100 炎界の住人
「俺がサポートする」
進言したのは大吟醸。つまりダイオプサイトの役どころを代打で出るという事だ。マティもそれに続く意思を示す。これで途端に現実味を増した。忌々しいことだ。
「・・・首は何個送った?」
「六個・・・あと二つだ。多分、戮丸は守ってる。あの場所を!」
首を回収し次第、後送していた。そのカウントはノッツの役だ。
そして戮丸はその場所を守っている。そこに確証は無い。だが、戦術原理に従って動いていることが判った今、ノッツの見立てに間違いは無いといえるし、ムシュフシュだってそう思っている。
戮丸の執念深さを垣間見た。俺はそこまで頑張れるか?
答えは知っている。出来る訳が無い。
自分の意思を反射に焼き付ける激情は持ち合わせていない。
戮丸の敵性判断は現在俺達は黒に近いグレーだろう。
戮丸を屠った後の道筋は出来た。その屠るという行動が、奇跡に近い所業だという事はわかっている。ここで仮に戮丸がポッと消えて、その後を乗り切れる手応えが付いたという事だ。
届かない手がかりは無いのと一緒だ。だが、思考の隅においておこう。
今の勢いなら、何時【不可能】だった事案があっさりと【不可能だった事案】に変わってもおかしくない。
アレとは闘いたくない。今なら素直にそう思う。勝ち負け以上に今までの常識ごと粉砕されそうだ。銀も同様だろう。
いや、銀は最初からそうだった。
ノッツの発見は大きい。
攻略の糸口にはなりそうも無いが、戮丸は誘導できる。この事実が大きい。ならば、戮丸を一時的に退かし、首を回収後逃走。その線がノッツの実際の策だろう。
確認を取った。
概ね合っていた。問題は首は残り二つと言う事。
戮丸の移動範囲が狭まった。残りの死体に神経を割り振った結果だろう。
戦闘は上手くいっている。大吟醸とマティは何しろ美味しい場所に敵を集めてくれるし、大振り後の硬直をしっかりフォローしてくれる。実際は大忙しなのだが、思考は意外にクリアに仕上がった。
「実際に助けられるのは後一人だな・・・」
「なっ、何言ってんだよ!?」
「ここで化け物を仕留める気か?無理だろう―――」
「まずはタイミングを計ろう。オーガ共の死体が邪魔だ。戮丸さんは殆ど動きが無い。――多分死体は密集している」
「つまり、あのオーガの死体を退かし、死体の所在を確認してからワントライに賭ける」
ノッツの総括に大吟醸は不満の声を上げたが、現状を鑑みると不満は代案に変わるに至らなかった。実際に突っ込むのは銀だ。彼の負担は極力減らそう。数回に分けてトライするのも賢明じゃない。戮丸は確実に順応して憶える。ただで済むとは思えない。被害も尋常じゃなくなる筈だ。
「旅団に経路確保の連絡はしました!」
「後は掃除か」
「確認次第突っ込むよ。サポートと号令、頼む」
「俺も突っ込む。オプ爺は下がれ」
「わしか!?」
「爺さんが死んだら大吟醸の戦力は格段に下がるし、集中力もだ。任せよう」
「マティ・・・頼むぜ。ノッツ!俺とお前はここで一番死んでいい人間だ!覚悟を決めろよ」
「任せてくれ」
「・・・シリアスは残ってるか?」
「アレをやれってのか!?」
「・・・頼むぜ相棒。他人にやってくれって頼める連携じゃねぇからよ」
「―――判った。二人で戮丸に挑戦しよう。きっと驚いてくれる」
「おい聞いたか?この期に及んでまだ隠しダマがあるってよ。こいつらは・・・素直にすげぇって思うよ。負ける気がしねぇ。ドリームチームじゃねぇか!」
「それで、そのメンツで、爺ィ数人助けられませんでしたってねぇよな。恥ずかしくって生きてられないぜ」
「枯山水!覚悟を決めろ!!仮にも最強武闘派ギルドの自負があるならッ、旗を立てろ!」
枯山水には自負があった。当然、大手クランにはかなわない。シバルリにも敵わないかもしれない。でも、地獄を生き抜いてきた。
大吟醸たちが折れそうになった状況はざらにある。
やってられるか・二度と戦場には出ないと心に決めたことも星の数だ。
それでも彼らはそこに居る。援護も魔法も届かない。ご丁寧な策も無い。希望なんて贅沢品だ。・・・何度も死んだ。それでも俺達はここに居る。ソレは彼らの最強の形だったからだ。
「おれ、この戦争が終ったら結婚するんだ」
「最近サラダ作りに凝っててな」
「当然パインサラダだろ」
「ステーキ付きな」
「伝説の木の下で告ると絶対成功するらしいぜ」
「この写真見てくれよ、先週生まれたんだ」
「うちの子なんてハイハイしたんだぜ」
「何を言っておるんじゃ?」
「悪いねオプ爺さん。うちのお呪いみたいなもんだよ」
当然写真など無い。それでも嬉しそうに彼らは騒ぎ立てる。闘いながら・・・、枯山水の奇行を理解したのか?したものはそれに習った。
―――楽しそうじゃねぇか。
―――旗って死亡フラグかよ。
この状況で彼らの奇行の意味が判らないヤツは、戦場から遠いヤツだ。
勝てるか勝てないかなど判りはしない。ただ生き残りたい。
お呪いや何かに縋ってどうにかなる状況ではない。
―――絶対に生き残る。
ならば、最悪の状況のみが望ましい。
彼らの言った言葉は全て嘘なのだ。そんな明るい現実など無い。
ただ、生き残るだけじゃ淋しすぎるから・・・
・・・せめて『旗を圧し折った』と嘯きたい!
