で放り込むから」

「はい?」

「だから生活が苦しそうな人間を捕まえて、三食昼寝付きで犯人になってもらうんだよ」




 …………


「悪党」

「ほめるなよ」


 確かに本物である必要はまったくない。幽閉に成功したという結果のみが欲しいのだ。立地条件から重要人物を送り込む事はないと思うが、今は施設の充実より、実績が重要だ。

 もしカラクリに気づいたものが出たとしても、都合の良い流刑地と幾ばくかの納税と青田刈り。天秤はどちらに傾くか?勝算は十分にある。


 青田刈りが徹底できれば状況は変わる。だが、宿に逃げ込めば徹底は不可能。


「ちょっと待って、どこかに穴がありそうな気が…」

「だから、その穴に気が付く前にデコイで駆け抜ける」


「戮丸が言った悪い事って、すっとぼけろってこと?」

「後明察。こっちは下手すりゃ存亡の危機がかかってるんだ。いいだろ?」


「旅団が断ったら?」

「最悪のケースだな。そのときはドワーフと冒険者を引き上げさせる。その条件なら奴は追及してこないはずだ。いくらストラテジータイプだからって虐殺や差別を助長するのは好まない。警察機構立ち上げてるだろ。基本善人なんだよ。悪ぶってるだけで」


 …あんたが言うな…


「ドワーフは分かるとして冒険者は?」

「マップを全部燃やす。俺の責任でやり遂げる。ドットレーには悪いと思うが…」

「その条件ら仕方がないの。しくじるとも思えんが」


「じゃあ、交渉は任せてもらおう。って、おれしかできんが…」


「何故話した?」とドットレー。

「いやね、オックスあたりが革命が~とか、そんな暴走したら泣くぞ。村長だって、殆どが会戦派の意見だ村の平和はわしが~…」

「台無しだな」

「意思の統一って大事よ~」


 そう言って全員解散した。



 その後、意見を交換した人員のみが集まっている。


「なんです?話って」

「最後の不安要素に気を配って欲しい」

「何かあるのか?思いつかんが」

「最後はね。嫉妬だよ。気にくわねぇからぶち壊してやるって」

「気にし過ぎって言えないのが泣けるな」

「ああ、まったく」


 戮丸の交渉を残すのみとなって解散した。

 普通が一番苦手といった戮丸は上手くいくのか?本当の一番の懸念材料は戮丸のつきの無さである。





◆031講和密談inファミレス




「さて…」


 巨大クランVS初心者部屋代表の会談場所はファミレスであった。

 相手がオリジナルタイムスケジュールを発動してないか、心配しながら相手を待つ。これで開口一番「戮丸敗れたり!」っていったら、2mオーバーの木材二刀流が可能か試してやる。確かあれは二刀流じゃなかったなとか思い出したが、体で引きずり回すように使えば・・・

 詮無きことを考えてる。メニューがえらく魅力的に見えるのが原因だろう。


 昨日は周りが予想以上に物事が分かってなくて、自分の考えに当てられた。自家中毒というヤツだ。自分が賢いと錯覚する悪い癖だ。


 予定の刻限は過ぎて10分経過している。10分くらいの遅刻は気に留めないが、そこからずるずる延びるケースが多すぎた事を思い出す。奴は遅刻の常習犯だった。この間、顔を合わせて気が緩んだか?


 こっちは珍獣インファミレス状態なんだ。配慮してくれよ。

 

 リアルフランケンシュタインを珍獣と呼ぶほど社会は甘くない。隠せよと言われそうだが、隠せば覗き込まれる。そして、そこに予想外の物があるとリアクションが大きい。酷く懲りた。治るもんでもなし…





「早いな…」

「…………」

 秀逸な遅刻の言い訳を聞いた。


「何頼む?奢るぞ」

「全部アウトだ。遠慮なく頼んでくれ」

「じゃあ、このジャイアントスペシャルチョコパフェ」

 食事制限されてる人間の前でソレカ?


「じゃあ、割り勘でいいな?」

(やばいコイツ!絶好調すぎる!ありえないだろ!俺食ってないし割り勘とか。半額タカル気か!?)


「・・・悪い冗談だ」

「俺は・・・本気だ」

「サツの世話になるわけにはいかないんだが」

「―――OK。話を始めよう」


 とても自然な会話だった…ええ…とても…


 遼平はチョコパフェを食べている。まあ、甘党だし古い付き合いだから気にはしないが…なんだってコイツ絶好調なんだ?この状態で駆け引きを持ち込むのは不味い。…正直に言った方がいいか…?


「なんだ?話せよ」

 四十間近でチョコパフェ食う姿が、様になる男って殴りたくないですか?


