096 首置いてけ
「村人はあそこに眠っているんだな」
マティの問いにノッツは静かに頷く。
「回収がもっと簡単になればいいんだが・・・」
「首だ。首さえあれば蘇生が可能だ。八人分の首さえ拾えればいい。勝算は十分にあるな」
オーガ討滅後の回収は誰の思考にもあった。だが、圧倒的な物量の前に回収できるのは2個か3個。それでも運のいいほうだ。
この後、魔術師による一斉掃射はあるのだ。そうなると実際には回収不可能になる。
八人という数字は既に宿の聞き込みで判っていた。基本といえば基本だがそう言った所に抜かりが無いのは旅団の技量というより、正確の賜物だろう。
「だっさww―――――」
ディグニスの嘲笑が遠くで聞こえた。よく聞けば神経を逆撫でさせられる内容だろう。オーガたちの遠吠えと剣戟の音に内容は途切れ途切れに拾えるが・・・
「―――無視だ」
ノッツは冷徹に言い放つ。戮丸がそうしていた。それに習った。
そんな最中戦場で異変が起きる。
戮丸は戦場の真ん中でゆっくりと手袋を外した。
――!?
大吟醸たちに動揺が走る。行為自体はどうこう言うものじゃない。彼はバーサーク中だ。どういう状況かは判らないがまともな思考が出来る状態じゃないはずだ。そして、その手袋は彼の最大戦力の一つ、ユニークアイテム【アトラスパーム】だ。
その行為は大吟醸たちのみならずオーガたちにも動揺を与えた。
その力量差に徐々に距離を取っていたオーガ達はその行為が理解できなかった。
ただ、非戦闘状態にあることだけは確かだ。
手袋は脱ぎづらい。ただ、その時間が去ってしまえば、千載一遇の好機を逃す羽目になる。じりじりと、それでいて戮丸の行為に急かされる様に包囲の輪を縮める。
『やっぱり気に入らなかった?』
女史は呟いた。戮丸がアトラスパームを捨てる理由に思い当たる節はある。それでも、気に入る・入らぬで選べる状況ではない。
『二つ取ればな・・・』
戮丸は左手の手袋を一つ取ると片手で器用に二つにたたみポケットに捩じ込んだ。
ゆっくりとまた歩き出した。
これにギョッとしたのはオーガ達だ。手袋は左右一対二個ある。時間的猶予が想定の半分になったのだ。
投石をしたかっただろう。
しかし、オーガ全てを満たすだけの石くれは存在せず拾う時間も無い。結果しゃにむに襲い掛かった。
『・・・酷い・・・』
オーガたちへの評価ではない。
『・・・なん・・・?・・・』
問いはその言葉をつむぐまえに結果と予想がされた。
戮丸の予想行動は女史の目にはオーバーレイして映し出される。そこには複合曲線が群れに絡み付いていた。
単純に剣を振るえば真円に近い弧が刻まれる。ただ、芯がずれればその円は当然崩れる。片手の機能を封じた事により、芯ずれが発生した。それも彼の意思の範疇。
剣のみの重量を消す。
実重量をそのまま振るう。
戮丸自身全ての重量を消す。
この3パターンが戮丸の行動軌跡に練りこまれた。
既に画像は崩壊し、予想軌跡の描写が追いつかなくなっている。
達人の動き。攻撃は漠然と爆発のイメージがあったが、彼のソレは別物だった。流水・・・いや・・・
複雑な見えないパイプの中を水が行く様な・・・ハートのストローもっと複雑な形のものか?その中の水が辿るような。加速や減速の物理法則のくびきより解き放たれた一種異様な動き。
『無敵じゃない?』
『無敵じゃない』
女史の疑問は同じ言葉で帰ってきた。
『アレは・・・痛いぜ。飛んでる槍を捕まえながら戦っているようなもんだ。握力と大胸筋には凄まじいダメージが入っる。力加減をミスったら腕が吹っ飛ぶ・・・ま、アジャストが入ってるがね』
そう言って、ガルドはもう役に立たなくなった予想映像を消した。
クリアになった視界の戮丸は異様だ。両肩から先が無い・・・ように見える。
実際に無い訳ではない。柔らかく持っているのだ。だから長大なリボンか血煙が生えているかのように見える。
両肩というのは持ち替えがあまりに高速すぎるから。
片手のアトラスパームを封じた事により、トスによる持ち替えは不可能になった。更にいえば、全重量消失はアトラスパームの無い左腕に持っている時にしか使えない。
当然、剣は片手では振れない。初速を稼がなければ振るえないし、止めるのも重量を消さなければ、斬られるより悲惨な目にあう。
『脳みそがついて行かない・・・』