そんな誰が始めたかも判らない因習である。
「だっさwww!カッコワルイ!一週回って更にカッコワルイ馬鹿だwwwwwwwww」
ケハハと笑い声が響く。
「必死だな」
ディグニスは嗤いたてる。その声は大音声で、聞こえるように声を張り上げる。数度の無視についに耐えかねたのだろう。その大音声は必死の叫びだった。
中にはそこまで行けば立派・・・いや違うな。と頭をふった。
「どちらが勝ってもお主の末路はきまっとる。そんな作り笑いは辛かろう。だまっとれ」
ダイオプサイトはそういい捨てた。
「どちらが勝っても?何を言ってるんだ?死亡フラグ立てまくってそのまま死ぬなんて、嗤うしかないじゃないか!」
「何?」
「・・・アレを見ろよ」
ディグニスは顎で指し示す。
ゆとりを感じていた。闘い方に慣れてきたと言うのもあるが、其れだけではなかった。オーガ達は少しづつ引いていたのだ。
そして、距離をあけた場所に再集結し、再編成し突撃に備えている。
「まずい!」
突撃攻撃。あまたの戦場で劇的な戦果上げた戦法はここでも有効だった。しかも乱戦に戦力を分散した枯山水やノッツたちには覿面に効く。
「もう遅い!」
―――ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!
オーガの怒声は津波のように――
「ちぃっ!」
ムシュフシュは舌打ちとともに迎撃に向かおうとしたが、それは一振りの剣で遮られた。
「戮丸!?」
斬られた訳じゃない。単純に目の前に剣を―――
戮丸は、剣を持ち替え懐から皮袋をだし、中腰に構えて―――
―――シッ!
鋭い呼気と共に機関銃のような連射を開始した。
「アレが種か!」
ここに至って初めて戮丸の指弾に気づいた。
「全部膝スナイプかよ!」
大吟醸の驚きにノッツは嫌な汗が止まらない。
戮丸の攻撃は徹底的に足止めに終始した。敵を殺すより、勢いを殺すことの方が重要だ。少しでも怯めば仕切りなおしになる。
――だが。
狂ったようなオーガの突進は止まらない。仲間のを死体に変えても突進は止まらない。むしろ被害が増えるほど加速した。
「盾持ちは集まれ!ここで弾く!!!」
ムシュフシュは自分がやろうとした下策に気づいた。チャージに散発的な攻撃は意味が無い。防御を固め、備えるしかないのだ。この津波に耐えられるのは、ムシュを始めとした枯山水の防御に秀でた者だけだろう。耐えられるのは圧力だけで、その後の圧倒的な物量に・・・例え死んでも一人でも多くの仲間を守らなければならない。
戮丸につられおっとりがたなで、射撃攻撃が続く。しかし、たった一撃で相手の移動能力を0に出来る威力と命中精度はない。
実質、戮丸一人でこの津波を削っている。
「ここまでやらせるか―――怒るなよ金剛・・・」
飛び上がった屋根の上で、銀はスクロールを取り出し握りつぶした。スクロールは破壊され光に代えるが拳に光が宿る。
いや、光る空間を握っているのだ。
拳を開く。
空間の明かりがその中心に一瞬で凝縮された。世界の明かりを少しづつ掠め取ったような太陽の様な光量を誇るバスケットボール大の光の玉。
「もしかして―――!」
「ファイヤーボール!!」
ノッツは嫌な汗が吹き出た。あの戮丸でさえ使用を禁じた魔法だ。
せめてライトニング―――であの威力だ。
―――どうやって?などの疑問より全身に警告信号が駆け巡る。
「止まれ!!」
銀が投下した悪夢の固まりは―――爆ぜた。
爆音が一帯を支配する。
手榴弾が映像的な表現として、圧搾した空気が爆ぜるように見える。
理論的には爆圧で破片やベアリングを撒き散らし、殺傷する兵器なのだ。
当然中心付近に居たものの四肢は引きちぎられる。
だが、その殺傷半径ではそういうものなのだ。
つまり、手榴弾は全方向に散弾をばら撒く兵器なのだ。
だがファイヤーボールは違った。
こちらは圧搾した空気などではなく炎その物。マグマ。
むしろ、液体のように地を嘗め回すように広がる。
マグマのようにゆっくりではない。水、洪水のような猛スピードでたけり狂う。
こんなものを密閉空間で放ったら命は無い。
炎で圧死する。そんな訳の判らない威力だ。
哀れなオーガは炎に溺死する。
しかし、その人造の火の海は再度―――爆ぜた。
―――!?
その爆ぜる原因となった衝撃波は建物を貫いて、火の海に苦しむオーガごと消し飛ばした。
オーガの突進は止まらない。煙も炎もたなびかせ凶暴な顔をしかめ虐殺の地へと向かう。
ムシュフシュは防御を固め衝撃に備える。被弾し勢いが衰えた敵に備えるのとは訳が違う。勢いが減った敵は全て爆散した、そのおかげで空間が開いた。
勢いがのったままのオーガを受け止めなくてはいけない。
視線は最も頼りになる相棒を探し彷徨う。
その男――戮丸は壁を見つめる。通りを形成する建造物。民家をだ。
何か策でもあるのか?
それは都合がいい期待だった。都合が良すぎた。
戮丸は単純に目の前に押し寄せる以上の脅威に反応したに過ぎない。
民家が切り裂かれる。
いや、斬撃の過程に民家があっただけに過ぎない。
――ギンッ!
大質量の金属同士が擦れ合う嫌な音が響く。
ムシュフシュの備えた精神は大幅にそちらに奪われそうになる。
堪えたのはさすがと言う所だ。
「戮丸何某とお見受けする!我はグレゴリオ。貴公に挑ませていただく!」