「―――悪い事を頼みたい」

「―――了解」

 交渉成立。


 遼平が言うには、悪いと自覚しているなら大した事は無いそうだ。悪いと認識していない事の方が危険だ。

 自覚した上で頼んでるんだろ?と訊いてくる。


 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。手早く話を済ませた。

 今日は色々な手管を使ってもしようが無いし、薮蛇になっても困る。

 素直に頼んで素直に帰ろう。


 レジで会計を済ませているときに、影で店長が携帯をしまったのが見えた。


 どうやら間に合ったらしい。




 ◆ヤツが来た!!!




 こちらは立地を知らない。この村と旅団本部の距離は幾ばくのものか?交渉から一週間は早いほうだと思う。

 今回は混乱の心配はしていない。問題は無いだろう。保険もかけてある。


「護送車が境界を越えた。到着は今日だろう」とシロガネ


 以前来た冒険者だ。忘れる。と言っていたが何かと便宜を図ってくれている。この移送が終われば、正式な村落として地図に載ることになる。

 ちょっとした事と思っていたが地図が変わるとなると、身が引き締まる思いだ。


 アレ以降オーメルとも密接な連絡を取っている。諸侯連合。そういうのか分からないが、そういった組織の手ごたえを聞いておきたかった。セオリーどおりに運んだとしても反感多数では手を打たなければならない。


「たかだか村が地図に載る程度の事でこの騒ぎとは…頭が下がるよ」銀にも事情は説明してあった。内容を聞き「そうか」と言っていたが、この狩人のような男は裏で動いてくれてると戮丸は見ている。


「あれはアンタが手配してくれたんだろう?」


 市場の露天が増えている。初心者部屋と村の人間だけでは人数的に限界がある。適度に情報をリークしたのだ。見物人の数や露天の数。小規模と言えど一大イベントとして、かろうじて賑わいをかもしている。

 外の熟練プレイヤーは上手く人込みに紛れている。スレイあたりが聞けば、真っ青な顔で警備体制の見直しを指示するだろう。

 世界に上げる打ち上げ花火が、身内でひっそりとでは…


「さあ?冒険者はどこからでも沸くよ。こと、お祭りとあってはね」


 その沸いた冒険者が《心得てる》というのは破格の条件だ。




 使える連中ってのはやっぱり違うな…そして、怖くも在る。


「来たぞー!」


 さて、オーメルはどんなブラフをうって来るのか?







 もう村落の面影は無い。白磁…とは行かないまでも白い石で組まれたテラス。随所に職人の遊び心の彫刻。離宮と言っても差し支えない。天井に開いた大穴はそのまま景観に利用され、息を呑む天の梯子を思わせる。

 その壁面の通路を護送用の馬車がゆっくりと下りてくる。行列には同じ旗がひらめいている。赤いから多分旅団の旗だろう。


「おいおい」


 いやな汗が背を伝う。冤罪。この場合は政治犯だろう。それなりに社会的地位が高い。それを思えば納得はできるが、王族の行列と言ったほうがしっくり来る陣営。


 オーメルが張ったブラフの一部か?


 政治犯そのもので無くていい。中身はその辺の食い倒れでいいんだ。それをカバーするために派手な護送にしているんだろうけど…


「あれの中に入るのは俺でも勘弁だな…」と銀。


 言ってしまえば大統領の替え玉だ。護送に白バイ隊やら機動隊。果ては戦車まで並んだら、中の人のほうが悲鳴を上げてしまう。


「大丈夫…ですか?」

 あまりの派手さに慌てて村長が聞いてきたが、こうなってしまっては、もうなる様になるしかない。「予定通りだ」と言えたのは我ながらよく出来たと思う。

 ――もちろん嘘は言ってない。


「責任者はあるか!」

 ――出番のようだ。


 戮丸は銀とドットレーを従えて前に出た。スレイたちには荷が重い。




 手を軽く上げて、下ろした。それを合図にざわめきが止まった。

 誰何した兵長には視線を向けない。じっと馬車の扉をにらむ。

 


 扉が開き、そこにいたのは儚げな微笑を浮かべた柔らかな淑女であった。

 今度は無言で兵長をじっと見つめる。


「そういじめるな戮丸」

 聞き覚えのある声が響く。


「政治犯ガレット・エトワールを護送した引渡しを頼む。オーメル・タラントだ」

「群党左門芝瑠璃 戮丸の名を持って確かに承った。ようこそ。地図に無い。名も無き村に・・・こちらへ」




 ――旅団のリーダー!


