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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
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102 ルーン王



「わが名はグレゴリオ。死の女神ケティスに使える神官にしてダークロード!貴様のあいてをしている暇は無いっ。退かれよ!」

「・・・ルーン王気取りかよ。ふざけるな邪魔はてめぇだ!」


 二人は巨体をぶつけ合う。


「古い呼び名を知っているな!いかにも我、死のルーン王!知らば退けいっ!!!」

「だからどうした!」


 その一言で頭が一気に醒めた。

 ムシュフシュもTRPGの知識経験はあった。

 このアタンドットでもそれはプラスに働いている。


 そのムシュフシュでも読み物の中でしかお目にかかった事の無い存在。


 ―――ルーン王。


 強いとかそういう次元ではない。

 強さも詳しくは知らない。

 ただ知っているのはヤバイ相手という事だけだ。


 子供の頃、―――中学に上がる前。上の兄弟がやっていた。

 自分もやりたいといったら。『お前にはまだ早い』と止められた。


 それきり接点は無かった。ただ、まだ早いと言われた理由が知りたいと思っていた。


 それは後日わかる。


 まず、システムが難解な事。

 疲労度やストライクランクという行動順位を決定する要素がはいっている。

 ただのRPGであればたいしたシステムではないが、その増減を紙上で管理するには子供では性急に過ぎる。


 そして、その背景がブラック過ぎる事。宗教戦争を題材にしているので、生贄や殲滅など小学生には刺激が強すぎるのだ。

 何しろ神が実在する宗教戦争だ。

 一般人の考えるブラックなどは軽く跳び越える。


 ―――だが、その重厚な土台に魅かれた。

 それは小説や物語の中での話だ。そのルールを持っている人間と直接の繋がりは無かったし、難易度は最上級に属する。更に、希少であり、完全に日本語翻訳もされていない。

 興味はあったが手を伸ばすには敷居が高すぎた。


 知っているのはヤバイ相手。特に死のルーン王なんて・・・

 このゲームはTRPGをリスペクトしている。

 グレゴリオが死のルーン王名乗った以上・・・


 ―――洒落で済む相手では無い。


 ―――まさか、ルーン王と切り結ぶ事になるとは・・・


 ムシュフシュは見下したような言動に反し感動さえ覚えていた。

 詳しいものがいれば・・・いや、死を司るルーン王は霊魂・・・魂を肉体から剥ぎ取る魔法が使えるはずだ。

 トロールの神は憶えていないが・・・死を司るのはプレイヤー側の神だったはず・・・ゲームの違いか、全て同じと言う訳ではない。


 ただ、死を司る神に使える戦士は【嘘がつけない】はず、その性格は引き継がれているのか?


 しかし、見れば見るほど惚れ惚れする。


 その武装は全て規格外だ。

 その鎧は黒く沈んだ色をしていて、アクセントのようにルーン文字が青く光る。

 その盾は鉄塊のようで―――


 ―――何より剣だ。間違いなくイモータル装備。

 柄に絡みつくように茨の装飾と一枚の花弁の赤がアクセントになっている。

 当然、金属製だろう。

 間違いなくネームドクラス以上の武装だ。

 そして何よりこのサイズであればムシュフシュにも着られる。


 防具は基本的に体型にアジャストされる。

 だが、ムシュは薬物によって肥大化した。

 つまり人間を逸脱したのだ。


 既存の防具が着れない事は、薬物強化のペナルティと受け止めていた。

 最初から人間には着られないサイズの鎧をオーダーメイドし、少しずつ永続級エンチャントを重ね掛けしてきた。


 防御力強化は出来るが、ドロップ防具を使えないというデメリットは大きい。

 実際、旅団所属の上位戦士の方が防御力は上だろう。

 更に特殊能力まで付く。一応バフのエンチャントもかけているが、【軽量化】の極一般的な物。


 一点物には遠く及ばない。


 ムシュは唇をベロリと舐め湿らせた。


 ―――アレが欲しい。




「俺は枯山水の【王の乗獣】ムシュフシュだ!」

 名乗りには返答を返す。それぐらいの矜持はムシュも持ち合わせている。


「枯山水とは!?」

「貴様らを狩る者の名だ!」

 

