099 ドワーフ
戮丸の戦いぶりには多分語弊があるだろう。
大振りの両手剣を、目にもとまらぬ速さで持ち替え切り刻む。
その必要性は理解されていると思うが、その様を勘違いされていると思う。戮丸の周りに無数の剣閃が纏わりつき、さながらゲームの必殺技のような姿を想像したと思う。
それが間違いなのだ。
スケートリンクに一本のロープが張ってある所を想像して欲しい。
引けば当然体が滑る。ただ、移動には両手・右手・左手を交互に交換しなければならない。
放せば体はあらぬ方向に飛んでいく。常にどれかがロープを握っている証明だ。
そして、身体操術に秀でたものであればロープのたわみや反動を利用したアクションを織り込むことが出来るだろう。極端な口振りだが元気であれば、子供でもやりだしそうな動きだ。スケートを滑れないものでも適当に動き出すだろう。
戮丸の動きはソレだ。
目にもとまらぬ動きは剣閃ではなく。体の回転なのだ。当然ここで言うロープは大剣を意味する。当然ロープのようには固定されていない。上下左右に自由気ままに動く。だが、操者にとってはロープに近しいものだろう。
そして、戮丸は歩みを進めるかのように剣を持ち代える。
それを第三者が目で追える代物ではない。という事は理解できたかと思う。
歩む者、走る者がどちらの足で地面を蹴ったかなどは、余人では脳が付いていかないのだ。
それでも、戮丸は更に変化した。
彼は大剣の動きを身体に格納した―――
―――化け物・・・
稀代の格闘家が行う全力戦闘の支配下で、灼熱の破壊力を秘めた大剣が踊っている。言うは易いが実際に目にしたノッツでも何が起こっているのかは理解できない。
ノッツは録画ボタンを探した。そんなものはある訳も無い。だが、目では追えないのだ。
いや見えてはいる。しかし、理解が追いつかない。目に焼き付けようにもあまりの情報量にメモリが足らない。
カンフー映画でとび蹴りが炸裂したシーン、スロー再生して、やっと追いかけた軸足が相手の胸を撃ち抜いた事がわかった。なんてシーンの津波だ。
ノッツを責める事は出来ない。
辛うじて掴みは、数泊遅れて『上手い!』という事だけは理解できた。
判ったことは―――
―――次元が違う。
だがノッツはそこから攻略法を導き出さなければならない。
脳みそはフル回転で真っ白。
周りの仲間は完全に諦めた。現時点ではノッツに丸投げだ。
その環境下で回復ワークをこなしているのだから、破格の働きといえる。
そこに舞い降りたダイオプサイトの言葉は天恵と言えた。
「オプさんお願い」
「お主は良いのか?」
「言ってる場合じゃないよ。枯山水のサポート・・・お手本を見せて」
会話は新規ギルドでリンクしている。
ダイオプサイトは歩道の無い大通り渡るかのように枯山水の元に向かう。
「策が出来たか!?」
とムシュフシュの声が飛ぶ。彼はまだ半信半疑だ。無理も無い。
「出来たとは言わないけど・・・戮丸の状態がわかった!」
「何を今更!」
―――そんな事は判っている。
そう言ってムシュフシュは数体のオーガを盾で吹き飛ばした。
「聞かせて!」とマティが叫ぶ。
彼はノッツの指示には一目置いている。この状況を打破できる指令塔はノッツにおいてほかにいない。彼が駄目なら全員駄目だ。
彼を失うわけにはいかない。ダイオプサイトの抜けた位置に陣取る。
隣を見れば大吟醸。考えは同じらしい。
二人は肩で息をしているがその背中は頼もしい。
明らかに、ただ死ぬまでの時間を引き延ばしていたさっきまでの戦闘とは別物だ。
「戮丸は戦闘に完全に特化している。意識や理性もだ」
「ソレはわかっている!」
「違う!判ってない!見ててくれ戮丸は一気に駆逐する!オプさんの・・・うちのドワーフの指示に従って!」
「ノッツやお前も判ってないの・・・」
そう呟いてダイオプサイトは無謀にも突っ込んだ。
ハンマーで叩きつけ、盾で殴る。あまつさえクロスボウを取り出し数発打ち込んだ。
ドワーフは弓が持てない。大きすぎるのだ。持てるのは短弓と弩までだ。
当然持つことは出来るが、横持ちでないと地面に当たるし、横持ちならストロークが足らない。
通常弓は半身に構え最低でも肩まで引き絞らないと射撃に適した威力が出ない。
その点、弩は堅くできている。その分装填には筋力を使う。装填具や巻き上げ機が付いているのはその為だ。
しかし、ダイオプサイトはドワーフ。有り余る膂力で無理やりな連射を放つ。
―――だが
全て別の対象にだ。
ダイオプサイトは対オーガ戦で・・・いや乱戦で最もやってはいけない事をやった。
小ダメを散らせる。最悪の行為だ。
タフネス、物量で彼我の戦力が上回る場合こんな事をしては命の保障は無い。
当然、広範囲魔法がその後に控えていればその限りではないのだが、敵の注意ばかり集め、敵の戦力を削いでいない。
オーガ達には救いに見えた。一人は異常な戦闘力を発揮し、弱い人間側は群れて出てこない。
そこにドワーフの攻撃はぬるかった。
いや、総合すれば破格の攻撃だろうが対象は全て別。
せめて一匹敵を倒しきってからならまだ判るが、そうではない。
致死に至らぬ攻撃におびえはしない。
―――ドワーフは甘さが匂うような獲物だった。
溺れた者が空気を貪るようにドワーフに群がる。
―――溺れたと錯覚するほどの恐怖の元凶から目を背けられるぐらいに―――
火葬の一閃が走る。
葬られたのは三体のオーガ。群がるものに足りはしないが――
致死に至る攻撃×3からは目が離せない。
彼らは攻撃しているつもりだ。今でもそうだ。
しかし、おびえている。自覚はまだ追いつかない。
――哀れ。
ダイオプサイトの眼前で三体のオーガが切り裂かれ骸になった。その骸はすぐに焼き尽くされる。
あまりの惨状に恐怖に凍りつくのが判る。
しかし、その凍った唇の端を無理やり吊り上げ、笑みに変える。
―――凶暴なドワーフの笑みに―――
大丈夫だ。問題ない。そうでなくては!