 さあて、どういうつもりなのか?詳しくは官邸でだな。

 兵士達は道を作り警戒する儀礼的な動きだが、隙は感じない。一方オックスたちも似たような動きをするが…



 ――大人を真似る子供だな。


 これからは苦手な戦場。不安要素が砂時計のように積もっていく。

 どうなる事やら…




 その顔は確かに笑っていた。




 ◆お姫様と一緒




 ―――と、いうわけでして、わたくしと致しましても穏やかな余生を送りたいのです。


 カラクリ箱の蓋が開いた。

 何と言う事ではない。中に入っていたのは本物だった。

 戮丸が欲しかったのは、空箱とその移送したと言う実績。中身に言及はしなかった。

 そこにオーメルがこれ以上ない本物を詰め込んだのだ。


 ロベール・エトワール大公が急死した。反乱軍鎮圧の折の戦死だった。その後、後継者が次から次へと変死し、相続権はガレット嬢の所に転がり込んだ。

 彼女は変死の理由に目星が付いた。一族内で殺し合いが起こったのだ。

 



 ここまで聞けば良くあるお家問題。お次の展開はヒーローが颯爽と現れて、何とかして、夕日をバックにキスでもして、エンドロール。戮丸はポップコーンを始末し、首をコキコキさせながら映画場を立ち去ればいい。パッとしなかったなとか勝手な感想をつぶやいて。


 予想外はここで現れたのはオーメル。颯爽と現れると姫にコソコソと吹き込み、政治犯に仕立て上げ、観客席の戮丸にパスしたのだ。




 ――俺のポップコーンがぁああっ!


「はい?」

「姫様。武者震いでございますよ」


 オーメル口から流れ出る美辞麗句。戮丸式に訳すと上のような言葉になる。


「オーメルてめぇっ!」

「ご迷惑でしたか?」

 ガレットは慌てて謝罪する。当然オーメルに対していっているのだが、責任はお姫様にもある。

 それに戮丸のように感情をもろに出す人間との接触は経験がないのだ。



「い・いえ…姫君少しお尋ねしたのですが、オーメル殿は私をなんと言って紹介なすったんですか?」


 ――敬語がオカシイ。


「ええ、オーメル様とは古くからの親友で、その力は古今無双。一騎当千にも至り、その進撃は50m級の壁はおろか万の軍勢でも止められず、今昔の森羅万象を振り切り、助けた姫は数知れず、しかし、祝賀の席には姿を現さない真の戦士だと…」


 カイカイカイカイカイカイカイカイカイカイカイカイ…


 ――戮丸なら…あるかもなぁ…それが同席した物の感想だった。


「物は言い様だなオーメル」

「嘘は言ってない」



 ――嘘じゃ…ないんだぁ…


「冗談はさておき。で対処に困ってたと」

「そういう事だ」


 え?


「今の説明で分かったのですか?」


 ガレットは意外そうに聞いてきた。


「もちろん」

「採点してあげよう」

 オーメルは教師のような口調でいった。


「口は悪くなるがそいつはかんべんな」

 ガレットは目を丸くしている。オーメルは紅茶を楽しんでいる。銀は大体分かっているのだろう。ドットレーは聞いても分からんと開きなおっている。スレイ・オックス・トーレス・オーベル・トロイ・ノッツ・大吟醸・シャロン…


 全滅だ。何故ガレットが驚いているかも分からないんだろう。

 戮丸は大きくため息を吐いて説明を始めた。




◆032馬鹿惨状




「まずは、ガレット譲ちゃん。事は意外に重大だ。その事を理解しているかが知りたいんだろう?」

「じょ嬢…はい」


 状況は先の説明どおり、お家騒動だ。ガレットは上流階級に上るバイパスチケット。誰だって欲しい。オマケに年頃の別嬪さんだ。大騒ぎになる。そこまでは分かるな。


「こう言ってはなんですがお約束ですね」とオーベル

「それがどうしたっていうんだ?予定通りじゃないか?」とオックス。

「で、仮想的は誰?」とスレイ。


   もちろん、この場合は下級貴族が主になる。しかし、手を差し伸べたのがオーメルだ。赤の旅団の台頭を快く思わない大貴族は当然いるだろう。更に、美姫と美男子のロマンスだ。あっという間に醜聞は広まる。隙あれば、でっち上げてでも…

  

   そしてその状況は大小問わず貴族には都合がいい。一般市民でもそういったゴシップは好物だ。時間を置くにしたがって連携機構が立ち上がる。頭の要らない連携機構だ。たちが悪い。大きくなるに従い、副次的な効果に主眼を置くものが現れる。

  