 巨人同士の剣と斧が火花を散らす。


 しかし、相手にハッタリ負けしたくなくて【王の乗獣】を名乗ったが失敗だった。

 いや、グレゴリオは【ルーン王(・・・・)】だし―――


 この言葉に嘘は無かった。

 語源のムシュフシュというのはバビロニア神話に登場する幻獣が元だ。

 決めた過程にはあまり意味が無かった。


 ただ、気難しい気性で、オーメルに従おうとしない様から、ギルド内からはそんな話がチラホラ聞こえて来てはいた。


 偶然の一致で神話をなぞった。


 オーメルがマルドゥクだとすれば、いずれは軍門に下る事になる。

 しかし、逆説的に王を選ぶ立場にあるとも言える。

 それがこそばゆくて名乗ることは無かったが――


 ―――まぁいい。


 大質量金属の衝突音が割れ鐘のように鳴り響き続けた。



 ◆ リロードピアス



「大丈夫か?」

 廃墟に投げ出された大吟醸は目を覚ました。目に映るのはマティの顔だった。

 その表情から危急の事態はまだ終わっていないらしい。


「――どれだけ寝てた?」

 怒鳴りつけるくらいの勢いで訊いたつもりがか細い。

 身体にはうっすらと燐光が消えようとしている。

 多分【覚醒】ノッツのフォローだ。見覚えがある。


「殆ど時間は経っていない。ただ、銀は死んだ」

「爺さんは!?―――いや戦況は!」


 意識は一気に覚醒へと傾き、矢継ぎ早に聞くがマティの視線は戦場を睨む。

 そのしぐさが雄弁に語ったのは皮肉な事だ。


 視線の先ではムシュとグレゴリオの剣戟。

 グレゴリオの足元には老人の死体。


 逆に防衛線の方は崩壊していた。


 崩壊していたのは突撃を仕掛けたオーガのほうだ。

 多分、戮丸がアトラスパームで一蹴したのだろう。

 枯山水の面々は追撃に移っている。だから、介抱にマティが近寄れたのだ。


「――凄いな。あのグレゴリオとまともにやり合ってる」

 マティの感想はもっともだ。


 俺達にはグレゴリオの恐ろしさは骨身に染みている。

 大吟醸などではダンボールのようにグシャリと斬り潰される。

 鎧ごと―――ムシュの鎧にそこまで性能の違いは見受けられない。

 喰らい方―――技術の問題だ。


「―――もう一回飛び込む。チャンスだ」

 大吟醸の言葉にマティは表情だけ驚くが、その思いは口にしなかった。


 ―――戮丸よりはマシ―――その判断がわかるだけに口には出なかった。


 問題は身体だ。立ち上がり瓦礫を払う。異常は見当たらない。


 ――待て。との声。

 背中に鈍痛が走る。マティの手から引き抜いた短刀大の木片が落ちた。

 その端は血で濡れている。




 ――小ダメだ。ありがとよ、と礼を言い向き直る。

 自分の損傷に頓着している暇は無い。


 それは――静止の声かと思った。




「――早い者勝ちだ」

「――ああ」

 二人は巨人達の戦場に身構えた。




 ノッツは【小回復】(キュアライトワンズ)を投射し終えた。

 これで大吟醸の止血くらいにはなるはずだ。


 両耳のピアスが赤く光る。

 このピアスは【リロードピアス】使用した呪文を回復するアクセサリーだ。


 これだけ聞くと超強力なアイテムに見えるが、種別としてはハズレアイテムだ。

 前回の戦利品である。


 呪文が1レベル限定という事。それが最大の要因だ。

 1レベル魔法は使い勝手の良いものが多いが、戦闘に大きな影響を与えるようなものではない。


 それ故にハズレなのだ。


 ただ、ノッツ以外にとってという但し書きが付く。10分に1個回復する。それが左右で二個だ。

 このアイテムを得てノッツは狂喜乱舞した。

 単純に回復できるという他に、呪文の種類が増やせるという利点があった。

 【明かり】のような魔法は1スロットでいい。【サーバントスネーク】もだ。一戦闘で消費する魔法を想定して配分すればいい。

 全て使い切っても、それだけ小休憩を設ければいいだけの話だ。


 彼にとっては超強力なアイテムだ。


 ―――だが、足りない。

 1レベル魔法ではもうグレゴリオに通用しない。

 通用しないでは済まされない。しかし――


 【明かり】はもう効きはしない。【小回復】を反転させた魔法でも豆鉄砲は否めないし、どんなに狙っても死体の首を刎ねるには至らない。


 【サーバントスネーク】・・・本当にお守りだな。


 その他、上位魔法もあるにはあるが、本来グレゴリオと戦うレベル帯ではないのだ。ムシュだってグレゴリオに魔法を使わせたら、かなり分が悪い。


 グレゴリオの魔力は未知数。―――ただ、威力で【シリアス】に劣るはずの【広域回復】の魔法でノッツたちの傷は全快した。つまり、全快状態であの【広域回復】を逆転使用されれば、良くてあの時の状態・・・いや、よそう。


 ―――全滅してた。


 考えたくない思考が頭を埋め尽くしていく。

 救いを求めるように視線が宙をさまよう。


 ――何も悪くない。

 ――それが最善だ。


 考えれば考えるほど、それしかないと思えてくる。


 ――いや逆に何故その選択に躊躇いがあるのか?

 とさえ思える。


 試すだけなら・・・それでも嫌だ!


 ―――この面子なら戮丸を殺しきれるのでは?


 かぶりを振って邪念を追い出す。


 ――本当に邪念か?

 ――いや、今の自分の方がおかしいのでは?


 戮丸の死は何度も目撃した。

 銀だって今、苦しみながら死んだ。

 戦場で生き死には当たり前。

 ―――それこそが今、人を一番失わない方法。


 ―――何故躊躇うっ!


 判らない。判らないんだ。

 ―――人殺しの感触がリアルになりすぎた。


 視線はマティのそれと絡まる。

 ―――見透かされた!


 マティは大きく頷くと戦場に展開した。


 ―――行くな!行くんじゃない!!


 しかし、言葉は出ない。思考を読まれた?いや、葛藤さえ読まれたか?

 

 ――自分が下せない決断を理解して暴走するつもりか!

 ――何故ここまで自分はかたくななんだ?

 ――今、事態の遅延は想像を絶する最悪を招く。


 それだけは判る。




 視界の端で開きっぱなしのスクロールが赤く光る。


〈【ランゲージ:巨人族語】を憶えますか?〉


 ――ダメ押しを喰らった気がした。




 ◆ 戮丸の賞味期限




 衝突音が響く。ムシュとグレゴリオが吹き飛ばされた。

 大吟醸は間に合わなかったらしい。


 もうもうと上がる砂煙の向こうに、青白く光るオーラを纏った戮丸がいた。


 その顔の右半面がゴプリと黒くけた。


 ――その姿は酷く寂しげに見えた。



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