哀れなオーガは竦みあがり防御を固める。防げるはずも無いが化け物の暴挙に備えなければならない。
―――だが
背後に衝撃を感じた。
ソレは終わらない。絶命するまで終らない。
恐怖を感じた。遅まきながら。有り得ない。
これだけの暴挙を前にこのドワーフは逃げていない!
ダイオプサイトにはオーガ一体を屠るだけの致死攻撃が出来る。
大吟醸やマティの様にではないない。HPを削りきれる。その事は先の攻撃で披露されている。
避ければ良い。防御しても良い。攻撃して距離を取っても良い。だが、目を放していけない。
このドワーフはこの状況で防御も忘れ、オーガを殺すためだけの全力攻撃を仕掛けている。
オーガの理解が存命中に追い付いたかは判らない。
トラに怯えている間に鼠に噛み殺されては堪らない。
その隙に気付いた別のオーガの頭が爆ぜた。
戮丸の攻撃が、ダイオプサイトの攻撃が、互いを守っている。
「ありえん!こんな都合のいいことがあるか!」ムシュ
「そのありえないことが出来たら、見事って言うんだぜ」大吟醸
「出たよ。次郎の二正面攻撃」ノッツ
「ドワーフ怖い」銀
「俺が聞いてた物と想像が違った」マティ
言ってしまえば単純な連携。
ただの挟み撃ちだ。
マティは挟み撃ちが得意と聞いていた。シバルリにしては大した事は無いと勝手に思っていた。
―――しかし、現状はどうだ?
ダイオプサイトはただ突っ込んだわけじゃない。
敵の配置と攻撃を予想し、その敵がどう動くかも読んだ。
更に、戮丸がどう動いてくれるかも読んでの特攻だ。
平たく言えば極短期の囮を兼ねたものだ。
凧が揚がった瞬間。特攻が打ち落とす。
カイティングとは、凧揚げのように敵を引きずり回す所から名付けられている。
それがシバルリに至ると、引きずり回す時間が削除されている。
ムシュがいった『そんな都合のいいことがあるか』はそんな事が出来ない事を意味する。
しかも、それをただの挟み撃ちだなんて、ただの連携だなんて・・・詐欺だ。
実際に彼らはやっている。
『出来やしない』そんな言葉で諦めた。
いや考えてもいない。
それが常識だ。しかし・・・
―――どうやる?
そう考えた時、答えが閃いた。『シミュレーションゲームだ』それも戦略級じゃない。戦術級、シミュレーションRPGなどのそれだ。盤上のキャラクター達を操り、各ユニットの最大火力を生かせるように軍配を振るう。継戦能力や補給が絡むから単純にそうは出来ないが・・・
しかし、ゲームは一人だ。思考者は一人なのだ。だから出来る。それには絶対的な戦術感の一致、連携が必要不可欠。つまり互いが互いに行動を読み会いそれを信頼しなければ成り立たない。
「オプ爺は俺なんかより、はるかに上手いんだ」
大吟醸が呟いた。シバルリで戮丸を覗いて最大の戦巧者だと錯覚していた男の声だ。こうなるとダイオプサイトこそ戦巧者に相応しい。大吟醸は曲芸師だ。しかし格別の。
それが武器になることは知っていた。
それこそが旅団の武器だと思っていた。
天井があると思っていた。
そこは届くことの無い青空と思っていた。
それがシバルリでは弱者の寝言だと思い知らされた。
「お手本を示してやらんと若造は続かんよ」
屠りきったダイオプサイトが汗を拭いそう一人ごちた。戮丸は戦闘を継続している。
理論上、戦士に補給はいらないが、一息付く事が重要なのは両者とも熟知していた。
そしてそんな行為すら彼らの仕掛けた罠なのだ。
―――無茶言うな!
ソレは枯山水全体の意思だったが、口には出さなかった。
いや出せない。
「合図はわしが出す。親ビンはずっとやろうとしてた。ちょっと戦場で踏ん張るのがコツじゃ。それで親ビンはずっと戦いやすくなる。ちょっと間違ったぐらいじゃビクともせん」
「何となく判ったものは付いて来い。さっぱり判らんものは今までどおりでいいぞい。守りが無くては困るからな。―――時期に至ってないだけじゃ」
そう言ってダイオプサイトは指示を出す。
ソレは配置だけで、具体的な物ではなかったが、その位置取りを理解できない者は下がれと言外に言っていた。見得で前線に上がられてもいいことは無い。
上手いと思った。
「ムシュよ。お前さんが真似するのはわしじゃない。親ビンじゃ。難しいが頼むぞ」
「出来る訳が無いだろ!」
「出来なきゃ声を出せ。頼め。何のために口が付いているんじゃ?」
―――飯食う為だ。
とは言えなかった。
ぐうの根も出ない正論。口で言えば出来るんじゃないかと思ってしまうのが憎らしい。