「どういうことですか?」


 横領・密輸そういったものだ。


「どうしてそうなるんだ?」とオックス。

「…………」スレイは思案した。


「大変だな戮丸。私から話そう」

 助け舟を出したのはオーメル本人だった。


「つまりこうだ。今、敵から我々赤の旅団は切り崩しを受けている。それは分かるな」

「ああ、それは分かる」

「結構。では、その切り崩しの手段は?と言えば、連絡経路の寸断。不祥事は彼らには戦果なのだよ」

「つまり、横領や密輸は貴族側から推奨されている?」


「俺の採点だろ?後は俺が話す」


 この状態はネットの《炎上》によく似ている。同情論・反論は寧ろ薪をくべているような物だ。良心的に考えれば、スルーが一番と言ったところだが、それは事態の進行からすると、何の意味を成さない。

 他の問題を投下して情報機関を制圧。そちらに目が行くように誘導すればいいが、その目星になる物が無かったのか?


「それに関してはノーコメント」


 まぁ、いい。ただ、赤の旅団は警察機構を担っている。そういった副次的な目的で動くものが現れると、対処が困難になる。

 大勢はちょっとした意地悪くらいの認識だろう。ただ、規模も違うし、監督する側が非協力的だ。《そうするべき》と言う空気が流れ出すだろう。お祭りだからな楽しんでるんだ。皆が皆。たった一人の被害者を除いて…


「被害者?」と、出来の悪い生徒オックス。

「国だ」教師役戮丸。

「警察機構・流通伝達機構の麻痺etc・・・国が機能すると思うか?」

「最悪…そんな奴ら放って置けばいい」

「まぁ~だ地続きだって理解してねぇのかよ」


「それを憂いて姫さんは助けを求めなかったし、オーメルも手を差し伸べなかった」

「…80点」

「及第点か?」

「満点なんてないし、知りたくも無い。及第点も存在しない」


  オーメルは端的に評価した。


「じゃあ、-20点はなんだ?」

「そろそろじゃないか?悪役は私の役どころだ」

 ――何っ!


 外が騒がしい。騒がしいのは当然だが、その中に悲鳴が混じっている。

 バルコニーに出て群集を見ると人だかりにポッカリと穴が開いている。

 悲鳴をあげる人。倒れ臥した人。武器を構えにらむ人。掴みかかっている人。


「このような場所は姫にふさわしくない!」


 一人がそう叫んだ。騎士甲冑姿だが…。


「公開したのはいつだ?」

「三日前」


 護送ならばと、志願したのだろう。唆されたのか?いや、独自判断。姫の表情に困惑が見て取れる。懇意にしてきた?言い寄られてきた口か?もし、恋仲であればこの場にいないのがオカシイ。

 この時点で思考を隅に追いやった。バルコニーから身を投げ出す。驚いた顔が視界の隅に映るが、頓着している場合じゃない。


 人並みは戮丸を避け道を空ける。


「何だ?この騒ぎは?」


 矢継ぎ早に治療の指示を飛ばす。そこはなれた冒険者だ。手早く済ませる。




「ガレット姫の警護を買って出た者だ!責任者はおまえか!」


 ――押しかけか。


「このような穴倉は姫にふさわしくない。こちらで保護する即刻引き渡してもらおう」

「三ツ星ホテル待遇か!さしづめてめぇは押しかけ爆裂ボーイか!」


 戮丸は負けてない。周囲の人間も穴倉と揶揄されてムッと来ていたが、戮丸の表現に噴出すのをこらえる姿が…

 騎士の風体で居丈高に命令されれば、それ相応の地位の人間かと勘違いしてしまう。が、今や使用人の扱いだ。プレイヤーの中にはそこから踏み込んだ想像してしまうものもいる。