『まあ、それでもアジャスト中だ。ほれ見ろ。左右の手が殆ど同じだ』
『私には左右の見分けが付かないわ』
『左は両手でなければ持てない重量。右は持ってることすら忘れかねない重量。浮かせ気味に操ってる。それがブレーキになっている』
『どんな反射神経してるのよ』
『あいつらの戦い方に反射神経はねぇよ。勝敗には影響するだろうが戦い方は経験による予測で戦い方を構築して、それをなぞる戦い方だから腕が俺より上なんだ。知ってるだろ?』
◆ 第二世代人類
ガルドは実は人間ではない。
今更に聞こえるかもしれないが、AIと言えど、その世界の設定からは逃れられない。正確には【人間】と設定されていないのだ。
この世界のNPCは概ね【人間】と設定されている。
ガルドの世界の人類は【第二世代】と位置付けられる。
元々は剣技を骨子に置いたワールドとして設計された世界だった。そこで、剣豪が活躍した時代は奇しくも黄昏の時代、銃の黎明期であると神は判断した。
しかし、その条件には再装填の脆弱期という但し書きが付く。実際は先込め式だったりと再現は容易であるが、簡単に技術のブレイクスルーが出来てしまうものだった。
神は出来れば恒久的な状態にしたいと考えた。技術の研鑽が長期に及んだ時の領域が観てみたいという気持ちがあった。
そこで、あえて使用される銃は最新式の物の【現代銃】にして【発掘】される事にした。
幾ら銃の性能が上がったとしても、文明が一度蒸発する年月が経ってからの使用には無理がある。
発掘は表向きの現象。実は地中に【転送】された物で、それを発掘するまでの時間しか経過していない。それでも物によっては100年を越えるものもある。
その世界の住人が真実に気付くまで、幾ばくかの時間が稼げるだろう。
そして、その世界の軍事バランスは銃と弾丸の保有量に委ねられた。
神は文化レベルを一気に下げた。鉄がやっと作れるくらいで良い。鋼など夢のまた夢。しかし武器は色々持たせたい。そこで生きるのが【転送】。材料だけは【発掘】できる。
これで、世界をハイランダーや幕末、戦国時代に近いものになった。
――しかし、それでも弱い。
そこで、神は人類の底上げを考えた。その内容は人類の反射神経、知覚の限界を取っ払った。
【限界】というのが重要だ。鍛錬の悖るものは【旧人類】と変わらない。ただ、鍛錬次第で発射された銃弾が見えるレベルに到達する。射線が見えるのではなく銃弾だ。
ガルドに現代のアニメを見せれば紙芝居やコマ送りのように見える。
そのバランスはプロ野球投手が投げる球くらい。つまり、準備をしていれば打ち返すことが出来るレベルということだ。
打ち返せるといっても技量で圧倒するのも限界がある。オートマチックのハンドガンやマシンガンで乱射されては蜂の巣になる。
彼の世界で【騎士】とは銃弾が飛び交う戦場で、馬を活用して、銃弾を消費せずに戦う技量を持った戦士に送られる称号。つまり、化け物レベルに到達したことを意味する。
当然、【騎士】の活躍は戦力の確保の他に兵の鼓舞に直結する。
ゆえに各国はこの【騎士】の確保に躍起になるのだが・・・
当然、その派生に【銃士】が生まれる。唯でさえ強い【騎士】に銃を使わせないのはもったいない。
ゆえに大雑把なくくりではガルドは【騎士】であるが正確には【銃士】だ。それも化け物ぞろいの【騎士】【銃士】が束になっても敵わない程の・・・
そのガルドが『戮丸には敵わない』といったのは意味がある。実際に戦えば先ずガルドには勝てない。それは当然な事だ。
しかしガルドは見てかわすのだ。
弾幕シューティングゲームで言う所の《気合避け》それで事が足りてしまう。唯戮丸はここでは旧人類に属する。当然見えない。見えない攻撃をかわすために一瞬で攻略を済ませる。予測による未来視と現実の回避を時として同時に行う。その行動には様々な付加効果を伴う。
予測や攻略はガルドも普通に行うが、攻略パターンの組み込みの練度に関しては戮丸クラスには敵わない。
先にも言ったがこの理屈が適用されるのはガルドと同じ世界で生まれたNPCだけだ。
むしろ、彼らの世界では戮丸のようなものが異端なのだが、奇しくもその【旧人類】にガルドは接触し、敗北した。
【ロー将軍】こと『下村崇』。―――創造神である。
辛い事ばかり起こります。