閑話休題
タイトル変更に伴い補完ショートストーリーを作りました。
設置場所に困っているので、今のところは仮設です。
Q、死んだら臨死体験できるゲームを貴方ならやりますか?
A、どゆこと?
「アンケート結果です。目を通しておいてください」
「って、この訊き方は無いんじゃない?」
女史はアンケート結果をデスクの上に投げ出し、質問に質問で返した。
「この訊き方じゃ、死ぬみたいに聞こえるじゃない。試作型【揺籃計画】は安全面に関しては万全よ」
どうも質問の文言に不満があるらしい。
乱暴に椅子に腰を下ろすと、ブラウスの胸元のボタンが悲鳴を上げているように見えるが、女史はそういう点には全く頓着しない人種らしい。
「でも痛いんでしょう?死ぬほど・・・」
聞かされたコンセプトではプレイヤーはアバターが死ぬと寸分たがわぬ痛みを感じるらしい。激痛によるショック死はあるのでは?と、当然の懸念を口にした。
「その辺は大丈夫。仮に心臓が止まっても、インプラントした機材が内臓を動かし続けるわ」
「・・・人体改造って言うんですよ」
「良い事じゃない。心臓麻痺しなくなるのよ?」
「しかしですねぇ・・・ゲームで仮に死者や後遺症が出たら・・・」
碌な事にはならない。有り得てはならないことだ。
「癲癇に近い症例を発症したなんてあったわね」
「無責任な、まるで他人事みたいじゃないですか」
「そうね。でも何をやっていても死ぬ可能性はあるわ。逆にその水準まで危険度は抑えてあるの。でも本当のところは痛いのが嫌なだけじゃないの?」
女史はこちらの意図はお見通しらしい。
この女史はいわばマッドサイエンティストだ。倫理より自分の論理が実証したいだけだ。それでわが社の利益になればいい。俺の知らない遠いところでやってくれ。
ただ、彼らの立場では無関係とはいえない。
この計画は社運を賭けてるといっていい。社員全員がインプラント手術を受け、テストプレイに参加するのだ。彼自身も例外では無いし、そういった有志もおおい。力なきもののささやかな抵抗活動といった所だ。
パッケージ品でも抵抗があるのに、その製作過程のテストプレイヤーが確定している。ブラックどころじゃない。
更に斬った張ったが約束されているのだ。退職者も出るだろう。
しかし、軍隊並みの契約書にサインして仕事に従事しているのだ。望みは薄い。
「普通のVRMMOじゃダメなんですか?」
「ダメって言うか・・・技術的に無理。フルダイブじゃ無きゃ・・・ね」
・・・?
女史の言っていることが理解できなかった。元よりVRMMOとフルダイブがどう違うのかも判らない。
「そこから説明しなきゃね」
現代の技術ではまだVRMMOは実用できない。フルダイブ型でさえ現在開発中なのだ。
「まず、VRMMOには無理があるの。小説やマンガじゃそこは無視しているけどね」
曰く、VRMMOをした場合真っ先にリハビリを行わないといけなくなるらしい。
「いわば脳波コントロールよ。専門の訓練なしで出来る訳ないじゃない。自分の身体だって・・・よく有るでしょ?体は治っているのに動かし方を思い出せなくてリハビリって」
「そんなに難しいんですか?」
「ほぼ無理。出来る人間はいるでしょうし、出てくると思う。でもそれは全く違った才能よ」
「他にも問題があるわ。解像度の問題。幾ら解像度を上げてもドットは目立つわ。だってそうでしょ。目を通さず視覚野に画像情報を叩き込むんだもの、全部見えてしまうのよ。肉眼なら距離による天然のフォーカスが利くけど・・・意地になって解像度上げたら・・・4Kとか12Kとかの視覚情報を叩きつけられるの。死ぬわね。視神経に直接DOSアタックみたいなものよ」
そのほかにもプレイヤーの意識レベルをどのレベルで行うか?などの問題もあるらしい。
理想を言えば五体を完全にシャットアウト。これで、プレイヤーとアバターが寸分違わなければ、前述の問題はブレイクスルー出来る。しかし、それは肉体のOFFスイッチを設けることになる。中途半端にやれば接続した瞬間心臓が止まる可能性だって有る。
「どっちが危険?」
「すみません。VRMMOとフルダイブの違いを教えてくれませんか?」
「専門的な言葉は抜きにして話すわね」
人間は脳と感覚器が神経で繋がっている。その間をジャックするのがVRMMOとするわね。バーチャルだから・・・。
この意見はまぁ判る。概ねそう表現されている。
「フルダイブ型はもっと奥なの」
「・・・おく?」
「このペンを見て、どういう物?」
「どういうもの?って良くある安物のボールペンですが?」
「そう、貴方は目という感覚器を通して脳で判断して『良くある安物のボールペン』と定義したの。そうね。専門的なことを言ってはなんだから【文章野】とでも言いましょうか・・・その【文章野】をジャックするのがフルダイブ式なのよ。軽いでしょデータ」
多分私はものすごい表情をしていたと思う。
「そんなもので成り立つのですか?」
「あら、文学作品全否定な発言ね」
「じゃあ、あまり痛くないのでは?」
「逆よ。痛みを軽くする事はできないの。完全にはね」
・・・???
「『良くある安物のボールペン』のイメージはそれを受け取ったものの記憶からフィードバックされるの。それで過不足無いと思うわ。多分誰でも同じものをイメージすると思うわよ。黒いキャップに軸は透明なプラスチックな物をね。でもフルダイブ型ではそれが現実になるの。ゲーム内のね」
「・・・つまり、自分の経験からその痛みを再現してしまう・・・と」
「一応安全策で人のHPは30と規定してるわ。だから、それ以下のHPだと痛みにのた打ち回っている間に体が消えるわ。越えれば痛みは割合で襲ってくるの、痛いのが嫌だったら貧弱キャラがお勧めよ」
「それなら安全マージンをとって採用すれば・・・」
「逆に危険よ。拷問って肉体を傷つけずいかに苦痛を与えるか?ッて言うものでしょ?最大の苦痛はどうしたって発生するし、それに備えた立ち回りをしなければならない。ゲームだけど遊び感覚じゃダメなのよ。それに、リアルに復帰した時の影響を考えると倫理汚染が発生しかねないわ」
意外に考えているようでびっくり。
「その目は知ってるわ。失礼なこと考えているでしょ」
「滅相も無い!」
図星である。
「まぁいいわ。そのおかげで匂いや味覚まで再現できているの。スペクトル分析無しにね」
「・・・凄いですね」
正直言葉にならない。ただただ、感心した。
「凄いでしょ・・・って言いたい所だけど、フルダイブだから辛うじて実用化の目処がついたって所よ。VRMMOは目下研究中だけど、正直それは他社の仕事ね」
仕事は山積みよと言わんばかりのポーズをとる。
「でも画期的な発見なのは確かよ。労働意欲は湧いたかしら?」
ここまで説明されてはぐうの音も出ない。最後に素朴な疑問を投げかけてみた。
「自分が体験したことの無い情報・・・未知の味覚とかはどうなるのですか?」
「何の為に皆で有線連結してると思うの?そんな事は絶対に無いわ」
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「すみません。貴方の頭脳を見込んでお願いしたい。『この会社の安全な退職方法』を発見していただけませんか?」
「皆で、楽しい事しましょーよー」
この魔女には一生勝てない。それが私の発見だった。