「今夜のディナーは、自家栽培の肉棒で御座いますってか!わたすかぼけ!」


 騎士は面貌をあげ打ち震える。下げたままなら顔色が分からなかったものを、真っ赤だ。


「…馬脚を現したな。聞いての通りだ。貴様のような下賎なものに姫は渡せん!」

「人のメスなんぞに興奮するか!」


 ――彼はドワーフです。


 戮丸の暴言にオーメルがすかさずフォロー。ガレット姫は安堵のため息をこぼす。

 見ていた生粋のドワーフは「うむ」と頷く。プレイヤードワーフは苦笑いで頷いた。


「おい、この下賎な蛮人に正義の裁きを!」


 赤の旅団は動かない。


「引渡しが終わってるからな当然だ。頭悪いだろお前?」


 そういわれ騎士は更に赤くなる。数名の名を呼ぶと槍を持った小姓が数人前に出て構える。

 ――槍組みの小姓か。従騎士ね。下働きで死地に赴く、こんな場所では…難儀な事だ。


「賊は力ずくが御所望のようだ。決闘で済ますぞ。場所を空けてくれ。」


 圧倒的に不利だった騎士には渡りに船の提案だ。数では勝ち目が無い。しかも戮丸のレベルは6喜んで応じる。


 ――銀といったかよろしく頼む。

 ――姫、よく見ておいてくださいあなたの騎士が戦います。何が起こっても取り乱さないようお願いします。

 そう言ってオーメルは退室した。

 「貴女の」とはどういう意味か、ガレットには分からなかった。


 ――戮丸!相手のレベルは20だ。

 ――やる事は変わらん。


「名を聞こう」

「ガウェイン!ガウェイン・コーンローだ」

「では、残す言葉は?」

「ない!」

「伝える遺族は?」

「臆したか戮丸!」

「初手は譲ってやるいつでもどうぞ」

「ふん!貴様に譲られる覚えは無い!」

「じゃ、そこのお前。一部始終正確にご主人様に伝えてくれ。アレは当主の器じゃないだろう」

「きさま!」


 振りかぶった剣が振り下ろされることは無かった。


「このように振り上げると、相手の射程内に踏み込まなければなりません。初手で使えばこうなります」


 ガウェインの喉元に突きつけられた切っ先。


「少しはや――」

「初手は譲った」


 戮丸は2・3歩踏み込んだ。蟹の身を穿る様に小剣を柔らかく使い、気道と頚動脈を切り裂いた。

 ガウェインはヒューヒューと風きり音を口からこぼしている。血は静かに広がる。


 振り上げた手を盾代わりに使って、距離を取ればよかったのだ。無警戒にそのまま距離を取ろうとした。その意識の隙を突かれたのだ。


「どうした旅団?助けないのか?」


 兜越しでは表情は読めないが、予定と違うらしい。


「キュアライトワンズ一発打ち込んでやれ」


 戮丸の指示により光弾が飛ぶ。急に気道の穴が塞がった事により咽たのか「ゴホ」と数回繰り返し、血を吐く。一命は取り留めたようだが、立ち上がる様子は無い。

 戮丸も気に留めた様子は無い。


 回復係の指揮系統は、充実していた。全員が最大級の回復呪文を装備しているし、それは一個までと徹底していた。回復呪文はきっかけ、継続ダメージを防ぎ、行動可能になればいい。同一ターゲットに重複を避けるため施行階級を設けた。

 階級上位で呪文詠唱が出来ないものは、手を挙げる手はずになっている。階級上位者は比較的低レベルのものを優先させた。プロの手を煩わせるという意味より、本当の緊急時に自由に振舞えるよう配慮だ。低レベル者は呪文を打ち切ったら避難または避難誘導に走る。


 この些細な一事がきっかけになった。初心者部屋の人員は何をすべきか、何処にいるべきかを思い出す。


 ――おっかねぇ・・・


 旅団のメンバーは冷や汗を隠しきれない。力の差は大人と子供ほどある。しかし、今の流動はプロのそれであり…

 たった一言。しかも関係ない言葉で最適な形に陣容がアジャストした。

 

 盾持ちは単純に前に立つだけじゃない。戦場が太らないように陣取っている。取り残されたように立つのは巨剣持ち、コイツはトラだ。トラを包囲する事は壁が許さないし、壁を打ち破る事はトラが許さない。

 そして、屋根の上には弓兵。このゲームで弓に特化した職業は存在しない。それ故に皆近接武器を持ちたがる。それなりに腕に自信があるものなのだろう。でなければトラが危ない。そして、射手はトラを射らない。ここで、トラの生存時間の予想はグンと伸びる。


 射手の横にいるのは僧侶。勘弁してくれ・・・


 もちろん、それでも彼らには勝てない。


 薄い壁で組まれた包囲網。戦場には身の軽いトラ。その条件が導き出す答えは…


 ――主砲が狙っている。

 

 彼らのレベルではライトニング。直撃して無傷は免れない。一発くらいは耐えられる。しかし、三斉射となれば生きてるものは…何人生き残る?

 高台に立つ魔法使いが見える。ファイヤーボール要員か…


 死ぬな・・・


 基本的に彼らは勝つ。さすがにミックスオーダーの前には無傷では済まされない。


 戦術はナポレオンボナパルトの天才を持って完成された。


 この言葉に異論を挟むものはいるだろう。三国志の時代の天才軍師とか…それに関して言及する気はない。しかし、彼が戦場を変えたのは間違いない事実だ。


 彼の時代、基本的に一軍一種で構成するのが常識だった。突撃隊・騎馬隊と、彼は全ての兵種を同一軍に置く事を提唱した。もちろん、そんな事をすれば踏み潰される。それゆえの一軍一種だ。


 ただ、彼の時代に変化があった。武装はそれを許容出来るほどに進化していた。


 火薬を使った武器である。


 これによって、一人の兵士で軍団の突撃を止める事が可能になったのだ。

 この兵種を止兵とよぶ。耳慣れない言葉だと思う、のちに、グレネーダーと呼ばれるといえば理解できるだろうか?


 彼らは敵の突撃の勢いを止める事に特化した兵。生存率は著しく低い。殺すためではない。倒すためでもない。勢いを、軍勢というシステムを破壊するそれに特化したエキスパート。

 ここまでいってもその強烈さは理解できないものはいるだろうか?


 殆どのものがその恩恵にあずかっているゲーマーなら…


 グレネーダーと呼ばれる兵種は何処に言った?


 身近にいる。


 今はタンカーと呼ばれている。そのポジションにいるものだ。防御が有効なら防御を攻撃が有効なら攻撃を、回避が有効なら回避を。キル数ではなくヘイトを集める。


 このゲームにヘイトは無い?


 その言葉の意味は何だ?


 憎悪…ここでは殺意でもいい。


 それはこのゲームでも有効だった。


 そして、そのシステムにはゲーマーは順応している。名を知らなくても、その戦術の有効性は…ほかにあったら教えて欲しい。多分、歴史に名が残る。


 ――旅団すげえな・・・




 初心者部屋の人間は戦慄を覚えた。

 微動だにしない。

 陣容は既に詰んでいる。何か対策があるのか?無しで勝てるとでも言うのか?そんな不安に喉が渇く。

 間違いなく、ミックスオーダーは機能する。知らずに何万回も繰り返してきた。予行演習もしてある。その為に必要な取り決めも決めた。


 動いたら負ける。

 動いてくれ!


 二つの思考が鬩ぎ合う。押されているのは新人。空気で分かる。しかし、それを支えているのは…


 この常人では卒倒しそうな空気の中で小剣で遊ぶ男。戮丸の存在が・・・


 こいつがいるせいで新人は絶対に動かない。


 ――負けるのか?





「ガウェイン・コーンロー殺害の容疑で戮丸を拘束する!」

「生きてるが?」





 空気が一瞬にしてしらけた。


◆033ラウンド・ワン・ファイト!




 オーメル満を持しての登場は、不発に終わった。突っ込んだのはもちろん戮丸。


 今までとは別の嫌な空気が流れる。


 ――とちった?

 ――とちった?

 ――とちった。

 ――やめろお前ら、飛び散るぞ!


「-20点は終わってないって所か?」


 つまり、あの時点では完成していない。


「後は俺とお前のガチバトルで、お前に殺されて赤の旅団と緊張状態を作って締め。さすがに俺もただでは首はやらんし、死ねばこちらの組織は磐石。憎まれ役はお前って事で、旅団内でも気が引き締まる。一挙なん得だ?」


「何故分かった?」


「…何故分かったってお前…言わせる気か?」

「むろん。ギャラリーが待ってる」


 旅団のリーダーというのも頷ける鉄面皮だ。まるでさっきのポカが何かの錯覚に見えてくる。聞き間違いだったのか?


 戮丸は大きく息を吐き吸い込む。


「そりゃいつも俺がやってる役どころだ!間違うかボケッ!」


 ・

 ・

 ・

 ・


 あーそういうかんけいなんだー。

 周囲の人間は理解した。乱暴物の役を戮丸。正義の味方役をオーメル。しかしてその実態は?

 両方とも善人。


「魔王とゆ――」

「スタアァップ」


 何と言うペテン。


 これは補強策だった。突如降って沸いた流刑地。突然の逮捕劇。都合の良すぎる事象の裏にシステムがあると考えるのも無理からぬ事。認識してしまえば、対処のしようはいくらでも在る。

 それを嫌って分断を試みた。芋づる式に共倒れはしゃれにならない。


 もちろん、別組織と公表しているが、それを信じるお人よしはいない。当面の間は赤の旅団に頼らなければならないし、全員がそう感じていた。


 互角に戦える戮丸のアピールは必要不可欠だ。


 住民側としても、いざとなったらオーメルに頼ればいい。そう考えてしまえば、それはでかい隙を生む結果になる。さすがに村の恩人の首を落とされれば・・・


 だから、ここでオーメルが勝ち逃げする必要があったのだ。


 二人は沈黙を続けている。





「こっからはアドリブ勝負か」


 銀はつぶやいた。この二人がどういう人間かは銀は知らない。ただ、一連の出来事で、大体理解できた。

 ローフルグッドはオーメル。戮丸はケイオスグッド。法を準するか混沌を好むか?しかし、共にグッド。戦隊ものでブラックが戮丸。オーメルはレッド気質。

 レッドがブラックの役どころを演じようとして、ブラックが看破。



 ――どうするつもりだ?


 戦隊ものといえばチープな印象を受けるが、素で出来る人間にはお目にかかった事が無い。もちろん、往来でポーズを決める愉快な人たちは見た事があるが、彼らはそうじゃない。

 一つの事象があれば、その事象に必要なポジションに立つ。決断にその人の度量が現れる。非常に興味深い。


「何とかなるな…」

「そうだな。何とかなるな・・・」


 二人の賢者は同一の答えを出した。安堵のため息が誰ともなしにこぼした。



『・・・これでっ!』

 オーメルがコマ落しのような斬撃を放つ。戮丸が振るった小剣が間に合う。しかし、オーメルは振り抜いた。


 ライナーで宙を吹き飛ぶ戮丸。壁に衝突する。衝突音は・・・無い。


 次の瞬間、戮丸の手袋が青白い光を湛える。時間を巻き戻したかのように飛ぶ戮丸。掌打を繰り出す・・・かに見えて膝!


 それを盾で受け、返す刃で掌に斬撃を繰り出した。


 双方後ろに飛ばされる。踏ん張りが利いたのか数メートル程度脚を擦った。戮丸は反動をバク転で殺し、仕切りなおす。


 周りは、画鋲でも踏んだかのように構えをとる。消えた緊張が・・・


「おしまい」


 そういったのは戮丸だった。何が無いやらわからない。ほぼ互角の戦い…勝負はこれからでは?


「スクロール開いて俺とこいつのhpバー見てみろ」


 戮丸のhpバーが7割削れてる。

 それに対してオーメルは数ドット。


 戮丸は完全にガードしていたし、吹き飛ばすほどの攻撃を加えた。


「それでもこのレベル差は覆せない。勝負にならないんだ」

「もっとも、私でも首を斬られては保ちはしないがな」


「んな隙見せないくせに」

「当然だ。こじ開けて見せろ」


「これで、下風に見るものはおるまい」

「旅団は絶対的な保護者じゃない」



 ――選んだのはハッピーエンドか・・・


 二人の才覚からすると少々興ざめな結果だった。


 だが、油断は出来ない。少なくとも操り人形に出来るレベルじゃない。利用したつもりが、利用される可能性が・・・とりあえず、打診のあった件は白紙の方向で、貴族の玩具遊びに付き合って火傷は馬鹿げてる。喉笛を噛み切られるかもしれない。




 ――銀様?


 そこにはガレット嬢が不思議そうに見つめていた。

 ドッと噴出す冷や汗。この娘にオーメルは何を仕込んだ?考えすぎか?いや、しかしっ!


「騒ぎも収まったようですし、二人のところに行きましょう!」

「えっ・あ・」

「行きましょう行きましょう、さあ行こう」


 銀はガレットを押してエントランスへと向かった。




「姫ご覧になられましたか?」

「ええ、すごくて・・・」

「では、戮丸が資質があると?」

「もちろんです」

「おや、銀殿は?これは気づきませんで」


 深々と一礼するオーメル。目は笑っていない。


 ――ヤバイ。


「高いところは意外と見えない事が多い。たちが悪いのが、分かった気になってしまうという事だ」

 と、戮丸。


 ――ヤバイ。




 何この連携?オーメルは薄々予感はあった。しかし、戮丸までも!

 急速に胃に穴が開く。嘘だろ助けて!


 黙って頭がいいオーメル。馬鹿の振りした戮丸。どちらがたちが悪い?

 とりあえず俺は家に帰りたい!


 オープンカードで騙し合いを繰り広げたこの二人。自分の手札は伏せたまま。たぶん、見抜かれてる。

 この状態で分が悪いのは誰でしょう?

 劣勢は俺。

 わけわかめ。


「戮丸!ちょっといいか・・・」

 銀は戮丸を連れて奥へといった。




「なんなのでしょう?」


 とガレットはオーメルにたずねた。





「たぶん、銀殿は戮丸に白状しているんだと思います」

「頭の良い方なんですね」

「ええ」


 銀は別クランの者だった。旅団に並ぶくらいの大きさだそうだ。クランの名は砂の冠《サンドクラウン》ゴブリンの異常行動の報告を受けて、銀は派遣された。念の為という措置であったが、それが予想外のあたりを引いた。

 エトワール家のお家騒動に赤の旅団。もちろん、逆の組織からの依頼も来ている。砂の冠(サンドクラウン)としては、アドバンテージを持っていた訳だ。


 で、引き続き情報の引き出しと情勢の見極め。善悪は関係ない。美味しければ受けるし、ヤバイなら手を引く。依頼だって悪い事だと明記して受けている訳ではない。ちゃんと都合の良い善で飾り立ててある。


 だから、戮丸に協力した。悪気は無い。わかるだろう。判断できる状態じゃない以上、少しでも恩を売って、地ならしは必要だった。


 ここで、善悪を出してこなかった事を戮丸は後に評価した。


「では、この情報はオーメルに伝えるがいいんだな?」

「かまわない。というよりも必ず伝えてくれ!」

「自分で言えよ」

「・・・ああ、後でそうする」


 砂の冠(サンドクラウン)側のマイナス要素は、札を伏せているという事。ここで、旅団が砂の冠(サンドクラウン)に敵意ありと叫んで攻撃を仕掛けたとなればどうなるだろう?

 札を伏せていることこそが敵意の証と・・・


 そんな巨大クラン同士の大戦争は望んでいない。これが、慌てて戮丸に告げた真意である。その後の「自分で言えよ」は面倒だから出た言葉とはもう思っていない。


 親切心だ。


 告げてくれと頼んでも、オーメルはすっ呆けるという行動が取れる。外交特使として、正式に言わなければ危険すぎる。


 さらに、正式に宣言したにもかかわらず、無視される事例は歴史上良くある事だ。

 彼が出来る限界までの仕事はした。後は誠意ある付き合いをしていくしかない。




 噛み砕いて言えば、戮丸とオーメルが、もちょもちょと遊んでいた。

 これは金になるかもしれないと近寄った。

 協力もした。

 金になればいいな。

 

 気がつけば、その渦の中心に居たで御座る。




 周囲を見れば戮丸・オーメル・姫様。もちょもちょ遊ぶ。渦はスピードを上げ…


「戮丸。俺、旅団に亡命してもいいかな?」

「はたらけ」




 ◆洞窟大好き(ケイブマニア)




「で、この村はなんて名前なんだ?」

 と、オーメル。当然、書類制作の上で必要な事だ。


 ――


「沈黙。それが答えだ」と、戮丸はドヤ顔で言った。

「沈黙村な。わか――」

「ゴメンナサイゴメンナサイまだ決まってません。という事で村長」

「戮丸さんに決めて貰いたいんじゃが・・・」

 

 当然の流れか…


 ここは宴の席。旅団メンバーも兜を取り参加している。兵装を解くと表情豊かなプレイヤー気質が表に出て、新人達は面食らった思いだ。新人はスキルがまだアンロックされていない。そこで旅団メンバーが、屋台料理を作って振舞った。アンロックのシステムは分かっていないそうだが、宿を出られるようになると出来るらしい。


 さすがに最高峰プレイヤー料理の腕もそれなり以上で、その中から腕自慢となると、お代わりの量は止まらなかった。


 戦士系は戦闘テクニックの話題で盛り上がり、魔術師系は調合などが人波を集めた。中には楽器演奏を始めたり、アイテム自慢が祭りに花を添えた。旅団メンバーはここで一泊することが決定し、アリューシャやガルドと旧交を温めている。


 中には存在を知らないプレイヤーも居たが、事情を話すと理解した。


 そんな訳で給仕するアリューシャを見て、顎が外れるほど驚いた面々も。

 アリューシャは外の世界でもボディをもっていて、大貴族の一員だとか・・・伯爵位を持ち領地を治めているはずのアリューシャ嬢がビアジョッキを持って給仕をしてるのだ。驚いたのは無理からぬ事。




 興味深い話があちらこちらで飛び交う。

 そんな中、戮丸が上げる案がオーメルに次々と却下される。


「パスロ――」

「却下。狼が居ない」


「六波羅」

「却下。漢字書けるのか?」


「玉――」

「それは町だ!却下!」


 オーメルの拳が綺麗に顎を打ち抜き戮丸は光になった。


「素手でオーバーキル・・・恐るべしレベル50」

 それをアンタは凌いだんだよね?


 戮丸は降参した。「無理!わかんね」


「シバルリと言うのはいかがかの?」とドットレー。

「漢字じゃねぇか」

「いや、いいんじゃないか。元はフランス語か?」


 オーメルの意外な賛同に戮丸は渋面を作る。


「戮丸さんのお名前かい?村の連中も喜びます」

「じゃあ、シバルリ村で決定だ」


 慌てる戮丸。


「白状すれば、シバルリってのは騎士道って意味だ。些細な出来心で名乗ってるだけで《騎士道村》なんて変だろ?な?ごろもわるいし」


 ・・・


 暫し考える。そして一斉に・・・


『決定』


 戮丸の黒歴史が刻まれた瞬間である。

20150506 校正加筆

20160204 編集統合。旧ナンバリングはサブタイトル頭に付加 

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